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夢幻の騎士  作者: 遠坂遥
10/13

牧村光士郎の手記 其の四

物語はクライマックスへ!

最後の手記です

牧村光士郎の手記 其の四



 この手記が書かれているということは、もう全てが終わったということだ。僕らの数日間の物語がいかなる結末を迎えたのか、今日僕はここに書き記そうと思う。

 冒頭部分で詳しいことを書くつもりはない。今ここでまとめられる様なことを僕は体験していない。全てを記すことが、僕に与えられた責務だと思う。

 長ったらしい前置きはもういいだろう。僕はこれまであったことを全て書き記していく。あまり強烈過ぎて忘れられそうにもないが、出来るだけ記憶が新鮮な内に書きあげようと思う。


 僕が梓の入院する病院に着いたのが、午後二時ごろだ。本当はもっと早く来ることも出来たのだけれど、なかなか覚悟が決まらずこの時間までかかってしまったのである。しかし、病院に着いた僕はもうしっかりと腹を決めていた。何もかも終わらせるという強い気持ちを持って来たのである。

 受付を通りすぎ、エレベーターの方へ向かう。いつもなら寄る売店も今回ばかりはスルーした。ミルクチョコレートを買うのは、全てが終わった後でいいと思ったからだ。

 四階へと昇る。廊下は日差しが差し込んでとても温かった。僕は吹き抜けに差し込む日差しを存分に浴びながら病室を目指した。

 僕は病室の前にたどり着く。ノックはしない。ノックをしたところで彼女は答えてはくれないし、そもそも僕は今日彼女の意見を聞くつもりはない。だから僕は無言で病室の扉を開けた。

 いつものように、彼女は窓際のベッドで眠っていた。僕はベッドの横の椅子に腰を下ろした。気持ちのいい風が窓から吹き込む。その度にレースのカーテンがゆらゆらと揺らめいた。僕は彼女の顔を覗き込んだ。

 穏やかな顔。だが、今彼女が悩んでいることを僕は知っていた。

僕は彼女の手を取った。そして僕も目をつむった。

僕はパソコンの前に座っていた。辺りを見回すと、僕のすぐ左隣には教卓があり、この教室が僕の座っている所から右側に向かって三十メートルほどの長さがあることが分かった。そして横が長いのに比べ、縦の長さは五メートルほどしかなく、そこが非常に横長の教室であることが分かった。各席にパソコンがあることから、どうやらそこはパソコン室である様だった。

僕はその部屋に見覚えがあった。そこは前に二人で訪れたことのある部屋だった。そこは大学の政治経済学部の建物にあるため、政治経済学部を希望する彼女がこの建物に入りたいと言ったのだった。ちなみに僕は文学部が第一志望で、政治経済学部は第二志望だ。正直言うとこっちに入る方がよっぽど難しいのだけれどね。

教室には電気がついていたし、暖房もちゃんとついていたため非常に暖かかった。パソコンは起動していなかった。僕はスイッチを押してみたが、残念ながらそのパソコンはうんともすんとも反応してくれなかった。横のパソコンも、その横のパソコンも同じだった。僕は諦めて席を立った。

すると不意にパソコン室の扉が開いた。入ってきたのは、真辺梓その人だった。彼女はこの夢に出てくるとき必ず着用している甲冑を着ていなかった。それに加えて剣も持っていなかった。彼女の恰好は僕と同じように学校の制服だった。それはまさにあの時と一緒だった。二人でキャンパス内を見て回ったあの時と。だがその時とは絶望的に状況が違っていた。なんと彼女は、車椅子に乗っていたのだ。

あの時は、自身の足で校内を見て回っていたはずなのに、彼女の足は今の現実の彼女と全く同じ状態になっていたのである。

 彼女は僕を見て特に驚いている様子はなかった。驚いてはいないのだが、なぜだが少し怒っている様に見えた。僕は車椅子の前に立った。すると彼女が言った。

 「どこ行ってたの光士郎? 探したんだよ! ほら、もうかなり遅くなっちゃったし、早く帰ろうよ!」

 そう言うと、彼女は僕の腕を掴んだ。僕は何がなにやら分からず狼狽するが、彼女は気にせず「早く行こう!」と言った。

 彼女の口ぶりを聞いていると、どうやら僕がキャンパス内で一人で勝手にいなくなってしまい、彼女がずっと探していたということになっているらしかった。実際僕は大学を訪れた時一人になったことはなかった。だからこれは恐らくこの夢の中の設定なのだろう。だがなぜ急に制服姿で、しかも車椅子に乗って彼女が現れたのか僕には理解出来なかった。

