蜃気楼劇団
今日僕は、お母さんと喧嘩をした。きっかけは些細なことだった。ゲームを1日2時間の約束を破ったとか、宿題をしてから遊ぶだとか、そういういつものことだった。
でも、今日は違う。いつもは部屋に閉じこもるだけだけど、今日は家を飛び出した。近くの公園で同級生の遊ぶ声が聞こえる。そういう、いつも聞いている声を聴くと、今の状況が際立って不安になってくる。
ぼんやりと、どうやって家に戻ろうか考えながら歩いていると、顔に紙が張り付いてきた。
慌てて引きはがしてみてみると、それはチラシだった。
”あの劇団が、やってくる!!”とだけ大々的に書かれているチラシであった。
「こんなチラシで人が来るわけないだろ......」
俯きながらチラシを見ていると、不意に影が覆いかぶさってきた。
振り返ると、そこにはピエロの仮面をした細身の男がこちらを覗き込んでいた。その体は、人形を思わせるほど細く頼りないものとなっていた。また、その仮面は道化師を模している割には、笑っているのは口元だけで目尻は下へ向かっており、その端からは涙の意匠が設けられていた。そしてその目元を隠すように、鍔の大きなシルクハットを被っていた。
「おやおや、これは手厳しい。ただ事実でもあるのが耳の痛い話です」
シルクハットを脱ぎ、胸で抱えるように持っている状態で腰を曲げて屈んでいた。その状態でこちらに話しかける姿は礼儀正しいが、正しすぎると胡散臭く感じるという良い見本のようなものであった。
「出来ればアドバイスを頂きたいのですが......何かありませんか?」
僕はそれを聞いて、初対面でこちらにアドバイスを求めてくる所は図々しいと思った。それが顔に出ていたのだろうか?おそらくハッとした顔をして、自身の着ていたスーツの襟を直す。それが終わるとシルクハットを手に持ったまま上へと掲げ、その手を流れるようにおなかで包みこむ。それと同時に頭を下げ、足を交差させる。その立ち振る舞いから、パフォーマーであることが素人の僕でも分かった。そして、何度も言ったんだろう。その口からは淀みなく口上が流れる。
「どうも初めまして!わたくしは、蜃気楼劇団の劇団員兼、演出家、制作などなど......を行っております。舞台監督の......」
突然いきなり言い淀みだした。
「申し訳ございません。勢いで言ってしまいましたが私、個人名を名乗ることがないものでして......一応劇団の総括も行っているのでプロデューサーとお呼びください」
途中までスムーズだったのもあって、なんだか気が抜けてしまった。そんなこちらのことを無視するように、さらに話しかけてくる。
「改めまして、アドバイスを頂きたいのですが何かありませんか?」
とは言われても......直すべきところが多すぎて何を言えばいいのか分からない。日時も書いていなければ、場所も書いていない。極めつけには、何をするのかすら書いておらず、文字通り”何もわからない”のである。これを正直に伝えるべきなのか......
