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タブレット噛む音

作者: 文殊

まぁ、なんていうか優等生のマジメちゃんである。

夕子の幼馴染の話だ。

丘田 聡実。

髪は黒い。

黒いイコール優等生っていうのが、必ずしもそうだとは限らないけど。

高校生活思い出せば、わかるんじゃなかろうか。

先生に小言を言われようとする優等生は、いないだろう。

というか、そんなことするのは優等生なんてレッテル貼られさえしない。

太陽の光があたっても黒いまんま。

それくらい、黒い。

まだ幼稚園くらいの時に、聡実と公園にいた夏の日だ。

強い日差しをあびても、子供の時は元気なものだ。

だけども、それまで涼しい顔していた聡実が、歩いたらふらふらだったなんてこともある。

我慢する傾向が強いやつだと、思っている。

そんな、幼馴染が。

かじる錠剤を瓶にいれて持ち歩いてる、なんて言われてたら。

『普通は、気にしないかな』

少なくとも、夕子は気にする。

お前が普通かと聞かれれば、夕子は絶対にそうだと頷くことはできないが。

そんなことを思いながら、気だるい午後の授業を乗り越えた。

なあなあのホームルームを終えた足で、廊下を歩く。

A組からC組はそう遠くないはずなんだけれども、足が重い。

変なものじゃなきゃいいけれど、と思ったりもした。

というか、なによりも。

気づかない自分に、イライラするばかりだったのだ。

そして、つい語調がきつくなりそうで、嫌になる。

『別に噂が完璧な情報なんて、思っちゃいないのに』

落ち着きたい気持ちが足を重くしてるんじゃないか、とか思いながら進む。

教室のドアに手をかけて、開ける。

C組のドアは建てつけが悪いんだか、少し引っかかった。


「聡実」

「夕子か、びっくりした」

地元の進学校なんて言われてるが、正直そこまで学習熱心な生徒はいない。

夕方になれば残ってるのは、部活生がほとんどだろう。

勉強熱心な二年生なんて、わずか。

そのわずかな生徒さえ、図書館やら図書室に行くんだから。

冷房の効きが良い方がはかどるんだろう。

夕子には縁がない情報と言えば、そこまでだが。

クラスの図書委員の子がめんどうそうな表情で、言ってた。

「いくら冷房があるからって、入り浸らないでほしいんだけど」

今くらいから3年がピリピリするんだから、騒がれるとこっちが困るのよね。

誰に言った、ということはないのかもしれないが一瞬ひやりとはした。

当の本人たちが聞いていたかは、知った事ではないんだが。

というか、その程度で言う事を聞くなら苦労しないだろう。

現に廊下を歩いてかすかに見えた図書館には、妙な空間ができあがっていた。

そんな感じで、教室に人がいることはあまりない。

ときどきただでさえ暑い日にいちゃつく2人を見て、嫌な気分になることはあるが。

まぁ、放っておくのが一番だ。

幸いなことに、教室には幼馴染の姿しかなかった。

「いや……夕子さ、最近具合でも悪い?」

「は?」

当然の反応。

「錠剤を服用してる、なんて言われてるから。気になっちゃって」

それも、凄い量。

小さく付け加えた声も丁寧に拾って、聡実は落ち着いて口を開く。

頼むから、薬だなんて言わないでよ。

噛んでると落ち着く、だとか勘弁だから。

頭の中で考える夕子の心情なんかお構いなしに、聡実の口から言葉が発せられる。

「ラムネとかだよ、薬なんてたいそうなものじゃないってば」

「は、ラムネ?」

頷きながら聡実は机の上を片付け始めた。

教科書を入れた鞄から、一切合切を入れた後に出てきたのは小さな瓶。

ぎっしり、丸いものが詰まってる。

薄いピンクだとか、白いのだとか色々。

『でも、薬みたいに見える』

なんとなく夕子が思いついたのは、白いのは姉の飲んでいる薬に似てるということ。

心なしか青ざめた顔で腰を押さえながら飲むあれに、似ていた。

効果なんてあるのか、と思っていつも見る。

そもそも苦しみなんてわからないから、そんな悠長な事が言ってられるのかもしれないが。

視線を向けた姉はそれを飲み込んで少しすると、どうにか学校に行く気力程度はわいてくるらしかった。


「わざわざ心配してくれたの、ごめんね」

困ったように笑う聡実は、瓶を開けて2粒取り出したそれを音が少しするくらいの強さで噛む。

白いのは本当に錠剤みたいだ。

はっきりとは言えないが、この前来た警察の人が話してた。

世間的にいけないアレは最近、そんな形をして敷居を低くしようとするんだとか。

それに、似てる。

かさばるのが嫌だから、瓶に入れてるんだろう。

でも、それは正直得体が知れないものに見えるから、やめたほうがいい。

「そんなに、食べるの」

やっと絞り出した声も、震えたかどうかすら定かでない。

「口が落ち着くのよ」

特に授業の後なんか。

聡実の言うことは、的を得ているのかもしれなかった。

高校の授業なんてものは、小学校低学年のように口々に発言をするわけでもない。

黙ってる口は、欠伸をするくらいにしか使いようがないものだ。

物凄いスピードで乾くような感じが、不快らしかった。

「ガムは、校則で禁止されてるものね」

「そうなの」

笑う聡実、掌に2粒。

「私さ、ガム飲んじゃうからあんまり食べないし」

