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 牧場は相変わらず平和そのものだった。

 グルカの牧場では馬だけでなく牛も飼っている。馬は騎馬として王国のが買っていったこともあるくらい質がよく、牛は牛でいい乳を出す。これは近くの町では大好評で、特にチーズがよく売れる。今のままではあんまりたくさん作れないのだが。

 そんな感じで注文が結構入ったりするので、グルカは普段なにげに忙しい。ミーナが旅立ってしまってからは村の子供たちに手伝ってもらっているが、こいつらがなかなか曲者だった。

 「おーい。こいつを倉庫に運んどいてくれないか」

 グルカは牛の乳を搾っていた。栄養たっぷりの牛乳が詰まった金属の容器を、隣で見守っていた二人の少女に手渡す。

倉庫には特殊な魔方陣が敷いてある。搾った牛乳は火と水の魔法で殺菌消毒され、風の魔法で味の劣化を防ぐ処理をする。このへんが人気の秘訣だがいかんせん倉庫が狭いのでちょっとずつしか作れない。広くしたいのだが、魔方陣を拡げるには専門知識がないのだ。

ちなみにチーズは普通に作る。

 「うわー。ミルクだ」

 「ほんとだ」

 どうでもいいことに目を輝かせる姿は、ほほえましい光景なのだろう。普通は。

 「頼んだよ」

 なんだかどんよりした目で、グルカは二人を見た。

 「うん。わかったー」

 「まかせといてよ」

 どんと胸を叩いて、二人して容器をえっちらおっちら運び始めた。

 牛舎を出る直前、片方の娘の目がにやりとゆがんだ。

小さな手が揺れる白き水面に突っ込まれ、勢いよく跳ね上げる。

おいしいミルクが片割れの女の子にひっかかった。

「うわ!」

びっくりしながらもにっかりと不敵な笑みを浮かべる。

「やったなっ!」

ばしゃばしゃ。

「あはは!」

「このこの!」

二人はいたって楽しそうだったが、当然目的意識なんてものは頭からすっ飛んでいた。

「あああああ!?」

そんな様子に気付いたグルカは慌てて止めに入ったが、

「りゃー!」

熱中しすぎて、容器を持つ片方の手がぱっと離れた。

勢いよく大事な商品がぶちまけられ、牛舎の土を白く染め上げていく。

ごつい男は肩を震わせた。黒いオーラがほとばしる。

でもお子様はそんな様子にまるで気付いてくれなかった。目をぱちくりさせてお互い顔を見合すと、

 「あははははは!」

 「あははははは!」

 パワフルな笑い声を爆発させた。

 こうなったら大人の負けだ。グルカは思い切り肩を落とした。

 ついでに泣いた。


 「じゃあ明日もくるからねー!」

 「ばいばーい」

 ぶんぶん手を振って二人は帰って行った。やっぱり後片付けもしてくれなかった。

 言い知れない悲しみに苛まれながらグルカは牛舎を掃除していた。さっさと片付けないと次の仕事が遅くなってしまう。

 「どうじゃ、子供たちは」

 丸まった背中に声がかかった。振り返るとよぼよぼのじいさんが立っている。

 「村長……」

 グルカはじじいをにらみ上げた。

 「あのね、村長。ミーナがいないから代わりに子供たちを手伝いによこしてくれたのはありがたいですよ。でもね、なんていうか俺一人でやったほうがまだマシというか」

 「そうかそうか。それはよかったのう。子供たちも喜んでおったし」

 このじじいも子供といっしょだ、とグルカは思った。はたしてこいつがいまだに村長をやっていて、この村は大丈夫だろうか。

 「そんな事より、ミーナから便りとかはないのかえ?」

 「え、いや。ないですよ」

 そんな事に気が回るような娘でもないだろう。

 「そうか……。まだ勇者はみつかっとらんのか」

 「ていうか、あんな預言者の言うこと信じてるんですか?」

 「無論。ほれ、この牧場の隅に小さな祠があるじゃろ?」

 「ああ、はい」

 確かにある。古ぼけた、石の祠だ。

 「彼はあの祠の中にあるものを当ててみせたのじゃ。村のものでも、このわし以外知っているはずのないものを」

 「……そうですか」

 熱っぽく語るじじいから、彼は目を逸らした。

 実は知ってる。子供の頃かくれんぼをしていて、真っ先にそこに隠れたのだ。

 中にはさびついたぼろぼろの剣が一振り、置いてあった。おもしろがって振り回していたら、さびた部分がぽっきり折れてしまったのだ。さすがに焦った。

 グルカ少年は牧場から持ってきた牛乳を代わりに供えておいた。どうしようか必死に考えて出した結論は『なにか一番いいものを代わりにおいとこう』だった。

 そしてそれが自分ちの牛乳だったというわけだ。剣は近くに埋めておいた。

 「うむ。あの者の言うことは正しい」

 「ならなんで、今の今までなんにもしなかったんです?」

 預言者が来たのは十五年前。グルカの犯行は二十数年前なので、確かに預言者はすごい奴なのかもしれないが、それにしては行動が遅い。

 「忘れとった」

 まるで危機感を孕まない危機が迫っている。なにげに。





 馬に乗った娘は、ばかでかい門を見上げて大口を開けた。連れの少年もそれにならう。

 「……でっかいね」

 「ほんとだ……。こんなでっかいなんて知らなかった」

 少なくとも、ミーナは今までこんな大きな建造物を見たことがない。これがお城なんだぞと言われればそのまま信じてしまっただろう。

 タラスラントはでかいと聞いてはいた。聞いてはいたが入り口の門だけでこれだと、もうおなかいっぱいだ。

 そういう門に、次々と人が、馬が、馬車が吸い込まれていく。

 田舎者が呆けていると、後ろの馬車からどやされた。

 「さっさと行け!」

 「す、すいません」

 こんな調子で二人はタラスラントの町に足を踏み入れたのだった。


わけあってペースがかなり落ちています。読んでくださっている方、申し訳ありません!ぼちぼち続けていきます。

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