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夢幻の騎士  作者: 遠坂遥
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真辺梓の記憶

明かされる騎士の記憶。

真辺梓の記憶


 「俺じゃないって言ってるだろ」

 杉山が気だるそうに頭を掻きながら言った。

 決して証拠がある訳じゃない。彼が怪しい素振りを見せている訳でもない。でも私は、彼が諸悪の根源であると理解していた。

 文芸部員が光士郎に暴力を振るったという知らせを受けた時、私は耳を疑ってしまった。彼にとって、文芸部員は同じ趣味を共有する仲間であり、普段から多くの時間を共にする友人であったはずだった。実際、私が道場に行っている時、彼は決まって文芸部室に行き、彼らと小説について議論を交わしたり、面白い小説を紹介し合ったりしていた。

 彼らは本当に酷かった。ありもしない盗作話を先生たちに吹き込もうとしたんだ。彼らが持っていたノートには、光士郎が書いた小説と同じ様な内容が書かれていた。そしてそのノートはいつも文芸部室に置かれていた。彼らは、光士郎がそのノートを見て、アイデアを盗んで小説を書いたと言いだしたのである。私はこんな酷い話はないと思った。彼らが一方的に悪いくせに、光士郎の名誉まで傷つけようとしたのだから。

 先生たちは初め、この話を真に受けそうになった。ノートの存在は割と文芸部員みんなが知っていたらしく、光士郎自身もその存在を認知していた。文化祭には任意で一人が一作品を出すことになっていた。光士郎があの頃なかなか作品が書けなくて焦っていたのは事実だ。だからと言って、文化祭程度で盗作をするメリットがどこにあるのかと私は思った。

 それにそもそも、小説家にとって作品は命と同じだ。光士郎は人の作品を盗むことは、人の命をとることと同義であると理解していた。だからそんなことは絶対にするはずがない。彼の性格を考えても、そんなことが出来るはずがなかった。

 でも、私がいくらそう主張しても、証拠の様な物が存在していることは非常にまずかった。光士郎がそれを盗み見た証拠なんて全くないのに、本当に盗作があったのではと思う教師が何人か出てきてしまった。

 そんな中で、私たちを助けてくれたのは、うちの学校の生徒会長の鳳元だった。前から評判の良い人だったけど、初め私は彼を信用していなかった。彼が家にやって来た時、彼が文芸部員の話を鵜呑みにしているんじゃないかと思った。でも、それは私の思い違いだった。彼はしっかりと私たちの話を聞き、私たちが本当のことを言っていると信じてくれた。そして彼は、光士郎の名誉を守るべく行動してくれた。

 彼は光士郎の行動を洗い出し、彼が放課後一人で文芸部室にいたことがないことを証明した。というのも、二人で文芸部に行く時は決まって二人で下校するし、私がいない時であれば、光士郎はいつもどの文芸部員よりも早く下校して、私のいる道場の近くのカフェで私を待っていてくれるのだ。もちろん、そのカフェの店主は光士郎がいつも来ていることを証言してくれた。そして文芸部員が全員帰宅した後に関しては、私の母親が平日は家にいないため私はいつも牧村家でご飯を御馳走になっていて、その席には必ず光士郎も同席していた。だからアリバイは完璧だった。更に二人で近くのコンビニまで買い物に行っていた様子も何度か目撃されており、光士郎に疑う余地はないことが証明されたのである。

 この結果を元に、鳳君は加害者たちを問い詰めた。すると驚くべきことに、彼らは自らの主張をあっさり翻したのだ。このことは先生たちが全員、彼らが嘘を言っていたと確信するのに充分のことだった。これでようやく、光士郎の無実が証明された。

光士郎はその後、周りの人のサポートもあり、しばらくして学校に復帰することが出来た。一方加害者たちは、暴行だけでなく嘘までついたことが分かり、一時は退学処分が出るのではないかと言われていた。しかし、その処分に光士郎が待ったをかけた。彼はあんな酷い目に遭わされたというのに、彼らの処分を軽くするように先生方にお願いしたのだ。というのも、処分が下される直前、光士郎を暴行した四人が私たちの元に謝罪に来たのだ。私は正直言うと許すつもりはなかった。でも、彼は許した。反省しているならもうそれでいいと言ったのだ。光士郎がそう決めたのなら、その決定に異議を唱える必要はない。だから私はもう彼らに関しては何も言わなかった。どちらにしろ重い処分であることは間違いない訳だから。

