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 「あの人、もてなかったんですよ」

 遠い目でミリオは語る。

 魔界の王には四人の息子がいた。それぞれ眉目秀麗、一人として才覚にかけるものはおらず、民衆には慕われていた。

 もう少し詳しく、簡単に言えば、女の子にもてた。

 そして五十年ほど昔、王妃は五人目の息子を出産する。

 この子は、ムニエルと名づけられた。

 

 時を同じくして、魔界では静かに、王族への反感が募っていた。

 行政そのものに不満があったわけではない。誰もが豊かに暮らせていたとは言えないが、それほどに生活が苦しかったわけではない。

 それでも確実に、不満を持つもののコミュニティーは出来上がっていった。


 王宮の中で何があったのか、それを知るものは当事者以外、存在しない。

 目に見える結果だけを言えば、ムニエルは魔界を追放された。

 理由は公には語られなかった。

 しかし、民衆の目から見れば、それは一目瞭然だった。


 「なんでなの?」

 ミーナは持ってきたチーズを頬張りながらミリオにたずねた。

 「まあ、見れば分かります」

 「はあ」

 

 人間界に追放されたムニエルは、人間として生きていくことを強いられた。

 もともと王族は人間とまるで変わらない外見を持っている。溶け込んでしまえば、普通に生きていくことはそう難しいことではなかった。

 

 反乱分子の中心は、ムニエルが追放されたことを知るとその勢いを増した。

 あの方をわれらが旗に。われらが王に。

 彼らは魔界を渡り、ムニエルと接触した。


 「っていうかさあ」

 うんざりした声でレイアが口を挟んだ。

 「そんなことどうだっていいっての。聞きたいのはこれからどうなるのかって事なんだけど」

 細身の剣をすらりと引き抜く。

 「ひっ……。ほ、放っておいてもムニエル様の封印はそろそろ解けるんです!ただ、儀式をやるとちょっとは早くなるってだけで」

 「違う!」

 切っ先が鼻を掠める。

 「ひっ!」

 「あたし達がこれからどうすりゃいいのか、ってきいてんの!復活って止めらんないわけ?」

 「は、はい。たぶん」

 舌打ちして、レイアは剣を振る。

 「……なら、起き抜けをぶった切るしかないって事ね」

 「そこまでしなくても……」

 今度は切っ先が額にぴたりとつく。

 「あたしの名誉がかかってんの!」

 焦りすぎの感があったが、ミーナは何も言わなかった。

 「で、そいつはどこ?」

 「あ、あの広場です。たぶん」

 指差した先には、ひときわ大きなかがり火が見えた。

 「あれは……。牧場のど真ん中だ」

 普段なら牛がのっぽり歩き回っているところだ。

 「よし、行くぞ!」

 勇者は剣を掲げて勝手に歩き始めた。

 「あ、待って!」 

 その後を追ってリックやグルカも歩き始める。

 地元民と悪魔の下っ端だけが取り残された。

 「……どーする?あたしも行くけど」

 「……怒られるのが怖いから、ぼくもついてっていいすか?」

 「いいんじゃない?」

 ちっちゃいやつだ。


 牧場の中央。広大な丘の上に巨大な魔法陣が描かれ、それを取り囲むように八つのかがり火が焚かれている。

 魔法陣は淡い緑に輝いていた。

 「もうすぐだ」

 魔法陣の中央にいる男が言った。

 「もうすぐムニエル様が復活される。われらが御旗」

 正面から見ると、ひげもじゃのむさいおじさんだ。悪魔には見えないが、この男もれっきとした悪魔。この村を占拠した悪魔の集団を率いてきた。リーダーの位置にいる。

 周りには取り巻きの悪魔が三匹。トカゲのような奴、サルみたいな奴、牛みたいな奴。どいつもこいつも二足歩行していた。

 「!」

 サルの化け物が、突然背後を振り向いた。

 「どうした?」

 ヒゲがたずねる。

 「……かは」

 目が見開かれ、その場にひざを付いた。

 「な!?お前は!?」

 銀色の線が、炎の色を照り返す。

 「こんばんわ。悪魔の皆様」

 くず折れたサルの背後から、炎を背にして歩み寄る影。

 勇者、レイア・グライド。

 「……人間か」

 ヒゲが向き合った。

 「そう。あんたらの親玉をぶった切りに来たよ」

 まだ細身のままの剣を、まっすぐに突きつける。

 三対の悪魔と一人の人間がそれぞれ身構えた。


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