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振り下ろされる凶刃。リックは身動きすることを忘れたかのように立ちすくんで、それをただ見つめていた。
「ぼうず!」
グルカが叫ぶ。間に合わない。
トカゲの剣がリックの頭を両断するかと見えた、その瞬間。
リックの視界になにかが飛び込んできた。それと同時に、銀光が消える。
「うおっ!?」
右の前足を押さえて、トカゲは飛び退った。弾き飛ばされた剣は、真っ二つに折れて草むらに転がっている。
「なんだ!?誰だ、クソ!」
悪罵を投げつけるのは、剣を叩き折ったものが飛んできた先。月明かりのもと、誰かがいつの間にかそこにいた。
「……ミリオ?」
リックが声を投げかける。人型のぱっとしない悪魔は、ただ何も言わずそこに立っている。
「なんだと……!?この下っ端、人間に肩入れしやがるのか!」
両の前足を振りかざすトカゲ。その先端から、ナイフほどの長さに鋭く爪が伸びる。
ミリオは無表情にただ立っているだけだ。
「死ねえ!」
リックやグルカが止める間もなく、一瞬のうちに間合いを詰め、鋭い爪がミリオに襲い掛かった。
下っ端悪魔の体が、よろめいたかに見えた。爪は空を切る。
爪をかわされても、勢いは殺せない。体をぶち当てる。あっさりとミリオは吹き飛んだ。
地面に転がったところに覆いかぶさり、爪を振りかざす。
「ムニエル様を裏切った報いだ。大人しくあの世へ行きな!」
爪を振り下ろそうと、した。
「!?」
視界が一転。
何が起きたかもわからないまま、気付けばミリオが上に、上下が逆転していた。
「なん……だ?」
いつの間にか、長く伸びていたはずの爪が折れている。横で見ていた二人も、何がどうなったのか理解できずに呆然としていた。
「……心配はいりませんよ」
ぼそりと、小声でミリオが言う。
「な……てめえ!」
トカゲはミリオの体を跳ね除けようと体をよじる。
「か……体が!?」
戦慄。背筋が凍った。
動かない。指先ひとつすら、自分の意思に従ってくれない。
目を見開いて、ミリオを見た。下っ端で力も無いはずの人型悪魔は、ただ静かにその手を上げた。
「大丈夫、彼はちゃんと戻ってきますよ」
「か……うあ……」
声も、出ない。
「あなたと同じところへ、すぐ彼も行くことになります。新しい世界の構築は、ぜひそちらで」
ミリオの手のひらに光がともる。淡いオレンジに光るその光が、ひどく恐ろしく思えた。
「お……お……」
「では」
淡い光が唐突に広がって、閃光に変わる。トカゲの視界を強烈なオレンジ色が覆い、意識を奪っていく。
「お助けを……!!」
最期の言葉は誰にも聞かれることなく、光に包み込まれて消えた。
二人は唖然として、突如現れたヒーローを凝視していた。
「……ミリオ……だったっけ?」
「本人か……?」
先ほどまでとはあまりにギャップのある姿に、口をぱくぱくさせて質問する二人。
「……すいません。実は僕、王様がたのスパイでして。あ、王様って、魔界の王様の」
「あー……。そういえば悪魔って、魔界の王様から嫌われてるんだっけ」
「はい。さ、行きましょ。悪魔が復活しちゃいます」
「いや、お前も悪魔だろ」
「けどよ」
そこにグルカが口を挟んできた。
「俺らが行ったとして、何ができるってわけでもねえだろ?」
「そうでもないです」
あっさりとミリオは言う。まっすぐに、穴のすぐそばにある祠を指差した。
「あの祠の中。あそこに、古代の人間の魔道士が残した武器が入ってます。あれは人にしか扱えません」
「……俺らでつかえってことか」
リックは腕を組んでそちらを向く。ちびっこのくせに行動力はある少年だ。
「はい。少なくとも僕は触れることも出来ません。ですから最低、レイアさんに渡してもらう必要があるんです」
「わかった。任せといて」
勇んでちびっこが祠のほうに走っていく。そんな小さい背中を、グルカおじさんは口をぱくぱくさせて見送っていた。
「頼もしい子ですね。……どうしたんですか?」
「……あー、実は、だな」
冷や汗と共に、グルカが事の次第を説明しようとしたとき、
「ひっ!?」
そんな悲鳴が祠の中から聞こえてきた。グルカはその理由に心当たりがあったが、それを言う前にミリオがリックのところへ向かっていた。
「どうしたんですか?」
ひょっこりと顔を出すリック。顔をこれでもかというくらいゆがめて、息苦しそうに口で呼吸していた。
「ミ、ミリオ。武器って」
その手元を、スパイ悪魔は覗き込む。そして、
「あ、はい。それっす」
「ええええ!?」
満足そうにうなずいたミリオに、今度はグルカが驚愕した。
「さ、行きましょう」
悪魔の背中を見て、リックはぼそりと思ったことをつぶやいた。
「触れないってこういうことかよ」




