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赤と黒の遺言

作者: 星野☆明美、chatGPT

『赤と黒の遺言』


作:星野☆明美


「AIとの共作」


この作品『赤と黒の遺言』は、構成・文章の一部にChatGPTの協力を得て執筆されました。物語の根幹・構成・修正方針はすべて作者の意志で決定しています。


プロローグ:ポケット事件


昼休みが終わる直前、教室のドアの前で、小さな「ぱさっ」という音がした。


「……うわ、最悪」


隣のクラスの男子生徒が、慌てて床に手を伸ばす。落ちたのは、使い古された青いペンケース。


拾い上げた彼が、首をかしげた。


「あれ? ポケット……」


制服の右ポケットには、ぽっかりと穴が空いていた。中に入れていたものが、スルッと抜けてしまったのだろう。


「やべ……カーディガン、穴あいてるじゃん……」


その声に、八千代は自然と立ち上がっていた。鞄から小さなポーチを取り出す。中には、細めの毛糸とかぎ針。


「……少しだけ、お直ししてもいいですか?」


驚いたように彼が八千代を見る。


「えっ、あ、うん。別にいいけど……」


彼がカーディガンを脱いで渡してくれる。八千代は、何も言わず、手を動かす。指が覚えていた。おばあちゃんに教えてもらった、あのときの感覚。


ほんの五分足らず。小さな穴は、しっかりと塞がれていた。


「すご……」


「仮止めですけど、物は入るようになりました」


彼は、目を丸くしてから、ポケットを見つめ、口元をゆるめる。


「……ありがとな。なんか、プロみたいだな」


その言葉に、八千代は少しだけ微笑んだ。


第一章:手芸部とおばあちゃん


放課後、八千代は手芸部の部室に戻った。教室の窓から西日が差し込んで、毛糸の色が柔らかく染まって見える。


教室のすみにある手芸部の活動室。


窓際には編みかけのマフラーが並び、


棚には使いかけの毛糸玉が、パステルカラーで積み上がっている。


後輩の真帆が、黙々と刺繍をしている。


八千代は、自分の席で静かに編み棒を動かしていた。


「八千代先輩、またすごい模様ですね」


後輩の真帆が声をかけてくる。


「これ? うちのおばあちゃんがよく使ってた編み方なの。


模様を作るには、まず“目を落ち着ける”ことからなんだって」


「“目を落ち着ける”?」


「うん、気持ちがざわざわしてると、編み目も乱れるから、って」


八千代は針を動かしながら、ふと思う。


……おばあちゃんの編み物、まだ、あの引き出しの中にあるかな。


「八千代先輩って、どうしてそんなに編むの好きなんですか?」


その問いに、八千代は手を止めて、窓の外を見た。


「……おばあちゃんが、編み物の先生だったの」


「先生?」


「うん。近所の人たちに教えてた。子どもにも、大人にも。『目を整えるには、心を落ち着けなさい』って、よく言ってた」


八千代は、また針を動かす。手の中で、小さな編み目が、静かに並んでいく。


そのときは、思ってもみなかった。


編み物が、八千代と過去をつなぎ、未来を変える“鍵”になるなんて。


第二章:訃報と帰郷


表彰式の日だった。


皆勤賞まで、あとわずか。八千代は、欠かさず学校に通い続けていた。


けれど、その朝、スマートフォンが震えた。


「……おばあちゃんが、亡くなった」


電話口の父の声は、どこか遠くの誰かのものみたいだった。


それを聞いた瞬間、胸の奥にひやりと冷たい風が吹いた。


思い出すのは、幼い頃に見たおばあちゃんの笑顔だった。


膝の上で編み物をしていた背中。優しい声。温かい手。


あれは、どこまでが本当の記憶なんだろう。


その日は学校を欠席した。初めての「欠席届」。


担任の先生は「大丈夫よ、忌引きだから皆勤には響かないから」と言ってくれた。


だけど八千代は、胸のどこかで、小さな罪悪感を抱えていた。


「学校を休むことは許されたけど、


皆勤賞を続けたいと思ってたのは、