 制服姿の彼女がここにいるということは、騎士の恰好をした彼女はいないのだろうか。もしいないのだとしたら、この夢の目的は何なのだろうか? これまで、夢の中で彼女が騎士の恰好をしていたのには目的があったはずだ。僕はそれを理解してここに来た。だから僕は騎士姿の梓に会わなければならなかった。

彼女は相変わらず僕の腕を掴み、教室から出ようとする。僕はそんな梓に向って尋ねた。

 「鎧は……あの甲冑はどうしたの?」

 僕が尋ねると、彼女は顔全体に疑問の色を浮かべた。まるで何を言っているのとでも言いたげな顔だった。

 「甲冑って、一体何のこと? どうして私がそんなもの着ないといけないの?」

 どうやら彼女はしらばくれている訳ではなさそうだった。彼女は本当にあの騎士姿のことを知らなかったのだ。僕はますます分からなくなった。騎士姿の梓と、制服姿の梓が別人だとは思えない。どっちも彼女であることは間違いなかった。だが何かが違っている。騎士姿の彼女は銀髪に青い眼だから雰囲気が違うのは当然だが、そういうことではなく、何か根本的な、大元が違う様な気がしたのだ。

 眼の前にいる少女は、梓ではあるが、あの梓ではないのではと僕は思った。でもだとしたら彼女は誰なのか? 車椅子に乗っているのだから、現実世界の梓なのか。しかし彼女は眠ったまま目を覚ましていないはずだ。僕は結局彼女が何者なのか分からないまま、彼女と一緒に建物から出た。

 外はやはり寒かった。彼女は自らの手に息を吹きかけている。その仕草は、あの騎士とは違う可愛らしさがあると思った。騎士は騎士で勇ましいが、彼女にはこういった一面もあったことを僕は思い出していた。

 僕は梓の車椅子を押しながら歩いた。そして徐々にあの銅像に僕たちは近づこうとしていた。僕は段々と心がざわめき立つのを感じていた。それと同時に足も震えだしていた。僕の身体はまるで、これ以上先に行かせたくないかの様に僕の動きを止めようとした。だが僕は止まれない。まるで吸い寄せられる様に、この足は歩みを止めようとはしなかった。そして僕らはついに銅像前にやって来た。

 建物の灯りとは違う、人工的ではない不思議な光をその身にまとい、騎士は佇んでいた。やはり彼女はいた。制服姿の梓とは別に騎士姿の梓がいる。この空間には二人の梓が存在していたのだ。

 車椅子上の梓は明らかに狼狽していた。自分とそっくりの人間が突然現れれば驚くに決まっている。しかもその人が甲冑を着ていたとしたら、その驚きは何倍にも膨れ上がるに違いない。

 正直言って、狼狽していたのは彼女だけではなかった。僕も混乱していた。あまりに予想外だった。僕は確かに騎士姿の梓に会いに来た。だがそこにもう一人の梓が現れることなど想定すらしていなかった。

 この夢の意味は何だ? 彼女が見せる夢にはいつも意味があった。二人の梓が存在する世界にどんな意味があるのか? 僕は急いで頭を回転させる。だが、答えは導き出せない。分からない。その時の僕には彼女の気持ちが全く分からなかったのだ。

 騎士は驚いている僕らを見た。彼女の表情から感情は読み取れなかった。騎士は僕らを見ながら言った。

 「光士郎、あなたに対する私の気持ちは、もうとっくに理解しているはずだよね……?」

 僕は無言で頷く。表情はかなり強張っていたと思う。騎士の顔は変わらない。

 「ちょ、ちょっと光士郎、これ一体どういうこと……? どうして、私がもう一人いるの? それにあの恰好は……? 私の気持ちって、何のことよ……?」

 彼女が矢継ぎ早に質問をぶつける。これほどまでに動揺している梓は見たことがなかった。僕は答えない。無言のまま騎士を見つめる。戸惑うばかりだった梓も、僕のただならぬ様子を見て黙った。そして同じように騎士を見つめた。

