表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

4

 一言で言えば、それは人間だった。背中にバカでっかい荷物を背負った人間。

 しかも、子供だ。十歳くらいの男の子。

 薄暗くなった町の、ただでさえ薄暗い通り。あたりに人はいない。

 そういうところで、その子供はうつぶせになってぶっ倒れているわけだ。

 「……うわ」

 ミーナの発した言葉はそれだった。

 めんどくさそうなのが倒れてるよ。

 ミーナの心中はこんな感じだった。

 ものすごくイヤそうに眉をしかめて、そーっと覗き込む。

 薄汚れた普段着。彼を押しつぶしている大きなリュックの口からは、腐ったりんごが転がり出ていた。

 たぶん、この町の子供ではないだろう。ミーナと同じに。

 察するに、なんかの事情で家を出てきて、ここで力尽きて倒れたのだろう。

 彼女はそう推測した。というか、それくらいしか思いつかなかった。

 そこまで推測してから、そろそろと少年の脇を移動する。

 関わり合いになりたくないオーラをじゃんじゃん発散していた。

 無事忍び足で通過し、どっかで人に会ったら『そこにガキが倒れてるよ』とか言っとけばいいかな、とか、彼女が考え始めたその時。

 「ん!?」

 足が進まない。

 右足が動かない。掴まれているような感覚だけがある。

 イヤな予感とともに右足を見る。

 足首を掴んでいる手は、ガキの体と繋がっていた。

 ガキはさっきまで伏せていた顔を上げて、こちらを向いていた。

 「た……助けて……」

 うつろな目のまま、すがるような声でそれだけを言って、再び『ガクッ』と顔を垂れた。

 優しいお姉さんなら、きっと『なんてかわいそうな子なの!』とかいってパンでもめぐんであげるのだろう。

 でも、彼女は決して優しいお姉さんではなかった。

 「クソっ……!」

 およそ女の子に似つかわしくないことを平気で口走る。

 いまいましい!とでも言いたそうな表情だ。

 無理矢理引き剥がそうとするが、とれない。

 ほんとに気、失ってるのか?

 彼女がそう思ってしまうのも無理がないくらい、強い力がかかっている。

 「………」

 仕方なく、そのまま強引に歩き出す。

 やっぱりとれない。3mほど進んだだけで、かなり疲れてしまった。

 「あー、もう!」

 ミーナのやるせなさが細い道にこだました。









 

 すごい勢いで、食べ物が消えていく。滝に流れ込んでいく水みたいだ。

 「おかわり!」

 また一皿。また一皿。

 「あのさ」

 「おかわり!」

 米粒をぶっ飛ばしながら、またまた注文。ミーナの声など聞こえていない様子だった。

 「……まあいいか」

 そうとだけ言って、ミーナも自分の食事に戻った。

 宿の一階にある食堂である。客は地元の人間が多く、それなりに賑わっている。

 あのあと、結局このガキんちょは足首から手を離してくれなかった。

 仕方ないので引きずったまま宿に帰ると、目を覚ました少年は腹が減ったと言い出す。

 最初は無視していたのだが、部屋の前であまりにもうるさく騒ぎ立てるので、仕方なく晩飯を食わせてやっている、というわけだ。

 にぎやかな食堂の喧騒に背を向け、ミーナは黙々と食事に集中する。その目の前には皿の山ができていた。

 「ふう〜。ああ、うまかった。ごちそうさま!ねえちゃん」

 しばらくして少年が料理の大群を片付けた。

 「ん?ああ」

 ミーナはとっくに食べ終えていた。

 「っていうか、あんた。名前、何?」

 「俺はリックっていうんだ!」

 先ほどとはうってかわって元気な声で自己紹介。

 「はいはい。お住まいは?」

 紙とペンを取り出して、ミーナは続けて質問する。

 「この隣町の、ミノアってところ」

 「ミノア、と。あとなんか、身分を証明できるもの持ってる?」

 「え?」

 「それをあんたの知り合いに見せたら『ああ、リックのだ』って分かるような物」

 「ああ。それならホラ、これ」

 そう言ってリックは懐から手帳のようなものを取り出した。

 「これ、学校の生徒手帳。ちゃんと名前も書いてあるよ」

 「よしよし。じゃあそれ、預かっとくから」

 「え?」

 いぶかしむリックの手から、手帳がすっと掠め取られる。

 「なんでだよ!返せ!」

 「ああ?」

 若干生意気な口をきいた少年を睨み付けるミーナの目は、すごい。

 気の弱い女の子なら、たぶん見ただけで泣き出すだろう。

 リックもさすがに泣きはしなかったが、涙目になって『ごめんなさい……』と小さな声で謝った。

 「ひょっとしておごってもらえるとか思ってた?」

 甘い甘い、と彼女は首を横に振った。半笑いだ。

 「どうせあんたお金持ってないんでしょ?だったら親にでももらうしかないじゃない」

 あとは領収書もらえば完璧ね、とミーナは笑った。目の前で半泣きの少年などお構いなしだ。

 リックは目の前が真っ暗になった。

 どうしよう。

 自分はどうやら、絶対に頼ってはいけない種類の人間にすがってしまったらしい。

 「あ、あの」

 「ん〜?何?」

 悪魔が振り向いた。

 「で、できればその、うちには言わないで」

 「なんで?あ、そうか。家出中なんでしょ?」

 「何で分かったんだ!?」

 説明なんか一言もしてないのに!

 「そりゃあ、見りゃわかるよ」

 「そ、それじゃ」

 「あー、悪いけどダメね。だって親に言わなきゃ、誰も払ってくれないもんね」

 「お願いします!なんでもしますから!」

 「ダメだってば。どうせ役に立たないし、必要もないし」

 「頼むから!」

 「ダメ。明日そのミノアって町まで送ってってあげるから。大丈夫よ。手間賃安くしといてあげる」

 「………」

 「ん?」

 「……う……ひっく」

 なんでこのねえちゃんは、俺をこんなにもいじめるんだ。

 「ちょ、ちょっと」

 「ひっく……」

 ひどい。かあちゃんよりひどい。

 「……ううう」

 「あー、ちょっと」

 俺、別に悪いことなんかしてないのに。

 「泣かないでよ……、ねえ」

 「うううううううう」

 あんまりだ!あんまりだ!

 「ほら、あたしのデザートのケーキあげるから」

 「うわああああああああん!」

 大爆発だ。もうしばらくはおさまりそうにない。

 でももらったケーキはちゃんと食べていた。食べながら大泣きしていた。

 「うわああああああああん!」

 「あー、あの、その」

 店内がなにやら変な雰囲気になった。ぼそぼそと他の客の会話が聞こえてくる。

 「泣かしてるぜ。あんな年になって」

 「かわいそうに。何されたのかしら」

 「あの女の子、相当ひどい性格してるんだな」

 ミーナに周囲の視線が突き刺さる。とても痛い。

 「分かった、分かったから、お願いだから泣き止んで!」 

 リックは耳を貸してくれなかった。

 「うわああああああああん!」

 でかい声で泣き続ける家出少年。

 おたおたする性悪娘。

 野次馬たち。

 こんな状況が三十分くらい続いた。

 ミーナは完璧に悪者になった。

 床は涙とケーキのかすでぐちゃぐちゃになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