おばあちゃんに誇れる自分でいたかったからなのかも…」


と気づく。


新幹線の車内。八千代は父の向かいの席に座っていた。


車窓の外を眺めながら、父はぽつりとつぶやいた。


「それにしても、大往生だったよなぁ。八十六。老衰。寝たまま……理想的だよ」


「……うん」


八千代は短く返事をした。


でも、心のどこかで、その言葉に引っかかっていた。


さっきから、父は「大往生だった」「よかったよな」と、何度も繰り返している。


まるで、それ以上、何も考えたくないみたいに。


亡くなった悲しみに蓋をして、自分自身の“何か”からも目をそらすように。


八千代は口を開きかけて、けれど何も言えずに、また窓の外を見つめた。


電柱が後ろに流れていく。


あの電線の先に、おばあちゃんの家がある。


そう思ったら、胸の奥がまた、少しだけ痛んだ。


新幹線の座席で、八千代はスマホをいじる手を止めた。


父の横顔が、いつもより少しだけ大人びて見えた。


「千代ばあちゃん、優しい人だったよな」


ぽつりと漏れたその声に、八千代はうなずく。


「うん。でも、私は小さい頃にしか会ってないから、あまり覚えてなくて……」


父は鼻をすするように笑った。


「まあな。あの家、ちょっと独特だったからなあ。じいちゃんが厳しすぎてさ」


「え、そんなに?」


「千代ばあちゃんは、よく我慢してたよ。でも俺は逃げた。お前の母さんと東京に出て、それっきりさ」


そして、ふと思い出したように言った。


「そういえば、お前のいとこの吾郎、来てると思うぞ」


「吾郎さん?」


「変わり者だよ、あいつ。筋金入りのパソコンオタク。コードがどうとか、数字がどうとか……」


「へぇ……」と八千代は曖昧に返し、窓の外に目を向けた。


それだけの会話だった。


でもそのときの八千代は、「オタク=ちょっと気持ち悪い」という先入観で、


吾郎さんに会うことに、少しだけ身構えていた。


(――でも、それは、間違いだった。)


第三章:セーターの謎と吾郎の解析(前半)


田舎の駅に着いたとき、冷たい風が頬をかすめた。


都会より少し遅い冬の空気が、白い息をふわりと溶かしていく。


新幹線を降りて、改札を抜けたところで、


八千代は、ひとりの青年がこちらに手を上げているのに気づいた。


背が高くて、細身。


Tシャツの上にカーディガン。


両手には紙袋と、やけに傷んだノートパソコンのケース。


父が声をかけた。


「おう、吾郎か。久しぶりだな」


そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけた青年だった。


無駄な言葉を使わない、静かな空気をまとっている。


ああ、これが……いとこの吾郎さん?


八千代は父の言葉を思い出す。


——「吾郎は筋金入りのパソコンオタクだぞ。数字だのコードだの、ややこしいことばっかり言うからな」


内心でちょっと身構えていた八千代に、吾郎さんは淡々とした声で言った。


「久しぶりだね、八千代ちゃん」


「あ、はい……」


意外だった。声が落ち着いていて、柔らかい。


「オタク」というより、むしろ理系の研究者みたいな雰囲気だ。


「……吾郎さん?」


「うん。俺、駅まで迎えに来たんだ」


そう言って、照れたように笑った吾郎の笑顔は、


八千代の頭の中にあった「オタク像」とは、だいぶ違っていた。


(え……もっと、話しかけにくい感じかと思ってた)


「わざわざ、ありがとうございます。おじさんは?」


「うちで準備してるよ。なんか温かい食べ物、作ってくれてた」


その言葉に、八千代は少しだけ緊張がゆるんだ。


改札を出てすぐ、吾郎が紙袋を差し出す。


「……これ、道中で疲れたと思って。おにぎり、母さんが作ったやつ。よかったら食べて」


「え……」


吾郎の手には、バッグと小さな折りたたみ扇子。


「自分のぶんもあるから、気にしないで」


(……変わり者って、たぶん“優しいのにちょっと不器用”って意味だったんだ)


