12
「要するに、どういうこと?」
まったく悪びれない様子で、ミーナはビリクに尋ねた。まったくもって話にならない娘だ。さすがの占い屋もこめかみをひくひくさせている。
「だから、つまりですね。手短に言うと、サラサの村にとんでもない化け物が眠っていて、そいつがもうすぐ起きちゃうかもしれない、ってことです」
それでもちゃんと説明しなおしてくれるあたり、結構いいやつなのかもしれない。
「じゃあ、なんでおじさんはそんなこと知ってるんだ?」
「それは、おにいさんが占い師だからですよ」
「……うそくさ」
つぶやくリックをほっといて、ビリクはミーナに向き直った。
「で、ですねえ。僕がこうしてミーナさんに声をかけたのには、理由があるんです」
「……ナンパ?」
「あはは。まさか」
即答されてミーナはちょっとむっとした。それにこの占い屋が気付いたかどうか、彼はそのまま説明を続けた。
「何らかの理由で、封印が予定より早く緩み始めていました。一刻も早く、悪魔を倒せる力を持った勇者を連れて帰る必要があります」
ビリクはテーブルの上に描かれた紋章に少し手を加え、別の紋章を一つ書き上げた。
「何それ?」
いぶかしむ二人。占い屋は先ほどのように、独り言を言い始めた。一般にはこれを『呪文』という。魔法を発現させるのに必須の技能だ。『言葉』を操って、世界の法則の裏を流れる『気』の力を望む方向へ誘導し、紋章やそれに準ずるものを介して世界に現す力。
「これを見てください」
指された先には、先ほどのように中空に浮かぶ像が現れていた。
広い高原の風景。夜の静かな牧場。
「……これって」
「なんだ?」
「サラサの村ですよ。ミーナさんの故郷の」
「……田舎だなあ」
リックがつぶやく。明かりも何にもない、どこまでも暗い原っぱのこの風景を見せられれば、誰だってそう思うだろう。
すると突然、鋭い光がその牧場を包み込んだ。かがり火なんていう生やさしいものではない。目を焼かんばかりのすさまじい閃光だ。この不鮮明な映像を通してでも、その強烈さは十分に伝わる。
店のテーブルの一角がそんなふうにビカビカ光っているもんだから、周りの人たちは迷惑そうに目を細めた。店にしてみたらすごく迷惑な客に違いない。
「……なに、これ?」
目を覆いながらミーナは尋ねた。その村で生活すること十七年、夜の牧場が光り始めたところなんか見たことないし、聞いたこともない。
「二日前の光景です。光は封印が限界に達している証拠。抑え込む力が光になって現れることは、通常はありえません」
「ってことは……」
「そうです」
こくりとビリクはうなずいた。と同時に、映像がぱっと消えてしまう。
「あれ?どうなったの?」
「封印の影響でしょう。魔法の力がかき乱されているせいで映像が悪くて」
そういえば、さっきリックが映っていたやつより見づらかった気がする。
「そういうわけで、急がなければなりません。ミーナさんだって、ずっと暮らしてきた村が消えてしまったら嫌でしょう?」
「そりゃあまあ……、ねえ」
当たり前だが彼女にはサラサ以外に帰るところなんかない。何にもない場所だがなくなったらそれなりに困ってしまうだろう。
「もう、勇者は見つかっていますね?」
そう言われて、昼間勇者と遊び歩いた二人は顔を見合わせた。
「……勇者?」
「っていうか、来てくれるかなあ……」
なんにもない田舎の街を危機から救ったって、たいして名は上がらないだろう。謝礼だって大して出ないに違いない。そんなところに、はたしてあの勇者様が来てくれるだろうか。
「まあ、何とかして説得してください。そこに公園があったでしょう。僕はそこで待ってますから。勇者を連れてすぐに来てください」
「なんで?急ぐんならそんなことしてる暇はないんじゃないの?」
「ま、いいから。任せてみてください」
二人は顔を見合わせて、なんとなくうなずいてから席を立った。
ビリクは精算のところで、ミーなのはなった言葉にぴくりと反応した。
「あ、お代はあそこの兄さんにつけといて」
「やだ」
ほとんど予想通りなのだが、ご立派な勇者様は少女の切なる願いを退けた。
「なんでこのあたしが、そんな田舎の化け物退治しなくちゃいけないってのぉ?」
ちょっと酒が入っているご様子だ。
「いやあ、それはその」
「あのねえ」
レイアさんはカウンターから体を二人に向けた。
「いい?あたしはさ、この大都会で名を上げた勇者さまなんよ?だからあ、いまさらそんな仕事片付けたってしょうがないじゃん。どうせ金も出ないだろうしさあ、だったらいっそ王都に行って仕官したほうが」
「お願いしますから、勇者様!」
ミーナはそれなりに気持ちをこめて言った。ほんとにそれなりにしか気持ちがこもっていないという意味だが。
