15
襲い来る特大ブルドッグ。巨大な牙がレイアの頭を噛み砕かんとして――
「こっ……!この犬!」
ブーツが犬の鼻面を直撃した。信じがたいことに、犬の巨体が真後ろに吹き飛んだ。
「ぎゃうっ!?」
悲鳴を上げて、犬はレイアと距離をとった。警戒している。
周りのみんなも、ぽかんとして両者を見ていた。当然だ。人の倍くらいもでかいブルドッグの突進を足だけでぶっ飛ばしてしまったのだから。
「ぐるるる……」
じりじりと、犬が距離を測って近づいていく。一足で飛びかかれる距離。
一方のレイアは、黙りこくって犬をにらみつけている。横から見ていたのでみんなにはよく見えなかったのだが、このとき彼女は大変こわい顔をしていた。
たぶん、子供が見たら泣く。
やがて、意を決したように犬が咆哮を上げた。
「死ねえええ!!」
飛び掛る。一瞬だった。
二者の体が交差したと見えた、その次の瞬間――
「がああああ!?」
ずずんと重い音を立て、巨体が地に落ちた。その体を縦半分にかち割られて。
豚のときと同じように、その体は砂のようになって崩れた。
「……おお」
観客の皆さんが、思い出したように声を上げた。感動の声というヤツか。
「ふっ」
賞賛をかなり期待して、レイアはそっちを見た。
「なんだ、あの犬。たいしたことないんだな」
「ほんとだ。脅かしやがって」
「なんか、バカバカしくなってきたよね」
口々にこんな言葉が飛び出す。
勇者様の微笑が凍りついた。
「……なんか、かわいそうだね」
「だなあ」
ミーナとリックの二人だけが、そんな彼女を哀れんでいた。哀れまれる勇者。情けない。
そこへ村長がやってきて、こう言った。
「で、勇者は?」
悪いことに、そのじじいの発言は当の勇者にも聞こえていた。
「うおー!!」
とうとう勇者さまは暴れ始めた。手当たり次第に大剣を叩きつけ、振り回し、しっちゃかめっちゃかだ。
「な、なんだ!?」
「また化け物か!?」
「いやあー!助けて!」
そんな状況。勇者様はもう、笑うしかなった。
「あはは、あはははは!」
で、満面の笑みで暴れ続けている。
「あぶないなあ……」
いろんな意味で。
で、数刻後。みんなにレイアが紹介された。
「えー、で、こちらがタラスラントから連れてきた勇者、レイア・グライドさんです」
「……どーも」
ふてくされている。当然といえば当然なのだが。
ぱちぱちとまばらな拍手が起きた。超適当な態度だった。
「おお、あんたが勇者様か」
でもじじいだけは大いに喜んでいた。
「らしいね」
「で、いつ悪魔を退治してくれるんじゃ?」
「だからさ」
じじいの言葉に辟易したように、レイアは声を上げた。
「何のことかさっぱりわかんないっての。悪魔ってさっきの豚とか犬のことじゃないの?」
「わからん」
話にならない。
「あーもう!ちょっと、あんたら!説明してよね!」
連れてきた張本人の二人は顔を見合わせて、ミーナのほうがおずおずと口を開いた。
「えーと、つまりその。なんか、この村になんだかすごい化け物がいて、そいつがもうすぐ……復活?しちゃうのかもしれないとか、なんとか」
「そうなの?」
「うん。……たぶん」
実際帰ってきたら豚やら何やらが襲ってきたし、その豚がなんか復活するみたいなことを言ってたし、まあ合ってると思う。
というか、こんなにもいい加減な情報に乗ってここまでやってきたのだから、逆にすごいのかもしれない。
「……で、あたしはどうすりゃいいの」
「えーと、ですね」
それがわかってりゃなあ。
なにしろ占い屋が細かい説明もなしに強制送還したせいで、この先どうなるのか詳しくはよくわからないのだ。
「ねえ、じーちゃん。なんか知らない?」
ミーナは村長に意見を求めてみた。言ってみれば事の元凶がこのじじいだ。
「しらん」
でもきっぱりと言い切った。
「預言者の言葉では、悪魔が復活するとしかいっとらんからな」
「クソったれが……」
なんて無責任な。
「まあ、落ち着け」
口を挟んだのはグルカだった。
「要するにだ。その、悪魔?そいつがここの地下だかどっかに眠ってて、そのうち復活しちゃうから、勇者様を呼んでやっつけてもらおう、って話だったんだろ?」
「うんうん」
「でも肝心の悪魔がいないってコトなんだよなあ、つまりは?」
「そーいうことだね」
一同はうんうんとうなづいた。なんだかうまくまとめたグルカは満足げだったが、
「じゃあ結局、あたしはどうしたらいいの」
それがわかりゃなあ。
全く進まない議場のなか、ミーナはおずおずと挙手した。
「あのさあ。化け物連中は悪魔の手下かなんかなんだよね?」
「んー、そういえば、そんなこと言ってたかな」
グルカは上を見ながら回想した。
「なんて言ったかな?名前忘れちまったけど、様付けで誰かがどうのって言ってたぞ」
「っていうかあの豚、あの方の臣下だってはっきり言ってたけど」
リックが口を挟んだ。
「じゃああいつらは、いつ悪魔が復活するのか知ってるわけでしょ」
「たぶん」
ミーナは指をピンと立てた。
「だったらそいつらに聞けばいいんじゃないの?どうしたらいいか」




