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「あとちょっとだ!」
グルカとリックは元気よく、赤い光とつむじ風の巻き起こる草原の広場へ歩を進める。
そのうしろではミーナが悪魔のスパイにおぶってもらっていた。足が痛いから、とミーナは説明したが、だれもが心の中で『歩いてたじゃん』と思っていた。
「ねえ」
「なんですか?」
ミーナは赤い光の柱を眺めながらミリオに尋ねた。
「その悪魔……ムニエルだっけ。なんで追い出されたの?」
「それは……」
すこし、ミリオは口ごもる。
「……まあ、彼の外見を見れば分かることなんですけど。たとえば、犬が猫を生んだとしたら、どう思いますか?」
「え?そりゃあ……変だね」
「そうです。変なんです。どう考えても、おかしい」
「で、なんか関係あるの?」
「……次の質問です」
歩を進めながらミリオは言う。豪風は広場に近づくにつれてうなりを上げる。一歩一歩を踏むたびに地震のように足元が揺れた。
「あなたの母親が、サルを生んだとしたら。そのサル、どうしますか?」
「え?」
意味がわからなかった。言っていることが突飛過ぎる。
わからなかったので、後頭部をグーで小突いてやった。小突くというか、ぶん殴るくらいのレベルだ。
「あで!」
「母さんがサルなんか産むわけないじゃん!」
「た、たとえですよ!たとえ!」
「……たとえ。ああ」
そういうことか。つまり、ここで言うサルとはつまり――
「ミーナさんに、聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい?」
「もし仮に、本当に産まれてきた弟か妹がサルみたいな見た目だったら、その子、どうしますか?」
また変な質問が飛んできた。拳を固め、後ろ頭に再びインパクト。固めた拳から人差し指をピンと立て、あごにあてて思案する。
「そうだなあ……」
「どうしますか?」
頭を片手で押さえながら顔をミーナに向ける下っ端悪魔。なんとなく、物欲しそうな目に見えた。
「……まあ、見た目が、ってだけでホンモノのサルじゃないんなら。当たり前だけど、弟か妹ってことになるし。そりゃ、普通に接するんじゃないの?」
ミリオは顔を前に戻した。
「……そうですよね。ありがとうございます」
「は?」
安堵したような声に、三度訳が分からない。三発目の拳を握ったところで、
「着いたぞ!」
グルカが叫んだ。小さな丘の向こう側、立ち上る炎の柱と地響き。風はいつの間にか弱まり、その代わりに辺りを強烈な熱気が覆っている。
この丘を越えれば、さっきの広場だ。
そのときだった。今までとは比べ物にならないくらい、強烈な閃光がはじけたのは。
「うお!?」
「な、何!?」
地響き、空気をも揺るがし、爆音が鳴り響く。その場にいたものの鼓膜を揺るがし、遠く離れた避難所では村長がひそかに失禁したりした。
光が収まる。炎も姿を消し、残るのは月の明かりのみ。
「……なんだ?」
「俺、様子見てくる!」
リックが飛び出していった。丘をダッシュで駆け抜け、その姿が見えなくなる。
一行も丘を登って、もう少しで向こう側が見えようというとき。
リックの声。
「ねーちゃん!おい、ねーちゃん!」
体が動かない。
頭が痛い。
手も足も痛い。
全身が痛い。
だが、生きている。
寝転がったまま、レイアは手元を見た。今まで握っていた剣は途中から刃がぽっきりと折れ、もはや何の力も感じられない。禁呪の剣もこれまでか。
そして、悔しいことにあのおっさんはまだ生きている。
だが、ダメージは確かにあるように見えた。少なくとも黒いマントはあちこち破れ、顔からも血を流している。
これまでか。
そのとき、知った声が聞こえた。
「ねーちゃん!大丈夫か!?」
自分をスカウトしたクソガキだ。こいつにだまされなければ、こんなところには来なかったのに。
もっともこいつは、なんにも知らないのだが。
「……生きてるけどね。あいにく、悪魔はぶっ殺せてない。逃げろ」
「立てないの?」
「……あででで!」
無理やり身を起こしたら、とんでもない激痛に襲われた。
「っていうか、あれ何?」
ムニエルを指差しながら尋ねてくる。ダメージのせいか、悪魔は身じろぎしながらこちらを見ているだけだ。
「……くやしいけど、あいつが悪魔。あんなでも死ぬほど強い」
――この自分を、ここまで追い込むほどに。
「マジで……、あ、そうだ!」
いきなり大声を上げたリックを、びっくりして見上げるレイア。
「な、何?」
「武器持ってたんだ、これ!」
言いながら右手に持っていたものをレイアの鼻面に突きつけて、
「うわ、何しやがる!?」
勇者さま直々の鉄拳を脳天に喰らう。かろうじて落とさずに済んだその武器を、レイアはリックから奪い取って放り投げた。
「何が武器だ!」
「ああ!」
放物線を描いて飛んでいくそれは、地面に落ちる前にふわりと空中で静止する。
「気をつけてくださいよ」
武器を中に浮かせたまま、そのそばに現れたのは青白い下っ端、スパイの悪魔、ミリオ。
彼に続いてミーナとグルカも姿を現した。
「手傷は負わせたみたいですね……。さすが、レイアさん」
「……あんたか」
「ま、話は後で。それより、これは本当に武器なんです。どうせ手詰まりなんでしょう?」
「はん……。もうちょっと、強い魔法がかかってりゃよかったんだけど」
「……」
ミリオは苦笑する。何の話だか分からない一同は不思議そうな目で二人を見た。
「とにかく、あとは僕の言うとおりにしていただければ済みます。ご協力願えますか?」




