第二話
時折訪れる力の放出に慣れてきたころ、俺に妹が生まれた。
双子の妹たちで、とても可愛らしい。
髪の色は父さんと同じで藍色に近い黒髪で、瞳は左右で色が違うオッドアイだった。実物は初めて見たけど、左右で色が違うのが綺麗で俺は飽きもせず妹たちの事を眺めて過ごしていた。
そんな俺を見て母さんは嬉しそうに笑う。
「アルは、本当に妹たちが好きなのね」
「はい、かわいいです」
「優しいお兄様で良かったわね」
母さんはそう言いベビーベッドで眠る妹たちの頭を優しく指で撫でた。
ほっそりとした指は手入れされていて柔らかい。視線を上げれば顔を隠すようにヴェールを被っている母さんの顔がある。
その姿は傍から見れば異様に映るだろうが、俺はこの四年ですっかり慣れてしまった。
…慣れってスゴイと思う。
それに、母さんが顔を隠しているのには訳があるって知っているからかもしれない。
初めて、俺が自我を持った時、その時はまだ母さんはヴェールを被っていなかった。その時見た母さんの顔は…とても美しかったのだ。
「美」という言葉を具現化したらこんな顔になるのかもしれないと思ったほどだった。
艶やかに波打つ金の髪。大理石の様に滑らかな頬に桜色の唇。宝石の様に煌めく青い瞳をしていたのだ。
圧倒的な美しさに俺は思わず泣き出してしまったのは、内緒だ。
あまりに美しいものを見ると人はどうやら思考停止に陥り、そして恐怖を呼び起こすものなのだと初めて知った。
そんな母さんがヴェールを被るようになったのは、俺が初めて上手く言葉を発することが出来た頃だと思う。そして、よく観察してみると母さんは外出する時もヴェールを被ったままだし、滅多にヴェールを人前では外さない。
一種の自衛策なんだろうと思い、俺はヴェール(それ)に対するツッコミはすまいと決めた。
「かあさま、ボク、お外に行ってきます」
「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい。裏山には行かないのよ?」
「はーい」
俺は妹たちの頭を撫でると外に遊びに出かけることにした。
妹たちを眺めているゆっくりした時間も好きだけど、外を思い切り駆け回るのも好きなのだ。それに、この時間なら…
廊下を駆け抜け玄関から外に飛び出すと中庭から何か物を打ち合う音が聞こえてきた。
中庭を覗くと、そこには動きやすいような格好に身を包んだ父さんと使用人のアスが木刀を打ち合っていた。
ビュッと風を切る音と、木刀がぶつかり合う音が中庭に響いている。
コソコソと木の影に隠れて二人の様子を眺めていると暫く打ち合った後、父さんが小さく笑いながら俺の隠れている木を振り返り言った。
「何を隠れているんだい、アル?」
「………」
俺はそのまま隠れ続けていると父さんは面白そうに笑いながら歩いて来ると迷うことなく俺の首根っこを掴んでそのままぶら下げた。ちょっと首がしまって苦しいけど、俺は見た目は細いのにしっかりと筋肉のついている父さんの腕に関心していた。
「とうさま、力持ちです」
「隠れて見てて楽しいかい?」
「はい、とうさまとアスの打ち合い、見てて楽しいです」
俺が笑いながら言うと父さんは面白そうに笑い俺を地面へと降ろす。
開いているのか開いていないのかわからないほど細い目を俺に向けて笑う。
「打ち合いは、危ないから隠れて見てないで、ちゃんと僕たちがわかる場所で見ていなさい」
「はーい」
父さんの言葉にアスは無言で頷く。アスは基本、ほとんど喋らない。
無口過ぎてそれで周りとコミュニケーション取れているのか不安になるけど、今の所不自由はしていないらしいから、いいか。
父さんは藍色に近い髪を肩口で切りそろえ、今は動きやすいようにか後ろで一つに結んでいる。アスはいつもの様に実用性重視の飾り気のない服に身を包み父さんの後ろに控えている。短い栗色の髪に茶色の瞳の彼は背も高く体格も良いのでよく小さな子供に怖がられている。…本人に悪気は無いんだけど、思い切り上から見下ろしてくるから、あれは子供にとっては恐怖でしかないと思う。
そのうち機会があったら教えてあげてもいいかもしれない。
子供と話をする時は子供と視線の高さを合わせてあげるとか、そんなこと。
「アル、遊びに行くのかい?」
「はい、裏庭で遊んできます」
「…裏山には入ってはいけないよ」
「はい、かあさまにも言われました。大丈夫です」
「ならいいんだ。気を付けて行っておいで」
「はーい」
俺はそう返事をして中庭を抜けて裏庭に向かった。
裏山には入らないよ。ただ…入っちゃいけない理由が裏山から裏庭に降りてくることもあるだけで。
『アル、遅いー』
「ごめんごめん、父さん達の稽古眺めてたからね」
『むぅ…ボクは後回しな訳ー?』
裏庭の大きな木の下に少女が座っていた。
茶色の髪に緑の瞳の少女は頬を膨らませていたが俺が手を合わせて謝るとすぐにニッコリ笑って許してくれた。
『まぁ、良いよ。じゃあ、遊ぼう、アル!』
「うん、遊ぼう。精霊さん」
そうして、俺の転生四年目が過ぎていく。