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「じゃ、あたしはそこの角に家借りてるから、何かあったら来なさいね」
一通り町を回った後、日が沈みかけようかという時間帯。勇者はツアーを終えた。
「……そですか」
「んじゃねえ〜」
ぴらぴらと手を振って、レイアは二人に背を向けた。
「あれ、どこ行くんですか?」
家があると先ほど指差した方向とは逆の方向に足を向ける勇者に、ミーナは声をかけた。
「ああ、行きつけの飲み屋があんのよ。ちょっと前まで閉まってたんだけど、最近また店が開いたらしいからね。行く?」
ガキんちょ二人は首を横に振った。ちなみに店を閉めてた原因は勇者さまだ。
「ま、いいけどね。じゃ」
レイアの姿が通りに消えて、ミーナとリックは顔を見合わせた。
二人ともなんだかげんなりしている。でもそれも、無理のないことなのだ。
初めに連れて行かれたところは、競馬場だった。別に名物というわけでもなく、町の外れにぽつんと立っているようなところだ。もっさりしたおじさんばかりで割と盛り上がっていたが、二人にはあんまり面白くなかった。
ちなみにレイアは、買った馬券が大当たりして死ぬほど喜んでいた。
次に連れて行かれたのは賭場だった。
ここでもレイアは勝ちに勝ってご満悦だったが、やっぱり子供には面白くなかった。
その後もあれこれ連れて行かれたが、年頃の娘や少年には味の分からないものばかりだ。楽しかったのは闘技場で試合を観戦したときぐらいだろうか。ミーナがリングに上がろうとするのを、リックは必死で止めていた。
とにかく、期待したほど面白くはなかったわけだ。
「さ、宿に帰ろか」
「だね」
今いるのはもといた大通りだが、人通りは若干少なくなっているだろうか。帰路に着く人間が多い。
「勇者か……。なんか、イメージと違うなぁ」
「まあ、そんなもんじゃないのか」
十を少しばかり超えただけのクソガキは、悟りきったように言った。
「考えてみれば勇者だって人間だもん」
「にしたってなあ……」
彼女より勇者っぽい人格者はそこらじゅうにいそうな気がする。
「ま、明日は二人でぶらぶらしよう」
そんで、表通りを十分堪能しよう。
そんなことを考えながら薄暗くなってきた大通りの流れに乗って歩いていると、背の高い人物とすれ違った。ぞろりとした服。深くフードをしているので顔は見えない。
「ミーナさん、ですね」
低く、かつ澄んだ声が彼女を呼んだ。振り返る。フードの男はこちらを向いていた。
「……あやしい……」
ぼそりと少年がつぶやいた。
「……ええと、ミーナさんですね?」
こくりとミーナはうなづいた。
「封印が、そろそろ弱まってきています」
「は?」
「早めに村に戻ることをお勧めしますよ。 では」
「え、あ、ちょっと!?」
男の姿は雑踏の中に消えていった。ミーナはただ困惑するばかりだ。
「ま、待てっての!なんなのよ!」
しばらく男の消えたほうを見つめている。と、見えた。こちらを振り向いていた。
口元が笑っている。
……むかつく。
ミーナは足元の小石を拾い上げて、この人ごみにもかかわらず男めがけてぶん投げた。
「いてっ!?」
フードがぐらりと揺れた。当たったようだ。
「うっしゃ!!」
ガッツポーズをして歓喜する。さっきの話なんかもうどうでもよくなっていた。
南の高原に光が差した。一筋の、細い光が。
夜空を切って降りたその光は、高原の真ん中に突き刺さって消えた。
森の鳥達がざわめきだす。一斉に飛び立って、暗い空の色をよりいっそう濃くした。
当然、その森に囲まれた村の住民もそれに気づいていた。
サラサ村の村長は、夜中に起き出して窓の外を一瞥し、目を見開いた。
「なんと……」
高原の一部が、淡く輝いている。どこか不安をあおるような色で。
「……最近、尿が近くなったもんじゃ……」
おじいちゃんは気付いていないようだ。




