贅ノ怪
拍手200怪記念です。
軽~い内容な割には長いですので、お暇であればお付き合いください。
「最近鬼さん忙しそうですね」
久しぶりに近い感覚で鬼さんと大広間で夕飯を食べる。
てっきり今日も籠の中で一人、夕食を食べるのかと思っていたけれど、鬼さんは部屋に現れた。
「まぁな。ちょいとしたイザコザがあって顔を出していたからナ」
「いざこざって何ですか? 妖怪同士で喧嘩したりするんですか?」
昔見た妖怪の大戦争的な画が頭に浮かぶ。
人間だって大人の男性同士が殴り合いになれば(ちなみにこの話の逸話は直樹お兄ちゃんのものだ)、相当凄い事になるんだから、妖怪ならもっと凄い事になるんだろう。
「常闇は広くて限りがナイ。ただ住める所には限りがアル。そうなりゃ限られた住処で互いに顔を合わせるんダ。衝突もあるダロウよ」
そう言って鬼さんは漆の盃を何度か傾けて、ゆっくりと中身をあおった。
「それじゃあ鬼さんは仲直りするために一役買ったんですね」
空になった盃に茶色の徳利を傾けて、青いお酒を注ぐ。
「仲を持つというよりは落としドコロをつけさせただけカナ。互の不満を解消すりゃあ納得するだろうからナ。おかげで俺は出ずっぱりだ。酒をのんびり飲んでる暇もないカナ」
「へぇ~、そうなんですか。お疲れ様です。ところで誰と誰が喧嘩していたんですか?」
「天狗やら狐やら猫やら……色々カナ。こうも諍いが重なるのも珍しいガ。まったく自分らでなんとかすれば良いものを、俺が行かねば鎮まらんのだから仕方がナイ奴らだ」
眉間に皺を寄せて溜息を吐くと、ゴクリと中身を飲み干す。
「鬼さん忙しかったんですね」
「あぁ~マッタクだ。休む間もないカナ」
差し出された盃にお酒を注ごうとしたけれど、いくら傾けても出てこない。
「あ、これはもう無いみたいです」
「じゃあ別のにするカ」
鬼さんがわたしの持っている徳利を取ると傍らに置き、前に並んでいるお盆に入った別のお酒達に手を伸ばした。
コンッ
小気味よい音が部屋に響く。ふたり視線が手前中央に集まる。
黒地のお盆の上に落ちたのは綺麗な朱い半円形の櫛。金の蜘蛛が長い足を伸ばしている模様が描かれていてどこか艶っぽい。
今のって、鬼さんの袂から落ちたみたいだけれど……。と、言うことは。
「女郎蜘蛛の、花魁さん?」
横目で鬼さんを見ると、なぜかお酒を掴もうとした手を伸ばしたまま固まっている。
顔も珍しくちょっと驚いた表情で固まっていて、次第にバツが悪そうな顔をした。
へぇ~……なるほどねぇ
なんとなく鬼さんの態度で、お腹の中でニヤリと笑ってしまう。
あれだけ忙しい忙しいと言っておきながら、花魁さんとはしっかりいちゃついていたわけだ。
忙しいけれど好きなことを我慢して頑張るデキる俺! って格好つけていたのに、これじゃあ台無しよね。
一向に櫛を拾おうとしない鬼さんの代わりに、わたしが手を伸ばして櫛を拾う。
「はい、どうぞ」
あんまり笑っちゃダメだと分かっているけれど、気が緩むと大笑いしそうで、奥歯を噛み締める。
ここで笑ってはダメ。絶対にダメ!
そう思えば思うほど笑いそうになる。
グッと我慢して鬼さんに櫛を差し出し続けると、鬼さんは「あぁ」と言って渋々と櫛を受け取る。
でもその声音がどこか弱々しくて、さらに笑いがこみ上げてくる。
「じょ、女郎蜘蛛の遊郭でも、喧嘩があったんですか?」
笑いを堪える時間稼ぎのために話題を振る。
「あの気の強い花魁さんだと、色々な人と喧嘩しそうですもんね」
「イヤ、アイツは客といがみ合うなんて事はしない。……化け猫の遊郭と……少し衝突があっただけカナ」
バツが悪そうに話す鬼さん。お、可笑しい……怒られたお兄ちゃんみたいにシュンとしている。
……あれ? でも今、化け猫と衝突があったみたいなこと言ったよね。そしたら、普通に仕事の範囲内なんじゃない? だったら別に普通にしていたらいいのに。
あ、でも仕事に託つけてイチャついていたなら、
こういう態度になってもおかしくないものね。
そう結論が出ればますます可笑しくて。
気まずそうにしている鬼さんを横に歯を食いしばって笑いを堪えた。
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翌日、起床のしたくを終えたとき鬼さんが現れて、大広間に連れてこられる。
ここ最近籠で朝ごはんを食べていたから、なんだか新鮮。
部屋の中を進んで足を止めた。
目の前には豪華な食事に色とりどりの瓶が並んでいる。
いや、普段も豪華は豪華なんだけれども、今目の前にあるのは贅を極めたというか、超フルコースみたいなお品書き内容で、思わず固まってしまう。
朝からこれって……食べきれないし、凄すぎる。
それに人間に合わせた食事で、これだけ豪華な内容って初めてじゃないの?