 彼女が僕に何をしてほしいのかは知っていた。だが僕はそれを絶対に認めない。そのために僕はここに来たのだ。僕はやはり梓が二人いるという意味が分からずにいた。僕が尚も何も言わずにいると、彼女は口を開いた。

 「光士郎、分かっているなら、ここには来てほしくなかった。素直に身を引いて欲しかった……。でも、もう仕方がない。私はもうこうするしか、あなたに想いを伝えられない……。だから……」

彼女は右手を腰に挿してある剣へと伸ばす。そしてしっかりと柄を握り締めた。

僕はその時やっと理解した。そして恐怖した。彼女の意志の強さは、僕の想像を超えていた。

彼女が剣を鞘から引き抜く。そしてこう言った。

「私は、私自身を殺します。それで全て終わらせます」

僕は車椅子から彼女を抱きあげ、戸惑う彼女を無視して背負い込んだ。そして、騎士に背中を向けて走り出した。



 「ちょ、ちょっと、一体、どういう、ことなの?」

 「いいから! いいから今は黙っていて! 絶対に僕は彼女に追いつかれちゃ駄目なんだ! 追いつかれたら……もし、追いつかれたら……」

 それ以上は言えず、僕は梓を背負ったまま走り続けた。

 彼女はとんでもないことを考えていた。この夢に来た時点で一悶着あるとは思っていたが、まさか自分自身を殺そうとするとは思いもよらなかった。

 この夢の仕組みは相変わらずよく分からない。今まで赤間千鶴や杉山暁、岩崎陸也が夢の中で死んだところで現実世界には何の変化ももたらさなかった。だからもし、今回彼女が自分自身をこの世界で殺したとしても、現実世界の彼女には何ら変化はないのではないだろうかと僕は思った。すると、

 「牧村くん! こっちだ!」

 鳳さんが僕を呼んでいた。彼は大きなオフィスビルの様な綺麗な建物の下にいた。僕は全力でそちらの方へ走った。彼の元へ辿り着くと、彼は手を伸ばしながら「真辺さんは僕が」と言った。だが僕はそれを断った。彼女は、自分自身で守りたいと思ったからだ。

 建物に入る直前、彼は僕に言った。

 「細かいことを言っている時間はない。とにかく、僕らは彼女を守らなければならない。もし、ここで真辺さんが殺されてしまったら、現実世界の彼女も死ぬことになる。それは絶対に避けなければならない。絶対に守りぬかなければならない! 正確なことまでは分からないが、この夢が終わるとしたら、それは恐らくこの大学を飛び出した瞬間だと思う。なんとか彼女を撒き、この大学の敷地内から出ることが出来れば、この夢はきっと終わるはずだ」

 彼はだいたいそんなことを言っていた。細かいことを端折っているせいで、なぜそんなことが分かるのか疑問を感じたが、なぜか彼がそう言うのならそうなのだろうという気になった。とにかく僕は、彼女を撒き、この敷地を出るまで彼女を守らなければならないということだ。僕がこの夢ですべきことは実に単純明快だった。

 だが、何をやるかが分かっていても、実際にそれをやり遂げるのは至難の業だ。白銀の騎士が走るスピードと僕らが走るスピードを比べたら、その速さの差など一目瞭然だ。単純な競争ではすぐに追いつかれてしまう。しかも僕は梓を背負って走っている。障害物を味方につけないことには、とても逃げることは出来そうもなかった。

 入った建物は非常に新しい建物であった。広いエントランスに、目の前には階段とエスカレーターがあり、二階がそこからもう見えている。あまり障害物はなかったが入ってしまったのだから仕方がない。僕らは一目散にエスカレーターまで走ると、それを一気に駆け上がった。

 二階に上がると、すぐ左手にはラウンジがあった。その空間は非常に広く、五十メートル×二十メートルほどありそうだった。だが残念ながらそこにもあまり障害物がなかった。長机や椅子はあるが、彼女だったらまとめて吹き飛ばしてしまえるほどのものしかなさそうだった。だから僕らはラウンジには向かわず、今昇って来たエスカレーターの横にある、上階へ向かうエスカレーターに乗ったのである。

 騎士の姿はまだ確認出来なかった。だが彼女が僕らを追ってこない訳がない。僕らを追うくらい、本気を出すまでもないと思っているのだろうか。もしそうだとしたら、それはある意味ではラッキーなことだった。この建物内で彼女と鉢合わせせず脱出することが出来れば、敷地を抜けることは不可能ではないはずだからだ。

