とある少年の日記
再び少年の日記へ。
あの日、少女の身に何があったのか?
とある少年の日記
四月二六日(木)
いつものことだが、クラスが変わって一月が経とうとしているのに未だにクラスに馴染めていない。誰かと話をしようと思っても、どうしても口ごもってしまう。女の子などもっての外だが、男でもそんな調子なのだから手の打ちようがない。
僕に友達が出来ない原因ははっきりしている。僕が暗いからだ。僕が暗くて、内気だから誰も僕と仲良くしようなんて思わないのだ。いつも教室の隅で下を向いている僕に話しかけてくれる人なんている訳がないのだ。でもそれが分かっていても、僕にはどうすることも出来ない。今さらこの性格を直そうにもどうやって直したらいいのか全く分からない。
今日も岩崎陸也に悪口を言われた。あと他の三人にはバケツの水をひっかけられた。クラスのみんなはバカにした様な目で僕のことを見ていた。
僕がこんな目に遭うのは、やっぱり僕が暗いからだろうか。
明るくすれば友達も出来るし、いじめもなくなるだろうか? だがそうだとしても、毎日こんな酷い目に遭わされているのに、明るくするなんて無理に決まっている。学校に行くだけでも吐き気を催すと言うのに、笑顔でいろなんて無茶も大概にしてほしい。
学校で人生のことを考えていると暗くなる一方だから、僕はいつも通り小説のアイデアを考えることにした。
丁度岩崎たちに酷い目に遭わされた後だったから、僕は僕を助けてくれる強くてカッコイイヒロインを想像した。彼女はとても優しいが、強くて気高く、悪には決して屈しない。女の子が大きな声で怒鳴り散らしたりするのは少しイメージと合わないから、僕が想像する彼女は、凍りつくほど冷徹な顔を敵に向けて闘う。そんな冷徹な顔と、僕に向けられる笑顔とのギャップがまた堪らなかったりもするのだが。
僕が想像する女の子は基本的にはいつもそんな感じだ。僕を守ってくれる強くて優しい人、僕を求めてくれる愛らしい人、そして僕の小説を決してバカにしない人だ。
小説を書いていると人に言えば、だいたいの人は僕をバカにするはずだ。実際先日、僕はあの人に小説を酷評された。いや、決して小説のできを批判されたのではない。彼女が批判したのは、僕の考え方そのものだった。正直彼女にあそこまで言われる筋合いはない。彼女の過去に何があろうと、あの子と僕は違う。変われる素質が、彼女にはあっただけの話だ。三田村さんには、僕のことは絶対に分からない。
僕がいてほしいと思う少女は、三田村さんと違って決して僕の小説をバカにしない。いや、むしろ僕の小説を好きでいてくれる。それこそが僕の理想だ。彼女を想像する上でそれだけは外せない。
もちろん見た目も大切だ。さっきも書いたが、僕はどちらかと言えば可愛いよりカッコイイ女の子の方が好みだ。そして身長は僕よりも少し高いくらいの方が良い。そして肝心の顔の特徴は、彼女自身の意思の強さを反映しているかの様なつり眼、スラッと通った高い鼻、そして吸い寄せられる様に魅惑的な厚い唇。それが僕の憧れである。しかし実はそのイメージに一番符合するのは、あろうことかあの三田村さんだったのだ。何たる皮肉か。僕のことなど決して受けいれてくれるはずのない彼女が僕の理想の女の子の容姿だなんて。しかしいくら容姿が理想的だろうとも、中身が伴っていないなら全くもってそれは無意味だ。見た目は大事だが、僕はそれだけで人を判断する様な薄っぺらい人間ではないつもりだ。だから僕は決して三田村さんを好きになったりはしないだろう。
ちなみに僕のイメージする少女の好きな食べ物はチョコレートだ。僕はチョコが嫌いだが、女の子はスイーツが好きだがら、チョコが好きなのは女の子らしいと思う。そして更に嫌いなものは苦い物にした。これは僕がコーヒー好きだから、コーヒーを飲んでいる僕に対して「大人だね」と言ってもらうためだ。