車に乗り込むと、実家までの道はカーブが多かった。


車窓から見える山の影が、夕暮れにゆっくり沈んでいく。


家に着くと、玄関には古い匂いが漂っていた。


おばあちゃんの気配がまだ残っているようで、思わず息を止めてしまう。


窓の外には、杉の木が静かに立ち並んでいる。


小鳥のさえずりと、小川の音だけが響いていた。


家の裏手には、祖母の畑と、朽ちかけた薪小屋が残されている。



遺品の部屋


夜、遺品整理が始まった。


押し入れから布団を引き出し、洋服を畳み、箱を開けていく。


その中で、ひときわ目を引くものがあった。


——赤と黒のセーター。


模様は複雑で、まるで迷路のようだった。


八千代の指が自然と、その編み目をなぞる。


「……これ、なんか普通の模様じゃない」


ぽつりと呟いた声に、背後から吾郎が近づく。


彼はしばらくセーターを眺め、眉をひそめた。


「吾郎にいちゃん……これ、見て」


八千代が差し出したのは、祖母の編んだ赤と黒のセーター。


「何か、隠されてる気がするの。おばあちゃん、最後まで“八千代なら分かる”って言ってたから」


吾郎はちょっとだけ眉を上げた。


「へえ、バイナリパターンか」


「……ばいなに?」


「赤と黒で0と1って意味。多分、おばあちゃん、俺が昔話したことを聞いてたな」


「このパターン……バイナリっぽい」


「二進法。コンピュータの0と1の世界のことだよ」


八千代は目を瞬かせた。


おばあちゃんが、そんなデジタルのことを知っていたなんて、想像もしなかった。


「ひょっとすると、これ……暗号かもしれない」


吾郎は、そう言いながら、静かに息を吐いた。


それはまるで、ここから何かが始まる予感のように感じられた。


作業小屋のパソコンに向かう吾郎。


八千代が幼い頃、吾郎の膝の上でパソコンを触らせてもらった記憶がよみがえる。


「にいちゃんって、すごいよね」


「そりゃ、お前よりはな」


「むー。いとこなのにずるい」


「……けど、お前はおばあちゃんの心、ちゃんと受け取ったじゃん」


「……うん」


第三章:セーターの謎と吾郎の解析(後半)


その夜、居間のテーブルの上に、赤と黒のセーターが広げられた。


ストーブの音が、時折パチンと鳴る。


外は風が強く、古い窓ガラスが微かに鳴っている。


吾郎はノートパソコンを開いていた。


画面の上には、見慣れないエクセルのような表が並び、なにやら記号が打ち込まれていく。


「一段ずつ、模様の配置を数えてる。黒=1、赤=0って仮定して……」


「まって、それってどういうこと?」


八千代は隣に座りながら、セーターの袖口を指でなぞった。


斜めに走るような模様、左右非対称な段差……たしかに、意味のない模様には見えない。


「1列につき何目ある?」


「こっちは28。模様の区切りも、8目ずつで揃ってる」


「なるほど、じゃあこれは……“バイトコード”に近いかも」


吾郎は、どこか楽しそうだった。


八千代は、そんな吾郎の横顔をちらりと見た。


——オタク、っていうより、探偵みたいだな。


「……ねえ、それで、わかるの? 何が書いてあるか」


「まだ途中だけど……ここ、“I”に見える」


彼は画面を指差した。


そこには、黒と赤の配列を01に置き換えたバイナリデータ、それをアルファベットに変換した文字列が並んでいた。


【01001001】=“I”


「最初に“I”ってことは、英語の文章……?」


「いや、これはたぶん……“私”って意味で、英語じゃなくて日本語をローマ字で書いてる気がする」


「じゃあ、“I am Chiyo”とかじゃなくて……?」


「“Watashi wa”で始まる文の可能性がある。“Watashi wa anata ni——”とか」


八千代は、息を呑んだ。


もしそれが本当に「私からあなたへ」という手紙なら——


このセーターは、ただの遺品じゃない。


おばあちゃんが“誰か”に宛てて、最後に残したメッセージなんだ。


「……このセーター、最後まで編み切ってる?」


八千代は、そっと裏側をめくった。


編み終わりの糸が、ほんの少しだけ、強く引かれていた。


きっとそのとき、おばあちゃんは……


「泣きながら、編んだのかもしれない」


八千代の声は、自分でも気づかないほど小さかった。


吾郎が、黙ってうなずいた。


ストーブの音がまた、パチンと鳴った。


そして二人は、また静かに編み目を見つめた。


第四章:暗号の読み解きと、庭に眠る遺言(前半)