 僕らは三階に到着すると、更なるエスカレーターを昇りにかかる。僕はその瞬間、思わず息をするのを忘れてしまっていた。エスカレーターが辿り着く場所に、彼女の姿があったのだ。

 どうやったのか、いつの間にそこに辿り着いたのかすら分からなかった。ただとにかく、騎士が僕たちを待ちかまえていたのである。

 僕らはそのエスカレーターに乗りかけていたのだが、彼女を見つけるやいなや、急いで引き返した。昇りかけていたエスカレーターを降りたことで、僕は危うく躓きそうになったが、鳳さんがなんとか僕の身体を支えてくれた。体勢を立て直すと、僕らは後ろには目もくれずに、元来た道を引き返していった。

 二階に辿り着くと、前方にガラスの扉を見つけた。僕らはほとんどぶつかる位の勢いで、その扉を押し開いた。その瞬間、夜の寒さが僕らを襲った。強烈な北風が僕らの身体を吹き抜けた。興奮してすっかり熱くなっている身体ですらそれは冷たいと感じた。それほどにここは冷たい世界だった。

 僕らは急いで、前方の階段へと向かう。そこからは先日激闘を繰り広げた七号館と、そこから見ることが出来た六号館が見えた。右手には今いた高層ビルの様な十一号館、そして左手にはこれまた大きな建物が二棟見える。後ろはこの敷地内から出られる門があったが、この距離では彼女を撒けないと考え、僕らは大人しく階段を駆け降りることを選んだ。

 二十段ほどある階段を素早く降りる。僕はすっかり息が上がっていた。正直、彼女を背負ったまま階段を降りるのは辛かった。だが文句を言っていられる状況ではなかった。僕は鳳さんに支えられ、その階段を出来るだけ急いで駆け降りた。

 僕はそこで振りかえる。階段の真上に彼女がいた。いつかの時の様に月明かりを全身に浴び光り輝いていた。一瞬僕はそれを美しいと思ったが、彼女の瞳は信じられないくらい淀んだ色をしていたのを僕は見逃さなかった。感情が麻痺したかのようなその表情に、僕は恐怖すら覚えた。

 騎士はゆっくりと階段を下りる。僕らは全速力で左手に曲がり、大き目の建物の中を目指した。扉を押し、僕らは中に入った。そこにはまたしてもエスカレーターがあった。先程の恐怖が蘇る。彼女はどんなルートを通ってやって来るか分からない。だが考えている余裕はない。僕らは飛び込むようにエスカレーターに乗った。

 息を切らしながら三階まで向かう。彼女がこの建物に入った気配がした。まさか一跳躍で三階まで来ることはあるまいが、彼女の身体能力は現実世界の人間を軽く凌駕しているのは間違いなかった。

 三階は、右手と左手どちらにも廊下が伸びていた。恐らくこの階は、ぐるりと一周回る仕組みになっているのだろう。だから恐らくどっちから入っても辿りつく先は一緒のはずだ。もし彼女を撒くとしたら、その途中にある教室を使うしかあるまい。

 僕らは左手から廊下に入った。見たところ廊下の左右に教室がある様だった。右手の教室を窓から覗いてみた。部屋はかなりの広さがあった。大きなホワイボードに扇型に並べられた長机が七列ほどある。そして向こうの出口からも廊下が見えた。どうやらどちらの廊下からもこの教室には入れるらしい。

 廊下の右手の教室は全部で三つ。騎士の気配はすぐそこまで迫っていた。僕らは二番目の教室へと駆け込んだ。僕らが三階に行ったことは彼女も分かっているはずだ。だから彼女が教室内を探すのは分かっていた。僕らはジッと耳を澄ました。彼女が来る方からは見えない位置に隠れようと思ったのだ。だが待てども待てども彼女が廊下を歩いてくる気配がなかった。もしかしたら一番奥の廊下にいる可能性も捨てきれていないのかとも思ったが、それにしたって全く確認にも来ないというのはおかしな話だ。僕は鳳さんと顔を見合す。彼も緊張した面持ちの中に疑問の色を浮かべていた。