どう伝えたものか、下を向いて悩んでいると、プロデューサーは納得したような顔をしてこちらを覗き込んでいるのに気付いた。
あまりに近かったので飛び退いてしまった。
それを見て、驚いた顔をしながらプロデューサーは話した。
「いやはや、申し訳ございません。私、昔から人との距離感が近すぎると注意されておりまして......」
プロデューサーは背筋を伸ばす。そして、チラシを持った手を老眼でもあるかのように真っすぐに突き出して、もう片方の手を顎に当て、しみじみと眺めていた。
「なるほど......日時と場所ですか。しかし我々は移動しながら、披露しているのでいちいち変更となると手間が......」
おそらく口に出ていたのだろう。気にすると思って口に出していなかったことがバレて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
しかし、一度バレたのだから言ってしまおうと思い、アドバイスを伝える。
「せめて、何をするかぐらいは?演目じゃなくても、よくするジャンルぐらい......」
開き直ったつもりでいたが、いざ言うと恥ずかしくなってどんどん声が小さくなった。
恐る恐る顔を見ると、それを聞いて納得したように頷いていた。
「ジャンルですか......では、”他では見られないオリジナルストーリーが!!”などにしましょうか」
ジャンルってそんな感じだったっけ?って言いたくなったけど、納得している様子だったのでそれを言うのは今の僕には出来なかった。
何せ、話の終わりが見えてくると自分がお母さんと喧嘩をした事実を思い出したからだった。それを思い出すと、今話してるプロデューサーの顔すら見れなくなった。
「良き意見をありがとうございました。もしお時間がありましたら、是非ご覧になってください。」
そういってプロデューサーは、そのままそそくさと去ろうとした。
急に一人になるのが嫌で引き留めようと思わず声をかけた。
「あの!」
大きな声を出すつもりはなかったけど、勢い余って大声になってしまった。ただ、プロデューサーは思ったより、いや思ってもみなかったぐらい近くにいた。具体的言えば顔を上げると鼻が仮面に当たったぐらいだった。
「そういえば、あなたに差し上げていませんでしたね」
プロデューサーは僕の手からチラシを取ると、スーツの内側に突っ込んだ。そしてにすぐ取り出して返してきた。
返されたチラシには”あの劇団が、やってくる!!”と書かれている。しかしその下には、”他では見られないオリジナルストーリーが!!”という文字が追加されていた。
「これって!?」
顔を上げると、プロデューサーは居なくなっていた。夢みたいにぼんやりとした出来事だったけれど、手に握っているチラシが現実に起きた出来事であったことを知らせてくれた。
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僕はチラシを見ながら歩いてた。そして気づいたら夜になっていた。正確にはチラシを見ることで夜になっていくことから目をそらしていた。
だから僕は、後ろから近付いてくる人に気が付かなかった。
目を覚ますと、僕はパイプ椅子に座らされていた。両手は後ろで組んだ状態で、表面のざらついた、綱引きの綱と同じようなの紐で固く結ばれていた。両足も同じ紐で足首を椅子につなげられていた。
頭の中にある重りみたいものが暴れて、頭蓋骨にぶつかっているみたいな痛みが続いている。何とか結び目を解こうと、もがいていると後ろから声が聞こえた。
「なぁこいつ起きたけど、どうする?」
低い声で言い放ったその言葉は、まだ小学生の僕には冷たくて、心臓の鼓動が速くなったのを感じた。
「ん?あぁ、ほっといていいんじゃね?こいつ年齢の割にうるさくないじゃん?」
先ほどとは打って変わって、高い声だった。その声は、あまりこの状況に対して重く見てない、言ってしまえば軽率な雰囲気であった。
「ところでさ、なんで口塞いでないの?なんなら耳も。もう一発殴らないといけなくなるかもしれなくね?」
さっきまでの二人と比べて、特段低くもなく、かといって高すぎるわけでもない声だった。でも、口調や声色から、一番怖いと感じた。
「止めておいてください。その子供は人質ですし、もう一度気絶する勢いで殴ったら、今度こそ死んでしまうかもしれません」
後ろから聞こえてきた声は、冷静で賢そうな声だった。
「ただ、顔と声を聴かれたのは痛いですね。あなたの言うことも確かです。金を受け取ってから喉を潰すというのはありかもしれませんね」
前言撤回、一番怖いかも......
恐怖から、心拍数が上がりながらも周囲を見回した。
多分倉庫だと思う。テレビでしか見ない、フォークリフトで運ぶことしか考えていないような、砂の袋が重なっているものが置いてあったり、多分船に乗せるための木箱が置いてあった。
ただ、一番後ろが見えないから、一番怖い人の顔が見えなかった。それがまた、僕の心拍数を早くさせた。
「あんまりキョロキョロするされると困るんだよね」
そう言った男の手には、バットが握られていた。そしてその男は、バットを振り上げる。
あぁ、変にいろんなところ見るんじゃなかった......そらそうだよな。誘拐した子供に顔を見られた上、キョロキョロしてるんだもん。殴るよな......