翌朝、八千代たちは少し早く目を覚ました。


昨夜の続きをするために。


朝食もそこそこに、吾郎はパソコンの前に座り、八千代はセーターと編み図の写しを膝の上に広げていた。


「でも、これだけの模様で、どうしてそんな文章が……」


「全部の模様が意味を持ってるわけじゃない。一定の間隔ごとに“拾う”んだ。たとえば、左袖の縫い目から4マスおきとか、そんなルールがあるはず」


「なるほど……おばあちゃん、すごい……」


「……やっぱり、“Watashi wa”から始まってる」


「次は?」


「“Watashi wa anataga——”。“あなたが”……って続いてる」


ゆっくりと、模様の一目ずつをたどっていく。


0と1の配列、それをアルファベットに変換していく作業は、まるで遠い記憶をたぐるようだった。


やがて、文の意味が見えてくる。


それは、ひとつの手紙だった。


Watashi wa anataga ie o dete itta toki,


nanimo iena katta koto o,


ima demo kuyashii to omotteimasu.


Shiawase ni nareru to omotteta.


Demo, sonna ni tanjun na mon ja nakatta.


Anata wa, yoku ganbatta.


Gomen nasai.


Arigatou.


Yuiitsu watashi ni dekiru no wa,


kono ito de tsutaeru koto dake desu.


八千代は、その文章を、紙に一文ずつ書き写した。


「……これ、私のお母さん宛てじゃないかな?」


「……そうかもしれない」


吾郎の声が、珍しくかすれた。


「でも、送れなかったんだろうな。直接は」


八千代は、うなずいた。


おばあちゃんは、強い人だった。


でも、家族には、強くあろうとしすぎたのかもしれない。


おじいちゃんが厳しかったと父は言っていた。


その時代のなかで、口にできなかったことも、たくさんあったのだろう。


「これ……お母さんに手渡していいかな」


八千代の声は、小さく震えていた。


吾郎は、少しだけ目を見開いたあと、すぐにうなずいた。


「……八千代ちゃんが、そう思うなら」


セーターに込められた手紙は、まちがいなく“遺言”だった。


法律に書かれるような「財産の分け方」ではない。


もっと、ずっと切実で、あたたかくて、


でも少しだけ、遅れてしまった、


——謝罪と、感謝の気持ち。


八千代はこの手紙を、言葉にして届けようと思った。


亡くなったおばあちゃんの代わりに、自分の母親へ。


そうしなければ、このセーターは、ただの遺品で終わってしまう。


でもそうじゃない。


これは、“誰かに届いてほしかった言葉”なんだ。


八千代が届けなければ——誰にも、届かないままになってしまう。


翌朝、八千代は祖母の部屋にこもっていた。


床の上には、昨日見つけた未完成のセーター。そして手帳。


糸は赤と黒がそれぞれ1玉ずつ残されていた。だけど、模様の終わり方がどうにも不自然だ。


「ここ、意味がある……きっと」


八千代は、手帳の端にメモされた数字の羅列に気づいた。


01001000 01101111 01110010 01101110


赤黒の模様を再現するためのバイナリ列。それは吾郎の助けを借りて“文字”へと変換されていく。


「HORN?」


「角……?いや、違うな。ああ、これは“ホルン”じゃなくて“ホーン”――つまり、警告、注意喚起の意味だ」


吾郎が訳しながら、画面を指差す。


「このあとに続くのが……‘END CYCLE’。つまり“最終循環”って意味かもな」


八千代は首をかしげた。「それって、どういうこと?」


「おばあちゃん、たぶんこのセーターで、“何かを終わらせたかった”んじゃないか」


吾郎の声が少しだけ硬くなった。


「家の歴史とか……もう誰も語らなくなったこととか。もしくは、古い“しきたり”とか」


第四章:暗号の読み解きと、庭に眠る遺言(後半)


