2、褒めてください
私は褒められたかった。
お母さんに「よく頑張ったね」って抱きしめて欲しかった。お父さんに「偉いぞー」って頭を撫でて欲しかった。
けれどそんな願い、所詮は夢物語だ。
小さい頃から私の家庭はとても厳しかった。
テストで100点は当たり前。順位は一位以外ありえない。
家に帰ったら勉強。友達と遊ぶだなんて以ての外。
だから友達と呼べる人なんて殆どいなかったし、私はいつも独りだった。
けれど、そんな生活が当たり前だと思っていたし、褒められる事なんて知りもしなかった。
でも、高校生のある時、私の価値観は変わった。
初めてできた友達に褒められたのだ。
私とその子で一緒に勉強中、ちょっと分からない所を教えてあげただけ……にも関わらず、だ。
けれどその時、私はどこかむず痒いような、それでいてどこか満たされたような、そんな初めての感覚を体験した。
それ以来「あの子に褒められたい」と、その一心で私は日々の学校生活を送っていた。
私が頑張ればその子は褒めてくれ、その子が頑張れば私は褒めてあげた。
そんな日々が、楽しくて、楽しくてしょうがなかった。
ずっと一緒に過ごせたらいいのに。
心から何度もそう願っていた。
けれどある日、その子は転校してしまった。
父親の出張だったらしい。
私は悲しさと寂しさが混ざったような何かに、いや、もっと複雑で暗い何かに呑み込まれているような、そんな感覚がした。
またあの子に褒められたい。
でも、それが叶う事はもうない。
そうしていつしか、私の中で「褒められたい」という欲求だけが肥大化し、それが私の行動力を支配するようになった。
褒められたい。たくさん褒められたい。
でも、親は褒めてくれない。
だから、誰か他の人でもいいから褒めてもらいたい。
けれど、どうしたら褒めてもらえる?
私は悩んで、悩んで、悩んで。
そうして、一つの結論を導き出した。
――私が褒めてあげたら、相手も褒め返してくれるかも?
確証はなかった。
でも、必ず誰かが褒め返してくれるはず。
そう信じて、私は「褒め屋さん」になった。
ある時は、一介の絵師を褒めた。
またある時は、バイト先で理不尽な目に遭った方の頑張りを褒めた。
そうして「褒め屋さん」を続けていくうちに、私は何十何百何千という人を褒める事になった。
そして、その度に「ありがとう」や「元気が出ました」といった感謝の言葉を貰った。
……けれど、どれだけお礼の言葉を言われても、私の心は満たされなかった。
勿論感謝されるのは嬉しいし、誰かの支えになれていると思うと、少し誇らしげな気持ちにもなる。
でも、だからといって、心の奥深くまで完全に満たされるなんて事はなかったのだ。
私が本当に欲しかったのは、一万人からの「ありがとう」じゃない。
たった一人からの「よく頑張ったね」だ。
例えるなら、ラストピースが埋まらないパズルのような――。
「……今日こそは誰か私を褒め返してくれるかな?」
そんな呟きを一つ溢し、私はアプリを起動する。
通知欄を見ると、三十件ほどのメッセージが表示されていた。
私は淡くも確かな願いを胸に秘めつつ、今日もまた「褒め屋さん」を始めるのだった。
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