そんなことを考えながら、振り下ろされるバットはやけに遅く感じた。
「やりすぎるなよ」
そう後ろから聞こえた瞬間、目の前が真っ暗になった。
次の瞬間、聞き覚えのある声が響く。
「Ladies and gentlemen(紳士淑女の皆さん)、Boys and girls(少年少女たち)!Welcome to the Mirage Theater Company(ようこそ蜃気楼劇団へ)!」
夕方に出会った、プロデューサーの声であった。
その場にいる皆が、あっけにとられていると、倉庫内にどこからともなくスポットライトが空中を照らす。そのスポットライトの先では、プロデューサーが空中で両手を上に広げていた。
「これからご覧いただくのは、他では見られないハラハラドキドキの物語!」
空中で止まっているプロデューサーは張り巡らされた糸の上に立っており、劇団というよりかはサーカスを見ている気分だった。するとプロデューサーは何やら、空中をワイヤーを伝いながら申し訳なさそうに話し出す。
「なのですが、今残っている団員のみでは、演目が出来ないんです......」
それを聞いた誘拐犯たちはハッとした顔で、口々に言い返す。
「誰だお前!見たところ警察じゃなさそうだが?」
「すっげー!どうなってんだ!?」
「お前らうるさいぞ。早く引きずりおろせ」
「どこから入ってきたんだ......?」
そんな犯人たちを他所に、プロデューサーは続けて話す。
「と言うことで、貴方たちには手伝っていただきます!」
急に言われたことに犯人たちは困惑していた。そしてその中の一人、バットを持っていた男がそのバットをプロデューサーに投げた。
宙を舞うバットは、先ほどまでプロデューサーがいた場所まで飛んで行った。
プロデューサーはバットを投げた犯人の目の前に降り立ち、鼻を指でつつきながら、胸にバラを刺してあげた。
「ご安心ください。急遽参加になったのです。もちろん良い役ですよ?」
それを聞いた犯人たちは、なぜか笑っていた。その光景は、テレビで見た催眠術師が催眠術をかけた所にそっくりだった。
「それでは役をやっていただく演目の紹介です!」
再び空中を歩き、説明を始める。
「今回の演目のテーマは『愚かな選択』!主人公は家出をした少年です!」
その言葉を聞いた僕は、ドキッとした......たまたまにしても状況が同じだと何か嫌な予感がした。
「そして......」
プロデューサーが続けようとすると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ちょっと団長!あんまり説明しちゃうと劇の楽しみが無くなっちゃうよ!」
マイクで拡声されたかのようにノイズ交じりの大声を聞き、プロデューサーは慌てて気を取り直す。
「それでは皆さんには主人公をやっていただきます!さぁさこちらに!」
プロデューサーの声が響きわたると同時にスポットライトが消え、あたりが真っ暗になる。すると体に浮遊感を感じる。それと共に手と足を縛っていた縄の感触が消えた。
何が起こったのか分からないでいると、徐々に暗闇に目が慣れてきた。
辺りを見回すと、劇場のような場所に変わっていた。そして僕はさっきまで座らされていたパイプ椅子ではなく、高級感のあるふかふかの椅子に座っていた。
一度にいろいろなことが起こりすぎて固まっていると、隣から話しかけられた。
「お隣失礼しますね。今回は、彼らに任せようと思います」
その声の主は、プロデューサーであった。急に話しかけられて、肩が跳ね上がった。
それを見てプロデューサーは申し訳なさそうに言った。
「驚かせるつもりではなかったのです。しかし、今回は人が少ないので彼らだけで完成させてほしいのです......」
正直、状況が状況だから話なんて入ってきてなかった。それを見透かしたかのようにプロデューサーは小声で語りかけながら、あったかい紅茶を差し出してきた。
「本来、上演中は飲食禁止ですが......私とあなたしかいませんので、団長権限で許可いたします」
その紅茶はいい香りがして、紅茶にしては妙に落ち着く味だった。
