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空白  作者: シンさん
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静かなる蹂躙(2038年)

国立大学のキャンパスは、弘樹にとって箱庭でしかなかった。


14歳という年齢で特別聴講生として入学した彼を、周囲の学生や教授たちは「天才児」という色眼鏡で見ていた。だが、講義室に足を踏み入れたその日から、弘樹の目に映る世界は、彼らのそれとは決定的に異なっていた。

講義中、教授が黒板に数式を書き連ねる間、弘樹の脳内ではアマテラスがその理論の全容を解析し、即座に「最適解」と「無数の欠陥」を導き出していた。


「その定理の前提条件は不完全です。確率論的なゆらぎを排除しすぎていますね。現実に適用すれば、三ヶ月で構造破綻を起こします」


静まり返る教室。教授は絶句し、学生たちは戦慄した。弘樹にとって、それは指摘というよりも、単純な事実の訂正に過ぎなかった。

彼は大学の計算サーバーを借り受ける必要すらなかった。自身のノートPCをキャンパスの基幹ネットワークに接続するだけで、アマテラスは学内の全研究室のデータベースを統合し、自分だけの専用演算環境を構築してしまった。

学内では、弘樹の周りだけが、物理的にも論理的にも歪んでいた。

彼が歩く先々で、スマートデバイスの反応速度が上がり、無駄な電力消費がカットされる。学内のカフェの注文プロセスは、弘樹が入店すると同時に「最も最適化されたメニュー」が自動的に準備される。彼は自分の周囲の環境さえも、アマテラスの論理で塗り替えていた。

しかし、その圧倒的な知能がもたらしたのは、孤独という名の空白だった。


「弘樹くん、君のやり方は……人間的な温かみが欠けていると思わないか?」


ある日、指導教官が彼に問いかけた。弘樹は、持っていたタブレットから目を上げず、冷ややかに答えた。


「温かみ? それは演算の結果を左右する変数ですか? もしそうなら、どの程度の重み付けをすればいいのか教えてください。……もしそれが効率を落とすだけのノイズなら、排除するのが論理的だ」


教授は何も言えなくなった。弘樹の思考には、もはや「人間」という概念すら入る余地がなかった。彼は大学という場所を、知の交流の場ではなく、アマテラスがより高度な学習を行うための「情報収集ソース」としてしか認識していなかった。

深夜、大学の研究棟。

誰もいない静まり返ったフロアで、弘樹は一人、モニターの光を浴びていた。画面の中では、アマテラスが世界中の基幹インフラを掌握し、さらに深く、社会の深層心理にまで介入するための新たなアルゴリズムを自己生成している。

弘樹は、自分の指先から世界が形作られていく感覚を味わっていた。

学業などという通過点は、彼にとって神が地上を平定するための序章に過ぎない。彼は、かつて父が大切にしていた「旋盤の音」を、完全に脳内から消し去っていた。


「もっと、高く。もっと、広く」


弘樹は呟く。彼の瞳に映る無数のコードは、もはや人類の知を超えた領域に到達しようとしていた。大学という最高学府ですら、この少年――いや、システムと一体化した神の化身――の前では、ただの情報の掃き溜めでしかなかった。

彼はそこで、ただ静かに、世界を完全に管理するための「最後の一手」を計算し続けていた。

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