予想外の事も、内では知ってたかもしれない
魔法少女はインフルエンサーに近い扱いだとネットで見た事がある。だから世間話で茶を濁して、話の流れでご飯行けたらいいなぐらいで、行けなくても好きな物知れるかなって。
蘭さんの性格的に、本名を知ってるとはいえ会って2時間も経ってない関係な訳だし。
そんな事をぽや〜って考えてただけなのに。
「え、なんて言いました?」
「えっと、ここでお夕飯を食べるんです」
「いつ…?」
「多分7時には皆来ると思います」
「皆」
「みんなです、私の仲間達です」
さっきまでの哀愁を感じさせないほどに目の前で目をキラキラさせ、細く綺麗な手を握る姿は、困惑よりも心配が勝つ、そんな瞬間だった。
魔法少女はひとりじゃないと分かってはいても、私はモモちゃんという名前しか知らないし、何人いるかも分からない。姿だって蘭さんの姿しか知らない。その中でほぼ他人の私がこんな個人情報を聞いてしまっていいのかと、魔法少女はこんな感じで良いのか?私が考えすぎなのかよく分からないまま、蘭さんは席を立ってしまった。
薄暗くなった店内の明かりがついて、急に未知の空間に来た感覚がして怖くなったけど、外は当然変わってないし、足音がパタパタ忙しくなったのを聞いて、私も自然と手伝いをしたいと思った。思った時には声に出ていて、奥から蘭さんの『良いんですか?!』と初めて聞いた声量と可愛らしい声に、『任せてください!』と久しぶりに人の役に立てる事を言った。
今日は店長さんも居ない日で、魔法少女をやってる蘭さんと挨拶だけの予定だった。普段だったら家でスマホでも見てる時間だったけど、蘭さんが許してくれるなら、もう少し仲良くなりたい、ここに居たいと、そう思った 。
「お冷ってここでしたよね〜」
「あ、そうでした、お父さんからもうここのお仕事の事は学んだって…」
「そうです、分かりやすく教えてもらいました」
「そうですか、良かったです」
「ちなみに、ご飯って何を食べる予定なんですか?」
「ふふ、あの…莉緒さんのお母さんが、お料理を作ってくれてですね、あの、皆で食べなさいって……」
「………え?」
「いつも街のためにありがとうって感謝の気持ちと、莉緒さんのバイト先が決まった記念、らしいです」
バレちゃった、みたいな顔で口を隠して笑う彼女は、コレ見てと言わんばかりにポケットから母が作っただろうハンカチについた桃色髪の魔法少女の刺繍を見せてくれた。ウインクをしていて、布もおそらくわざわざ買ったのだろう。めちゃくちゃ可愛いのは伝わったが、急に矢印がこっちに向いて、脳裏に母が過ぎる。
「作ってくれたんです、後お仕事頑張って、ってお守りみたいなのもくれました、仲間達もあるんですよ」
うきうきでポケットからお守りが出てきて、フェルト生地に小さい鈴が付いていて、『モモちゃんガンバレ!』という文字のアップリケと、モモちゃんモチーフだと思ううさぎと桃の刺繍が、昔の記憶を呼び起こす
「…部活じゃん…運動部とかがよくつけるやつじゃん…」
「憧れだったんです……莉緒さんが来たら見せてあげてって、いえば作るからねって言ってました」
「そうなんですね〜……かわいい…」
肩の力が一気に抜けた。勢いが全部消えて、ずっと母が笑う姿が浮かんでいて……
お冷とかどうでも良くなってきて、そういえば、メールでよく近所の事を話していたのを思い出す。
最近近所の女の子達とお料理してね、お袋味伝授しちゃった!、なんてメールが絵文字たっぷりで来てた気がする。
恥ずかしさとかよりも、母が魔法少女、しかもモモという有名らしい魔法少女にお守り渡してる方が気になってしまった。結構仲良いみたいだし。そんな事を手のひらに置かれたお守りを見て思ってしまった。
「蘭さん、お母さんからよくメールで話は聞いてましたが…魔法少女だったんですね…」
「えへへ…莉緒さんのお父さんともお話しますよ」
「へぇ……そうなんですね」
もうなんでもいいやと笑いが出そうになるが、実際のところ両親は友達多いみたいだし、昔もこういったことはあった気がする。内定記念に、急に焼肉に連れていかれたこともあったし。
だからって慣れることはないのだけど、ここのバイト先だって多分母のお告げもあって決まったと思うし、おそらく店長さんとも友達だし、狙ってやったのか、母のコミュ力なのか…
色んな事が浮かんできそうになったけど、今は横でニコニコしている蘭さんのお話が聞きたくて、ゆっくり、優しくガラス製のコップを手に取る。
「何人くるかな…えっと、待ってくださいね」
「えっと…スマホ……」
狭い通路で避けようとした時、蘭さんはカウンターに手を伸ばし、置いてあったリモコンを手に取る。
「リモコン…?」
「これでいいや…」
目線をあげると、よくある小さなテレビが置いてあった。だからという訳でもなかったが、蘭さんが電源を付けた瞬間、ジジッと画面が荒れた瞬間、数人の話し声が聞こえた。
「番組…じゃないですよね?」
恐る恐る指を指す
「あ、そうでした…あの、私のお友達が魔法を使って、連絡を取れるようにしてくれたんですよ」
「私に見せて良いんですか?」
「莉緒さんのお母さんとお父さんから、信頼できる人って言われたし、ここのお店は一般人の莉緒さん以外に魔法少女しかバイトの方いないし…大丈夫です」
信頼できる人って言われて信じてくれた事や、私以外のバイト魔法少女しかいないとか、色々と心配も込めて言いたいことはあるが、テレビの画面の揺れが収まった薄暗い画面の中、はっきりと聞こえる女性の声に意識が向いた。
「大丈夫?聞こえてるか、モモちゃん」
『聞こえてます!』テレビの前に走っていく。『来てください!』と言いたいのか、手をブンブンと上下にふって、少し笑ってしまいながら駆け寄る。
「ありゃ?モモちゃん、新しいバイトの人?」
「そうです!莉緒さんです!」
「莉緒さん、はじめまして。私はライカと申します。すみません、薄暗い画面しか見えませんよね、こっちからは2人とも見えてるんですけど……」
雑音混じりに、風の音がテレビから聞こえ続ける。おそらく外なのだろう。それとは別に軽い金属音がシャラシャラと風に揺られる音が聞こえる。女性の声と合わせて、姿を見てはいないが、声やライカという名前、モモちゃんの様子を見て、カリスマ溢れる魔法少女を想像した。
「いえいえ、もしかして外ですか?」
「そうなんですよ、任務が今終わって…今料理を受け取りに行ってますのでもう少し待っててください」
「わかりました!コップとお席は何人用意すればいいですか?」
「ん?そうだね、こっちは4人と2匹でいくよ」
「わかりました…!暗いので気をつけてくださいね」
「うん、待っててね、それじゃ」
自動的に電源が落ちて、さっきまで聞こえていた風の音が止む。少しの沈黙の後、振り返った蘭さんはテーブル席と2人席をくっつけようと机に手をかける。
「私もお手伝いします」
「お願いします!」
お店と実家は近いし、ライカさんのいる所が実家から近ければおそらく20分くらいで着くだろう。
雑談を交えながら、ふたりで準備を進めていく。