魔法少女まだまだ食事中
温かいお味噌に体を癒され、皆との会話も弾む。
「唐揚げおかわり!」
チアさんのなびく髪とはねまくるアホ毛に目を奪われる。元気だなと思うと同時に、揚げ物をたらふく食べれるあの若さが羨ましいと思ってしまう。
じっと見すぎていたのか、チアさんにあげない!と言われてしまったが、今の私にはあれだけ揚げ物を食べれる胃袋は持ち合わせていない。まだ若いはずなのに、昔の自分がもっと美味しいものを食べていたら!……なんて考えてしまった。
お節介を焼きたくなる理由がわかる。迷惑だってわかっているのに、隣の蘭さんのお皿に食べ物を乗せたい気持ちが湧き上がって仕方ない。
もっと食べない?お腹いっぱいなのかな?そう考えてしまう。頭の中で蘭さんの困った顔がぼやけていく。
「莉緒さん、お腹いっぱいですか?」
「まだいけます!考え事してて」
ハンバーグの欠片を口に入れる。デミグラスソースは定番で、父がよく贅沢に二個食べていたのを急に思い出した。私も父に似たのか、少し小っ恥ずかしい気持ちが沸き上がると同時に一つ食べ終わってしまった。
「…美容院ですか?」
「美容院もうそろそろ行かなきゃですけど…蘭さん、お腹いっぱいなのかなぁと」
「私はまだ食べれますよ!チアさんくらい食べれます…!」
「チアさんぐらい?!めちゃ食べますね!」
「でも莉緒さんと会う前に緊張して沢山食べてしまったので…少し眠くて」
「あ、それで…」
「お料理美味しいので…ハンバーグ食べます」
ピンを刺し直し、静かに拳を握り意気込む姿は、まるでフードファイターのよう。1人だけ瞳に炎を宿し、美味しいと呟きながらハンバーグを一口頬張る姿に、負けじと自分もハンバーグを食べてしまう。
「…美味しい」
よく見ず追加で取ったハンバーグは、中にチーズが入っているチーズインハンバーグだった。一人暮らしを初めた時、自分の好物だからと何回も作ったが、ほとんど失敗し、いつの間にか避けてしまっていたおかず。やっぱり美味しいくて、今も昔もずっと変わんないし、私が求めていた味。
「チーズですよ莉緒さん…!」
「熱いので気をつけてくださいね」
ぽてぽてとコップの水滴を拭いて回るアカリさんが、優しく声をかけてくれる。
この美味しいハンバーグを温かいまま持ってきてくれたアカリさんが輝かしく見える。
「はい、気をつけます…!」
そうは言われたものの、声をかけられる前にはほぼ食べ終わっていた。瞳の中に炎を絶やさず燃やしている蘭さんにとって、これからが本番なのか、アカリさんは小さく微笑んだ。
「アカリさんはハンバーグ、食べました?」
「食べました!チーズはあの、苦手で…シソの方を食べました。美味しかったですよ!」
「チーズ苦手なんですね。乳製品とかもですか?」
「今はそうでもないんですが、昔は本当に乳製品ほとんど食べれませんでしたね。牛乳は慣れたので飲めるんですけど、チーズ全般未だに苦手で…」
「ピザ、食べれないんですか…?」
前髪をあげたおかげか、この空間の中一人、雷が降ったような表情をしている蘭さんの顔がはっきりと見える。
「そんな悲しそうに?……私が食べる分も、沢山食べてくれると嬉しいです」
「…嬉しい」
そうは言うが、顔はあまりにも悲しそうで。流石のアカリさんも予想外だったのだろう。助けを求めるように私に両手を振ってくる。
何だこの時間は…笑いが込み上げてきてしょうがない。選ぶ時間、待つ時間。一人でも皆でも美味しく食べれるのがピザですもんね。同じ種類のピザがもうひとかけら食べれるのは、嬉しいに越したことはないもの…。
「ふふっ…気持ちはわかります」
「あれですよ?私サイズのチーズなしピザなら食べれますよ!トースターで簡単に作れちゃう!アレンジ豊富!」
両手で輪っかを何回も作り、ぴょんぴょん跳ねる姿が目に付いたのか、はたまた元から話を聞いていたのか、周りの雰囲気が段々と緩くなって行くのが視界から見てわかる。
はしゃぐ魔法少女を差し置いて、静かに、蘭さんのチームメイト達が遠い目をしていた。ただ一人、食べるのに夢中になっていたのか、イオファさんだけが「チア、うるさい」とポニーテールをなびかせ隣に鋭い目を向けていた。
「あたしだけなんで〜!」
「うるさいのは事実よ。驚くでしょ」
こっちは全く気にしていないのか、少し悲しそうにした後、あくまで自然にイオファさんの水を強奪し飲み干していた。
