明治レジスタンス
※試作段階です過度な期待はしないでください
夜の帝都はすこし、錆びた鉄の臭いがした。
「なんでよ! なんで貴方が……」
この人はどうしたのだろう。なぜ泣いているのか解らない。理解できない。
「ねぇ、起きて! 起きてよ!」
――なにを言っているんだと、俺は起きているだろう、そう思った。
この人は俺の知り合いなのだろうか――いや、知りあいなのだろう。そんな気がする。
「こんなのって……ないよ……」
なぜだろうか、手が重い。足が重い。体に入れようとする力が抜ける。
重い手を無理に動かし、泣いている彼女の頭に手を置いてみたりする。安心させたいからだ。
手を頭に置いた後で気付いた。
――しくじった。手に何かべたべたする液体が付いているのか彼女の髪がへばりついてくるのもあるが、綺麗な西洋の血が混じった証である金色の髪の手のおいた所が少し黒ずんだ赤色なってしまっている。手についた液体が黒ずんだ赤色をしていたのだろう。この液体は考えられるとするなら染料か塗料なのだろうと思う。何時の間に手に付いていたのかは、さっぱりわからないが、明らかな自分の失敗だ。すまん。洗って落ちる物だと言う事を祈る。
「髪…ス…マ……ン……」
頭に置いていた手をどけようとしたが、彼女はその手を、淀んだ赤い液体で一杯の手をあろうことか、両手で握った。真剣な顔から察すると塗料?を頭に付けられた事がそれほど嫌だったのか……。逃がさないと言う事なのだろうか? ただ、本当にすまん。
「何言ってるのよ。いいの、私は貴方に……命を助けられたのだから」
澄んだ笑顔で俺の目を見てくれたが、「貴方に」の後に続く言葉聞き取れなかった。どうやら怒ってはいないのか、ならいいか。
「だから、今度は私が……する番だから……」
「それはいけない!君は逃げて生きるんだ!」
反射の様に俺はそう言った。言った後に自分は何を言っているんだそう思った。逃げろなんて、何から逃げると言うのだ。ここには銃撃戦の真っただ中ではない、ましてや戦場であるハズが無いじゃないか。ここは絶対安全とされる帝都なのだから。
だが、その答えは嫌でもすぐに出た。
ギィギイギィギィ
耳をふさぎたくなる様な金属を無理やり切断する音。不快音。手を自由に扱えない為耳を防げない。五月蝿い。
「また、傑物が出てくるなんて……、安心して、私が貴方を守るから」
傑物と呼ばれるソレを見た。見た目はゾウムシと呼ばれる甲虫に非常に酷似していた。黒い甲殻は月夜を反射し一層と光を放つ、口にはまだ餌を食べているのか複数の腕が破砕音と共にソイツ口の中に消えて行く。一町(約110m)の距離があるのにソイツの吐く息からは鼻がもげそうなくらいの死臭しかしなくなった。一体幾人を食らってきたのだろう。
――そんな化け物に人が同等、いや、生きると言う選択を選ぶのであればそれ以上の力が必要だ。なのに、こんな美しい子が、か弱い子が戦えるとでも言うのか、答えは否。これはどこかの本屋に売っている小説や新小説、ましてや、鳥や蛙が立って歩く鳥獣戯画の世界などとは違うのだから不可能だ。
女の子がこんな化け物に対して果敢に挑んでいるのだ。死と言う恐怖を抑え込んで、しかし、自分はどうだろうか? 手や足が動かしにくいだけで、無理を通せば動くだろう。
――逃げるか?
答えは否だ。誇り高き大日本帝國軍軍人としては男を捨てる様な事は断じてあってはならない……そうだろ? と自分の心に問いかけると心が、自分自身が答えてくれるようにさっきまでの恐怖心などのが消え、代わりに、使命感と闘争本能に満たされた。
「邪魔だ。どけ、女が居て戦いの邪魔しかならん」
体に無理を押し徹してもらい立ちあがり。俺を守る彼女の肩を掴み強く後ろにどかす。
これは俺個人の推測なのだが、彼女は俺が先に逃げろと言おうが言う事を聞かず俺を守り続けてくれる頑固者だろう。だから、悪い物言いし、機嫌を損ねさせて俺を守らなくする。そうすればおのずと彼女はこの場から逃げてくれるだろう。心の中では謝罪の言葉で
「嫌よ! 私は貴方と朽ち果てるまで一緒なのだから!」
芯が強い子だ。異人の血が混じって無ければ日本一の帝國美女になれたろうに。
だが、今はそんな話ではない。
「消えろと言っている!」
ギイギィギギィ
討論をする時間はどうやら無いらしい。ソイツ、傑物と呼ばれているソレは突進をしてきた。速い!
「走って逃げろ! 異人の者」
「嫌です! 天皇の命令だろうと、命の恩人だろうと逃げません!」
チッ。
「痛いぞ、歯をくいしばれ!」
舌打ちを鳴らし攻撃が当るまでにできる一瞬を使い彼女を攻撃が当らない所まで蹴り飛ばす。力加減が出来ない為少々痛かったかもしれない。
「……!」
ギィギィギィと音を立ててくる傑物に彼女の声がかき消される。なにを言いたいのか解らない。
「もし、また会えるのなら……君みたいな許嫁。嫁がほしいな……。柄でもないか……」
ギィギィギィ。
足が動かなかった。回避ができない。
ギィー!
強烈な突進当り、体が砕けそうな衝撃が俺の体を襲い。何処かのレンガの壁にぶつかる。
もう立てねぇ、腕を動かすのが精いっぱいだ……。
――そう言えば、この後彼女はどうやって逃げるのだろうか。
ふっと、疑問が浮かんだ。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
――彼女を逃がす為にはどうすればいいのか……、なにか武器はないだろうか……
「ん?」
体を調べていると右ポケットにアレがあった。
「試作百年式手榴弾。鳶……」
なんだろうか、見えない力にでも守られているのか、神の加護があるのだろうか、コイツでアイツを殺せと言っているかのように用意された武器の感じがした。
「ハッハッハ! 笑ってしまうな」
ギィギイギィ
俺にトドメを刺そうとする傑物が大口を開き迫って来る。
横目で彼女を蹴った方を見ると彼女は何か伝えようと這いずりながらこちらに向かってくる。
しかし、今はもう何を言われても動じない。ただ、奴を殺さないと彼女が食われる。それはいけないと一本の信念が俺を動かさない。
「この線を抜いて5秒後に爆発する……んだったかな、まぁいいか、殺せたらなんでも、いい」
ギイギィ
「最後一服か……」
なぜだか、食われるまでの時間が楽しい余韻に思えた。
ギィギィイィィィィィ
手榴弾の線を抜き、自分の胸ポケットにいれ、太ももについているポケットから煙草とライターを取りだし。煙草をくわえライターで火を付ける。
「すぅ~はぁ~。あぁ~、まじぃ……」
夜に吸う煙草は風情があったが不味かった……