或る日の僕と君
まずはプロローグ的な話から。
台詞が多いのはここぐらいです笑
或る日の僕と君
「牧村くんの小説って、いつも主人公の男の子を、かっこいい女の子が助けに来るよね。私、こういう話って好きじゃないんだ。どんなに辛くてもいつかは誰かが助けてくれるって考え、私は本当に大嫌い。ねえ牧村くん、現実では、こんな子が助けに来てくれることなんて、絶対にないんだって分かってる? 自分から変わる努力をしない人間には、どんな良いことも起きはしないんだって、あなたは分かってる? あなたが、どんなに辛かろうと、どんなに助けを求めようと、誰も助けてはくれないのよ。昔の私がそうだったようにね……」
三田村さんは自身の胸に手を置いて目を瞑っている。
「これまで言わないようにしていたけど、この際だから言わせてもらうわ。私は、あなたのそういった他力本願なところが嫌いだった。あなたはいつも、自分が不幸なのは他の誰かのせいのように言うけど、本当は違う。あなたが変わろうと思えばいつだって変われた。なのにあなたは、その努力を怠ってきた。それに、もし変わることが出来ていれば、人はあなたを決して嫌いになったりしなかった。あなたが殻に閉じこもり続けるから、みんなあなたのことを好きになることが出来なかったのよ」
三田村さんはそう言うと、今度は僕に背を向けた。僕はその背中をどうしたらよいか分からず黙って見続ける。
「牧村くんが小説に逃げちゃう気持ち、私にも分かるから、そういうことを決して否定したりはしない。だけど、そうやっていつもいもしない女の子を妄想して、それで人生満足してしまっている様なら、あなたは間違っているわ。そんな小説では、誰も感動しないし、あなただって虚しいだけだわ……」
洟をすする音が聞こえる。声も僅かに震えているのが分かる。最後に彼女は、少し声のトーンを下げて言った。
「散々酷いことを言ってしまってごめんなさい。でも、これだけは覚えておいて。私だって変われたんだから、あなただってきっと、変われるんだってことをね……」
三田村さんはそのまま僕と目を合わせることなく文芸部室を出ていった。後には、呆然とする僕だけが残された。
そんなこと、言われるまでもなく知っていたさ。
漫画や小説の様な、愉快なボーイミ―ツガールなんてあり得ない。少年は誰とも出会わない。少女は彼の横を素通りしていく。ただつったているだけの、情けない子供を残して、一人で成長していく。僕は取り残される。永遠に大人になれずに、河原で一人誰かを待っている。
分かっていた。全部僕は知っていたんだ。自分の考えていることが、いかに無謀な妄想であるか、僕は良く知っていたんだ。
僕の前に現れる少女などいない。僕を好きになってくれる少女などいない。僕を好きな所へ連れて行ってくれる少女なんていない。僕が放課後の教室で抱きしめてあげられる少女なんていない。僕と唇を重ねてくれる少女なんていない。僕と身体を重ねてくれる少女なんていない。いやしない。
ぐらっと身体が揺れる。僕は力なく教室の壁に寄りかかる。そしてそのまま地面に腰を下ろす。僕は片手で顔を覆いながら、意味もなく笑っていた。涙を両目から溢れさせて、心は悲しさと惨めさで溢れているのに、僕は笑い続けていた。
変わる努力を怠っていた訳じゃない。僕だって頑張ったんだ。だが結果が出なかった。僕の決意は打ち砕かれ、俯いていることしか出来なくなったんだ。そんな僕に残されていたのは、やはり小説しかなかった。小説だけが、僕を癒やす唯一の手段だったのだ。
自分が変われたからって、人もそう簡単に変われると思わないで欲しかった。三田村さんは何も分かってない。彼女の様な不理解な人間が、僕の様な弱い人間を追い詰めるのだ。
気付くと僕はいつも小説を書いていた。僕の大好きな少女を、僕は夢中になって描いていた。そんな彼女がいないなんてこと、僕だって知っている。だけど、それでも、僕はまだ、素敵なボーイミールガールを信じていたかったのだ。だって、それが僕の心を唯一守る方法だったのだから。それを失ってしまったら、僕は足元から溶けてなくなってしまうと思ったから。
何を言われようと構わなかった。妄想だって構わなかった。妄想であっても、彼女がいてくれるならそれでよかった。僕の少女は僕が妄想した通り現れると信じるより他に、僕には方法がなかったのだ。
僕は立ち上がり、服に埃を付けたまま、ふら付いた足取りで教室のドアに手を掛けた。鉄扉の様に重いそれを、僕は静かに開いた。廊下にはもう、誰もいなかった。
「微かなことにすがったっていいじゃないか。大好きな女の子を妄想したっていいじゃないか。僕の狭くて苦しい世界を変える様な存在が、いたっていいじゃないか……。三田村さん、君には分からないよ。君には、一生、理解なんて出来ないよ……」
僕の声は、誰もいない教室に、虚しく響いていた。
次から本編に入ります!