明かされた秘密 その2
祖母の話は続くー。
「おそらく子供の頃の礼子ちゃんに、せっちゃんが冷たかったのは、なるべく被爆者である自分と、関わらせたくなかったからだと思うよ。だから、この家にもあまり来なかったし、きっと迷惑をかけたくなかったんだろうね」
祖父が、悲しげに首を振った。
祖母は、そんな祖父の方に一瞬、目をやってから、再び私の顔を見つめて話を続けた。
「もちろん礼子ちゃんは、自分が被爆者の子供だという事は知らなかったし、せっちゃんも彼女には教えたくはなかった。だから、自分の家を、礼子ちゃんが訪ねて来た時も、冷たい態度をとったんだと思う。なんかのきっかけで、せっちゃんが被爆者だって、わかってしまうかも知れなかったからね。でも、きっと本当は、訪ねてくれて嬉しかったんだよ。あたしが、たまに彼女と会った時は、礼子ちゃんの様子を、いつも聞きたがっていたし。だけどー」
祖母は、少し声の調子を変えた。
「そんな事が続いて、結局、あの親子の間には、深い溝が出来てしまった。礼子ちゃんも、実の母親が、自分を嫌っていると思い込んでしまった。わたしは、何度か、礼子ちゃんの誤解を解こうとしたけど、被曝に関しては、せっちゃんに固く口止めされていたし、礼子ちゃんに、上手く話す事ができなかった」
祖母は、顔を伏せて、歯を強く食いしばった。
固く閉じた祖母の目から、涙が溢れる。
「でも、せっちゃんは、ちゃんと、あなたのお母さんを愛していたと思うよ。毎月欠かさず、お金を送って来たし、成人式や入学式、それに誕生日には、ちゃんと着物や贈り物も送ってきた」
違うー。
わたしは、心の中で思った。
母が求めていたのは、きっと別のものなのだ。
ただ自分を、娘として、認めて欲しかったのだ。
子供として、普通に、抱きしめて欲しかっただけなのだ。
「わたしね。せっちゃんに言ったんだよ。ちゃんと礼子ちゃんと話しなさいって。被曝の事も含めてね。だって悲しすぎるよ。実の母娘と、心が通じ合わないままだなんて。でも、せっちゃんは、かたくなだった。自分の事は、どう思われてもいい。礼子は何も知らないまま、健やかに育って欲しいってー。きっと、せっちゃんは、世の中の被爆者や、その家族に対する、差別や好奇の眼から、礼子ちゃんを守ろうとしたんだよ。でもー」
祖母は、涙ぐみながら話し続ける。
「今になって思えば、無理をしてでも、二人を和解させれば良かったよ。いつかはいつかはと思っているうちに、時は過ぎて、二人の間の亀裂は、どんどん大きくなっていった。そして結局、分かり合えないまま、こんな結末にー。うあぁーっ!!」
とうとう祖母は、顔を両手で覆って、泣き出してしまった。
ひれ伏すように、畳敷きの床に突っ伏すと、身体を折り曲げながら、嗚咽する祖母。
すると、そんな祖母の傍で、テーブルの前にあぐらをかいていた祖父は、半立ちの姿勢になると、床に伏せる老いた妻の方に、そっと手を伸ばし、その丸めた背中を優しくさすった。
祖父も、深刻な顔で両目を瞑り、うつむいている。
一方、わたしは、沈痛な気持ちで、二人の話を聞いていた。
祖母は、母と節子さんが、最後まで疎遠だった事について、自分を責めていた。
しかし、わたしには、それは仕方の無い事だと思えた。
すべての元凶である、原爆被害という事実を明かさない限り、母を納得させる事は難しかっただろう。
何故、自分は、養女に出されたのか?
どうして、実の母でありながら、自分に冷たいのか?
節子さん自身が、その理由を母に伝えず、また、祖父母にも、口止めしていたのだから、幼い母が、自分が嫌われていると思い込んだのも、無理はなかった。
時折、贈られる、お金や贈り物も、単に親の義務を、いやいや果たしているように、母には思われたのだろう。
だがー。
わたしは、母の気持ちを理解すると同時に、節子さんの気持ちも、よく解る気がした。
おそらく彼女は、被爆者の子供という重荷を、我が子には背負わせたくなかったのだろう。
一度、それを知れば、その呪縛からは、一生逃れられなくなってしまう。
きっと娘には、原爆などという恐ろしいものとは、縁遠い世界で、幸せに健やかに育って欲しかったのだ。
自分の苦しみを、子供の世代に、伝えたくはなかったのだ。
あの、地獄の苦しみをー。
だからこそ、例え、冷たい母親と思われても、娘とは距離を取り、「被爆者」である自分からは、遠ざけようとしたのだろう。
(譲り葉)
わたしの脳裏に、先日読んだ名詩の題名が、何故か、また浮かんだ。
[続く]