そんな女の子が、ある日僕の目の前にひょっこり現れる。そんなシチュエーションを僕はいつも夢想している。そしてそれを小説として形にして、実体験しているかの様な錯覚を僕は楽しんでいるのだ。
三田村さんの様に、くだらないことだと多くの人は言うのかもしれない。だが僕にとってはこれが全てなのだ。みんなは本当の世界で、本当の友情や愛情を手に入れられるのかもしれない。だけど、僕には何もない。それらを手に入れることが出来ないのだから、妄想の世界に浸ることが悪いことであるはずがない。
と、こんなことを勢いに任せて書いてしまったが、最近少しこの妄想をするのがきつくなってくることがある。僕は小さい時から、そんな女の子が実際に僕の目の前に現れることを望んできた。だけれど、僕がいくら願ってもそんな女の子は今まで一度も現れなかった。いつか来るかもしれない、いつか僕を助けてくれるに違いない、そう信じられたからこそ、僕はこの妄想で心を支えてくることが出来た。だけど、そんな子は僕の周りにはいなかった。今だってそうだ。クラス中を見回してみても、誰一人僕を助けてくれそうな人はいない。
赤間さん、石橋さん、井上さん、遠藤さん、小田島さん、加賀美さん、小谷さん、佐藤綾香さん、佐藤恵美さん、鈴村さん、瀬古さん、田所さん、十和田さん、中島さん、西野さん、野呂さん、長谷川さん、帆足さん、三田村さん、山口さん、渡貫さん……。二年B組にいる二一人の女の子は、ほとんど僕の理想とは異なっているし、そもそも僕は彼女らとほぼ全く言葉を交わしたことがない。
文芸部の知り合いと言えば、よりにもよって三田村さんしかいない。何度も書いているが、残念ながら彼女とは友達になれそうもない。それも僕にとっては非常に痛いことだ。
僕はこんな生活をいつまで続ければいいのだろうか。日常で溜まっていく鬱憤を、妄想で晴らす日々を、いつまで続ければいいのだろうか。絶対に現れない人を待ち続け駄目になっていく人生を、いつまで続ければいいのだろうか。
このままでは駄目だと思った時期もあった。運動をして、自分を鍛え直さなければと思った時期もあった。だが結局うまくいかなかった。剣道など、僕には到底不可能なことだったんだ。三田村さんの様な華麗な成功体験を参考にしたのがバカだったんだ。
妄想は僕の心を支えている。でも同時に、僕を駄目にもしていく。
変わりたい。変わらなければいけない。だからみんなは僕を待ってほしい。みんな僕をいじめずに、気長に待ってほしい。それが今の僕の一番の願いだ。
今日はもう遅くなってしまった。小説の続きはまた明日書くことにしよう。
四月二七日(金)
ゴールデンウィーク前の最後の日だと言うのに、今日は本当に最低な日だった。
もう我慢の限界だ。誰も僕を待ってくれない。僕は変わろうと頑張っているのに、みんなが僕を追い詰めていく。
また岩崎たちにいじめられた。あいつらは絶対に許せない。殺したくらい憎い。そして何もしてくれないクラスメートも同じくらい憎い。絶対に許せない。
本当にもういい加減にしてほしい。あいつらは僕の小説を奪ってクラス中の見せものにした。そして全部足で踏みつぶした。いくらプリントアウトした紙だからって、あれは僕にとって到底許せることではない。クラスメートが口々に気持ち悪いとか囁き合っていた。僕は耐えられなかった。涙が出そうだった。
みんな助けてくれない。その時僕は現実に何かを求めることはもう無駄だと悟ったのだ。
今はもう死んでもいいかと思っている。でも一人で死ぬのはあまりにも悔しい。僕は何も悪いことをしていないのに、寂しく死んでいく事だけは嫌だ。だから僕は考えた。僕が死ぬ前に、僕を苦しめた連中にも死んでもらうことにしたのだ。