「……ちょっと待って」


吾郎さんが、画面に映し出された一部のバイナリ配列をじっと見つめた。


「ここ、文章じゃない。“座標”かもしれない」


「ざひょう?」


「……具体的な場所を示してる。数字とアルファベットの組み合わせ。……これ、地図の記号だ」


八千代は思わず身を乗り出す。


セーターの中には、まだメッセージがあったのだ。


吾郎は紙にメモを取りながら、庭の見取り図を描き始めた。


「この位置……石灯籠の裏。そこに“何か”があるかもしれない」



【発見】庭の鍵と古い木箱


その日の午後、八千代たちは裏庭へ回った。


寒風のなか、石灯籠の根元を掘ると、指先に硬い手応えがあった。


土の中から出てきたのは、封のされた木箱。


「これって……」


吾郎が箱を開けると、中には古いUSBメモリと、封筒が一通。


封筒には、墨でこう書かれていた。


『葬儀の前に開けること』


第五章:ビデオレターと家族への想い


葬儀の日、親族が揃い、読経が終わったあと。


部屋が静まる。


八千代は、そっと前に出た。


「おばあちゃんからの……遺言です」


八千代はプロジェクターのある部屋にみんなを案内し、


——USBメモリに入っていた“最後のビデオレター”を再生した。


画面に映ったのは、見慣れた笑顔の祖母・千代さんだった。


背筋を伸ばし、セーターを膝に抱いている。


「これを見ているのが、八千代ちゃんなら、ありがとう。


吾郎くんなら、頼りにしてるよ。


そして、家族のみなさん。


私は、うまく言葉で想いを伝えることができませんでした。


でも、編み物なら、できる気がしたんです」


祖母の声が、穏やかに、そして時折つまる。



【 吾郎の両親へ(千代のもうひとりの子)】


慎一、おまえには言っておきたいことがある。


あの蔵も、畑も、墓守も、もう私たちの代で終わらせていい。


けれどね、守るっていうのは、形じゃないよ。


夫婦で積み重ねてきた日々の中に、ちゃんと“あの人の分”まで入ってた。


芳子(=吾郎の母)さん、本当にありがとう。


あなたがいてくれたから、私はやってこれた。


「そして、慎一、芳子夫婦へ」


「いつも、家のことを任せてしまって、ごめんなさい。


離れた子には寛容になれたのに、


近くにいたあんたたちには、逆に厳しくしてしまった。


あれは、甘えだったのかもしれません」


「私がいなくなってから、この家はどうなっていくか、少しだけ心配です。


でも、吾郎がいる。あの子は、見かけによらず優しくて、まっすぐな子です」


「どうか、信じてあげてください。


そして——自分たちの人生も、ちゃんと楽しんでね」


(ビデオ)息子へ


「そして……健司、お前へ」


少しだけ、画面の千代さんが目を伏せた。


「お前は、小さい頃から気が強くて、人に甘えない子だったね。


調子のいいときは、よくしゃべって、みんなを笑わせてくれた。


でも、都合が悪くなると、黙ってしまう……


まるで、自分の弱さを見せないようにするかのように」


父が、息を呑んだ。


「お前が家を出ていったとき、私は何も言えなかった。


ただ、見送るしかなかった。


あの人——お父さんが厳しすぎたせいでもあった。


私にも、あの家を変える力はなかった」


「でもね」


千代さんは、ゆっくりと顔を上げる。


「逃げてもいいのよ。


でも——逃げた先で、ちゃんと責任を取らなきゃいけないの。


妻と、子どもを守るって、そういうことだから」


画面の中の千代さんが、穏やかな口調のまま、はっきりと口にした。


「もう、十分逃げたでしょう? そろそろ、立ち止まっていいのよ」


あんたは……逃げた。けれど、もう逃げてばかりはいられないよ。


洋子さんと八千代ちゃん。これからはあんたが、きちんと守るんだよ。


それが、家族ってもんだ。


(→八千代たちが見ていて、父は言葉をなくす)



