こうすれば思い出すんじゃないんですか
ユウカは自分が叫び狂う姿をぼんやりと頭の隅で感じていた。例えるならそう、幽体離脱して自分の姿をみているような感じ。もう死んでるんだけど。
あーくん。大事な彼氏。どうして忘れてたんだろう。どうして、どうシてどうしてどウしてドウシテドウシテ…
ユウカの思考に合わせて、部屋中が震え、机の上のガラスのコップが割れる。はなっち、ケガしてないかな、なんてちょっと能天気なことを思ったり。でも、そんな考えも段々とぼんやりしていく。もうちょっとで意識がなくなりそうだ。
『……シテ、私を……シテ』
今、はなっちなんか言ったかな? 確認する間も無く、ユウカの意識はそこでプツリと途切れた。
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次に意識が浮上したとき、ユウカの身体は何か強い力で押さえつけられていた。腕を上げようと藻掻くも、全く動かすことができなかった。ユウカは一度辺りを見回して状況を把握しようとした。どうやらユウカの体はベットのようなものに横たえられているようで、そんなに高くはない真っ白な天井が見えた。明かりはなく、部屋は真っ暗だった。窓がないため、今が朝なのか夜なのかも分からない。ここは外界との関わりが断たれた場所のようだ。例えるならそう――誰かを監禁するためだけの部屋。
「どうして、アタシこんなところにいるんだろ……」
ユウカが幽霊になってから一度もこんなことはなかった。もちろん生きている間は言うまでもないが。そもそも幽霊の体を固定することなんてできるのだろうか?実体もないのに、どういう仕組みになっているんだろうか?体が動かせない分、頭はよく動いた。しかしどうしてこうなったのか、どうやったらここから出られるのか、いくら考えても結果は出ない。暗闇のせいか、その思考でさえもだんだん輪郭を失ってぼやけていく。脳がふわふわと雲になったみたいだ。生きていた頃はあんなに時間がないって言っていたのに、今は無為に流れていくこの時間が、ただただ憎らしい。
どれくらい時間が経ったのだろう。ユウカが思考を放棄して随分と経った頃、キィーっと扉が開く音がして、部屋に光が差し込んだ。
「あぁ、もう起きてたんですね。」
扉を開けたのは、華英だった。
「はなっち! 助けに来てくれたんだね! 」
ユウカはようやくこの退屈な時間から解放されたことが嬉しかった。
「……無事だったんですね。」
「うん!はなっちも無事でよかった!」
少し歯切れの悪い返答をした華英に違和感を覚えつつも、ユウカは華英が助けに来てくれたことに安堵していた。ずっと体も動かせない中暗闇に閉じ込められ、もう少しで気が狂いそうになっていたからだ。しかしそれよりも、見つけてくれた華英にどうしても聞きたいことがあった。
「ねぇ、なんでアタシこんなところにいるんだろ?」
「思い出せないんですか?」
「うん。」
「――じゃあ、こうすれば思い出すんじゃないんですか?」
華英がベットに横たわったままのユウカの首を掴む。何かがおかしい。いつもの華英じゃない。
「はなっち、どうして。」
そうユウカが呟いた瞬間、ユウカの頭の中に記憶が流れ込んできた。可愛くラッピングしたプレゼント、鍵を開ける背徳感、血に染まった真っ白なシーツ、愛しい人が向けたハサミの刃の眩しさ……。この記憶は一体なんなんだろう?今しがた思い出した記憶に、ユウカの体が小刻みに震え始めた。
「あっ、やっと思い出したみたいですね。」
華英は嬉しそうだった。この奇妙なふたりぐらしを始めてから、ユウカに一度も見せたことがない笑顔だった。華英は部屋の隅の椅子を引き寄せ、ユウカの枕元に座る。
「さて、ようやくお話できますね。――あなたの死因について。」
やめて、言わないで。口を閉じろ。何も話すな。そんなユウカの願いは通じず、華英は嬉々として語り出した。
「この家は元々、あーくんとヒカリの家でした。もちろんヒカリのことは知っていますよね。私はヒカリの親友なんです。世界でたった一人のね。そもそも、貴方はあーくんの浮気相手だったんです。ヒカリとあーくんは婚約までしてたのに。てか、キモいですよね。だって貴方は16才、あーくんは26才。貴方、遊ばれたんですよ。そんな事も分からず、アイツに夢中になって。アハハ、馬鹿なんですか?
ある日、貴方はこの家を訪れました。あーくんの誕生日でしたから、おおよそサプライズプレゼントでも渡しに行ったんでしょう。勝手に作った合鍵で難なくこの部屋に侵入しました。そこで貴方は見てしまったんです。――あーくんとヒカリがこの部屋のベットで睦言を交わしているのを。激昂した貴方は鞄からハサミを取り出して、ヒカリの左胸を一突きしました。心臓を刺されたヒカリは即死でした。」
華英はそこで一度区切り、ユウカの反応を楽しむように顔を覗き込んだ。
「えっ、じゃあなんでユウカさんも死んだのかって?それは簡単な話ですよ。あーくんが、貴方を殺したんです。あの小心者のどうしょうもないクズのことですから、事件の発覚を少しでも遅らそうとしたんでしょうかね。被害者も、加害者も死んでいればいいとでも思ったんでしょう。」
あーくんがアタシを殺した?
――そうだ。そんなに横の女が大事だったかとアタシが詰め寄った時、あーくんは何も言わずにアタシに刃をむけた。きっとあーくんにとってアタシなんて、なんでもない小娘だったんだろう。
「あっ、あーくんが憎いですか? 安心してください。貴方の愛しのあーくんも近い内に成仏しますから、後は2人でよろしくやってください。地獄でね。」
華英は私の体を指差した。
「それより、ご自分の体の心配をされたらどうですか?」
仏のような笑みを張り付けた華英に促され、ユウカは相変わらず動かせないままの自分の体に目線を落とす。
「なンで。カラダが、キえていく……」
もともと透明だったユウカの手がほとんど消えかかっている。無の侵食は、だんだんと少女を蝕む。腕、肘、胸、腰、足。いやだ、こんなヤツにやられるなんて。
「さようなら、篠原夕佳さん。二度とヒカリに近づかないでくださいね。――あっ、もう消滅するから大丈夫か。地獄でも元気にやってくださいね。現世から呪ってますから。」
それが、ユウカ――篠原夕佳が最期に聞いた言葉だった。