我ながら恐ろしいことを書いていると思う。だがもう我慢の限界だ。人の痛みを分からない人間など、死んで当然だ。そして僕も死ぬのだから、何も怖いことなどありはしない。
僕は連休明けの学校で、放課後クラスメートを殺すつもりだ。当日、小説を今度はわざと岩崎たちに見せて、それをばら撒かせる。岩崎たちや他のクラスメートがそれに気を取られている内に、僕は彼らをナイフで一人ずつ刺し殺す。
多分何人かは逃げてしまうと思う。でもせめて、岩崎陸也と僕の小説を気持ち悪いと言った赤間千鶴と、岩崎と一緒に僕を一番酷い目に遭わせた杉山暁だけは殺してやりたい。あいつらさえ殺せれば、僕の願いは叶ったも同然だ。あ、あと三田村さんにも何かしらの仕返しをしてやりたい。だが彼女は小説を愛する人間だ。出来れば、やつらとは違ったことをしてやりたいところだ。そしてそれが済んだ後は、学校の屋上から飛び降りて死んでやるつもりだ。
決行に向けて、僕はナイフを用意する必要がある。ちゃんと命を奪えるように、刃が長くてごついサバイバルナイフがいいと思う。僕が苦しんだ分、あいつらにも苦しみを与えるつもりだ。
今この時でも、僕は両親に対して特に感慨はない。彼らは僕に無関心だ。一緒に住んでいるだけのただの他人だ。僕が人を殺して自殺した所で興味などあるまい。
ただ僕が残念に思うのは、やはりあの子に対してだ。まだ僕の前に現れていないだけで、いずれ僕の前に現れようとしているのではないかと、僕はまだ思えてならないのだ。ここで僕が死んでしまっては永久に僕があの子と会う機会はなくなってしまう。それだけが僕の心残りだ。
会いたい。あの子に会いたい。どうしても会って抱きしめたい。あの子を自分のものにしたい。僕を助けてほしい。この世の全ての困難から僕を守って欲しい。
夜の七時を回った。あまり遅いと店が閉まってしまう。この機会を逃せば、僕はもう動きだせないかもしれない。だから僕は、これから、ナイフを買って来ることにする。
五月七日(月)
おかしなことが起こった。一体何が起こったのか訳が分からない。
あの子がこれまで、あんな風に僕に話しかけてきてくれたことなどなかった。僕には、彼女は今までの彼女ではなかったような気がした。
“From: m-azusa2B19@kitakou.co.jp
title: 真辺です
本文:こんばんは、真辺梓です。と言っても呼びづらいかな。つい先週まで違う苗字だったしね。でもこれからは“真辺”が私の苗字なので、牧村くんも私のことは、真辺梓と呼んでくださいね。
ということで、牧村くんの小説を読ませて欲しいので送ってください。待ってます。”
言われるがままにアドレスを教えてしまった。絶対また僕をバカにするのだと思ったのに、また僕を叱責するのだと思ったのに、彼女はそんなことはしなかった。
一体どうなっているんだ? 真辺梓に、いや、“三田村梓”に何が起こったと言うのか?
分からない。僕はただただ混乱するしかない。
少し悩んだ後、とにかく僕は、彼女に小説を送ってみることに決めた。どうするかは、彼女の反応を見て決めることにする。彼女が僕を騙しているなら、あの作戦を決行するまでだ。だが、もしそうじゃなかったら……。
ナイフは机の奥にしまった。これを使うかどうかは、彼女にかかっている。
メールを送った。もう後戻り出来ない。あとはリプライを待つのみだ。
もう寝ることにする。
五月九日(水)
日記を書くのはひとまずやめることにする。
もう決めたから、決心を揺るがせないためにも日記は書かないし、読まない。
ただ、もし何かある時は、またこれを見ると思う。
その時まで、サヨナラ。
こうして彼は全てを受け入れた。
次回が実質的な最終話です!