 だがそんな僕らの疑問は二秒後には吹き飛ぶことになった。僕は失念していた。赤間千鶴が腹を裂かれながら騎士と相対した様に、岩崎陸也が天井を破壊するほど化け物じみたパワーを発揮した様に、そして、あの白銀の騎士が、たったの一振りで教室を破壊しつくした様に、この世界では、常識など存在しないということに。

 強烈な衝撃音と共に、教室内が銀色の光に包まれた。僕らは吹き飛ばされ、教室の壁に叩きつけられた。僕は痛みに耐えながら目と耳を凝らした。梓の苦しそうな声が聞こえた。僕は急いで彼女を抱き寄せた。鳳さんの声は聞こえなかった。

 僕は苦悶の表情を浮かべる梓の身体を支えながら何が起こったのかを確認しようとした。教室は僅かに埃などで視界が悪かったが、なんとか中の様子は確認出来た。机が端の方を残してほとんど吹き飛ばされていた。見るとホワイトボードが壁ごとなくなっていた。教室の後方にも大穴が開いていた。大きく開けられたそれぞれの穴からは、隣の教室を見ることが出来た。どうやら隣の教室も似た様な惨状の様だった。

 常識外なのは分かっていた。だが、こんなことを彼女がするとは普通考えないのではないだろうか。誰だって、廊下を歩いて確認しにくると思うんじゃないだろうか。

 煙の中に光が浮かび上がった。そして、僕の眼でもその姿をはっきりと確認することが出来た。花の様なドレスに、銀色の甲冑、そして精悍な顔つき。それは紛れもなく、騎士となった真辺梓その人であった。

 彼女は剣を僕らに向けた。僕の背に隠れた梓が僕の服を掴んだ。恐怖のせいか、僕の服を掴む彼女の手は震えていた。僕は彼女の身体を庇い、必死に騎士の瞳を見上げた。

 「そこをどいて。私が用があるのは、そっち……」

 彼女は僕を睨みつける。それは獲物を射殺さんとする目だった。僕はその時、気の抜けた様に息をもらした。僕は、自身の学ランの懐に手を伸ばしながら、その場で立ち上がった。僕はそこから、サバイバルナイフを取り出した。

 僕の足元の梓も、騎士姿の梓も同時に息を飲んだのが分かった。僕にはあまりに似つかわしくない得物に驚いたとしても、それは当然だろう。

 僕がナイフを取り出すと、彼女の目が鋭くなった。剣を握る彼女の手も、先程よりもきつく握られたことが僕からでも分かった。彼女は決して僕を殺すつもりはなかったはずだ。だが彼女なら僕を戦闘不能にすることは容易だろう。もし僕が彼女にサバイバルナイフを振り下そうとすれば、彼女は一瞬にして剣を抜き、僕のナイフを叩き落としたはずだ。

 それはつまり、僕に勝機はないということだ。僕は戦うことなど無駄だと、ちゃんと理解していたのだ。もう僕の後ろの梓を守りきれないと、僕はしっかり理解していたのだ。どうにもならないと、ここにいる全員が理解していたのだ。

 僕はニヤリと笑った。そしてその不敵な笑顔のまま、騎士の顔を見た。

 彼女の顔に動揺が走ったのが分かった。それはそうだ。守っている人が殺されようとしている状態で笑える人など普通はいない。もしかしたら、僕の頭がおかしくなってしまったのだと思ったのかもしれない。だが安心して欲しい。僕は頭がおかしくなった訳でも、あまりに手詰まりな状態につい笑ってしまったという訳でもない。

 僕は決心しただけだった。こうすると、決めただけだったのだ。

 僕は、右手に持っていたサバイバルナイフを逆手に持ちかえた。そしてそこに左手を添え、勢いよくそれを、自分の腹に突き刺した。

 口から込み上げてくるものがあった。僕はそれを吐き出した。

 すると、僕の身体がふわりと浮かんだかと思うと、足の力が抜け、そのまま背中から倒れ込んだ。地面に身体が落ちる。それなりに衝撃があるだろうが、その時の僕にはもうどうでもいいことだった。

 僕は倒れるその瞬間見た。騎士の恰好をした梓が、今にも泣き出しそうになっているその顔を、僕ははっきりと見た。

 「光士郎!!」

 騎士の絶叫が、このボロボロの教室に響き渡っていた。


衝撃、と言うより突拍子もない結末!笑

光士郎はなぜこの様な行動に出たのか。次回以降、明らかになります。

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