この二人を見て、蘭さんとチアさんがこのお店のお手伝いをしているという事実が、逆に運命かと思えてしまう。そう思うと同時に、まだ会ってから1ヶ月も経っていないが、蘭さんのお父さんは凄いな…と勝手ながら尊敬の念を抱く。
最初はいわゆる強面で堅物そうな店主さんだな、と。恐怖までは行かない感情を抱いてたけど、面接の終わり際、雨が降っているからとぶっきらぼうながらに可愛い柄の傘を貸してくれた事があった。今思えば蘭さんの傘だったのだろう、上も手持ちもうさぎまみれで、一週間くらいうさぎが脳裏から消えなかった、お手入れの行き届いたあの傘。あのぶっきらぼうさも、もしかしたら蘭さんと同じ引っ込み思案なだけかもしれない。
店主さんがうさぎを大好きな線も考えたけど、まさか娘さんが好きとは…。これだけうさぎが好きで、モノさんもうさぎで、ピンもうさぎ。
お店の入り口には、古いけどお手入れの行き届いたうさぎの置物がふたつほど置かれていたし、カウンターにはガラス製の小さいうさぎが何かのメモの重りになっていたりと、意識してみるだけでうさぎは沢山そこに佇んでる。
「あの、蘭さんはうさぎが好きなんですか?あの、うさぎモチーフの置物とか。ピンはうさぎだし、魔法少女の姿がうさぎ…モチーフなのかなぁ?と」
「…大好きです!昔から可愛くて好きです!魔法少女の姿も、うさぎの耳があります!私には少し可愛すぎな気もするけど…」
さっきまでの曇った表情が一変し、眩しいくらいの笑顔を見せてくれる。眩しすぎて思わず仰け反ってしまうが、おそらく私の眩しさに対する耐性がないだけなのだろう。周りは平気そうにご飯をつついている。
「モノちゃんと契約した時、二人共初めてだったんです。お守りとして『ちゃんと変身出来ますように』ってうさぎのチャームを握って変身したんです。その影響なのか…モノちゃんと契約した魔法少女は、お守りにしたモチーフが反映されるらしいです。不思議ですね…!」
「凄いことを聞いちゃった…。」
「変身する時、いつもそれを握って変身してるんです。これです!」
さっき見させてもらった部活みたいなお守りを見せて貰った。綿かと思っていた膨らみは空洞で、厚みのある金属製で、うさぎのふちをかたどったチャームを取り出してくれた。お手入れされており、光に当たるととても綺麗に反射する。チャームの紐部分には母が作ったのだろう、おー!と意気込んだポーズのうさぎが、小さな縫い物の中、糸で丁寧に縫われ繋がっていた。
「だからお守りみたいな…」
「そうなんです。私だけの可愛い変身道具なんですよ」
「素敵ですね…!」
手のひらにチャームを乗せ、見なさいと言わんばかりのドヤ顔に釣られるように、イロさんもクラゲの立体チャームを見せてくれた。ラムネのビー玉を思い出す透明なクラゲの中に、発色のいい爽やかな水色が封じられている。光の当たり具合では、濃い青になったり、全体が水色のようになったり、不思議で、とても神秘的に見える。足がゆらゆらと動き、いつの間にか浮いていたイロさんのクラゲが、嬉しそうにそのチャームを見ている。
「クラゲも、チャーム由来…ですよね?」
「そうだよ〜、昔クラゲに刺されたことあったから、正直最初は苦手だったんだけどね」
「あたし刺されたことあるよ!」
「へぇ〜、痛いよね」
「ねぇ〜」
「……私が昔、イロにあげたのよ」
気まずそうに言いながら、ライカさんは買った時の写真を見せてくれる。
「これ、イベントとかかな?イロに似合うと思って買った記憶があるわ」
「そうそう、貰ってリュックにつけてたからさ、変身の時に使ったの」
写真には自然光に触れ柔らかく綺麗に写るクラゲと、イベントの内容が書かれたパンフレット置かれている。名古屋でのイベントらしく、沢山のブース番号が振られており、複数赤ペンで丸がしてある。
「名古屋…愛知でのイベントですか〜。気になります」
「最近は忙しくて全然行けてないんだけどねぇ。このイベントも三年前のだし…」
「あの、少し野暮かもしれませんが、前から関わりがあるんですか?さっき三年前って…」
「莉緒さんから見れば私達魔法少女の姿だし、身内の話ばっかでよくわかんないわよね。私とイロは出身が一緒なのよ…愛知で、同じアパートだったしね。」
「個人的な事まで!良いんですか…?」
「別に、姿が魔法少女なだけで隠してもないから大丈夫よ!これからも関わるんだから」
「でも変身は解けないんだよねぇ〜」
「そうね、ここにこんな大人数で来たのもちゃんとした理由があるし、ちゃんと話さないとね」