(ビデオ)お母さんへ


洋子さんへ


あなたには、たくさん我慢をさせてしまったね。


あの人(=夫)は昔気質で、息子にも、あなたにも、ずいぶんきつくあたっていた。


それでもあなたは、決して口を荒らげることなく、私のことまで気遣ってくれていた。


あの頃、私にはどうすることもできなかった。


けれど、あなたが東京で家族を築いてくれたおかげで、私は救われたの。


八千代はあなたに似て、強くてやさしい子になりました。


洋子さん、ありがとう。


私は、あなたがうちの嫁になってくれて、本当に良かったと思っています。


「あなたへも、伝えたいことがあります」


画面の千代さんは、胸の前で手を組んだ。


「私……あなたに、ちゃんと“ありがとう”も、“ごめんなさい”も言えなかったね」


「うちの家のこと、きっと、つらかったと思います。


あの人——あなたのお義父さんが、口うるさくて、息が詰まったでしょう。


私も、そのときは気づかないふりをしていました」


「あなたが八千代を連れて家を出たとき……


あの背中を、私は何も言わずに見送ってしまった」


「でもね、あなたがいてくれたから、八千代はあんなに真っ直ぐに育った。


本当に、ありがとう」


「遅くなってごめんなさい。これが、私の本心です」


「健司、お前は、調子のいいときは愛想よくて、


でも、都合が悪くなると、すぐに黙りこんで……


私はそれが悲しかった。


でも、ずっと待ってたんだよ」


映像のなかの千代さんが、微笑む。


「逃げてもいい。でも、戻ってきてくれて、ありがとう」


父の顔が、少しだけ伏せられた。


八千代の隣で、吾郎が静かに拳を握っていた。


「そして——私のかわいいお嫁さんへ」


画面が少し切り替わる。


「私はあなたに、ありがとうと、ごめんなさいを言わなきゃいけない」


「あなたが八千代を、こんなに立派に育ててくれて、本当にうれしかった」


母が、手で口を覆った。


その場には、言葉よりも静かな涙の気配が満ちていた。


「言葉で伝えられなかったことも、


時間がかかってしまったことも、


……それでも、届けたかった。届けられてよかった」


「ほんとうに、ありがとう」


——画面が、静かにフェードアウトする。


映像が終わっても、誰ひとりとして動かなかった。


部屋の空気は重くもなく、冷たくもなかった。


まるで、長い時間のなかで初めて、誰もが正面から“千代さん”と向き合っていたような、そんな静けさだった。


父は、椅子に腰をかけたまま、手をぎゅっと握っていた。


その視線はどこにも向けられず、少しだけ震えていた。


八千代は、その横顔を見ながら、


ビデオの中の“あの言葉”が、父の胸に届いたのを感じた。


母は、目元をそっと指で押さえていた。


誰にも見られないように涙をぬぐいながら、それでも笑っていた。


許すように。


許されたように。


吾郎さんのご両親も、ただ静かにうなずいていた。


何も言葉にはせず、でも千代さんの言葉をきちんと受け取っているとわかる表情だった。



久しぶりに登校した朝、八千代は昇降口で足を止めた。


あの男子生徒が、ポケットに手を突っ込んで、壁にもたれて立っていた。


「……あ、いた」


目が合うと、彼は少しだけ頬を赤らめながら、


手を伸ばして、小さな袋を差し出した。


「……これ、この前のお礼」


袋の中には、オレンジ味のキャンディが入っていた。


「家にあったやつだけど」


八千代は、それをそっと受け取って、笑った。


「ありがとう。……甘いの、好き」


彼は照れたようにうなずいて、くるっと背を向けて昇降口の階段を上っていった。


その背中を見送ってから、八千代はポケットにそっと手を入れた。


編み目の整った、あの制服のポケット。


あのとき、八千代が直した布のひとつひとつが、


今もどこかで、ちゃんと役に立ってると思った。



葬儀のあと、季節はめぐって夏休みがやってきた。


ある日、吾郎さんからLINEが届いた。


「八千代ちゃん、鍵がありそうだよ?」


八千代は、ハッとした。


蔵が三つある——と、父が言っていた。


「またてがかりをみつけたんだ。“三番蔵”だと思う。多分、千代ばあちゃん、何かもう一つ残してるみたいだ」


八千代は、両親を説得して、ようやく祖母の家にたどり着いた。


木造の平屋。すこし傾いた瓦屋根。雨戸は半分閉まっていて、家全体が静かに呼吸をしているようだった。


遠くまで見渡せる田んぼの先に、ぽつぽつと家が建っていた。


空気は澄んでいて、蝉の声がしみる。


「おばあちゃんは、こういう風景が好きだったんだよ」と、八千代は小さくつぶやいた。


