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その夜、皆が寝静まった頃。
ひどく憔悴した様子の少年はへたくそな字で手紙を書いていた。
あの後かあちゃんにみっちりこってりと絞られたのだ。子供じゃなくてもぐったりしおれてしまうくらいものすごい剣幕だった。
しかしながら、それが逆にこの少年の反骨精神を燃え上がらせてしまったらしい。
目だけが変な光をらんらんと放っている。
『はいけい。とうちゃんかあちゃんへ。
おれは旅にでることにした。いままでありがとう。』
身内でなけりゃ解読できないくらい汚い字だった。
ふと思いついて、書き足す。
『かえってきたら、きっとおれはすごいお金持ちになっているとおもう。
そうしたら腹いっぱいらざにあとかうまいものをたべさせてあげる。
だからゆるしてください』
彼はラザニアが大好物なのだ。もし彼が親なら、喜んで自分の子供を送り出すような手紙を書いたつもりだ。
そんなこんなで置手紙を書き終えると少年は机の脇に置いてあったバックを手に取った。
中には水筒やパン、お菓子など、主にリックの好物からセレクトされたアイテムがぎっしりと詰まっている。保存性とかいった言葉は見当たらなかった。
それを背中にしっかりと背負い、彼は立ち上がった。
納屋で調達してきた縄を窓の対面の柱に縛り付ける。強度を確かめて……よし。
縄の端を手に、リックは窓を開け、淵に足をかけた。縄の端を階下のほうに垂らす。
夜の風が吹き込んできた。いよいよ、待ちに待った旅立ちのとき。
「……じゃあな、父ちゃん、かあちゃん」
かっこよく言い残し、窓の外に身を躍らせる。
でもやっぱり怖いので、そろそろと縄を伝って降りていく。
「もう少し……あっ!?」
手が滑る。
彼は尻を思い切り地面に叩きつけた。
「いってえ〜!!」
夜中なので控えめに絶叫した。
「ううう。痛え」
尻が痛くて、立てない。
仕方ないので、そのまま這いずって移動を開始。
こうして、彼の一人旅は世にも情けない形でスタートした。
相変わらず、さんさんと日光は降り注ぐ。
そんな中、相変わらずだらしなくミーナは歩を進めていた。
といっても、実際に歩いているのは馬だ。
「昨日寄った町で帽子でも買っとけばよかった」
鞍にへばりつきながら、彼女は後悔を漏らす。
ここのところ毎日、馬は彼女の愚痴を聞いていた。
人間だったら「うるせえ!」とでも言ってるところだが、さすがは馬。文句ひとつない。
とにかく、彼女は相変わらずだった。
「………」
購入した地図を見てみる。買った町の位置に赤で印が打ってある。
そしてその印から十センチぐらい北のところに『タラスラント』という表記があった。
「タラスラント……」
聞いた話だと、ここから馬で二日ほどかかるらしい。
もっともそれは馬を走らせてのタイムなので、実際にはもっとかかりそうだった。
「……冗談じゃない!」
何であたしが、こんな思いをしなくちゃならないのか!
「あ〜もう!やめた!」
こんな思いするくらいだったら馬の世話してた方がマシよ!
確かに、この旅は結構な苦行なのだった。
朝から晩まで直射日光を真上から浴びなければいけない上、長時間馬に乗っているせいで体中が痛くなってくる。
お年頃の娘がやるようなことではないのだ。
帰るか?
「……いや、待てよ」
『来月いっぱいまで』
村長の言葉が頭に浮かんだ。
「ってことは、来月いっぱいまでは帰らなくてもいいのよね」
彼女の頭にいい考えが浮かんだ。
いい考えは、同時にわかりやすい考えでもあった。
この辺で遊びまくって、来月終わりごろに帰ればいいんだ!
勇者とやらは見つからなかったとか適当に誤魔化しておけばよし。
なんなら、近くの村から適当に引っ張っていけばいいし。
「……へへ〜」
ミーナはニタニタした。
鞍にへばりついて行進しながらニタニタする女が誕生した。
とても不気味だ。目撃者がいないのが幸いだった。
「あの子、タラスラントに着いたかねえ?」
「さあ、どっかでサボってるんじゃないですか」
グルカはコーヒーをすすりながらこたえた。話し相手は村長とこのおばさんだ。
仕事の休憩中に、おばさんが作りすぎた煮物を持ってきてくれたのだ。
「そういえば、あの子は知ってるのかい?」
「……さあ?あの預言者がここに来たのって、確か十何年か前のことでしたよね」
「それなら、知らなくても無理はないかね」
「ま、村長の話を聞いてりゃわかるでしょ」
不幸なことに、これまでミーナがじじいの話を最後まで聞き通したことは一度もなかったりするのだった。
「それにしても、信じてたんですかね、村長は」
「どうだろうねえ。一月前になってようやく思い出すくらいだから」
「そういえば、なんでミーナなんですか?」
「……さあ?」
この村の人たちは、何事も深く考えない人種なのだ。




