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譲り葉  作者: きーぼー
10/10

青葉たち

 節子さんー。


わたしの本当の祖母の葬儀から、二カ月ぐらい後の事だった。

わたしは、また、広島の地に、足を踏み入れていた。

今度は学校の授業の一環で、児童を引き連れて、やって来たのだった。

前にも話したように、わたしの学校では、平和教育の一環として、毎年、広島の原爆資料館を訪問し、資料館の係員の説明や、戦争経験者の体験談を聞くのが、ならわしとなっていた。

朝早く、学校を出発し、電車に乗ったわたしと、引率する児童たちは、昼前には、広島駅に到着した。

その後、駅前のレストランで昼食を済ませてから、わたし達は、資料館のある、広島平和記念公園へと、移動した。

原爆資料館は、公園の中心にあり、入館したわたしと児童たちは、係員の誘導で、館内のさまざまな展示物を、一緒に見て回った。

そして今、児童たちは、数多くの写真が貼られた資料室の中で、担当係員の説明を受けていた。

そこには、原爆投下に関する、多くの貴重な写真資料が収集され、並べられていた。

原爆投下前の、広島の町の様子。

投下後の、町の惨状。

巨大な、キノコ雲。

全身に包帯を巻いて、手当を受ける人々。

顔に、熱線によるケロイド状の火傷を負い、虚ろな目で佇む女性。

係員の人は、それらの写真について、子供たちに一つ一つ、丁寧な説明をしていった。

原爆投下時の状況について語る、彼の声が、部屋の中に響く。


「今から約80年前の1945年、アメリカ軍の戦略爆撃機、Bー29エノラ・ゲイ号が、原子爆弾を搭載して、広島市の上空に、飛来しました。当時、広島市は、日本有数の軍港都市であり、そこには老若男女合わせて、約35万人の人々が住んでいました。その多くの市民が生活する市街地に、1945年8月6日午前8時15分、恐るべき威力を持つ破壊兵器である、原子爆弾が、投下されたのです」


わたしは、係員の人の説明に耳を傾けている筈の、子供たちの方を、チラリと見た。

・・・やはり、まともに話を聞いている子供は、ほとんどいなかった。

完全に集中力を欠いて、キョロキョロ、よそ見をしている子。

退屈そうに、大あくびをしている子。

立ったまま、居眠りをしている子もいた。

まぁ、お喋りをしている子がいないだけ、マシかもしれない。

かくいう、わたしも、朝からの引率で疲れており、漫然とした気分で、一生懸命に話している、係員の人の声を聞いていた。

でもー。


「エノラ・ゲイ号に搭載されていた、リトルボーイと名付けられた原子爆弾は、広島市の上空、約600メートルの地点で炸裂しました。それにより、爆心地500メートル以内では、閃光と衝撃波、そして巨大な爆風により、建築物の大半が、一瞬で破壊されました。屋外にいた人々は、大量の熱線と放射能を浴びて即死し、また屋内にいた人々は、家屋の倒壊に巻き込まれ、閉じ込められたまま、焼死しました」


係員の説明を聞く、わたしの目に、突然、涙が溢れた。

何故だろうか?

わたしの目に、次々と涙が溢れてくる。


「爆心地から500メートル以内での、被曝者の即死、及び、即日死の死亡率は9割を超え、500メートルから1キロメートル以内にいた被爆者の場合では、その率は、6割から7割に達しました。さらに、生き残った者も、7日目までに約半数が死亡。次の7日間で、さらに、その4分の1が死んでいきました」


何故、わたしは泣くのだろう。

この場所には何度も来ており、係りの人の解説を聞くのは、これが初めてではないのにー。

やはり、節子さんの死をきっかけにして、わたしにとって、被爆した人達の存在が身近になり、彼ら一人一人の苦しみや悲しみや怒り、そして生と死を、より切実に感じられるようになったからだろうか。

係員の男性の、説明は続く。

わたしは、彼の言葉に耳を傾けながら、涙を流し続けた。


「一説では 、この核攻撃によって、当時の広島市の人口約35万人のうち、半数近くの人たちが、被爆から4カ月以内に、亡くなったと言われています。また、運良く生き残った人の中にも、大量にまき散らされた放射能を身体に浴びて、さまざまな障害を発症し、生涯苦しむ人が数多く・・・」


やがて、わたしの異変に気付き、近くにいた何人かの児童が、わたしの側に寄ってきた。

そして、そのうちの一人の女の子が、ポケットからハンカチを出すと、わたしに向かって差し出してきた。

周りを見ると、他の児童たちも心配そうな様子で、わたしの方を、一斉に見ている。

普段は、わんぱくだったり、お喋りばかりしている子達も。

渡されたハンカチにお礼を言い、それで流れる涙を拭いながら、わたしは思った。

この子達も、いつかは高い梢に立って、大きな譲り葉の木を、きっと見るだろうと。


[完]


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