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封印の場所。一人悪魔の復活を待つレイアは、つまらなさそうに剣をひゅんひゅん振り回していた。口が半開き、視線が定まっていない。本当にヒマそうな雰囲気をかもし出しまくっている。
ちなみに剣は元通り、細身のものに戻っていた。
「……転送術。封印の紋章」
ぶつぶつと独り言を言いながら、なおも剣を振る。なにかを考えているようで、なんにも考えていないようにも見えた。
「魔界の……王子。古代の魔道士……」
そのとき、地が震えた。
「!」
剣を振る手を止め、少し離れたところにある、封印の紋章を見やった。その中央、さっきまでヒゲもじゃのおっさんが立っていたところが、強い光を発した。
「いよいよ、来た?」
ぺろりと上唇を舐めるレイア。光は夜空に突き立つ槍のように真っ直ぐ伸び、辺りを異様な色彩に染め上げた。
みんながいないときに悪魔の復活。これで悪魔とやらがよわっちく、もし瞬殺でもしてしまえば目撃者がいないということになる。名を売りたい勇者としてそれはちょっとまずいが、そのへん大丈夫だろうか。
そんな心配をしながら、勇者は剣を握る手に力をこめた。次の瞬間、その手に大剣が現れる。相変わらず一瞬の変化、レイア自身もその過程をちゃんと目撃したことはない。
光が強さを増した。
目が痛くなるくらいの刺激が網膜を襲う。地響き――いや、音。咆哮とも悲鳴ともつかない音が体に当たってくる。
これは期待が持てそうだ。
「さー、来い!できればみんなはやく、戻って来い!」
レイアの叫びと共に、あたり一帯が紫色の光に包み込まれた。
戦いとは元来、地味なものだ。
相手を圧倒するのに、派手なパフォーマンスや仰々しい台詞回しなどはいらない。必要なのは確実に敵の戦闘力を奪い、自分の身を守ること。剣舞は技の集大成、洗練された流水のごとき立ち回りはかいくぐってきた死線の数。
でも彼女は違った。とにかく派手に敵をぶっ倒し、観客に活躍をアピールする。タラスラントで化け物を切り捨てたとき、住民から飛んできたおひねりのすばらしさは今も脳裏に焼きついて離れない。
惜しむらくは、危なそうだからといって村民が離れた集落に避難してしまったことだが、まだミーナたちがいる。目撃者が一人でもいれば、あとは首級でも持っていけばなんとでもなるだろう。
光が消えていく。
戻ってきた視界の先、魔法円の中央に人影。
「あんたが魔王、ムニエルだな!」
ビシッと大剣を突きつけて叫んだ。話を適当に聞いていたせいで肩書きがちょっと違う。
「寝起き早々で悪いが、この世界の安寧のため、人々の平和のため、そしてこのあたしの名声のため――」
そこで一度言葉を切る。
「ここであたしの剣に散――れ……?」
突きつけた剣の先っぽが徐々に下がっていく。
晴れた視線の先、そこにいたのは――
いってみれば、でっぷり太ったおっさんだった。
「……なんで?なんでこんなことになるの?」
全身から力が抜けた。剣を取り落とし、ひざをついて肩を震わせ、目じりには涙すら浮かべていた。
およそ、勇者に似つかわしくない格好だ。
「こんな……こんなおっさんを張り倒して、いったい誰が喜ぶっていうの……!?」
髪をかき乱し、叫ぶ。パフォーマンス。それがすべてだったのに。再起をかけてここまで来たというのに、この仕打ち。これではあんまりではないか。
しかもそのおっさんは、半裸だった。
ブリーフ一丁のだらしない肢体、これではただの変態だ。悪魔なのに。
「……まてよ」
ひょっとしたら、人違いかもしれない。
「あのー……」
おそるおそる、おっさんに声をかけてみる。おっさんはかすかにレイアを振り向いた。
「あなたの、お名前は……?」
「……ぼくの、なまえ」
おっさんが発した声は、はかなげな少年のものだった。
レイアの背筋を、ミミズが這いずるような悪寒が走る。あのヒゲ親父も声と見た目のミスマッチがひどいものだったが、これはさらにその上を行く。やばい。
我慢して次の言葉を促してみる。
「……で、その……。あの、名前……」
「……ムニエル」
「!!」
ハートが打ち砕かれた。
終わった。
「……おねえさん、大丈夫?」
ムニエルと名乗った半裸のおっさんが、心配そうに声をかけてきた。がっくりと肩を落とし、己の不運を嘆くレイア。突然、その目がはっと見開かれた。
顔を上げ、辺りを見回す。まだ誰もここにはいない。今のうちにこいつを葬ってしまえば――
「あとは口八丁で、なんとかなるかも知れない……!」
その目がらんらんと光を放つ。わずかに生まれた名声への希望、失ったものは多いが今のうちなら何とかなるかもしれないのだ!
「……みんなはどこだろう……」
きょろきょろと周りを見渡しているムニエルを、レイアはちらりと一瞥してみた。
「……いける」
油断しまくっている。取り落とした剣に手を這わせ、ゆっくりと握り締めた。
意識を集中する。体に宿る、呪いとも言える魔法の力。呪文も紋章も必要とせず、意思の一つで力を生む。
すごい力ではあるが、使い方がこれまでずっと、ほめられたものではなかった。たぶんこれからもそうだろう。
そして今、これ以上ないくらいあくどい使い方をしようとしている。
「ゆるせ、悪魔!」
一瞬で地を駆ける。刹那、目の前にはふとったおっさんの姿、両の手には握り締めた大剣が。
「うらあああ!」