掌に今度は3粒転がった。

「味なくなったら虚しくなるし」

小さいピンクのも、最近発売したらしい新商品も。

聡実はがぶがぶと、水を飲み込む要領で口にしていく。

言いすぎかもしれないが。

夕子には、そう見えたんだからしかたがない。

『気味が悪い、気持ちが悪い』

聡実が、とはその後に続かなかった。

続けなかった。

続けるのは、そうでない言葉だった。

タブレット菓子なんて言われてる、それが。

夕子にとっての恐怖感と不快感のもとなんだから、そう言えばよかった。

また瓶をあける音がする。

近くにいて夕子が思うのは、その音すらも怯える理由になりそうだということだった。

「食べる?」

「い、いらないよ!」

しまった、と思っても遅かった。

もうとっくのとうに口をついて出た言葉は、もちろん聡実の耳にも届いてるわけで。

「そっか」

聡実は簡単な返事をして、それからはただ過ぎる時間の中に二人がいた。

時間の中には、菓子を噛む少しの音が混じっている。

病気みたいだから、やめたら。

なんて言って止めたいくらい、と夕子は頭を抱えそうになった。


これまた、姉の話になる。

小児ぜんそくだった彼女が、今よりもさらに背丈の低かったころだ。

毎日嫌な顔もせずに、薬ばっかり飲んでいた。

風邪なんかひいた時にはそれがさらに増えるものだから、嫌なんだろうと思って夕子は見たものだ。

それでも、姉の目は虚ろだけれど決して涙をこぼしたりしなかった。

あんなものよく6個だとか8個だとか飲めるね、と言ったら笑って言う。

「飲めば、治るって思ってるから」

夕子の中で姉の言葉はぼんやりと、さっき聡実が言った落ち着くという言葉とかぶった。

聡実は別に病気ではない。

姉も、数年風邪すらひかずに元気に過ごしてる。

それでも、飲むことや口に入れることでなにかしらの安心感を得てる。

『これじゃ、病人と同じだ』

口にはできない。

だけど、夕子の気分はよくなかった。

喉の中で風が吹くような音がして、それを抑え込むように薬を飲む。

口が乾いてそれが不快で、無理に潤いを求めてタブレット菓子を噛む。

重なって、また気持ちが悪くなってくる。


夕陽が、教室を赤く染めるくらいに傾き始めた。

「そろそろ帰ろうか」

不意にかけられた声に、夕子が無言でうなずく。

1粒取り出して、噛む。

「……ごめん」

「気にしてないよ、心配かけて本当にごめんね」

聡実は昔からまわりに心配をかけたりするのを、人一倍嫌がった。

恩を返すのがめんどう、とかじゃない。

むしろきっちりとお礼をしないと気がすまないタイプだと思う。

そうじゃない。

聡実は自分のことなんか考えさせてごめんね、と言うのだ。

幼馴染なんだから、気にしないでよと夕子は言いたかった。

だけども、口にすると一気に薄っぺらくなってしまいそうで、怖くて。

嫌だったから、言えなかった。

姉妹同然に育ってきたようなものだと思いたいのは、自分ばかりだったのかもしれない。

いつも、いつも聡実は何重もの壁で他人との間に仕切りを作ってる気がする。

「ありがとって、言おうよそこは」

目を見ては、言えなかった。

見たら夕陽に照らされて目が潤んでる、なんて思われそうだから。

夕子の方を向いた聡実が笑った気がした。

笑うと、その人の近くの空気が柔らかく動くものだと夕子は思ってる。

今、聡実と夕子の近くにあった空気は本当に優しく夕子にあたった。

『聡実が笑うと、母さんやお姉ちゃんが笑うのと同じくらいにそうなるんだ』

「そうだね。ありがと夕子」

同じ一言なのに、こんなに暖かくなる言葉があると教えてくれたのも、聡実だった。

自分の口からでる「ありがとう」もそれくらい、優しくなればいいのにと思う。

同じくらい、聡実に伝われば嬉しい。

「あ、ゴミ箱」

聡実が見る先に、青いポリバケツが並んでいる。

えい、と女子にしては綺麗だと褒められそうなフォームで聡実が何かを投げる。

「聡実! は、入るの?」

「入らなかったら、掃除しなきゃ駄目だね」

愉快そうに笑う聡実の横顔が、また傾いた夕陽で少しだけ赤い。

夕子は投げたものが吸い込まれるように、ポリバケツの中に入ったのを見届けた。

それは過ぎた時間の中で、すっかり空になった瓶。

気味の悪いタブレット菓子をたくさん聡実に献上してた、あの瓶。

いつだか割ったほんとに薄いガラスのコップと同じような音がして、夕子は思った。

『瓶は、割れたんだ』

聡実はもしかすると、自分がそれを嫌だと思っているのをわかって投げたのかもしれない。

「……ナイス、コントロール」

呟くように称賛すると、また柔らかい空気が夕子にぶつかった。


「飴なんてどうかな、聡実」

ほら、飴ならおいしいし変なことも言われないよ。

軽くパスするように下手投げで渡したのが変な方向に飛んでいったけど、聡実は気にせずキャッチした。

ナイスキャッチ、と夕子はまた褒める。

体を少し揺らして聡実が笑った。

「うん、おいしい」

変なことってなんだかは、よくわかんないけど。

そう呟く口の中からは、水分が吸い取られた状態のような音がする。

タブレット菓子を噛む時みたいな音もその中に入ったみたいに、聡実の口から消えていた。

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