「ここで仕事しなかったら、勇者のイメージが悪くなりますよ?最悪、バカにされるかも」
「……うう〜」
確かにもうイメージはあんまりよくないが。というか、そのイメージの存在すら怪しいものだが、何もしなければ消えてしまうのではないか。
「でもなあ……。めんどくさいし、どうせなら一気に有名になれるような仕事がいいし」
この勇者様は、どっかミーナに通じるものがあるなあ、とリックは思った。
「ね、王都までの道すがら、ってことで、どうですか?勇者様」
「お願いですから、勇者様!勇者様!」
「勇者様!勇者様!」
勇者さまコール。レイアの顔もだんだんにやけてくる。
そうだ。この感覚。忘れていたのはこの感覚なのだ。誰もが自分をヨイショしてくれるこの快感。また味わいたい。
「……しょうがないなあ」
ニコニコしながら、勇者は椅子から立ち上がった。ジョッキをカウンターに叩きつけ、小銭をばらばらとその周りに降らせた。
「さ、行こうか、君達!」
酔っ払いなので持ち上げられればこんなもんだ。
連れだって出て行った三人を目で追って、バーのマスターは拳を握り締めて小さくガッツポーズした。
原因は勇者さまだ。
「お、来ましたか」
公園に向かうと、もうそこにはビリクが待っていた。さっきレストランにいたときにはもっていなかったが、杖を左手に携えている。
辺りは真っ暗で、ひとけはほとんどない。少し離れたところにぽつぽつと家が建っていて、それがなんだか逆に不安感をあおっているようだった。
「……誰こいつ。っていうか、なんでこんなとこ連れてくんの?」
うすい月明かりの中、レイアが思い切り占い屋を指差して失礼なことをのたまった。
「えーと、あたし達にもよくはわからないんですけど」
「占い師ですよ。僕は」
「はあ……。で?」
訊かれてビリクは、杖を軽く振って見せた。
「これから、少し大掛かりな魔術で皆さんをサラサに送ります。一瞬で着きます」
「ええ!?」
そんな都合のいいもんがあったとは。
「ただし、この術は年に何度かしか使えません。いつ使えるかも分からないので、一般には知られていないわけですが」
「へえ」
「じゃ、そこに立ってください」
ビリクに誘導され、三人は公園の中央にある広場に移動した。よく見ると地面にはなんかの線が書いてあって、複雑な模様が円の中に描かれている。紋章とかいうやつか。
占い屋は先ほどのように呪文を唱え始めた。杖をくるくると振ると、紋章が淡く光る。
呪文がやんだ。
「向こうの状況ははっきり言ってよく分かりません。お気をつけて」
「ねえ、なんでこんなにしてくれるわけ?」
ミーナが素朴な疑問を口にすると、彼は笑って答えた。
「お代はあとでいただきに行きますよ」
「なに!?」
「では」
ミーナは大声で抗議の声を張り上げた。が、それは閃光と共に消え去った。
「グッドラック」
一瞬の出来事。
自分の周囲の世界が、まるで他と切り離されて落ちていくような感覚。
その切り離された世界を包むのは強烈な白い光。
ほんの一瞬の後、その光はすべてかき消え、周りは再び暗闇に支配された。
「な……、なに?」
状況が分からず、リックはたじろいでいた。その横では、レイアがさっきまでふにゃふにゃだった顔を引き締めて、なにやらあごに手を当てて思案していた。
「……かなり高度な転送術だね。こんなの、大魔導士が満月の日に出来るかできないか、くらいのもんなんだけど……」
そのどちらも、ミーナは聞いていなかった。
「あれって」
暗闇の中、それでも見慣れた風景がある。
牧場を取り囲む長い柵。
牧場の隅にある、巨大な木。
日曜学校の白い壁。
間違いなく、あの占い屋の言葉は真実だった。
サラサに帰ってきたのだ。
「マジで帰ってきちゃった……」
どっと後悔が押し寄せてきた。本当はもっと遊びまわってからのつもりだったのに、流れに流されて。
「あ〜あ……。あ?」
見上げた月の輪郭が、欠けた。何かの音がする。はためくような、叫ぶような。
なにかがいる。
レイアもそれは感じ取ったようで、ミーナと同じようにそちらを見上げていた。
目を凝らしていると、それは段々と近づいてきた。声が、音が、大きくなっていく。
暗くて何かはよく見えない。月に照らされた影が見えるのみだ。が、そいつは間違いなく人ではなかった。鳥でもない、得体の知れない何か。とにかく、でかい。
「な、なんだ!?」
リックもようやくそれに気がついた、その次の瞬間。
轟音と共に、そいつは三人の目の前に降ってきた。
たいへん間が空いてしまいました。読んでくださっているかた、ありがとうございます、そして大変申し訳ないです。
オチが決まっていないとか、そういうことではありませんので、ちゃんと完結させる予定です。時間はかかってますが、よろしければ。




