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 「で、あんたは何者なの?」

 レストランのテーブルにふんぞり返って、ミーナは男に尋ねた。フードを下ろすと、伸ばした茶髪がきれいな、結構な美青年だった。二十代半ばくらいだろうか。

 「……普通こういう場合って、謎っぽく去っていくもんなのに」

 「何か言った?」

 「いえ」

 ハンバーグをめいっぱい頬張ったミーナににらまれて、男は首をかくかく横に振った。

 「……僕はビリクといいます。この町で占い師みたいなことやってます」

 「占い師ぃ……?」

 うさんくさそうにミーナは眉をひそめる。彼女はこういう類のことを一切信用していない。大体、未来に起こることが分かるなら、不幸を見る人間なんかいないはずだ。

 そう言うと、ビリクは笑って答えた。

 「ま、絶対なんて保障はしてませんから。要は、相談に乗ってあげればいいんです」

 「……いい商売だね」

 もごもご口を動かして、ハンバーグを飲み下した。その横ではお子様が、やっぱりハンバーグをナイフで切っていた。うまく切れていないようで、せっかくのいい肉がぼろぼろになっている。

 「とはいえ、一応僕もプロですからね。占星術やら何やらはちゃんと修めてますよ。占いってのは、これで結構技術がいるんです。例えば」

 占い師は、お冷の入ったコップを傾けた。水がテーブルの上に円を描く。

 「なにやってんだ?おじさん」

 「おじ……。まあ、見ててください」

 ていうか、何でこのおじさんは敬語使ってんだろうか?

 リックがそんなことを考えていると、ビリクの指が水たまりの中央に運ばれた。そこから指を動かし、テーブルの上に何かを描いていく。

 完成したのは、二人にはなんだかよく分からない紋章だった。

 「水と時、あと空の紋章を組み合わせたものです。ここに……」

 もごもご口を動かし続ける二人の前で、ビリクはなにごとかぶつくさ言い始めた。

 そしてしばらく経った後。二人がデザートのプリンまで平らげたところで、ひとりごとが終了した。と同時に、紋章が淡く光を発した。

 「……見ててくださいね」

 ちょっとのどが乾いたのか、コップに残ったお冷をくいくいあおりながらビリクは微笑をこぼした。その指が発光する紋章を指す。正確には、その上の中空を。

 「……?」

 指した指の先にぼんやりと何かが浮かび上がった。

 「なにこれ?」

 「さあ? ミーナさんなら知ってるんじゃないですか?」

 「はあ?」

 よくよく覗き込んでみる。曇った鏡に映ったような何かの像がそこに浮かんでいる。

 それは人間に見えた。大きな荷物を背負った、背の低い子供のような。うつぶせに倒れていて、顔はよく見えない。

 「……これってまさか、こいつ?」

 リックに指を突きつけながらビリクの顔を覗き込む。占い屋は肩をすくめて見せた。

 「これは水鏡の術といって、人の記憶を鏡に映すようにして見せる技術です。これはミーナさんの記憶の中にあるものを映してみました。これはリック君と出会った場面ですね」

 「へえ……。すげえかも」

 ミーナが感嘆したような声を漏らした。その横でリックは浮かない顔をしていた。

 「おれ、こんなだったのか……」

 はたから見たら結構情けない姿だ。こんなもん見たくなかった。

 「これにもう少し複雑な術法を加えると、少しばかり先のことを映すことができるんです。といっても、必ず当たるってわけじゃないですけどね」

 心なしか得意げに、ビリクは言った。そこでふと、違和感を感じた。

 周囲を見まわしてみる。

 夕食時で集まったレストランのお客も従業員もみんなこっちを見ていた。

 「すげえなあ。どうなってんだ?」

 「バカ、あれだよ。魔法つかってんだ。そうだろ?」

 「へええ、たいしたもんだなあ、兄ちゃん」

 わいのわいの、方々からいろんな人が声をかけてきて、ビリクはちょっとたじろいだ。

 「え、いや、別になんかのショウとかじゃないんですけど」

 恐る恐る言ってみる。

 「そんなこと言うなって。なあなあ、俺のこととかも見れたりするのか?」

 「あ、私も映してほしいなあ」

 「未来も見えるんだろ? じゃあさ、ぼくっていつ結婚できるのかな?」

 聞いてくれない。

 やんなきゃ良かったかもしれない、と彼は思った。


 「それで、村がどうのって言ってたけど。あたしのことも知ってたみたいだし」

 ちょっと憔悴したビリクに、ミーナは質問を再開した。さっきまで、ほとんどマジックショウみたいな状態になっていたのだ。

 おひねりまでもらってしまった。

 「……ああ、あれは簡単な話で、僕だけにならわざわざ紋章術を使わなくても、他人の生い立ちやら、状況やらが分かるんです。もちろん、知りたいと意識すればの話ですけどね」

 「ふうん……。じゃあ、村のことは? 封印って何なの?」

 「……長くなるから、かいつまんでお話しましょうか」

 占い屋はそう言って、一人だけ食べきっていなかったシチューを口に運びながら語り始めた。

 「その昔、サラサの村があった地には、大きな町がありました。ところがある日、その町に邪悪な悪魔が現れたのです。悪魔は無差別に町を蹂躙し、人々を不幸に陥れました」

 「ふーん」

 「その悪魔は、実に強大でした。人々には悪魔を傷つけることすら出来なかったといいます。町が滅ぼされんというとき、その地に一人の魔道士が現れました。その魔道士は悪魔と互角に戦い、そして最後に悪魔をその地に封じ込めることに成功しました。そこがサラサ村の中央です」

 「はあ」

 「魔道士はその地に石碑を立て、祠で覆って、悪魔の左胸を突き通した自らの剣を奉り、その町に住まうものに警告を与えました。厳重にこの封印を管理しなければ、やがて悪魔はよみがえるであろう、と」

 「ほお」

 「しかし、人々はその町から一人、また一人と姿を消していったのです。悪魔の封印が残る地に住み続けたくない、というのがそのものたちの気持ちだったのでしょう」

 「……」

 「そして長い歳月が流れ、サラサの村の人々は封印のことを忘れ去ってしまいました。放置されっぱなしの封印は緩み始め、そろそろ限界が来てしまいます」

 「……」

 「そんな時、村に一人の預言者が現れました。彼は悪魔の封印のことを知っていました。そして、十と六になる娘を北の地に遣わせば、その娘は勇者を連れて帰り、復活してしまった悪魔を屠ることが出来るであろう、と、予言を告げたのです」

 「……」

 「これが、事の真相です」

 ビリクは長話を終えて、息を吐き出し、二人の顔をうかがってみた。

 二人とも目が閉じている。

 というか、肝心のミーナは机に突っ伏して、あまつさえいびきをかいていた。

 「……すいません、アイスクリームください」

 占い屋はとりあえず追加注文した。そうでもしないと寂しくて死にそうだった。


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