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 「要するに、どういうこと?」

 まったく悪びれない様子で、ミーナはビリクに尋ねた。まったくもって話にならない娘だ。さすがの占い屋もこめかみをひくひくさせている。

 「だから、つまりですね。手短に言うと、サラサの村にとんでもない化け物が眠っていて、そいつがもうすぐ起きちゃうかもしれない、ってことです」

 それでもちゃんと説明しなおしてくれるあたり、結構いいやつなのかもしれない。

 「じゃあ、なんでおじさんはそんなこと知ってるんだ?」

 「それは、おにいさんが占い師だからですよ」

 「……うそくさ」

 つぶやくリックをほっといて、ビリクはミーナに向き直った。

 「で、ですねえ。僕がこうしてミーナさんに声をかけたのには、理由があるんです」

 「……ナンパ?」

 「あはは。まさか」

 即答されてミーナはちょっとむっとした。それにこの占い屋が気付いたかどうか、彼はそのまま説明を続けた。

 「何らかの理由で、封印が予定より早く緩み始めていました。一刻も早く、悪魔を倒せる力を持った勇者を連れて帰る必要があります」

 ビリクはテーブルの上に描かれた紋章に少し手を加え、別の紋章を一つ書き上げた。

 「何それ?」

 いぶかしむ二人。占い屋は先ほどのように、独り言を言い始めた。一般にはこれを『呪文』という。魔法を発現させるのに必須の技能だ。『言葉』を操って、世界の法則の裏を流れる『気』の力を望む方向へ誘導し、紋章やそれに準ずるものを介して世界に現す力。

 「これを見てください」

 指された先には、先ほどのように中空に浮かぶ像が現れていた。

 広い高原の風景。夜の静かな牧場。

 「……これって」

 「なんだ?」

 「サラサの村ですよ。ミーナさんの故郷の」

 「……田舎だなあ」

 リックがつぶやく。明かりも何にもない、どこまでも暗い原っぱのこの風景を見せられれば、誰だってそう思うだろう。

 すると突然、鋭い光がその牧場を包み込んだ。かがり火なんていう生やさしいものではない。目を焼かんばかりのすさまじい閃光だ。この不鮮明な映像を通してでも、その強烈さは十分に伝わる。

 店のテーブルの一角がそんなふうにビカビカ光っているもんだから、周りの人たちは迷惑そうに目を細めた。店にしてみたらすごく迷惑な客に違いない。

 「……なに、これ?」

 目を覆いながらミーナは尋ねた。その村で生活すること十七年、夜の牧場が光り始めたところなんか見たことないし、聞いたこともない。

 「二日前の光景です。光は封印が限界に達している証拠。抑え込む力が光になって現れることは、通常はありえません」

 「ってことは……」

 「そうです」

 こくりとビリクはうなずいた。と同時に、映像がぱっと消えてしまう。

 「あれ?どうなったの?」

 「封印の影響でしょう。魔法の力がかき乱されているせいで映像が悪くて」

 そういえば、さっきリックが映っていたやつより見づらかった気がする。

 「そういうわけで、急がなければなりません。ミーナさんだって、ずっと暮らしてきた村が消えてしまったら嫌でしょう?」

 「そりゃあまあ……、ねえ」

 当たり前だが彼女にはサラサ以外に帰るところなんかない。何にもない場所だがなくなったらそれなりに困ってしまうだろう。

 「もう、勇者は見つかっていますね?」

 そう言われて、昼間勇者と遊び歩いた二人は顔を見合わせた。

 「……勇者?」

 「っていうか、来てくれるかなあ……」

 なんにもない田舎の街を危機から救ったって、たいして名は上がらないだろう。謝礼だって大して出ないに違いない。そんなところに、はたしてあの勇者様が来てくれるだろうか。

 「まあ、何とかして説得してください。そこに公園があったでしょう。僕はそこで待ってますから。勇者を連れてすぐに来てください」

 「なんで?急ぐんならそんなことしてる暇はないんじゃないの?」

 「ま、いいから。任せてみてください」

 二人は顔を見合わせて、なんとなくうなずいてから席を立った。

 ビリクは精算のところで、ミーなのはなった言葉にぴくりと反応した。

 「あ、お代はあそこの兄さんにつけといて」


 「やだ」

 ほとんど予想通りなのだが、ご立派な勇者様は少女の切なる願いを退けた。

 「なんでこのあたしが、そんな田舎の化け物退治しなくちゃいけないってのぉ?」

 ちょっと酒が入っているご様子だ。

 「いやあ、それはその」

 「あのねえ」

 レイアさんはカウンターから体を二人に向けた。

 「いい?あたしはさ、この大都会で名を上げた勇者さまなんよ?だからあ、いまさらそんな仕事片付けたってしょうがないじゃん。どうせ金も出ないだろうしさあ、だったらいっそ王都に行って仕官したほうが」

