17
「あの人、もてなかったんですよ」
遠い目でミリオは語る。
魔界の王には四人の息子がいた。それぞれ眉目秀麗、一人として才覚にかけるものはおらず、民衆には慕われていた。
もう少し詳しく、簡単に言えば、女の子にもてた。
そして五十年ほど昔、王妃は五人目の息子を出産する。
この子は、ムニエルと名づけられた。
時を同じくして、魔界では静かに、王族への反感が募っていた。
行政そのものに不満があったわけではない。誰もが豊かに暮らせていたとは言えないが、それほどに生活が苦しかったわけではない。
それでも確実に、不満を持つもののコミュニティーは出来上がっていった。
王宮の中で何があったのか、それを知るものは当事者以外、存在しない。
目に見える結果だけを言えば、ムニエルは魔界を追放された。
理由は公には語られなかった。
しかし、民衆の目から見れば、それは一目瞭然だった。
「なんでなの?」
ミーナは持ってきたチーズを頬張りながらミリオにたずねた。
「まあ、見れば分かります」
「はあ」
人間界に追放されたムニエルは、人間として生きていくことを強いられた。
もともと王族は人間とまるで変わらない外見を持っている。溶け込んでしまえば、普通に生きていくことはそう難しいことではなかった。
反乱分子の中心は、ムニエルが追放されたことを知るとその勢いを増した。
あの方をわれらが旗に。われらが王に。
彼らは魔界を渡り、ムニエルと接触した。
「っていうかさあ」
うんざりした声でレイアが口を挟んだ。
「そんなことどうだっていいっての。聞きたいのはこれからどうなるのかって事なんだけど」
細身の剣をすらりと引き抜く。
「ひっ……。ほ、放っておいてもムニエル様の封印はそろそろ解けるんです!ただ、儀式をやるとちょっとは早くなるってだけで」
「違う!」
切っ先が鼻を掠める。
「ひっ!」
「あたし達がこれからどうすりゃいいのか、ってきいてんの!復活って止めらんないわけ?」
「は、はい。たぶん」
舌打ちして、レイアは剣を振る。
「……なら、起き抜けをぶった切るしかないって事ね」
「そこまでしなくても……」
今度は切っ先が額にぴたりとつく。
「あたしの名誉がかかってんの!」
焦りすぎの感があったが、ミーナは何も言わなかった。
「で、そいつはどこ?」
「あ、あの広場です。たぶん」
指差した先には、ひときわ大きなかがり火が見えた。
「あれは……。牧場のど真ん中だ」
普段なら牛がのっぽり歩き回っているところだ。
「よし、行くぞ!」
勇者は剣を掲げて勝手に歩き始めた。
「あ、待って!」
その後を追ってリックやグルカも歩き始める。
地元民と悪魔の下っ端だけが取り残された。
「……どーする?あたしも行くけど」
「……怒られるのが怖いから、ぼくもついてっていいすか?」
「いいんじゃない?」
ちっちゃいやつだ。
牧場の中央。広大な丘の上に巨大な魔法陣が描かれ、それを取り囲むように八つのかがり火が焚かれている。
魔法陣は淡い緑に輝いていた。
「もうすぐだ」
魔法陣の中央にいる男が言った。
「もうすぐムニエル様が復活される。われらが御旗」
正面から見ると、ひげもじゃのむさいおじさんだ。悪魔には見えないが、この男もれっきとした悪魔。この村を占拠した悪魔の集団を率いてきた。リーダーの位置にいる。
周りには取り巻きの悪魔が三匹。トカゲのような奴、サルみたいな奴、牛みたいな奴。どいつもこいつも二足歩行していた。
「!」
サルの化け物が、突然背後を振り向いた。
「どうした?」
ヒゲがたずねる。
「……かは」
目が見開かれ、その場にひざを付いた。
「な!?お前は!?」
銀色の線が、炎の色を照り返す。
「こんばんわ。悪魔の皆様」
くず折れたサルの背後から、炎を背にして歩み寄る影。
勇者、レイア・グライド。
「……人間か」
ヒゲが向き合った。
「そう。あんたらの親玉をぶった切りに来たよ」
まだ細身のままの剣を、まっすぐに突きつける。
三対の悪魔と一人の人間がそれぞれ身構えた。




