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広い石畳の往来を、数え切れないほどの人が行く。
国境の町らしく、様々な格好があちこちで見かけられる。田舎者も見慣れた感じの服装をしている青年もいれば、全く異国風のおしゃれをしている女の人もいる。
そして一番ミーナの目に異常だったのは、鎧を着込んだ兵士の数だった。それ自体は見たこともあるのだが、ここには角を曲がるたびに出くわすような密度だ。
八百屋、肉屋、薬屋、服屋、レストラン、等等。道の両脇には多くの店が立ち並び、目の前の人の流れを自分のほうに向けようと必死に声を張り上げていた。通りを行く人々の喧騒が辺りを埋め尽くしている。
「いて!どこ見て歩いてんだ!」
「さあさあ、今ならパインが安いよ!」
「待ってよ〜!歩くの早いって!」
「ランチサービス実施中です!サラダがタダになりまーす!」
「おかあさーん!どこぉー!?」
こんな感じの怒号が飛び交う中、田舎者の少女と家出少年は立ち尽くしていた。
二人は顔を見合わせた。
「ど、どうしよ?」
リックがおたおたと尋ねる。牧場の町、サラサ出身のミーナほどではないが、彼の実家とてこの大都市の前では所詮イナカだ。
「……えっと」
ミーナはとりあえず辺りを見回した。どこを向いても人がいる。それもたくさん。
こんな状況が今まであっただろうか。それにとんでもなくうるさいし。
彼女の感想を一言で言うなら『でかい』だ。
とにかく、でかいのだ。入るときにくぐった門に始まり、昨日の夜泊まった宿も、ただのレストランもどっかのお城かと思うくらいばかでかい。
「とりあえず、人の少ないところに行こ。ここじゃ落ち着けないし」
ミーナはおずおずと歩き始めた。リックもそれに続く。
国境の町、タラスラント。
ハミルテンのお姉さんいわく『おもしろい』町だが、ちょっとついていけてない。
なるべく人のいなさそうな道を選びながらしばらく歩くと、やっと二人は落ち着いた。
裏通り、とでも言うのか。狭い道は薄暗く、先ほどの大通りに比べて汚れている。そういう通りのあちこちに居酒屋の看板が掲げられていた。
「……なんか」
ミーナは小首をかしげた。
「ここもちょっと、違うなあ」
座って落ち着けるような店とかに入りたいと思っていたのだが、どうもそういう趣旨の店はなさそうだ。
リックはミーナの服のすそを引っ張った。
「ねえちゃん、戻ろうぜ」
「そだね」
振り返る。するとそこに人影があった。
ごっつい体格のつるっぱげ、薄汚れた格好の人影だ。
狭い道、よけて通ろうとする二人の前に、そいつはずいっと立ちふさがった。
「おい、嬢ちゃん」
がらの悪い横柄な声。それを聞いてミーナはぴんときた。
これはあれだ。からまれた、っていうやつだ。本で読んだ。強面の男がか弱い女の子を脅すのだ。金を出せとか、俺のものになれとか。
「うわ……ホンモノだ」
「は?」
きょとんとした目でそう言われても意味がわからない。
「あのな、ちょっと――」
「行くよ!」
男の言葉も終わらぬうち、ミーナはリックの手を引いて駆け出した。
「え、ねえちゃん!?」
「いいから逃げる!」
その場にはぽかんとした男が残された。
疾風のごとく、快足を飛ばす。裏通りの風景が走るように流れる。
「うわわ、ねえちゃん!」
リックが声を上げた。「追ってくるよ!」
振り返るとつるっぱげが走っている。迫ってくる。
「しつこいなぁ!」
とにかく走る、走る。ハゲのほうが足が速い。距離が縮まっていく。
「ヤバイヤバイ……ん!?」
揺れる視界の前方に、人影が見えた。
「たすけてー!!!」
なりふりなど構っていられない。ミーナは迷わず叫んだ。
その人物の足が止まった。黒い髪の女の人だ。腰に吊った細身の剣を引き抜き、こちらを向いている。
「助けてください!」
もう一度言って、二人は女性の横を通り抜けた。彼女は口元で笑って、空いている手で親指を突きたてて見せた。グーサインだ。
息を切らして男が駆けつけてくる。
「はあ、はあ……待てって言ってんだろ……!」
その前に女性が進み出た。抜き身の剣が光る。
「な、なんだてめえは!」
刃物に少々びびりながらも、男は逃げたりしなかった。度胸のある奴なのかもしれない。
「関係ねえ奴はすっこんでろ!大体、お前誰だ!」
「……」
彼女の表情が微妙に変化した。笑顔だ。でも目だけ笑ってなくて、それがなんだか怖い。
「今、なんつった?」
「だから、てめえ一体誰だ!」
言った瞬間、刃がきらめいた。次の瞬間には、どさりと音を立てて男がくずおれる。
「峰打ちよ。安心しなさい」
かっこよく言い放つ。その背に、ミーナとリックが興奮した声を上げた。
「すっげええええ!」
「かっこいいいい!」
女性は髪をかき上げて、ふっと声を漏らした。なんとなく、気分がよさそうだ。
「ま……待て」
その背に、倒れた男から声がかかる。顔がぼこぼこにはれ上がり、全身青アザだらけでぴくぴくしている。峰打ちだが、割と容赦なくぶん殴られたらしい。
男はミーナを指差した。
「そこの……金髪の嬢ちゃん……」
「あ、あたし?」
「これ……落としたぞ……」
小さなポーチを差し出して、男はガクッと首を倒した。
「……」
「……」
言いようのない気まずさが漂う。
そんな空気の中、黒髪のおねえさんはポーチを男から取って、
「良かったね」
にっこりと笑った。大物なのかもしれない。