 彼らは処分された。しかし、私はそれで全てが解決したとは思えなかった。私はあることに違和感を覚えたのだ。それは、光士郎が何もしていないなら、彼らはどうして光士郎に暴力を振るったのかということだ。彼らは、ただイライラしてやったと言った。だけどそんなことであそこまで用意周到なことをするだろうか。私の疑問はつのった。

 ある時私はこんな噂を聞いた。女子水泳部の更衣室に、カメラが仕組まれていたという話だ。初めはそれがどこから出てきた話なのかはよく分からなかった。実際調べてみても、更衣室にはカメラはなかったらしい。でも、火のない所に煙は立たないと言う。こんな話が出るには何かしらのことがあったはずだ。だから私は調べた。

 出てきたのは、驚くべき事実だった。ある男子生徒が、放課後の視聴覚室から聞こえてくる話声を聞いていたのだ。ちなみに視聴覚室は放課後に利用されることはない。鍵も職員室においてあるはずだった。彼が聞いたのは、男数人の話声だった。小さな声だったが、彼らが歓喜していたのはよく分かったらしい。話し声から、彼は誰がそこにいるかほとんど把握出来たそうだ。もちろんその中には、今回の事件の加害者が含まれていた。その中で彼らは実に卑猥な話をしていた。思い出すのは正直嫌だ。助平なのは仕方ないが、女の子の大事な部分を見るために、そこまで卑劣なことをする彼らの神経が私には理解出来ない。とにかく、彼はその話を聞いて、盗撮があったのではないかと疑った。そしてそれを何人かの生徒に話したらしい。

 噂の正体はこんな感じだった。噂は噂を呼ぶ。その話がどこまで広がっていたのかは、私は知らない。私は当然彼らにそのことを問い詰めた。だが、彼らはそんなことは知らないと白を切る一方だった。でも私は、絶対にこのことは今回の一件と関連があると思った。これを偶然と言って済ませてしまうのは、いくらなんでも都合が良過ぎる。

 そこで私はある仮説を立ててみた。盗撮が実は誰かに露見していたという説だ。そこから導き出されることは、それを盾にしたゆすりだ。このことを黙っていてやる代わりに、金を出せ。ゆすりの手段としてはこれが一番一般的だと思う。でも私は、今回に関してはそれは違うと思った。お金を奪われることと、暴行の件に関連性を持たせるなら、もっと違う答が導き出されるからだ。

 杉山暁という人物と私は、かつて友達だった。つまり今は違うということだ。彼が私に好意を抱いていると感じたのは、二年になってからのことだった。でも、その時にはもう私は光士郎と付き合い始めていた。だから彼の好意を受けることは出来なかった。いや、もし付き合っていなくても私は彼とは付き合ったりしないが。彼の顔がタイプではないということも、まああると言えばある。でもそれだけではない。彼は非常に自尊心が強い。それも、実績の伴わない自尊心だ。これは実に性質が悪い。何も彼を支えるものがないのにプライドだけは高いというのは、人間として最も嫌なタイプだ。そういうタイプは、失敗から反省することもほとんどないから余計に始末が悪い。彼は誰に対しても横柄だ。女子と付き合っても、一週間後には振られる。それは恐らく彼の態度が原因だろう。バレー部員に彼のことをどう思うか聞けば、七割以上は嫌いと答えるだろう。騙されるのは彼を知らない新入生程度だ。

 そんな彼に好意を向けられるのは、正直言って迷惑な話だ。それだけならまだしも、彼氏がいると分かっていながらもストーキングをされたのにはほとほと困り果てた。

 私はその日を境に、彼から完全に距離を置くようになった。彼もそれに気付き私に近づいてこなくなった。でも私には分かる。彼はまだ、私を諦めてはいないということを。時折感じる気色の悪い視線は、紛れもなく彼のものだ。彼が下劣な感情を私に抱き続けていることは、実はこの事件と大いに関わってくるのだ。好意の反対は憎しみだ。私に向けられている好意は、いつしか、とある人物に対する憎しみへと変わっていった。

 もう、言わなくても分かるだろう。暴行を働いた文芸部員たちが、盗撮を露見させないことと引き換えにしたのは、光士郎の心身への攻撃だった。そう、杉山暁は、私の恋人である光士郎へ憎しみをぶつけようとしたのだ。

 彼はそれを認めない。当然証拠もない。

 だけど、もうそれしか考えられない。彼が文芸部員をけしかける以外に、一連の事件は起こりようがない。

 杉山暁を、光士郎に近づけてはならない。私のせいで彼が傷つくことは絶対に許さない。何があっても、私が彼を守る。その時私は、そう心に誓った。


凛々しい梓が個人的には大好き笑

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