そんなことを思っていると、大きな音でブザーが鳴った。
幕が開くと、住宅街のセットの中を、声の低い男が歩いていた。
確かに足は前進するように動いているが、その場から男は動いていない。しかし、まるで移動しているようにセットが動いていた。そしてナレーションが聞こえてくる。
「少年は今日、母親と喧嘩をしてしまいました。しかし、いつもとは違って謝るということをしていません」
背景ではいくつもの声が聞こえてきており、まるで本当の住宅街のような音が流れていた。しかし、小学生の遊ぶ声やカラスの声は様々な顔が一つの体から生えた男によって、生み出されているのが見えた。
そしてナレーションが止まる。すると男の顔に紙が張り付く。紙が張り付いた男は苦しみだし、死に物狂いで顔から紙を引き剝がそうとしている。
そんな男のことを他所に、ナレーションを続ける。
「勢いで少年は家を飛び出してしまったために、家に戻ることを躊躇していました。そんなさなかに、顔にチラシが張り付いてきました。」
男はどんどん苦しそうな声を上げている。しかし、声が止まった。男はピクリとも動かなくなり、チラシは顔からゆっくりとズレ落ちていった。
「少年がチラシを引き剥がすと、それは劇団がやってくるというチラシでした!」
ナレーションは、今までより一回り大きく元気な声で言った。
「そしてそのチラシを見ていると......」
ナレーションがそう言うと、舞台が一瞬真っ暗になった。そしてすぐに明るくなる。するとそこには、先ほどまで倒れていた男は居なくなり、今度は軽率そうな男が少年の役になっていた。そしてその男の後ろには、プロデューサーよりも身長の高い男が立っていた。プロデューサーが身長以外は一般的な人の形をしているのに対して、その男は足と胴体を足した高さよりも、腕が長かった。その腕は地面につくほどであった。
役者が変わっているにもかかわらず、ナレーションは気にせず続ける。
「その男は、その劇団の団長であるというではありませんか。団長は人が来ないためどうすれば人が来るのか悩んでいました。そこで心優しい少年はアドバイスをすることにしました」
ナレーションが言い終わる途端、男は口を開く。
「何をするかのジャンルを乗せるといいよ!」
男は、大きな声でセリフを話す。ぎこちなくも大きな声で言う姿はまるで幼稚園のお遊戯会のようであった。
「少年にアドバイスを貰った団長は、お礼を言って足早に帰ってしまいました。」
ナレーションはあの出来事をできる限り簡潔に言い表すと、場面は夜へと変わった。
「少年が団長と別れた後、このまま帰ることが恥ずかしかったため、あたりを歩いていました。しかし、その少年を見かけた悪者は少年を人質にお金を貰おうと考えました」
セットの陰から現れたのは、肌の色が緑色の大男であった。上半身が大きく膨れ、その見た目は人というよりは肉団子と表すのが正しいと思える見た目であった。おそらく顔があるであろう場所には、巨大な釘が刺さっていた。そしてその釘の頭には、幼い子供が描いたようなスマイルマークが描かれていた。
そして、大男は少年役の男の後ろにぴったりと付いた。
「そして悪者は、少年を......」
ナレーションに合わせて、照明が暗転して場面転換が行われた。
今度は、倉庫内のセットだった。そしてお決まりのように、少年役の男は僕の頭を殴ろうとした、バットを持っていた男に変わっていた。
「少年が目を覚ますと、椅子に縛り付けられ身動きが取れなくなっていました。少年は何とかしようともがきます」
すると、少年役の男が我に返ったかのように慌てだしていた。
「おい!なんだよ!放せよ!どうなってんだよ!」
男の訴えは舞台に響き渡る。しかし、ナレーションはその声をかき消すように続ける。
「目を覚ました少年は助けを呼びますが、それが悪者を怒らせました。」
大男はセットの陰からバットを持って現れると、腕がいきなり太くなった。そしてその腕でバットを振り上げる。
「悪者を怒らせてしまった少年はそのまま......」
鈍い音が舞台に響く。反響によって何度も繰り返されたのかと思うほど大きな音だった。
