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 のどかな原っぱの中の道を、馬が行く。

 このクソ暑い日差しの中背中に重いものを乗せていながら、馬は嫌な顔ひとつ見せない。

 たいしたやつだ。

 そのたいした奴の上にのっかっていたのは、旅装束に身を固めた少女だった。

 「あち〜……」

 だらしないやつだ。

 少女――ミーナは鞍にへばりつくようにしながらお馬さんに揺られていた。

 「仕事サボれると思って来たけど……。失敗だったなぁ」

 村長は言った。

 『いいか。よくきくのじゃ』

 じじい、長話リピートだ。しかしながら、全然二度目を苦にしている様子がない。

 たぶん、二度目だと言うことを忘れてしまっているのだろう。じじいだから。

 じじいの話を要約するとこうなる。

 『サラサ村から北にいったところにあるタラスなんとかという町で真の勇者様を探し出し、村に連れて帰ること。期限は来月いっぱいまで』

 もちろんミーナは話を全部聞いていたわけではない。部分部分を聞いただけだ。

 この村の危機が、とか魔法使いがなんたらかんたらとかも言っていたが、聞いていなかった。

 おばさんも、じじいの家族もなぜかこの突飛な命令に反対しなかった。それに、彼女自身『あ、サボれるかも!』という考えに取り付かれていて、特に疑念を抱かなかった。

 「っていうか……真の勇者様って、なによ」

 勇者。今朝読んでいた本にも出てきたが、不可解な存在だった。

 彼は洞窟に住まう邪悪な竜と戦い、姫様を救い出したのだという。

 しかしながら彼女は、洞窟に住まう竜も救い出される姫様も見たことがない。

 タラスなんとかという町で、適当に見繕って連れてくればいいだろう。

 彼女はその程度にしか考えていなかった。

 「それにしてもあち〜。……水」

 今の彼女は丈夫な革製の服装でがっちりキメていた。

 腰につった水筒を取り出してひとあおぎ。生ぬるくなった水が口腔に流れ込んできた。

 微妙に気持ち悪い。

 「……う〜」

 ミーナはまた鞍にへばりつく女になった。

 どれだけこんな旅が続くのだろうか。

まだ出発して半日も経っていないが、早くも弱気だ。

 「こんなことなら来なきゃよかったかも」

 ミーナはサラサ村の酪農牧場で手伝いをして生計を立てている。

 両親は幼い頃に亡くなった。兄弟もいない。天涯孤独だ。

 そんな彼女を拾ったのがその牧場主のグルカだった。

 彼女の支えになったのはグルカだけではない。

 村のみんなが彼女の力になってくれた。村長も、おばさんも。

 日曜学校の友達も、その家族も。グルカの友人達も。

 今は牧場の片隅に自分の小屋をつくって、そこに住み着いている。

 今朝、村長の家から帰るや否やグルカに事情を説明に行って馬と旅装束を借り、颯爽と村を飛び出してきたわけなのだが。

 「………」

 ミーナは今朝のことを思い出していた。

 なんで自分が行くように言われたのだろうか?

 ちゃんとじじいの話を聞いていればわかったことなのだろうが、もはやそれは仕方のないことである。そういえば、グルカも何も言わなかった。

 「……ま、じじいだから」

 どうせろくでもない理由なのだろう。

 気にするだけ損なので、気にしないことにした。

 「あ〜。あちい〜」

 うめくだけの女になった。

 そんなミーナを乗せ、お馬さんはマイペースにぱっかぱっか行進していった。










 ちょうどそのころ。

 家出を決意した少年は自宅前まで戻ってきていた。

 まずは自分の部屋に戻って、家を出る準備をするのだ。

 だが、自分の部屋に行き着くまでにはある障害がある。

 母ちゃんだ。

 確か、母ちゃんは今リビングで縫い物をしていたと思う。

 ここを何とかして突破しなければ、家出はできない!

 夜にでも準備すりゃあいいだろ。

 なんて冷静なコメントをしてくれる人はあいにくこの場にはいなかった。

 こそこそと窓からリビングをのぞく。

 「ん?」

 母ちゃん、いないぞ。

 ということは……

 「チャ〜ンス!」

 リックは家に踏み込んだ!

 リビングを抜け、慎重に様子を伺って階段に向かう。

 気配はない。

 「……よし!」

 一気に自分の部屋へ。ドアを開け、するりと中に忍び込むと音を立てないようそっとドアを閉める。

 うまくいったぜ!

 スパイ気分のスリルの余韻にわくわくしながら振り返る。

 そこにはもっとスリリングな展開が待っていた。

 「あんた、なにしてんの?」

 洗濯物を持ってきたとおぼしき母ちゃんは、本で見たどの化け物よりこわかった。

少年の家出は、もう少し後のことになりそうだ。


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