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「な……!?」

 「なんだあ!?」

 立ち上がる砂埃の中に、そいつは屹立していた。月影の中、その姿は青白く照らされて不気味な色に色づいていた。巨体がゆらりと動く。

 突き出した鼻。小さくとがった平べったい耳。細い目。

 「……ぶー」

 鳴いた。

 「ふんがっ!ふが!」

 うなった。

 「ねえ……レイアさん」

 「んあ?」

 「あれってさ、豚だよね?」

 指差した先にいたのは、紛れもなく豚だった。ただしそれは顔面の話で、その体は豚のものとはとうてい言えないくらい巨大、人間みたいな手足があって、あまつさえ翼が生えている。

 あと、二本足で立ってる。

 「……ひょっとして、こいつが悪魔?」

 勇者のお姉さんに尋ねてみるが、肩をすくめて見せただけだった。

 「くくく……愚かな」

 「ええ!?」

 笑った。しゃべった。

 「俺はあの方の臣下。あの方はこの忌まわしき地の封印を破り、まもなく復活されるのだ」

 「……」

 「……」

 一同、言葉もない。その様子に、豚はおおいに満足した。

 「くく……。よほど驚いたようだな」

 するとミーナの指がその顔をまっすぐ指した。

 「……す、すっげえ……」

 「え?」

 「いや、だって。しゃべってるし。うわあ……」

 単純に、豚がしゃべったことが驚きだったらしい。いや、常識的に考えたら、こっちのほうが自然なのか。

 「……俺のことは、どうでもいい」

 ずいっと豚が前に出た。迫力あるその動作に、ミーナとリックがたじろぐ。

 そんな中、前に歩み出たものがいた。レイアだ。腰の剣に手を掛け、だるそうに豚を見上げる。

 「ほお……。勇気があるな」

 レイアさんは聞いていなかった。

 「……いいつまみになるわ」

 剣を引き抜く。角煮、ローストなどとわけのわからないことをつぶやき、まっすぐに構えた。

 そういえば、この人酔っ払いだったなとミーナは思い返した。つい数分前まで飲んでいたのだ。

 「下がってな。解体はちょっとグロいからね」

 ミーナとリックは顔を見合わせて、そそくさと下がった。やばいことが初まりそうなのがひしひしと感じられた。

 「いい度胸だが、そんな剣では俺は斬れんぞ!」

 豚の巨体が構えを取り、レイアに向かって巨体を突っ込ませた。丸太のような豪腕が彼女めがけて振り下ろされる。

 一瞬。傍からは当たったかと見えるほどすれすれのところで、レイアはその腕を避けた。

 「!」

 巨大な拳が、今まで彼女のいたところの地面をぶん殴る。轟音。ミーナのいるところにまで衝撃が伝わってきた。

 レイアはすばやく体を入れ、剣をまっすぐ構えて豚のわき腹に突きたてようとした。が、それはもう片方の腕によって弾かれた。そのまま腕が伸びてレイアの体を打ち払う。

 見かけによらず鋭敏な動きだ。

 「やるな、小娘」

 「うざったい豚だね……」

 なんとめんどくさいことか。これではいつまでたってもつまみが食えないではないか。

 「だがそれも、人間にしては、だがな!」

 またも巨体が突っ込んでくる。今度は頭を先にして、矢のようにまっすぐに。

 再び間一髪のところでパス。すれ違いざま、尻を剣でなぎ払ってやった。

 「ぎゃ!?」

 バランスを崩して転倒。派手な砂埃が舞う。夜の村に轟音が響く。こんな夜中に、迷惑ではないだろうか。

 「貴様……!」

 怒りの声と共に、豚が立ち上がった。その声に反して、払われたはずの尻は浅い傷しかついていない。手ごたえ的にも、すっころぶほどのダメージがあったとは思わないのだが。

 ひょっとしたら、けっこう打たれ弱いのかもしれない。

 「食らえ!」

 豚の顔面が淡く発光した。

 「!」

 閃光。反射的にレイアはその場を飛び退いた。一条の光が走り、真っ黒な足跡を残した。

 「よくかわしたなっ!」

 さらに一発を放つ。これもかわしたが、肩当にわずかにかすった。見てみるとぼろぼろに炭化してしまっている。すごい威力だ。

 すごい威力なのだが、ビームが鼻から出ている。かっこ悪さは隠しようがない。

 鼻から煙を出しながら、豚が三たび突っ込んできた。特大の右ストレートを剣で受け流す。耳元で風が揺れた。

 流した力を支点にしてレイアはうえに飛び上がった。突き出されたままの右腕を蹴り上げて、さらにその上へ。

 「!?」

 両手で剣を構える。前のめりになる体をそのまま、真上から豚の背後に飛んだ。まっさかさまに落ちながら、豚の背中に思い切り剣を突き立てた。

 「があ!?」 

 「えあ!?」

 豚は悲鳴を上げたが、レイアも変な声を出した。

 刺さらないのだ。剣先だけがわずかに背中を傷つけたが、筋肉の壁が刃を阻んだ。

 レイアは着地して距離をとった。かなり予想外だ。

 豚のほうはといえば、わなわなと体を震わせて、背中越しにレイアをにらみつけている。

 「小娘……!」

 すごく怒ってる。たいした傷もついてないのに。

 そんな豚の怒りなどどこ吹く風で、レイアはぼやいていた。

 「しゃあないか……。でも、めんどくさいなあ」

 ぶつくさつぶやいているレイアに、豚が突進する。これまでにないほどの勢いで。

 「死ねえっ!」

 大気を震わせる一撃が叩き込まれた。避けない。モロに衝撃がぶち当たり、余剰な衝撃が大地を走り、木々を震わせ、大気を震わせた。風か、音かわからないものが、横で見ていた二人の鼓膜をびりびりと刺激する。

 「うわあ!?」

 「レイアさん!!」

 砂埃。月の明かりの下、もうもうと立ち込めていて、豚の巨体すら見えない。

 やがて聞こえてきたのは、豚の声だった。

 「……ば、バカな!?」

 巨大な拳の先にあったのは、剣。しかしそれは今までレイアが振るっていたものではなく、その数倍はあろうかという大剣だった。巨大な包丁のような、片刃の。半端でなく重そうなそれを支えているのは、勇者様の片手だけ。

 「なんだ、これは!?」

 「……勇者様愛用の剣」

 「ふざけるなあっ!」

 拳を引き、もう一撃を加えようとしたその巨体が吹き飛んだ。

 「ぎゃあああっ!?」

 ぶっ飛ばされた豚の右腕がなくなっている。とんでもない破壊力だ。

 横なぎに払った大剣を両手で真上に構える。

 「ち……ちくしょうが!」

 豚の鼻が光る。ビームが吐き出された。

 「……じゃね、おつまみ」

 破壊の閃光が迫る。構えた剣を思い切り振り下ろす。

 大剣が光をぶっ叩く。きしむような音と共に、閃光がはじき返された。

 「うわあああ!?」

 轟音、衝撃。そして、香ばしいにおい。

 煙の中、豚は動かなくなっていた。

 レイアはその亡骸に手を合わせ、ひとことつぶやいた。

 「……いたーだきます」

 ところがレイアが何かする前に、豚の体は砂のようにさらさらと崩れていた。

 「えあ!?」 

 結局おつまみにはならなかったようだ。

 「だまされた……」

 なまじっかおいしそうな匂いがしていたぶん、悔しさもひとしおだ


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