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 「え、それじゃ、お姉さんが!?」

 安っぽい食堂の一角で、ミーナは声を上げた。

 同じテーブルにはリックともう一人、先ほど助けてくれたお姉さんがついている。正確に言えば、別に助けてもらったわけじゃないが。

 「あの、町に入り込んだ化け物を退治したっていう……」

 リックもびっくりした顔で、失礼にも対面のお姉さんに指を突きつけている。

 当のお姉さんは、ニコニコしながらオムライスをばりばり頬張っていた。面と向かって指差されてもあんまり気にしていないようだ。

 でも、ミーナの一言でちょっと顔色を変えた。

 「……名前なんだっけ?」

 首をかしげる彼女の前に、デミグラスソースまみれのスプーンが突き出された。

 「レイアよ。レイア・グライド」

 依然ニコニコしたまま、でも変な迫力のある顔をずずいっと近寄せてお姉さんは名乗る。

 少々気押されて、ミーナは首をかくかく振った。

 「確か、リンダリアから入り込んできた化け物だったんだよね?どうやってやっつけたの!?教えて!」

 まんまるだった目を今度はきらきらさせて、少年ががっついていく。勇者さまは満足げに、リックに向き直った。ちなみに、リンダリアはゴーウェ王国に隣接する小国、国境のすぐ向こう側だ。

 「しょうがないわね」

 とか言いながら、言いたくて仕方ない様子が顔にありありと出ている。黒い目が目の前のガキんちょと同じく、きらきらしているのだ。

 あっけにとられているミーナをよそに、レイアは自分の武勇譚を語りだした。

 「ほんの半年前の話よ。あたしはリンダリア出身の傭兵でね。あそこってあたしみたいなのには全然仕事ないから、ゴーウェに出稼ぎに来たわけよ」

 あんまり勇者っぽくないエピソード。子供は素直だ。

 「そんな話はどうでもいいから!どうなったの!?」

 「……でね。丁度この国に入った時、ここにばかでかい犬みたいな化け物が入り込んできたのよ。この店よりでっかいやつ。魔法の暴走だとかいろいろ言われてるけど、なんでかは分かんないわ」

 『犬』のような怪物は、たまにこうして町を襲う。しかし町の外をうろついているということではない。唐突に人里に現れるもの、というのが人々の認識だ。

 要するに天災の一種なのだ、とレイアは説明した。ミーナが一人で旅をしていて、こういうのに出くわさなかったのはそういう理由があるからだ。

 「それでそれで?どうやってやっつけたの!?」

 勇者はふふんと笑って、腰に差した細身の剣を示した。

「こう見えても、あたしはリンダリアじゃ1、2を争う腕だったのよ。奴がまっすぐあたしに向かってきても、あたしは引かなかった。周りの皆がわれ先に逃げていく中、真っ向から立ち向かったわ。振り下ろされる爪をかわし、受け止め、あちこちに剣を突き立ててやったわ。でも奴はしぶとくて……」

意気揚々と語る。でもミーナは、もうちょっと別のことが気になっていた。

「……ていうか、なんでそんなすごい人が、いまだにこんな町にいるんですか?」

確かにタラスラントは都会だろうが、それだけの手柄があれば王都あたりで士官の話でもありそうなものなのに。

話の腰を折られて、レイアはちょっと顔をしかめた。と同時に誰にも気付かれないくらい小さくため息をついた。

「王都に来ないか、って話なら山ほどあったわよ。軍に仕官しろとか、金持ちの私兵にならないか、とかね。でも、でもね……」

なんでも、その化け物を屠った手柄が認められ、ゴーウェとリンダリア、両国のお偉いさんから結構な報奨が出たとか。しかもこの町の連中が勇者だ勇者だともてはやすものだから、もう気持ちよくなってしまったという。

「通りを歩けば声をかけられて、サインをねだられて。金にも困らないし、最高だったわ。あたしは勝ち組だって、心からそう思った。……けど、ここは国境の町なわけよ」

「どゆこと?」

首をかしげる二人。遠くを見るような目で、ぽつぽつと喋る勇者。

「家に帰ったとするじゃない。そしたらさ、いつまでも玄関に突っ立ってる?」

首を横に振る二人。レイアは虚無的な微笑を漏らした。

「そういうことよ。皆この町をスルーして、リンダリアなりゴーウェなりの中に入っていくの。人の流れって、ほんと早いもんだわ。たった半年で、出来た知り合いがみーんないなくなっちゃうし……」

そうしていつしか、勇者レイアの名を知るものがこの町からほとんどいなくなってしまった。その代わりゴーウェ国内で、勇者の武勇を語るものが増えていったのだ。例えばリックの町のように。

「ちょっと前までは、皆あたしの名前知ってたのに、今じゃ皆『あんた誰?』って……。でも、あの日々が忘れらんなくて……ああ」

そうしてずるずるとこの町にい続けている。人間の悲しいところだ。

「もういい加減、あきらめて王都にでも行こうかな……。でも、そこでも忘れられてたらどうしよう」

スプーンでコーヒーをかき回しながら、レイアは再びため息をついた。見ていてなんだか不憫だ。勇者なのに。

と、リックがミーナの服を引っ張ってくる。

「なに?」

「ねえちゃん、やったじゃんか!」

「は?何が?」

「だから、勇者探してたんだろ?」

ミーナははっとした。考えてみれば、これは渡りに舟状態なのだ。

「そうだった!……でもなあ」

正直、もっといろいろ見て回りたい。来たばっかりなのだ。

……あとでいいか。

「あのー、レイアさん?」

「なに?」

遠い目でコーヒーをずるずるすすっている勇者に声をかけた。さっきまであんなに元気に自分の武勇を語っていたのに、うそみたいにオーラが沈み込んでいる。

むちゃくちゃ言い出しづらい。

「え、えっとその……。よ、よかったら、この町を案内とか、してもらえませんか?」

とりあえずそう言ってみる。リックがまた服のすそを引っ張ってきた。

「村に連れて行くんじゃないの?」

「いいの。あんただって、もっと遊んで帰りたいでしょ」

レイアは何回目かのため息を吐き出した。

「……あたしって、とうとう観光ガイドかなんかだと思われるくらいに落ちちゃったのかなあ……」

「あ、いや、そうじゃなくて」

「……まあ、いいか」

レイアは席を立った。

「ありがとうございます!」

続けて二人も席を立つ。

清算のところで、勇者がこっちを向いて手を突き出していた。

「食った分の代金」

勇者のくせに、いちいちせせこましい。


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