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妬ノ怪

 拍手300怪記念です。

 お暇な方はどうぞお読みください。

 うーん。やっと完成!

 一人教室で一生懸命作った兎のぬいぐるみを眺める。うん。かなり上出来。諦めないで作った甲斐があったわ。


 誰もいない教室でウサギを抱きしめる。中に入れたラベンダーのサッシュの香りがして気持ちがいい。

 早く誰かに見せたいなぁ~。そんなふうに思っていた時だった。


「お、どうした? 珍しい」


「あ! む、宗像むなかた先輩」


 ドキンと胸が高鳴って思わず立ち上がる。教室のドアの所に、憧れの宗像先輩が立っていたのだ。思わず自然と頬が赤くなる。

 宗像先輩は学校のアイドル的存在の一人。スポーツ万能、頭脳明晰。噂ではモデルのスカウトもされたとか。

 その宗像先輩がわたしの目の前に歩いてきて、天使のような笑顔をわたしに向けてきた。


「これ作ったの? すごいじゃん」


「ああ、あ、ありがとうございます」


 気さくに話しかけられ、声が裏返る。

 茶色くてクルンとした髪は歳上なのにとても可愛くみえる。顔立ちもスッとしていて背も高くて素敵。いつ見てもカッコイイ。

 うっとりと見つめれば、先輩がにこやかに微笑んでくれた。


「実は俺もさ、これ作ったんだよね」


 そう言って先輩が手に持っていた鞄から、犬のマスコットを出してわたしに見せてくれた。茶色いプードルがモコモコしていて、黒いつぶらな瞳がこちらをみている。


「俺結構こういうの好きでさ。どう? こういうの好き?」


「は、はいっ。わたしも、大好きですっ先輩」


 緊張のあまりまた上ずった声が上がる。

 あぁもう絶対顔が真っ赤になってる! 恥ずかしすぎる! 髪とかもっと可愛くゆわいてくれば良かった!


「ホント? じゃあこれあげよっか?」


「い、良いんですか!?」


「うん、たくさんあるし良いよ」


 嬉しい! 先輩の手作りだなんて! もう我が家の家宝にしちゃう!

 興奮して、でも恥ずかしくて、片手でなぜか口元を隠しながら手を差し出すと、先輩がちょこんとマスコットを乗せてくれた。


「じゃあさ、それ俺が貰っても良い?」


 先輩がわたしが作ったウサギのぬいぐるみを指差す。

 あぁ夢みたい! 先輩がわたしの作ったぬいぐるみを欲しがってくれるなんて!

 

「宗像先輩が欲しいなら! ど、どうぞ! 貰ってください!」


 マスコットを大事に握りながら、両手で先輩にウサギを差し出すと、ウサギが先輩の両腕に囲まれる。

 あぁウサギになりたい……。


「あれ? これラベンダーの香りがする。もしかしてアロマセラピーの効果があるヤツ?」


「はい……リラックス出来ればいいなって」


「へぇ良いな。……俺が抱き枕にしちゃっても良いかな?」


 先輩がウサギに顔を寄せながら、ちょっとわざとらしくわたしに上目遣いをした。

 ほかの男子ならともかく、先輩だけは別! 一気に舞い上がたわたしは何度も頷いた。


「も、もちろんです! ぜひ抱いてください!」


「ありがとう! 嬉しいよ」


「わたしも先輩に喜んでもらえるなら――」




 バシャッと水の音がした。


 舞い上がった気持ちに突然冷水がかけられる。というか、本当にわたしの顔に水がかけられて、夢どころか布団からも飛び上がった。


「な、な……!?」


「目が醒めたカ?」


 慌てて寝ぼけた状態で顔を拭うと、真上から掛けられた水よりも冷たい声が降ってくる。


「い~ぃ夢が見れたようだナァ鈴音ぇ」


 ゆっくり顔を上げると、背後にどす黒いオーラを背負った鬼さんの暗黒的笑顔がこちらを見下ろしていた。


「え? へ?」


 いきなりのことで状況が飲み込めない。鬼さんはなぜか湯呑を持ってこめかみに青筋を立て、わたしの枕元に仁王立ちしている。

 な、なんで怒っているの? ……あ! もしかして寝過ごした?!

 慌てて灯篭の灯を確認すると、既に煌々と明るくなって籠の中を照らしていた。


「あ、ごめんなさい! 今起きます!」


 まずい寝過ごしちゃった! 早く支度しないと!

 バタバタ支度を始めるわたしを鬼さんは睨みつけ、一度鼻を鳴らすと、鼻息が荒いまま部屋から出ていった。



 支度が終わり布団を畳み終わったとき、鬼さんがやや乱暴に部屋と籠へ入ってきた。大股で歩いてきてわたしに「来い」と言うと、籠をまた乱暴に開けて大広間までわたしを引きずっていった。


 そしていつもと同じようにそれぞれの席に座って朝食を食べようとした時、ふいに鬼さんが顔を上げた。


「……鈴音」


「はい」


「お前男と付き合ったことあるんだったカ?」


「え? ありませんけれど」


「本当カ?」


「はい」


 答えたあとにお味噌汁を口に運ぶ。あ、今日はお豆腐だ。嬉しい。火傷に気をつけながらそれも口に運ぶと、鬼さんへ頷いた。


「一度だって付き合ったことないです」


 ちなみに鬼さんのせいでわたしの高校時代の恋愛は惨憺たるものだった。友達がみんな恋愛を謳歌している間、わたしは鬼さんの影にビクビクして過ごしていたんだから、そんことしている暇なんてなかった。