その音が収まる少し前に、横のプロデューサーが声を掛けてきた。
「せっかくですし、貴方も出演しましょう」
そう言って指を鳴らした瞬間、目の前が真っ暗になった。次の瞬間には舞台上だった。そして僕の服装が、古典的な母親の服装に変わっていた。
「それでは少年はどうすることが最善だったのでしょうか?それではご覧いただきましょう......」
ナレーションが言い終わると、ゆっくりと舞台上が明るくなる。
目の前には男が座り込んでいた。その男は、メガネをかけたロングヘアだった。しかし、先程とは違って、見たことのない男だったので、多分この人が僕の後ろにいた人だろう。
その男は顔を上げると、慌てた様子で僕に縋り付いてきた。あの一番怖かった冷静な声で、今は子供のように、泣き出した男は、母親にお菓子をねだって置いていくと言われた時の子供のようだった。
「すまなかった、本当に!すまなかった!本当に……ごめんなさい……」
大人が泣きじゃくる様子は、初めてだった。だけどこんなに見てられないものだったとは思わなかった。
男が謝り出すと、ナレーションがより一層大きな声で語り出す。
「そう!少年は謝るべきだったのです……しかし、些細なすれ違いと、芽生えたプライド。そして、気まずさに身を委ねてしまったのです……」
それを聞いて、僕は心拍数が上がった……
そんな僕を他所にナレーションは続ける。
「少年は『愚かな選択』をしてしまったために、あの様なことになってしまいましたとさ……」
ナレーションが言い終わると、幕がゆっくりと閉じていく。それと同時に、開始の時と同じブザーが鳴り響く。そのブザーを聞いた男は意識を失い、僕からズルズルと倒れた。
そして、幕が完全に閉じると同時に、浮遊感に襲われる。気づくと僕は、席に戻っていた。
会場が明るくなる。
そして、観客の居ない会場に大きな拍手が鳴り響いた。
拍手に答えるように、会場にプロデューサーの声が響く。
「それでは、カーテンコールです!」
その宣言がされると、幕が開く。舞台には先程まで演じていたであろう異形たちが並んでいた。
肉団子のような男、複数の頭が1つの身体から生えている異形、異様に手の長い男。そして、おそらくナレーションだったのだろう、頭に当たる部分が拡声器になっている。服装はリングアナのようなフォーマルなスーツを着ている。そして喉には、つまみが付いており、ポニーテールのように頭の後ろからケーブルが寄り集まって伸びている。
しかし、出演者たちが挨拶をしているそこには、誘拐犯たちは居なかった。
拍手は一向に弱まらなかったが、ゆっくりと幕が再び閉まっていく。そして、幕と連動するかのように、会場全体が暗くなっていく。幕が閉じきる頃には、僕の目の前は真っ暗になっていた。
気が付くと、僕は元の倉庫に戻っていた。目の前には、重なり合って倒れている誘拐犯たちがいた。そして、誘拐犯を挟んでプロデューサーが後ろを向いて立っていた。
「ふぅ......何とか無事に終わりましたね」
明らかに無事には見えない誘拐犯を背に呟いた。
そしてプロデューサーは、スーツの襟を正すと、こちらを振り返って話しかけてきた。
「いやはや、飛び入りとは思えないほど素晴らしい演技でした!」
誘拐犯の山を踏みつけ、近づく様子はこれまでの丁寧な対応からは想像もできないほど恐ろしさを感じた。
「ぜひ、あなたも......」
プロデューサーは後ろから頭を叩かれ、会話を中断させられた。
「ちょっと!私も居たのに何で出演させてくれないのよ!」
甲高い声の主は、唇を動かさずに話していた。彼女?の顔は仮面のように張り付いた表情をしていた。そしてその腕は、本来の2本の他に、脇腹にそれぞれ4本生えていた。まるでその腕の生え方は昆虫のようであったが、それぞれ上から、「女性」、「老婆」、「少女」を思わせる風貌となっていた。
「申し訳ない......今回の演目には”ヒロイン”にあたる人物が居なかったもので......」
弱ったように話すプロデューサーに対して、被せるように彼女は文句を言う。
