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プロローグ

「村長〜?」

明朗でかわいらしい声が上がった。

声の主は年のころ十七、八くらいの娘だ。いかにもなコケティッシュフェイスだった。

「お呼びですか〜?っていうか、寒いから早く開けろ」

見かけとは裏腹に、口はかなり悪い。

「おお、よく来たな」

ぎい、と音がして、木造の安っぽいお宅のドアが開いた。

そこに立っていたのはよぼよぼのおじいちゃんだった。

「なんですか。こんな時間に呼び出して」

少女はおかんむりのご様子だ。

でも、それも無理のないことだったりする。

だって、まだ日も昇っていないような早朝なのだから。

じじいはミーナを中に招き入れるや否や、すぐに切り出した。

 「うむ。よく聞け、ミーナよ」

 老人はこれっぽっちも悪びれていなかった。

 ちなみに彼がミーナをこんな早くに呼び出した理由は簡単である。

 じじいだから起きるのが早いのだ。

 「なんだよ」

 ミーナは実に不機嫌そうな声で言った。というか、実際不機嫌だ。

 「うむ。お主は、昔からこの村に伝わる伝説を知っておるか?」

 「さあ……?」

 さっぱり知らなかった。伝説のでの字も聞いたことがない。

 村長はソファに腰を下ろす。

 「仕方ない。では、教えてやろう。この村の名前、サラサの由来を知っておるか?実は、これはな。その昔この大陸に魔法を伝えたという偉大な魔導士、ビリカルが……」

 じじいは嬉々として語りだした。

 この手の老人は、普段若者としゃべらない分一度話し出すときりがない。

 ミーナは聞き流すことにした。

 こうなるだろうと予測して、暇つぶしはちゃんと持ってきた。こないだ町に出たときに買ってきた本。森に囲まれたへんぴな村に住んでいるものだから、大陸の出来事を伝えてくれる本は大好きだ。

 村長の話とは全然関係のないところでけらけら笑ったり、村長の話とはやっぱり全然関係ないところでへえ〜って声を上げたりしているうちに、村長の娘さんが起きてきた。娘さんといっても、このじじいの娘だからもうおばさんだ。