 内心溜息を吐きながらお椀を起き、次にご飯を口に入れる。


「迫られたことは?」


「ん? え? せ、迫られた? えっと……いえ、ないです」


 告白されたことはあるけれど、迫られたことはない。中学時代の男子とは違ってみんなフレンドリーだったから、乱暴な子はそんなにいなかったし、そこまで下品な子もいなかった。


 というより、鬼さん突然何を言い出すんだろう。鋭い紅だけをわたしに寄越す鬼さんの顔は相変わらず不機嫌で、わたしが起きてからずっとムスっとしている。……遅刻したわたしのせいでもあるんだろうけれど。ご飯食べないのかな。


「好いたヤツはいたのか?」


「えっ。好きになった人、ですか?」


 思わずさっき夢で見た宗像先輩を思い出して箸を落としそうになる。

 先輩のことは確かに好きだけれど、どっちかっていうと芸能人に会ったような感じだから、ちょっと恋愛とは違うのよね。

 あぁーでも、あんな妄想全開の夢見るだなんて……は、恥ずかしすぎる!


「いたのか?」


 ぎろっと睨まれて我に返る。


「あ、まぁ、一応……」


 恋愛とは違うとしても、やっぱりあんな夢見るとドキドキする。

 きっと鬼さんの言う想い人っていうのじゃないけれど、頬が赤くなりつつ頷けば、鬼さんはそれきり黙ってしまった。



 朝食が終わって籠に戻っても鬼さんは出て行かず、眉間に皺を寄せながらわたしの隣であぐらをかいていた。


 わ、わたし何かまずいことでも言ったかしら。


 鬼さんの機嫌イコールわたしの命の保証に繋がるから、このままだと本当に危ない。ていうか、なんでここにいるの。


「あのお鬼さん……お仕事は?」


「ナイ」


 低い声で即答される。うわ~鬼さん今日はすごい機嫌悪い。すっごい目が釣り上がっている。よりによってなんでこんな時に籠の中で一緒にいなきゃいけないの。


 仕方なく不機嫌な鬼さんと一緒に過ごすんだけれど、特に何をするわけでもなく、話しかけてもずっと怒っていて返答がない。あったとしても短く終わる。

 いい加減この状況に耐えられなくなったわたしは鬼さんに意を決して訊くことにした。


「あの、今日はどうしたんですか? こんなに」


 言いかけて突然押し倒される。そして抗議するまもなく、顔のすぐ横に鬼の手が叩きつけられた。あまりの音と振動にビクリと肩が竦む。


「え……あの鬼さ」


「ムナカタ、とは誰ダ?」


「へ? む、宗像先輩?」


「男か?」


 鬼さんが妖しい紅を危険な光を宿しながら煌めかせてくる。

 そりゃ男の先輩ですけれど……


「な、なんで鬼さんが先輩のこと」


「俺の酌に寝坊するぐらい良い男なのカ? うん? まぁ夢に見て寝言で口にするぐらいなんダ。さぞ男前なんだろうナァ」


 寝言言ってたの!? 瞬時に顔が熱くなって真っ赤になるのが分かった。は、恥ずかしすぎる。


「え、あの、ね、寝言言ってましたか?」


「あ~ぁ。そりゃ~良~ぃ声で啼いていたカナ」


 嫌味たっぷりに鬼さんは言う。

 う、もしかしてこれで怒っていたのかな。でも寝坊と夢の内容は別問題なんじゃ。


「どんな内容か教えてミナ」


 顔は笑っているのに背後の気配は危険度MAX状態の鬼さんに、赤らめていた顔が青くなる。

 

「答えンのなら――」


「ゆ、夢の内容? 夢の内容ですか? ええっとですね、宗像先輩にわたしが作ったウサギの人形が欲しいって言われて上げる夢を見ました! はいっ」


 命の危険を前にして早口に夢の内容を報告する。もう恥かしいだの言ってられない。

 鬼さんはわたしの必死の説明を聞いてフンと冷たく笑うと、わたしの顎を軽く掴んできた。


「ほぉ~人形、ね。抱くとかナンとか聞こえたガ?」


「せ、先輩が抱き枕にして良いかってきかれたから、是非抱いてくださいって、い、言いましたけれど」


 それのどこが悪いんだろう? ……鬼さんが怒ているのと関係があるのかな。

 鬼さんの気迫に完全にビビってブルブル震えながら答えると、鬼さんが不吉な笑顔のまま固まる。そして少し間があってから無表情になり、次には深く溜息を吐いた。


「お、鬼さん?」


「マッタク……アホらしい」


 わたしから退くと、鬼さんが角の付け根をガシガシ掻きながら籠の出入り口に歩いていく。


「あぁもうイイ。俺は出かけてくるカナ。大人しくしてろヨ」


「あ、は、はい」


 釘を刺す鬼さんに力強く頷いて見送る。

 よく分かれないけれど、鬼さんがなにか納得したみたいでホッとし、肩の力を抜いた。取り敢えずこれで一件落着なのよね。良かった。



 そして次に顔を合わせたとき、不思議なことに鬼さんは普段の鬼さんに戻っていた。元々気まぐれな鬼だとは思っていたけれど、なんだったんだろう。


 結局本当にあれはなんだったのか、数日経ってもわたしには分からなかったのだった。





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