「母親役とか私にぴったりじゃない!そんなこと言って、彼を出演させたかっただけでしょ!」
僕は半ば無理やり参加させられただけだが、なんだか責められてる気分になった。
「あなたに”怒り顔”は似合いませんよ......」
プロデューサーは胸元から笑顔の仮面を取り出し、彼女の仮面と交換をした。何かがはまる音がすると、その仮面は笑顔の彼女の表情になった。
「もう!調子いいんだから!」
どこか嬉しそうにする彼女へ、プロデューサーは畳みかける。
「それに......私は小柄の方がかわいらしいと思いますよ?現在の高身長も悪くありませんがね」
微笑みながら彼女に語り掛けるプロデューサーを見ると、何となくモテる男というものを理解できる気がする。
「そ、そう?」
彼女は、恥ずかしそうにスカートを捲ると、膝に付いているダイヤルを回しだした。1回右に回すと、彼女の身長がわずかに大きくなった。すると彼女は慌てて左に回しだす。すると、みるみる身長が縮み、小学生ほどの身長になった。
「お嬢はプロデューサーに弱いねぇ......いや、プロデューサーがお嬢の扱いが上手いのかな?」
プロデューサーの後ろから現れたのは、白いトレンチコートにフェドーラ帽を被った高身長の渋い声の男だった。
「おや?あなたがいらっしゃるということは皆さんも帰ってきていたんですね」
プロデューサーは、悔しそうに続ける。
「あと一歩早ければ、皆さんも出演させれたというのに......!」
そんなプロデューサーに対し、トレンチコートの男は話す。
「ところでプロデューサーさんよ......この坊ちゃんに何か言うことがあったんじゃねぇですかい?」
それを言われたプロデューサーは襟を正し、プロポーズをするように跪き、僕に手を差し出した。
「我々の一員になりませんか?いわゆるスカウトというものです」
正直僕は迷った。お母さんと喧嘩別れしていたのもあるし、プロデューサーを始めとする団員たちのことが気になってきてもいた。
僕がプロデューサーの手を取ろうとしたその瞬間......
広い倉庫内に電話の着信音が鳴る。初期設定から少し変えただけのピアノの音があたりに響く。その音は、お母さんから貰ったスマホの音だった。買ってもらったのが嬉しくて、お母さんからの着信だけ特別なピアノの音に設定していたことを思い出した。
その音を聞いたプロデューサーは立ち上がり、襟を正した。
「おや......残念ながらあなたは所属済みでしたか......」
残念そうに言ったプロデューサーは、顔の横で両手を叩く。するとプロデューサーの陰から、真っ黒な動物が出てきた。その動物は、ゴムまりに犬の特徴があるみたいな、ほぼ球体の犬だった。その犬が飛び出てくると、周りにいた劇団員たちの足元を一人づつ回りだした。
その犬に足元を回られた団員は、自身の陰が丸い落とし穴のように変化し、徐々にその穴に沈んで行った。
「では!ごきげんよう!」
プロデューサーは、シルクハットを手に持ったまま上へと掲げ、その手を流れるようにおなかで包みこむ。それと同時に頭を下げ、足を交差させる。
そうして挨拶をしながら、徐々に沈んで行くプロデューサーに対して、僕は最後に質問をした。
「また会えますか!?」
倉庫に響くほど大きな声だった。それに対して、プロデューサーは答えた。
「我々は、スカウトはしますが、引き抜きはしません......もし、我々の一員になる時が来れば......」
プロデューサーは、仮面を少し上にあげ、口元のみを見せて、微笑みながら言った。
「その際は、歓迎いたします......」
それが、僕とプロデューサーの最後の会話だった。
それから僕は、警察に事情を聴かれたり、お母さんに謝ったりして、今回の出来事は幕を閉じた。
これは後から知ったことなんだけど、この日から全国で妙な噂がされるようになったんだって。それは、「どこにでも現れるけど、実際に見れる人はほとんどいない幻の劇団がある」っていう噂。そしてその噂は様々だったけれど、1つだけ......
「居場所のない子供が出会った場合は、その子供は連れていかれる」
この一点だけは共通していた。




