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 「いい。動くな」

 ヒゲは取り巻きの二匹を制した。

 「この人間の相手は私がしよう」

 下手すれば浮浪者みたいに見えるそいつは、静かに言って左手を一振り。

 真っ黒な剣が唐突に現れた。

 「行くぞ」

 黒い剣線。すくい上げるような一撃を、勇者愛用の剣が受け止めた。まだ細身のままだ。

 剣速が速い。

 「やるじゃん!」

 どこか楽しげに笑いながらレイアはそれを捌いた。

 真上に跳ね上げた剣をまっすぐにヒゲの首筋に。飛び退ってかわされた切っ先をそのまま突き入れる。

 おじさんの胸に届くその一瞬に――

 「うあ!」

 鋭い音と共に、見えない壁に阻まれたように弾かれた。思わず剣を取り落としてしまう。

 「しまった……!」

 ヒゲがにやりと笑う。

 「お前達」

 取り巻きに声をかける。

 「お前達二人で、後ろを始末しておけ」

 「!!」


 「やばいって!ばれてる!」

 かがり火のうしろ、遠くのほうに隠れていた三人と一匹はびくりと身を震わせた。

 足音が近づいてくる。そこへ響くレイアの声。

 「みんな逃げて!」

 「うあ、やべえぞ!」

 あわてて立ち上がったところに、さらに勇者からのアドバイス。

 「あとは自助努力でよろしく!」

 助けに来てくれる気はないらしい。

 「ちくしょう!逃げろ!」

 グルカの一声で、一同は全力で駆け出した。

 足音はさらに迫って来ていた。ドスドスという重い音と、ヒタヒタという妙な音と。

 

 「助けに行かなくていいのか?まともに戦えるのはお前だけなのだろう」

 むかつくぐらい落ち着き払った声色でヒゲが言う。ダンディーなおじ様がこの声ならそれはもうかっこいいのだろうが、ミスマッチがひどすぎる。これが人間だったら、確実に結婚などできないだろう。

 「あんまり近くにいてもかえって危ないだろうしね」

 「だがあの二人に追われている。捕まれば終わりだ」

 「まあ、なんとか逃げ切ってくれるでしょ」

 おやじは口元を緩めた。

 「くく。冷たいのだな。仲間がどうなってもいいというのか」

 「え、だって。仕事のほうが大事だし」

 割と本気で言ってる。

 「そうなの?」

 「うん」

 「……なんてやつだ」

 いずれにしても、お互いのなすことは一つだ。

 「だが、お前はもう丸腰だ。勝ち目はない」

 するとレイアは、鼻で笑った。

 「やってみな」

 「ふ……」

 すうっとおっさんが走る。まっすぐに剣を構えて、心臓を一突きにせんと。

 黒い切っ先がレイアに迫る。

 

 「はあっ、はあ」

 ミーナはとにかく必死に走った。もともと足は速いほうだが、それが今何かの役に立つとは思えない。

 そして悪いことに、グルカとリックの二人の姿が無い。はぐれてしまった。

 振り向く余裕もない。足音は確実に迫ってきている。重厚な足音で、それがやけに怖い。

 「た、助けてっ!」

 「……あ?」

 横を走る悪魔が発した言葉に、思わずスピードを緩めてしまう。

 ミリオは必死の形相だ。

 「だいたいなんであんた、一緒になって逃げてんのっ!?」

 「だ、だって!」

 「あいつらの仲間なんでしょ!?」

 「僕がみんなと一緒にいるところなんか見られたら、あとで何されるか!」

 「そんなこと言ってないであんた、説得してよ!」

 「嫌だ!こわい!」

 ぶんぶか首を横に振る。

 「あ……!」

 ミーナの足が石ころを引っ掛けた。バランスが崩れ、倒れこんでしまう。

 足音。いつのまにか、すぐそこまで来ていた。

 「え、ええっと」

 おそるおそる振り返ってみる。

 「そんなに、逃げることはないだろ」

 くぐもった声。月明かりに照らされるシルエット。

 巨大な牛。帰ってきたそのときに遭遇した豚とイメージが重なった。

 二足歩行でしゃべる。あいかわらずインパクト大のその姿。

 分かっていることは、ただただピンチだということ。

 「くそっ……!」

 逃げ切れるだろうか。

 へたりこんだまま、じりじりと後退しながら横目で周りを探る。

 「……あえ?」

 ミリオの姿がなくなっていた。

 「……逃げやがった」

 

 ただっぴろい牧場の丘陵を、これほど恨めしく思ったことは無かった。

 グルカの隣ではちっこいガキがもたもたと走っている。娘とは離れ離れになってしまった。探しに行きたいところだが、そうもいかない。

 「おい、ガキんちょ!乗れ!」

 「あ!?」

 グルカはリックを抱え上げて快足を飛ばす。どこへ逃げればいいのか、どうすればいいのか。

 「はっ、はっ……」

 「おっさん、どこいくんだ!?」

 「知るか!」

 怒鳴る。このガキはあんがい重たい。

 「おい、お前なんかできないのか!?」

 「できるか!おっさんのほうが強そうじゃんか!」

 「ちくしょう!」

 とにかく走る。ふと、牧場のすみっこにある祠が目に止まる。

 「……あれだ!」

 「え?」

 「ぼうず!」

 「なに!?」

 「化け物をぶっ倒せるかもしれんぞ!」

 「ええ!?」

 


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