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 昔から、人には疎まれてきた。

 彼自身は、なんら疑問を抱くでもなくそこで暮らしていた。当然だ。生まれて十年とたっていない子供が、自らを忌むべきものなどと思うわけがない。

 だが、疎まれていた。

 自らの兄弟や、両親にすら。

 ある日聞こえてきた、女官の声。

 ――異形。


 「うわああっ!」

 ムニエルは叫ぶ。目の前には自分に剣を向けた人間の女とその仲間。

 怖い。

 「どうして、僕は」

 受け入れてくれた者たちも、今ここにはいない。

 憎い。

 「うわああああ!」

 傷ついた右の腕を高々と掲げる。空気がうなりを上げ、地が震えた。

 豪腕が天を割る。

 空気圧の塊が空に押し上げられ、夜空の雲を吹き散らした。

 「うおっ!?」

 「な、なんだこいつ!?」

 ムニエルの力を知らない連中は大いに驚く。天の怒り、地の唸り。世界そのものが敵に回ったかのような光景。

 「いきます、よっ」

 ミリオは地を蹴って、ムニエルめがけて駆け出す。右手には折れた剣、レイアの手にしていた魔剣だ。

 柄を振ると、折れた刀身が銀色に光る。光は長く伸びて、あっという間に新しい刃を形作った。

 「うそっ!?」

 レイアは驚いたが、そもそもこの剣が大きくなるところを見たことのある一同はあまり驚かなかった。

 銀光が鞭のようにしなり、ムニエルを真横からぶっ叩いた、かのように見えた。

 「うあああっ!」

 その刀身はあっさりと弾き飛ばされた。中ほどでぽっきりと折れ、しかし新たな刃が即座に再生する。

 「やめろっ!やめろよっ!ぼくは、ぼくは!」

 「いい子だから、ちょっと黙っててください!」

 ミリオが剣を振りかざし、太ったおっさんに切りつける。刃はムニエルに届かない。

 ムニエルはその手をミリオに向けてかざした。

 「どっかいけえ!」

 赤い閃光、衝撃。

 牧場に響き渡った甲高い音と共に、ミリオの体が吹き飛ぶ。

 「どっか、いっちゃえ……!」

 宙を舞うミリオに追い討ちをかけようとしたその腕に、錆びてぼろぼろになった剣がぶち当たった。

 「なら、あんたが失せなよ!」

 グルカの発掘した宝剣を握り締めたレイアは、ありったけの力を込めて体を動かしていた。何せ魔法の力がこれまでないほどに薄まっているのだ。

 「おねえちゃんも、やめろおっ!」

 ムニエルは斬り付けられた腕を強引に振り回した。傷一つ負っていない。

 「うおっ!?」

 つむじ風が巻き起こり、レイアの剣が流される。そのまま風に巻き上げられて、錆びた剣は宙高く舞い上がった。

 狂気のこもった視線がレイアに向く。しかし、ムニエルが行動を起こす前にミリオが三度背後から切りかかった。

 「……もう……やめて……。本当に……」

 ムニエルの目に、涙の粒が浮かぶ。苦しめられ、疎まれ、そして今も斬り付けられて。

 「うわああああああっ!」

 絶叫。同時に強烈な閃光と爆風。

 瞬時にミリオは後ろに飛んでいた。レイアも全力で飛び退り、転がってショックを軽減する。

 「今です!」

 下っ端の悪魔は叫んだ。

 レイアはそばに落ちた宝剣を握り締めた。

 魔法力を解放。

 封呪を解除。

 契約の執行、履行を申請する。

 「らああああっ!」

 宝剣に光が差す。ムニエルの真紅とは真逆、青い光。

 それを合図に、散らばっていた三人がムニエルを取り囲む形に立つ。

 レイアとミリオ、ミーナにリック、グルカ。

 五人の位置が、ちょうど五紡星を画く位置に重なった。

 宝剣の光が強さを増す。青は白に転じ、赤い光を押し戻していく。

 「レイアさん!」

 「うらあああっ!」

 レイアは光る剣を携えて、ムニエルに斬りかかった。

 おっさんの視線がレイアに向く。赤い光がその手に収束した。

 青と赤。ぶつかって、はじけた。

 それまでの強い地響きから一転、鋭い音と共に風が牧場を走りぬけた。

 「……どうなった!?」

 グルカが叫ぶ。色の混ざり合った光の中から、何かが飛び出してくる。

 マントをまとった太いおっさん。ムニエルは後ろ向きに飛んで、ミーナのほうに転がった。

 「……なんで、こんな……」

 相当のダメージが見て取れる。すべてミリオの指示で動いていたとはいえ、最初からそうすればよかったのに、と思うほどことがうまく運んでいた。

 あとは、仕上げだ。

 ムニエルはもぞもぞと動いて、苦しそうな声を上げていた。

 「……これが悪魔か……」

 ムニエルを近くではじめて見たミーナはちょっと拍子抜けしていたが、手に持った『伝説の武器』を一瞥し、のそのそとムニエルに近寄っていく。

 「ぼくは……ただ……」

 ちょっとかわいそうな気もするが、気持悪い。

 ミーナは伝説の武器を振り下ろした。

 頭で勝ち割られたビンの破片が散り、中のものがぶちまけられる。

 長年にわたって熟成された酸っぱすぎるにおいがはじけ跳び、黒々とした液体がムニエルの頭部に染みた。

 「……あうっ」

 おっさんは気を失った。だれだってそうなるだろう、とミーナは思う。


 


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