 他にもこのじじいの家族が次々と起きてくる。

 挨拶をかわして、再び本を読み始める。そうこうするうちにも老人の話は続いていた。

 おばさんから朝食をふるまわれて、食後の紅茶を飲み始めたあたりでようやく長い長いお話は終わった。

 もちろん、じじいの伝えたいことは誰も聞いてなかった。

 「それで?やっぱり買い物とかもしてきたんだろ?」

 「うん。あ、でね。すごい発見しちゃったのよ。こないだ出荷したうちのミルクがさあ」

 おばさんと少女は世間話にうち興じていた。話題は『こないだ行った町について』だ。

 「ほら。おじいちゃんも早く朝ごはん済ましちゃってね。もうこんな時間なんだから」

 おばさんがじじいのコップにミルクを注ぎ入れる。

 「じゃあ、そろそろ行くね」

 ミーナは席を立とうとする。牧場の手伝いの仕事が待っているのだ。

 すると、話し終えておとなしくしていたじじいが突然立ち上がった。

 「ならん!」

 突然大声を出すもんだから、みんなびっくりした。

 びびる一同を無視して、じじいはミーナの肩をがっしり掴んで言った。

 「よいか!お主はこれから、北に向かうのだ!」











「とうとう追い詰めたぞ!魔王め!」

 勇者は毅然と魔王をにらみつけた。

 しかし、黒マントを身にまとった魔王は、少しも動じることなく高笑いを上げた。

 「なにがおかしい!」

 「おろかものめ!これを見るがいい!」

 そう言い放って、マントを翻す。

 「な、何ぃ!?」

 マントに包まれて隠れていたのは、いたいけな少女だった。

 「見たか!こっちには人質がいるのだ!」

 「ひきょうものめ!」

 ひるむ勇者様。笑う魔王。

 「ゆうしゃさま!」

 少女が声を上げる。

 「私にかまわず、魔王をやっつけてください!」

 涙ながらの叫び。勇者は心をずずんと揺り動かされた。

 「うるさい!だまっていろ!」

 魔王は少女の頭を小突いて黙らせようとした。

 こつん!と思いのほか小気味のいい音がする。

 「いたっ!?」

 「あっ、ゴメン……!」

 「何すんのよ!あとで覚えときなさいよ」

 「わ、わざとじゃないんだけど、ついノリで……」

 魔王はひるんだ。

 その隙を勇者は見逃さなかった。

 「今だ!」

 勇者の手にした伝説の剣が、魔王の体を捉えた!

 「ぐわああああ!そんなばかな〜!」

 かくして、魔王は倒された!

 「ああ、勇者様!」

 「ふっ。この私にかかればたやすいことだ」

 自分のかっこよさに陶酔する勇者。その頭上に、大きな影がさした。

 影はそのまま勇者の頭頂部に落下。

 先ほどと同じような小気味のいい音がした。

 「いてえ!」

 節くれだった茶色い伝説の剣がからんと音を立てて落ちた。

 「こら、リック!魔法の授業の時間でしょ!なにやってんの!」

 勇者リックの母は、げんこつをふーふーしながら息子を怒鳴りつけた。

 「そこのあんたたちも!授業が始まってるよ!」

 「す、すいません!」

 「すぐいきま〜す!」

 魔王とその人質が駆け去って行く。

 「ほら、あんたも行きな」

 「………」

 「リック?」

 少年はどこか憮然とした顔で母を見上げた。

 「かあちゃん」

 「何?」

 「なんで、魔法なんか勉強しなくちゃならないんだ?俺、そんなの使わなくたってなんでもできるんだぞ」

 「ん〜」

 母ちゃんは困った顔で首をひねった。

 彼女らの住まうゴーウェ王国においては、十五までは魔法の習得が義務付けられている。

 なぜかというと。

 この国には深く魔法の使用が浸透している。

 魔法技術はこの国の中において発展してきた。そのため、他の国では魔法教育に関してゴーウェ王国ほど行きわたった配慮ができていない。

 明かりやら熱源やら、その他もろもろにわたって活用できる魔法を覚えられるのは、この国に生まれたものに与えられた特権と考えてよかった。

 が、普通に暮らすのに魔法なんか必要ないという人もたくさんいる。

 実際問題、炎を呼び出すことができ、水を作り出すことができ、風を起こすことができればそれなりに便利に暮らせるものだ。

 そしてそれくらいの技術は、普通十歳になる頃にはもう身に付けられるのだ。

 今年十一歳になった息子の言い分も確かに一理ある。

 それでも、彼女は息子をやさしく諭した。

 「いい?リック。魔法をちゃんと勉強すれば、どこに行ってもそれなりの人間として認められるものなのよ。火が起こせるだけじゃ、ずっと小間使いとしてしか雇ってもらえないのよ?」

 本当のところそんなことはないのだが、めんどくさかったのでウソをついておいた。

 ガキの知識量なんてそんなもんだろう。

 が、予想に反して少年は納得しなかった。

 「でも、俺こないだ大工のおじさんの手伝いしたけど、魔法なんかいらないんだぜって言ってたぞ!」

 こざかしいガキめ!

 「うるさい!ごちゃごちゃ言ってないでさっさと学校行きなさい!」

 突然の逆ギレ。かあちゃんの忍耐袋は驚くほど破れやすかった。

 「ひっ!!」

 リックは逃げるように走り出した。

 その後姿を見ながら、リックの母はちょっとしたノスタルジーに浸っていた。

 (反抗するなんて。もうあんな大きくなったんだねえ)

 陶酔しやすいところはさすが親子だった。





 走りながらリックはとある決心を固めていた。

 (決めた!決めたぞ!)

 今まで何度となくあのかあちゃんにこうやってやりこめられてきた。

 もうたくさんだ。

 家を出てやるぜ!





新しく連載を始めました。楽しんでいただけたらありがたいです。

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