 「お願いしますから、勇者様!」

 ミーナはそれなりに気持ちをこめて言った。ほんとにそれなりにしか気持ちがこもっていないという意味だが。

 「ここで仕事しなかったら、勇者のイメージが悪くなりますよ?最悪、バカにされるかも」

 「……うう〜」

 確かにもうイメージはあんまりよくないが。というか、そのイメージの存在すら怪しいものだが、何もしなければ消えてしまうのではないか。

 「でもなあ……。めんどくさいし、どうせなら一気に有名になれるような仕事がいいし」

 この勇者様は、どっかミーナに通じるものがあるなあ、とリックは思った。

 「ね、王都までの道すがら、ってことで、どうですか?勇者様」

 「お願いですから、勇者様!勇者様!」

 「勇者様!勇者様!」

 勇者さまコール。レイアの顔もだんだんにやけてくる。

 そうだ。この感覚。忘れていたのはこの感覚なのだ。誰もが自分をヨイショしてくれるこの快感。また味わいたい。

 「……しょうがないなあ」

 ニコニコしながら、勇者は椅子から立ち上がった。ジョッキをカウンターに叩きつけ、小銭をばらばらとその周りに降らせた。

 「さ、行こうか、君達!」

 酔っ払いなので持ち上げられればこんなもんだ。

 連れだって出て行った三人を目で追って、バーのマスターは拳を握り締めて小さくガッツポーズした。

 原因は勇者さまだ。


 「お、来ましたか」

 公園に向かうと、もうそこにはビリクが待っていた。さっきレストランにいたときにはもっていなかったが、杖を左手に携えている。

 辺りは真っ暗で、ひとけはほとんどない。少し離れたところにぽつぽつと家が建っていて、それがなんだか逆に不安感をあおっているようだった。

 「……誰こいつ。っていうか、なんでこんなとこ連れてくんの?」

 うすい月明かりの中、レイアが思い切り占い屋を指差して失礼なことをのたまった。

 「えーと、あたし達にもよくはわからないんですけど」

 「占い師ですよ。僕は」

 「はあ……。で?」

 訊かれてビリクは、杖を軽く振って見せた。

 「これから、少し大掛かりな魔術で皆さんをサラサに送ります。一瞬で着きます」

 「ええ!?」

 そんな都合のいいもんがあったとは。

 「ただし、この術は年に何度かしか使えません。いつ使えるかも分からないので、一般には知られていないわけですが」

 「へえ」

 「じゃ、そこに立ってください」

 ビリクに誘導され、三人は公園の中央にある広場に移動した。よく見ると地面にはなんかの線が書いてあって、複雑な模様が円の中に描かれている。紋章とかいうやつか。

 占い屋は先ほどのように呪文を唱え始めた。杖をくるくると振ると、紋章が淡く光る。

 呪文がやんだ。

 「向こうの状況ははっきり言ってよく分かりません。お気をつけて」

 「ねえ、なんでこんなにしてくれるわけ?」

 ミーナが素朴な疑問を口にすると、彼は笑って答えた。

 「お代はあとでいただきに行きますよ」

 「なに!?」

 「では」

 ミーナは大声で抗議の声を張り上げた。が、それは閃光と共に消え去った。

 「グッドラック」


 一瞬の出来事。

 自分の周囲の世界が、まるで他と切り離されて落ちていくような感覚。

 その切り離された世界を包むのは強烈な白い光。

 ほんの一瞬の後、その光はすべてかき消え、周りは再び暗闇に支配された。

 「な……、なに?」

 状況が分からず、リックはたじろいでいた。その横では、レイアがさっきまでふにゃふにゃだった顔を引き締めて、なにやらあごに手を当てて思案していた。

 「……かなり高度な転送術だね。こんなの、大魔導士が満月の日に出来るかできないか、くらいのもんなんだけど……」

 そのどちらも、ミーナは聞いていなかった。

 「あれって」

 暗闇の中、それでも見慣れた風景がある。

 牧場を取り囲む長い柵。

 牧場の隅にある、巨大な木。

 日曜学校の白い壁。

 間違いなく、あの占い屋の言葉は真実だった。

 サラサに帰ってきたのだ。

 「マジで帰ってきちゃった……」

 どっと後悔が押し寄せてきた。本当はもっと遊びまわってからのつもりだったのに、流れに流されて。

 「あ〜あ……。あ?」

 見上げた月の輪郭が、欠けた。何かの音がする。はためくような、叫ぶような。

 なにかがいる。

 レイアもそれは感じ取ったようで、ミーナと同じようにそちらを見上げていた。

 目を凝らしていると、それは段々と近づいてきた。声が、音が、大きくなっていく。

 暗くて何かはよく見えない。月に照らされた影が見えるのみだ。が、そいつは間違いなく人ではなかった。鳥でもない、得体の知れない何か。とにかく、でかい。

 「な、なんだ!?」

 リックもようやくそれに気がついた、その次の瞬間。

 轟音と共に、そいつは三人の目の前に降ってきた。


たいへん間が空いてしまいました。読んでくださっているかた、ありがとうございます、そして大変申し訳ないです。

オチが決まっていないとか、そういうことではありませんので、ちゃんと完結させる予定です。時間はかかってますが、よろしければ。

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