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譲り葉  作者: きーぼー
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明かされた秘密 その1

 やがて、祖父の運転する車は、祖父母が、長年、住んでいる家に到着した。

そこは、母の礼子も、就職して、そこを出る前には、住んでいた家だった。

前述した通り、わたしも子供の頃や、父が生きていた頃には、よく一緒に、この家を訪ねて、泊まったりもしたものだ。

だがー。

先程亡くなった、祖母の妹であり、母の実母である節子さんと、顔を合わせた事は、一度もなかった。

同じ、広島市内に、在住していた筈なのだが。

わたしは、とりあえず旦那に、状況説明の連絡を携帯電話でしてから、シャワーを使わせてもらい、少し気分を落ち着かせた。

そして、和室の居間で、祖父母とともにテーブルを囲みながら、改めて節子さんの話を、祖母たちから聞く事になった。

彼女の抱えていた、重く暗い来歴をー。

テーブルの前に正座して座り、祖父母に向かい合う、わたしに対して、まずは祖父が口火を切った。


「恵子。お前は前の大戦で、広島に原爆が落とされた事は、もちろん知ってるな」


もちろん、知っている。

むしろ、日本人にとっては常識だ。

約80年前に行われた戦争で、敵国であるアメリカ軍は戦争終結間際に、大量破壊兵器である核兵器、原子爆弾を、日本の二つの都市に対して使用したのだ。

それは、広島と長崎。

つまり、わたしが今いるこの場所も、かっては原子爆弾の被害を、受けた街だったのだ。

祖父は、言葉を続ける。


「この街が受けた被害は、大変なものだった。街の中心部は、一瞬にして蒸発し、何万人もの人が死んだ。一瞬で死ねた人は、まだ幸運だったかもしれない。大火傷を負って、もがき苦しんでから死ぬ人も大勢いた。市内の川は水を求め、力つきた彼らの死骸で黒く埋まった。家々が原爆の残り火で燃える中、大火傷を負った人々が、ほとんど裸同然の姿となって、幽霊のように街をさまよい、倒れて死ぬ様子は、とても、この世の情景とは思えなかったという。ワシは、直接見たわけじゃないが、爆心地近くに住んでいた人から、その時の状況を教えてもらった。その話を聞いた時、ワシは思った。地獄だ。ついに人間同士の争いは、この世に本物の地獄を作りあげたのだと」


祖父の話を、息を呑んで聴いていた、わたしに、今度は祖母が、更に衝撃的な事実を告げた。


「実はね、恵子ちゃん。節子さんー。あなたの本当のお祖母さんも、原爆の被害者、つまり被爆者だったのよ」


「えっ!」


わたしは、思わず声を上げた。

祖母は、わたしに、うなずいてから、話し続ける。


「せっちゃんー。あなたの、お祖母さんは、旦那さんの、たかし君と一緒に、広島の市街地に住んでいたの。たかし君は、軍需工場で働いていてね。原爆が落とされた、あの日、せっちゃんは爆心地からは、少し離れた場所にいたけど、それでも、放射能の光を浴びて大火傷を負ったの。工場にいた、たかし君は、もっと酷い状態で、全身に大火傷を負って、寝たきりになり、終戦後しばらくして、亡くなったわ。そしてねー」


祖母は、一瞬、言いよどんでから、絞り出すような声で言った。


「原爆の被害に遭った時に、せっちゃんのお腹の中には礼子ちゃん、つまりは、あなたのお母さんがいたのよ。


「そんなー」


わたしは、呻くように声を上げる。

そして、そんな、わたしの、動揺する様子を見ながら、祖父は深刻そうな顔で腕を組み、沈んだ声で言った。


「それで、これからは、更に嫌な話に、なるんだがー」


声を詰まらせる、祖父。

すると祖母は、そんな祖父を助けるかの様に、途中から口を挟んできた。


「今では想像しにくいだろうけど、当時、原爆の被害を受けた被害者は、ひどい差別を受けていたんだよ。町を出歩くだけでも、白い目で見られて、石を投げられたりする事もあった」


「そんなー」


大きなショックを受ける、わたし。

そして、腕を組んでいる祖父が、暗い声で、更に話をつけ加えた。


「当時は、原爆投下によって発生する放射能の性質も、まったく知られていなかったし。恐ろしい伝染病のように思われていた。それに原爆の被害者の中には、放射線による熱傷で、ひどい外見になったり、身体に大きな障害が残った人も大勢いた。その姿は、見るだけで恐怖心を呼びおこし、もしかしたら、自分たちにも伝染するかもと考えられたりして、憎悪や迫害の対象にされたんだ。まぁ、政府の広報や、正確な情報が広まるにつれ、そういう差別は、少しずつ無くなってはいったんだが」


わたしは、下を向いて、声を絞り出した。


「でも、やっぱり、ひどい。被爆者の人たちは、何も悪くないのに。純粋な被害者なのにー」


今度は祖母が、首を振りながら言った。


「人間には、自分にとって不都合なだけで、相手を悪者にしたり、憎んだりする、心の働きがあるんだよ。きっと、本能的なものなんだろうね。相手は、本当は、悪くないのにー。一生懸命に、生きているだけなのにね」


わたしは、祖母の言葉を、うつ向いて聞きながら、考えた。

確かに、そういう心の働きは、誰にでもある。

わたしの中にもー。

わたしは、何年か前に、東北地方で起こった地震による、原子力発電所の事故の事を、思い出していた。

あの時にも、発電所の周辺の、放射能漏れがあった地域に、住んでいた人々に対する、風評被害や差別は、確かに存在していた。

避難先の土地で、ひどい言葉を投げかけられる事も、あったという。

そう考えると、わたしたちは昔から、まるで進歩していない気がした。

果たして、今のわたし達に、約80年前に情報統制の中で、無知と恐怖から被爆者を差別した人たちを、責める資格があるのだろうか。


「それでねー。恵子ちゃん」


そして、考え込むわたしに対して、祖母はさらに話を続けた。


「そんなひどい差別があったものだから、せっちゃんは、あなたのお母さんをなんとか出産した後で、妹夫婦のわたし達に、養子として預ける事にしたんだよ。娘の将来を、案じたんだろうね。まぁ、旦那さんを原爆で失くして、一人で育てるのは、大変だったのも確かだけれどー」


祖母の言葉に、腕を組みながら、無言でうなずく祖父。

わたしは顔をうつむかせて、ジッと祖母の話を聞いていた。


「せっちゃんはー、あなたのお祖母さんは、娘の礼子ちゃんを、被爆者の自分とは、完全に切り離したかったんだと思う。あからさまな差別は、少しずつ減っていたけれど、結婚や就職などの人生のあらゆる局面で、支障になっただろうし。それに被爆者やその家族を、白い目で見る人がいたのも、紛れも無い事実だったしね」


祖母は、いったん言葉を切り、テーブルの上の湯呑みのお茶を、一口すすった。


[続く]

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