「さ、鈴音食べろ食べろ」
ぐいぐい押されて、座布団の上に押さえ込まれる勢いで座らされる。
温泉たまごに納豆、梅干。
沢庵に味海苔、焼き魚、お刺身、煮物。
ほうれん草の胡麻和え、きんぴら、お鍋に入った湯豆腐。
ざっと見ただけで、これらのものが綺麗な器に丁寧に盛られている。
根野菜などは全て飾り切りにされて花や葉っぱ、鳥や蝶の形に切られていて思わず見とれてしまうほどだ。
ここまで手の込んだ料理が出るだなんて……い、一体なにごと!?
嬉しいよりもなんか、怖い……
「どうした鈴音。気に入らンか?」
「いえ……凄すぎて……びっくりしてます」
いつの間にか食べ始めてる鬼さんに、口を引きつらせながら正直な感想を述べる。
おずおず箸を手にして「いただきます」と言って料理を眺める。本当に、何度でも言っちゃうけれど、凄いわ……。
黙々と食べればすぐにお腹が膨れて箸が止まる。まだ半分も食べていないんだけれど、もう食べれない。
「ごめんなさい、もうお腹がいっぱいで食べられないです」
残してしまうのが本当に勿体無いけれど、お腹も限界だわ。お昼にまわしてもらおうかな。
「もう良いのか? もっと食べられるのかと思ったガ」
鬼さんの目からしたら、わたしが大食らいな女に見えていたのかしら。こんな大人三人前の量をわたし一人が食べられるわけないじゃない。
眉を寄せるわたしをよそに、鬼さんはわたしの残り物をムシャムシャ食べていく……というより、飲み込んでいく。
鬼さん喉むせたりしないのかしら。
ちなみに色とりどりの瓶の中身は、意外にも果物のジュースだった。林檎や桃、蒲萄に蜜柑と、それこそ選り取りみどり状態で、本当に久しぶりのジュースに全部一通り飲んでしまった。
たまにならこんな贅沢も悪くないかも。
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そんなこんなで食事も終わり、籠に戻るが……
「え……え!?」
思わず二度見してしまう。
籠の中央に飾られている、今は見慣れないもの。
まじまじと見つめて鬼さんが背後にいるのも忘れてそれを手にとって見つめる。
「お前、これが欲しかったんダロウ。特別にやろうかと思ってナ」
鬼さんの得意げな声を耳にしながら、一度後ろに下がってそれを全体的に見た。
可愛いフリルがふんだんに使われた袖や襟口。ピンクの下地に白い小さな花が散りばめられて、胸元のリボンが愛らしい。
わたしがいた世界の、服。ここにはない「洋服」だ。
でも……これって……
「ろ、ロリータ……ファッション……」
すずらんの形をしたパフスリーブに波打つようなフリルとレースが重なる膨らんだスカート。蝶々に模した大きなリボン。
テレビで見たことあるけれど。これってそうだよね。確か東京某所で見れるという、大人の少女服といわれるジャンルの服よね。
「一等地で売られていた流行りの現代服を用意したカナ。良い生地を使っているだろう」
「どこの一等地で買ったんですか……」
た、確かに肌触りは良いしレースもきめ細かくて綺麗だけれど……とても、着る気には……ちょっと……なれそうにない……。
用意してくれた鬼さんには悪いけれど、着るにはすごく勇気がいる。
「まぁまぁ、気に入ったのはわかるが着なければ意味がないだろう? 早速着替えナ」
鬼さんの仏の慈愛のような微笑みを背後からビシビシ感じて、今までとは違う冷や汗が流れる。
こここここ、これこれ、これを着ろと?
どんな羞恥プレイ!? いや、この場合コスプレプレイというべきか……。
いや、そんなことはどうでも良い!
「えっとその、あの、その……こんな良い物を着るだなんて勿体ないです! そーだもっとトクベツなときにきましょう! そーしましょう!」
「ン? なんだ着ないのか?」
一転不満げな声を上げる鬼さんを尻目に、うんうん頷きながら服をしまおうと畳み始める。
「そーですよ! こんなコウカでスバラシイもの、いまきるだなんてとーんでもないです!」
「……なんで棒読みになってんダ?」
「う、うれしすぎて! びび、びっくりしてるんですよ! ははは」
わたしの高笑いに引いているのか、訝しげに思っているのか。鬼さんは眉を寄せて、腕を組んだ格好で首を傾げる。
そんな様子を横目で捉えつつ、テキパキとフリル満載の服を丁寧に素早く畳みこみ、早く和箪笥に閉まってしまおうとフル回転で手を動かすわたしであった。
お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございます。