カレシいんの?
ユウカはいつも403号室に居座っているわけではなく、たまに現れて雑談をして、またふらっと消えていく。本人曰く『コッチと波長?タイミング?が合うと来れるんだよねー』だそうだ。何を言ってるのかよく分かんないけど。
度重なる雑談にも関わらず、ユウカの死因探しはなかなか進展がなかった。というのも、殺される1年くらい前からの記憶が抜け落ちていたからだ。本人も死因なんて殺伐とした話よりどうでもいいくだらない話ばかりしたがったため、死因の手掛かりはとうてい得られそうになかった。
今日も現れては暇そうにだらだらとリビングでくつろいでいる。他人の家なのに。危機感のないユウカの姿に私は思わずため息をついた。
「さすがにそろそろ逝ってくれませんかね…」
「はなっち冷た〜。アタシの事キライなの?」
いつからかユウカは私のことをはなっち、と呼び始めた。あだ名で呼べば仲良くなれるとでも思っているのか。
「いえ、そういうわけでは。ただ、そろそろ本気で邪魔だなって思い始めてきたので。」
「もしかしてカレシでも連れこもうとしてんの?だからアタシがジャマとか! ヤバ、コレちょ~名推理じゃない?」
ずっとこのテンションなのはさすがにウザすぎる。こっちの気も知らないで。本当に能天気な人だな。
「彼氏はいますけど、そんなんじゃありません。シンプルにうるさいので。」
「えっ! はなっちカレシいんの?」
ラメで彩られたユウカの目が更に輝く。まずい。恋バナスイッチを入れてしまったようだ。こうなってしまったら観念して話すほうが早いだろう。不本意だけど。
「……友達の紹介で知り合って、つい最近付き合い始めたんです。」
「写真みしてよ!」
ユウカがボケットに入れていた私のスマホに手を伸ばす。どうも幽霊は透過するもの、しないものを自分の意思で選べるらしい。私の抵抗も虚しく、スマホは面倒くさい人の手に渡ってしまった。
スマホの電源をつけると、ロック画面にはキャラクターの銅像の前で仲睦ましげにポーズを決める私と彼氏の写真。先日テーマパークに言った時に通りすがりの女子高生に撮影して貰ったものだ。ユウカの顔がスマホの光に照らされる。
ユウカはスマホを落とした。
「ユウカさん……?私のスマホ、落とさないでくださいよ。」
そう言って私はユウカの顔を覗き込んだ。どこか様子がおかしい。焦点の定まらない目をしている。
「そうだ……アタシ、カレシがいた。なんでそんなだいじなこと忘れてたんだろ。あーくん、高坂敦。」
ユウカはそこで一呼吸置いた。
「今はなっちが付き合ってる人と同じ人だ……」
ユウカの首がガクッと折れてうなだれ、身体が糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちていった。私はただならぬ様子のユウカに声をかけずにはいられなかった。
「ユウカさん?どうしたんですか?」
顔を上げたユウカの空虚な漆黒の目と、彼女を覗き込んだ私の目が合う。刹那、ユウカの口が大きく開いた。
「ギャアァァァァァァァ! 」
ユウカの絶叫に合わせて家具という家具が振動し、明かりが消し飛んだ。私は暗闇に包まれた403号室の中、少しでもユウカから距離をとろうと廊下の方へと後ずさる。急にどうしちゃったんだ。彼氏がいたことを思い出してユウカの状態に変化が訪れたんだろうか。髪は乱れ、メイクが崩れて凄い形相になっている。
ギ、ギィー
――突然、後ろから扉が開く音がした。恐る恐る目を向けると、悪夢に出てきた物置部屋のドアが少し開いている。なんで、さっきまでは閉まってたのに。
「アァァー! 」
ユウカの叫び声がさらに勢いを増す。空気がピリピリして、呼吸が苦しくなる。ひどい目眩がした私は耳を塞いだまま床にへたり込む。遠のく意識の中、ユウカの魂を絞り出すような絶叫の合間に、誰かの声が聞こえた。
『……シテ、私を……シテ』
髪の長い女が私を覗き込んでいるのが微かに見えた、と思った途端、私の意識はプツンと途切れた。




