第十八話
俺はあんまりな現実に眩暈がした。
冗談ではなく目の前がグニャリと歪んで見えるほどのショックを覚えたが深く深呼吸をして何とか体裁を保つことに成功した。
そ、そっかぁ…ここって乙女ゲームの世界なのか…
何で、よりによって隠しキャラに転生したのかなぁ…?
落ち着いて思い出そう。
「マジ・ラブ」は剣と魔法のファンタジー系乙女ゲームとして人気が出た作品だ。
美麗なイラストに声優も豪華で来期にはアニメ化するとかなんとか…って言ってたな。
俺は転生してから思い出すことをしなくなった前世の記憶を手繰り寄せる。
「マジ・ラブ」は自分でプレイしていた訳ではない。
当時の友人が嬉々として薦めてきたのだけれど、どうしてもヒロインのビジュアルが好きになれずその友人の隣でプレイしているのを眺めていたのだ。
だって、ピンクゴールドの髪なのに作中で「私みたいな地味な子が…」とか「何の変哲もない少女に…」と言うセリフに首を傾げる思いだったのだ。
ピンクゴールドの髪に深紅の瞳の女の子は「地味」ではない。
内心「嘘吐け、目立っとるわ(笑)」と思っていたのだ。
モブキャラ達は普通に黒髪とか茶髪とかそんな髪色なのにピンクゴールドの髪が地味って…(笑)
まぁ、それを口にしたら友人の制裁鉄拳が飛んでくるのは簡単に予想出来たため俺は静かに沈黙を保っていたのだが。
そんな事を考えていたら、フワリとどこからか甘い香りが漂ってきた。
甘い、と言っても甘ったるいというが、濃い甘い匂いで俺は思わず眉を寄せて周囲を見回した。
すると先程まで談笑していた観戦の人たちの目がトロンと恍惚の色を浮かべて下の試合会場を見つめていることに気付く。
どこを見ているのかと彼らの視線の先を辿れば、妙に熱心に此方を見上げている少女に気付く。
トニコア嬢だ。
彼女から甘い匂いがしている。
「…匂うなぁ…あれは無意識かな?」
静かに口を開いたのは王様で俺は問いかけた。
「あの、この匂いって…?」
「魅了だね」
俺の問いかけに答えたのは父様だ。
不快そうに眉を顰めている姿に魅了が効いていないとわかる。
「無意識だろうが、何だろうが…『魅了』は禁止されている」
「だね…これでレオが何で急に寮生活を始めたのか解っちゃったな…子供らには耐性がないもんなぁ」
王様は苦笑いを浮かべて俺を見た。
「魅了は効きにくい人と効きやすい人がいる。魔力の体内保有量に関係するらしいんだけど…我が甥っ子はなかなか優秀だな」
「私の息子ですから」
「はいはい…うーん、あの子の魅了が効いてないのは…女生徒と数人の男子生徒、あとは教師陣か…このまま試合させていいものかな?」
その言葉に眼下の生徒達を見るとトニコア嬢を見てのぼせ上っている生徒が大半だ。
対戦相手でさえ、うっとりとトニコア嬢を熱く見つめている。
あんな状態で試合が出来るとは思えない。
この甘い匂いを何とかすれば良いかと問えば王様は面白そうに俺を見た。
「出来るの?」
「私は、精霊術師です。風の精霊に頼めば可能かと…」
「なら、頼もうかな…風で魅了の効果を吹き飛ばしたら後は私が何とかするよ」
王様は自信ありげに俺を見て頷く。それを受けて俺はソッと口笛を吹いた。
その笛の音に合わせて周囲の大気が揺れる。
「我が呼びかけに応えよ 風の眷属よ 我が前にその姿を示せ」
クルクルと小さな旋風が俺の前に起こり幼い姿の少年が現れた。
『何や、久々に呼ばれたわー。どないしてん?』
「久しぶり、ちょっと頼まれてほしいんだけど」
『ええで、何すればええ?』
「この会場の甘い匂いを吹き飛ばして欲しいんだけど」
『甘い匂い? うわ、何やこのくっさい匂い!! 鼻が捥げるわ!!』
風の精霊は自分の鼻を摘まんで顔を顰めた。
『こりゃアカンわ、ご主人の鼻が死んでまう。ウチに任せとき!! こんなくっさい匂い成層圏まで吹き飛ばしたる!!』
「うん、お願いするよ。ルルフィ」
俺がそう言うと風の精霊ルルフィは『合点承知の助!!』と胸を叩き背中の半透明の羽を羽搏かせて舞い上がるとオーケストラの指揮者の様に指を振った。
その指の動きに合わせて大気が動く。初めは静かに、しかし段々と速く激しく。
眼下の会場に強い風が吹き荒れる。
生徒達は目や口を覆いあっけに取られたように風を見ていた。
『これで、仕舞やーっ!!』
ルルフィが天高く指を振り上げると会場を吹き荒れていた風が高く高く空に吸い込まれていった。
会場がシンと静まりかえっていた。
その中に王様の声が響く。
『魅了を禁ずる』
王様の口から聞き取れない古代語が飛び出した。
たった一言なのに、その言葉が強い力を帯びているのが分かった。
会場中にピリリと電気が走るような感覚がしてそれは一瞬で治まった。
王様は静かに言った。
「試合を始めなさい」
俺は古代語の持つ『力』に気圧されていたが眼下を見ればトニコア嬢が自分の手を見て狼狽している様子が見えた。
先程までしていた甘い匂いは、もうどこにも無く、トロンとした顔だった者たちは一様に夢から覚めた様に周囲を見回していた。
「…はぁ、疲れた。古代語は疲れるなァ…」
「お上手でしたよ、昔とは違いますね」
「お前なァ…20年も前の事を未だにネチネチ言うの止めろって…あの頃は真面目に勉強なんかしてなかったし」
「これからも精進してくださいね」
父様の言葉に王様は肩を落として頷いた。
「はいはい、解ってるっての…しかし、流石だなルドから聞いたように優秀な精霊術師だ」
「ありがとうございます」
『ふふん、ウチが偉いっちゅう話やろ!』
「うん、いつもありがとう。ルルフィ」
『ご主人の人徳やで。ええ方やから、ウチらは力を貸したんねん』
「…近年、精霊術師が激減しているのは知っているかな?」
王様の言葉に俺は首を振った。
精霊は、誰にでも見える。魔力を持つ者なら普通に見える。
「何でですか?」
「それが分からないんだ。精霊と契約出来るものが減っていく一方でね…そうだ!」
王様はポンッと手を打って俺を見てニッコリ笑った。
「レオの事はもう、どうでもいいから精霊術師として学園の教育向上の手伝いをしてくれないか?」
自分の息子を「どうでもいい」は酷くないですか、王様…?