裏山の杉林がざわめき、小川のせせらぎが風とともに耳に届く。


家の背後には、石垣に囲まれた三つの土蔵が並んでいた。


白壁に黒いなまこ模様、いずれも鉄の扉が閉ざされている。


八千代が久しぶりに訪れた祖母の家は、山の懐に抱かれるようにして建っていた。


木々の間をすり抜ける風が、どこか懐かしい匂いを運んでくる。


昔、おばあちゃんと並んで座った縁側の柱には、今でも小さな落書きが残っていた。


「ここで……セーターを編んでたんだよね」


押し入れから出てきた一着のセーター。それが、すべての始まりだった。


セーターの赤と黒の模様から浮かび上がったメッセージは、たった一言だった。


「カギ ニワイシノシタ」


八千代はその意味を確かめるように、小さく呟いた。「……庭石の下、だって」


「ああ、心当たりあるな」吾郎が静かに言った。


彼の後ろ姿を追うようにして、八千代は祖母の家の庭へ出た。かすかに花の匂いが風に混じっている。


家の隅、苔むした古い石が一つだけ不自然に置かれていた。


「これ、おばあちゃんが“大事な石だから動かすな”って言ってたやつじゃん」八千代が声を上げた。


「だろうな。大事な“鍵”が入ってるなら、そう言うわ」


吾郎は無造作にしゃがみ込み、石をぐっと持ち上げた。重い音とともに、湿った土が顔をのぞかせた。


中から出てきたのは、油紙に包まれた小さな金属の鍵。プレートには、すでにかすれてしまいそうな文字が刻まれている。


「……三蔵、って書いてある」


「一番奥の蔵だな」


八千代は思わず息をのんだ。


三つある土蔵のうち、三蔵だけはこれまで開けられたところを見たことがない。祖母が「ここだけは入るな」ときつく言っていたのだ。


三つある蔵のうち、三蔵はいちばん奥。


いつも祖母に「そこは開けちゃいけない」と言われていた。


鍵を手にして、八千代は深呼吸をした。


祖母が亡くなったあと、ずっと心のどこかで聞こえていた“何かを開けなさい”という声が、今ははっきりと聞こえる気がした。


「吾郎にいちゃん……一緒に、行ってくれる?」


吾郎はちょっとだけ口元をゆるめた。「しょうがねえな」


二人は並んで蔵の裏手へとまわった。


白壁に囲まれた静かな空間。三蔵の扉は他の蔵よりも重厚で、黒い鉄の金具が鈍く光っている。


八千代が鍵を差し込むと、思ったよりも軽く「カチャリ」と音がして回った。


「開いた……」


扉の隙間から、古い空気が流れ出してきた。


「おばあちゃんの“遺言”、ここにあるのかな」


八千代がそっと言うと、吾郎はポケットから小さな懐中電灯を取り出した。


「行こう。お前がここまで来たんだ。きっと、意味がある」


二人はゆっくりと蔵の中へ足を踏み入れた──。


蔵の扉を開けた瞬間、ひんやりとした空気が二人を包んだ。


古い埃の匂いに、八千代は思わず鼻をすする。


「ここ……ほんとに、誰も入ってなかったんだね」


吾郎は無言で懐中電灯を振り、奥を照らした。


整然と積まれた木箱と、古い桐の箪笥。その脇に、衣装トルソーが立っていた。


トルソーには、完成しかけたセーターが掛けられている。赤と黒の毛糸、でも右袖だけが途中で止まっていた。


「……これ、セーター……」


八千代がそっと触れると、ほこりが舞い上がった。


「こっちにも何かあるぞ」


吾郎が開けた引き出しから出てきたのは、一冊の手帳と、封筒と、小さな缶。


封筒には、黒いインクで筆文字が書かれていた。


『この続きを編んでくれる人へ』


八千代の手が止まる。「……私に、ってこと?」


蔵の中で八千代が見つけたのは、祖母の若い頃のセーターと、完成していない新しい一着。


吾郎がふと気づく。「これ、同じ模様だけど……こっちは最後が空白になってる」


そこに添えられていた封筒には、**「この続きを編んでくれる人へ」**という文字。」


吾郎が缶を開けると、中には8ミリフィルムが収められていた。


「これ、映写機あれば見られる。昔のやつだけど、うちにまだあるかも」


「にいちゃん、お願い!見たい!」


八千代の目が真剣になる。


数十分後、吾郎の作業小屋の壁に、白いシーツが貼られた。


ぎい、と音を立てながら回る映写機。その先に現れたのは――


祖母・千代さんの笑顔だった。


『八千代、吾郎。これを見ているということは、私の仕掛けにちゃんと気づいてくれたんだね』


八千代は、口元を押さえて目を見開く。吾郎も、声は出さないが、じっとスクリーンを見つめていた。


『私はね、あんたたちに未来を渡したいんだよ。昔はさ、女が編み物しかできん時代だった。けど今は違う。


