第七話
労働者達に食事をとって貰った後、我が領地で一番の目玉である公衆浴場に案内をした。
入口で男女に別れてもらい中へと案内しようとすると浴場の管理を一任しているアイーシャさんに止められた。
何でも、僕が案内するのは刺激が強いとか、なんとか。
折角、新しい土地に来たのだから緊張を解して貰おうと一緒に入ろうと思ったのだが、断固反対されてしまった。
女湯はアイーシャさんが、男湯はアイーシャさんの旦那のパウルさんが案内してくれることになり僕は手持ち無沙汰となってしまった。
浴場案内が終わったら宿舎に案内しようと思っていたのに、そちらは宿舎の管理をしているサラムさんとマルタ夫妻に任せてほしいと言われ僕は帰宅を促された。
空を見上げれば太陽は中天を過ぎ、夕暮れに差し掛かっていた。
僕は素直に帰宅するべく石畳を踏みしめて歩き出す。
かつては石畳など無く土の道であったことを思い出せば、この領地は大分発展したと言える。
まだまだ至らない所もあるが、これから変えていけば良い。
領主の屋敷は背後に山を背負った山の中腹にある。
かつての王族が避暑にと作られた屋敷は華美であり山の中腹の景色と相まって目立つ。
山道も整備され、歩く分には問題ないが荷車などだと下るときはまるでジェットコースターの様で危険度が跳ね上がる。馬車も然りだ。
それもあり、家族たち含めた屋敷の者たちは徒歩で行動することが多い。
ほぼ毎日ハイキングである。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、アルフレド様。旦那様がお探しでした。帰ったら執務室に来るようにとのです」
「わかりました」
丁度良い、新しい労働者の事も報告しないとと思っていた所だ。
屋敷の奥まった書庫などが立ち並ぶ一角に執務室がある。
「アルフレドです、入ってもよろしいですか?」
「入りなさい」
扉をノックして声をかけると中から父様の返事が聞こえ、僕は扉を開けた。
「失礼します。お探しだと聞いたのですが?」
「あぁ、話があってね。座りなさい」
ソファに座ると父様は机の引き出しから白い封筒を取り出しそれを持ち向かい側へ座ると封筒を僕に渡してきた。
飾り文字で綴られた宛名は自分アルフレドの名前で、差出人を見ようと裏側見て僕は固まった。
「と、父様…あの、何故王家の封蝋がされているのでしょうか…?」
「王家からの手紙だからだよ」
「愚問でしたね…えっと、中を拝見しても?」
そう問いかけ父様を見れば困ったように笑みを浮かべながら頷いた。
封蝋をそっと剥がして中の紙を取り出すと意を決して手紙を開いた。
貴族らしい長ったらしい装飾された言葉を分かりやすく言い換え、要約すると「王立学園へ入学しなさい」との内容だった。
「父様、王立学園って入学しないといけないんでしたっけ?」
「いや、強制では無いよ。ただ貴族は入学は必須ってだけで」
「…我が家って一応貴族ですよね?」
「一応ね」
「つまり強制じゃないですか!?」
「…うちは入学しないって再三言ったのに、約束を破るなんて為政者失格だね」
僕が手紙を握りしめて言えば、普段は殆ど閉じている父様の目が開かれその唇には酷薄な笑みを浮かべていた。
怖いです、父様!!
「あらあら、どうしたのかしら?」
カチャリと扉が開きヴェールを被った姿の母様が入って来て首を傾げた。
そして僕の持っている手紙を見て、テーブルの上の封筒を見て頬に手を当ててクスリと笑った。
その笑い方に背筋がゾクリと泡立つ。
「あらあら…困ったわ…約束を破るなんて…困った方だわ…ねぇ?」
「ふふ、本当にね…困った方だ」
その、困った方って、陛下なんですけど。
うちの両親、陛下に対して不敬じゃないですか!?
とりあえず、二人とも笑ってるけど、目が笑ってませんから!!
「ふぅ、仕方ないね。アル」
「は、はいっ」
「学園に入学したい?」
「アルが行きたくないなら、行かなくても良いし。行きたいなら止めないわよ」
そう言った両親の目は普段と同じで、僕は考えた。
学園は王都にあり、僕は行ったことが無い。
社交シーズンでさえ両親が王都に寄り付きもしないからだ。
行ったことのない、都会。
様々な土地から集まる人や物。
興味がないとは、言えない。
そんな僕の様子を見ていた両親が小さく笑った。
「貴方の意思を尊重するわ」
「そうだね、久しぶりに私たちも王都へ行こうか」
「父様達も王都へ行くんですか?」
学園には寮もある。
遠方の生徒たちのためにあるのだ。
「えぇ、だって困った方に一言文句を言わないと…ねぇ?」
「あぁ、文句の一つや二つ、拳の一発や二発くらいはなぁ?」
そう言ってお互いを見てニッコリ笑っている両親に僕は何も言えなくなった。
陛下、まだ見ぬ陛下…うちの両親が不敬ですが、どうか寛大な処遇をお願いいたします。