19
「うう……」
木の陰に隠れてミリオは震えていた。
そっと顔を出してミーナの様子を伺う。
巨大な牛がじりじりと彼女に迫っていく。しりもちつきながら、ミーナは後ずさりしていった。
どう見てもピンチだ。
「ああ……」
かわいそうだ。出来れば助けてあげたいが、自分はこれでも悪魔。ムニエル陣営側の人間(?)だ。助けに行けば後がこわい。
だがしかし、このままでは彼女はきっとえらいことになるだろう。それこそ子供には見せられないような。
懊悩しているうち、牛が彼女に飛び掛る。ひづめのぎらぎらした光が少女に迫る。
「あっ!」
間一髪の所で、ミーナは横に飛び退いてかわした。
牛と距離が離れる。
「い、今だ!逃げろ!」
小声で声援を飛ばす。
しかしミーナは立ち上がらなかった。苦しそうに左のひざを押さえている。跳んだときすりむいたのだろうか。
振り返った牛が距離を詰める。正真正銘のピンチ。
「ああ……!」
なぜだか分からないが、こんなのはダメだ。ダメなのだ。
そうして気付いたときには、ミリオの体は木陰から飛び出していた。
「やめろ!」
足が勝手に駆け出した。牛がこちらを振り向く。
「……お前、ミリオじゃねえか。なんのつもりだ」
「そ、その子を」
ミリオは横目でミーナをちらりと見た。よろよろと立ち上がって、こちらを見ている。
「なんだ?なにか言いたいことでもあるのか、下っ端」
その一言で、彼の中の何かが切れた。
「その子をいじめないでください!」
下っ端根性が抜けてない。
「逆らうのか、下っ端が!」
いまや牛の注意は完全にこちらに向いている。
ミリオは叫んだ。
「今のうちに逃げて!」
でももうミーナの姿は視界から消えていた。
「えええ!?」
とにかく走って、グルカはミーナの住んでいる小屋にやってきた。さっきの祠はここからそう遠くない。
「な、なに、ここ」
「ミーナんちだ。ほれ、お前も探せ」
「なにを」
「スコップ」
リックには脈絡がさっぱり分からない。
「なんで?」
「いいから!」
大男とちびガキはそろって女の子のうちを捜索し始めた。
もともと物置小屋に増設しただけのスペース、彼女の家は半分くらい物置のままだ。
二人が部屋を引っ掻き回すまでもなく、部屋の中はぐちゃぐちゃだった。
「ほんとにこれ、女の子の部屋なのか」
リックはあきれたように言う。
ベッドの上、テーブルの上、床、とにかく物が散乱している。上着、下着、食器、本、等々。
「そのうちわかるさ。お前の理想が所詮は幻想なんだって事が」
遠い目でグルカは言った。スコップは見つからない。ミーナがこの間持っていったからここにあると踏んだのだが、見当違いだったか。
しばらくがそごそとやっていると、リックの手が何かを探り当てた。
「あった」
「ほんとか?」
追い求めたものがそこにあった。
タンスの中に。
「……なんでこんなところにあるんだろ」
「さあ……」
かるいミステリーだ。
ヒゲの悪魔は自分の目を疑った。
黒い剣が消えていく。女の心臓につきたてたはずの刃が、まるで何かに食われているかのように消えていくのだ。
「バカな……!?」
目を見開いた顔面に、強烈な拳が直撃した。
吹き飛ぶ。
拳は握りこんだまま、ゆっくりとレイアは歩み寄ってくる。
「あたしの体はちょっと、特別でね」
「ま、魔法か」
「そう。高い金払っただけは、あるよね」
落ちている剣を拾い上げる。と同時に、その剣は一瞬にして巨大な包丁のような大剣に変化した。
こともなげに片手でそれを操って、ヒゲののどもとに切っ先を突きつける。
「じゃ、さっさと悪魔を復活させて」
「くっ……」
最高に汚い嫌な汗が流れる。
「む、無理だ。封印は時間が来れば解けるが、われらの力だけで破れるほど脆弱なものではない」
「なんだ、そうなの」
驚くほどの予備知識の無さだ。
「だが、あの方を倒されるわけにはいかない!」
「!!」
見えない力が切っ先を跳ね上げた。
がら空きになった胴に、青い光をまとった拳が伸びて――
「がは!」
背中から大剣が生えていた。一瞬で。
「なんて、ことだ」
「相手が悪かったね」
目を見開いたまま、ヒゲは口を開いた。
「だが、それではあの方は倒せない……」
そうして、ヒゲもじゃ親父の体は砂となった。
「……さて、待つか」
追われてる人たちを助けに行く気はないらしい。