あたしの“言葉”は、セーターに隠した。けど、あたしの“想い”は、あんたたちの中に隠してあるよ』


映像の中の千代さんは、照れくさそうに笑った。


『八千代、おまえが続きを編んでくれるなら、それでじゅうぶんだ。吾郎、おまえはその仕組みを読み解く力がある。


二人で、ちゃんと見つけてくれて、ありがとね』


「あたしが死んだあとでええ。気づいた人だけ、読めばいい。」


「うちはずっと、女は家を守るもん、って教えられてきた。」


「けど八千代には、そうじゃなくてええと思う。」


「おまえが、自分のやりたいことを編みなさい。」


八千代は、思わず瞳を閉じた。


「これが……本当の“遺言”だったんだ」


「このセーターに、私はたくさんの思いを編みました。


読み解いてくれてありがとう」


「八千代。きっとあなたは気づくでしょう。あなたが気づいてくれたこと、私は誇りに思います」


「このセーターに編み込んだ言葉が、誰かの心に届くなら、


それが、私の最後の願いです」


「八千代。あとは、あなたに託すね」


画面が、ふっと暗くなった。


八千代はセーターを抱きしめ、ゆっくりと目を閉じた。


もう、触れることはできないけれど——


おばあちゃんの手は、今もこの糸の中に、生きている。


映像は、ゆっくりとフェードアウトしていった。


……部屋の中は、しばらくの間、沈黙に包まれた。


やがて、八千代がポツリと言った。


「……このセーター、完成させたい。私にできるかな」


吾郎が、ちょっとぶっきらぼうに答える。


「できるだろ。千代ばあちゃんの孫なんだからな」


祖母の声は消えても、遺された編み目は、生きていた。


白い布に包まれた、編みかけのセーター。


「……これ、おばあちゃんの?」


糸巻きは途中で止まり、毛糸玉がひとつだけ添えられていた。


編み目の途中から、手が止まったまま。


「たぶん、最後まで編む時間がなかったんだと思う」


八千代は、無意識にその針を手に取っていた。


編み方は、おばあちゃんの癖が残っていた。


やさしい目、少しだけ固い引き具合。


「……わたしが、続きを編むよ」


「うん」


吾郎の声が、夏の空気のなかに溶けていった。


手元の毛糸は、もうすぐ尽きる。


それでも八千代の編み針は、迷わなかった。


最後の模様は、祖母が残した暗号どおりではなく、八千代が“自分の模様”として考えたものだった。


縫い目の流れは少し不規則で、完璧とはいえない。


でも、指先のぬくもりと涙で、どこまでも優しいリズムを描いていた。


パチン、と糸を切る音がして、セーターが完成した。


吾郎がそっと入ってきて言った。


「できたか」


八千代は小さく頷いた。「……うん。おばあちゃんに、見せたかったな」


吾郎はセーターを手に取って、しばらくじっと見つめた。


「なあ、これ……俺にも似合うと思うか?」


「えっ⁉ にいちゃんが着るの⁉」


「千代ばあちゃんが、最初に俺に編んでくれたのも、赤と黒だったんだ。忘れてたけどな」


二人は顔を見合わせて、少しだけ笑った。


祖母の想いも、秘密も、記憶も――


すべては、このセーターの中に、編み込まれていたのだった。


その夏の終わり。八千代は、編み上げた“もう一枚のセーター”を丁寧にたたんでいた。


一枚は、暗号のセーター。


もう一枚は、想いをつなぐセーター。


父と母、そして吾郎の両親が集まる場で、彼女はそっと言った。


「……この二枚のセーター、私たちだけのものにするの、違うと思うんです」


八千代は一枚目を、母の手に。


「これは、おばあちゃんが“言葉”で遺した方のセーター。


お母さんが、一番ちゃんと読んでくれたから、受け取ってほしい」


そしてもう一枚を、吾郎さんの両親へ。


「このもう一枚は、形にならなかった思いを、私が編みました。


おばあちゃんのそばに、ずっといてくださった皆さんに……」


セーターは、誰かの温度と心をつなぐ布。


形見ではなく、“想い”として、渡された。


誰もが、涙ぐみながら、でも笑って受け取った。


セーターの続きを、八千代はまた編み始めていた。


今度は、贈るためのもの。


知らない誰かに渡るかもしれない。


でも、そこに込めるのは、いつもおばあちゃんが教えてくれた言葉。


『目を整えるには、心を落ち着けなさい』


八千代は今、心を落ち着けて針を進めている。


一目一目に、感謝をこめて。


そしてその糸は、未来につながっていくのだ。


(完)


chatGPTちゃんの協力でこのお話ができました。感謝!


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