第49話
シーリスが見守る中、戦いの火蓋が再び切って落とされたようだった。
「オクタヴィオ様、少しお話が」
「何ィ!? 手短に頼むよォ!」
シエルすぐにオクタヴィオに合流して、先程までの陽動作戦を彼に伝えていく。
「シーリスが事を成すまで私達は陽動になります」
伝え終わるや否や、転移門を開けるとその中へと飛び込むようにして姿を消す。
オクタヴィオがいる場所とは違う方から陽動を開始するつもりのようだ。
残されたオクタヴィオは相変わらず降り注ぐ空間棘の攻撃を避けていた。
「そろそろ体力より精神的に疲れが出てくるな……」
いくら避け続けているとはいえども相手は魔力の塊だ。
魔力波に触れればそれだけで浸食されてしまう可能性がある以上、油断はできないし、休む暇もないというのは精神的にも肉体的にも疲労が蓄積されていく一方であるからだ。
オクタヴィオは一度大きく息を吐くと気合を入れ直して前を向くのだが、そこで奇妙な違和感を覚えることになるのだった。
「なんだ? なんで攻撃の手が緩んだ……?」
今まで止むことなく降り注いでいた幾つもの空間棘がピタリと止み静寂が訪れたのだ。
「罠か……? いやでも何で今このタイミングで……?」
疑問を抱きながらも周囲を見渡してみるものの変わった様子はないように見える。
だがそれでも妙な胸騒ぎを覚えるのもまた事実であり、何かが起こってしまう前にここから離れた方が良いのではないかと思い始めていたその時であった。
突如として足元からせり上がってくるような気配を感じ取った瞬間、咄嗟に横に飛び退いた直後ーーー巨大な爆発が巻き起こる。
間一髪木々の影へと転がり込んだことで、怪我は免れたが地面に強く叩きつけられてしまう。
「いっつつつ……一体何が起こったんだァ!?」
打ち付けた箇所を擦りながら顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
なんと周囲の木々が全て跡形もなく消え去っている。
それだけではない、地面までもが大きく抉られておりクレーターのような窪みが出来上がっている。
「この消え方は空間系の魔法……じゃないな。 空間系ならもっとごっそりと消え去る筈だ。 となると」
辺りに漂う魔力の感じから見て、空間に揺らぎ無く爆発が起こっていた。
この事実から推察するにもっと他の魔法ーーーユイエが扱う『終の魔法』によく似ている。
「ユイエの魔法を扱える程に巨人の学習が進んでるってことか……っ!」
それが本当ならばあまりにもこちらに対して、マズい状況に追い込まれていることと同義であった。
ユイエが操る『終の魔法』は物や人を消し去る際、本人が消したい物を視認する必要があるが、理解度が深まれば深まる程手が付けられないことになってくる。
「どうする……! このまま逃げるか、それとも迎え撃つか」
そんなことを考えている間に、また一つ新たな異変が起こり始める。
「あれは何だ? ……黒い球体みたいな物が浮かんでやがるぞ」
よく見るとそれは、真っ黒な靄を纏った不気味な物体のようでゆっくりとこちらへと近付いてくるのがわかると背筋が凍るような感覚がした。
「ヤバい気がする!」
そんな予感めいたものが働いた次の瞬間にはその場から飛び退いていた。
その直後ーー黒球は急激に膨れ上がり、そして弾け飛ぶように四方八方へと魔力波を放ったのだ。
それに巻き込まれてしまった木々に黒い靄が付着していく。
靄が触れている所から、徐々に黒く変色して枯れ果てていった。
「おいおいおい! まさかこれ生命力みたいなもの奪えるのか!?」
それを見て驚愕の声を上げると同時に、背後から迫る気配を察知したオクタヴィオはすぐにその場から離れる。
これ以上、この場にいては如何にオクタヴィオと言えど命に関わると判断したからである。
しかし、そう易々と逃がしてくれる筈も無く追撃が来ることは明白だった。
「このままじゃジリ貧だな……」
オクタヴィオは自分の考えが甘かったことを悔やむ。
何とかなる、どうにでもなると考えていた自らの浅はかさを呪いたくなった。
仮にここで銃撃を行って、巨人の活動を停止させたとしても、その後に待っているものは膨大な量の魔力から放たれる大爆発であろう。
それこそ都市の一つや二つを軽く飲み込む程の量が眠っているに違いない。それを考えれば迂闊に手を出すことが出来なかった。
だからと言って、この場に留まり続けていればいずれは自身の身が危うくなるだけであることも理解しているため、オクタヴィオとしては一刻も早く打開策を見出さなければならなかった。
「いっそのこと俺が囮になってみるか?」
そうすれば少なくともシーリス達は安全だろうと考えだったが、それも却下される。
それはいくら何でも、自らが危険すぎる。
「くそったれ……!」
悪態を吐きつつも、必死に逃げ回ることしか出来なかった。
そして場所は変わり、慎重に巨人へと近づいていたシーリスはというとーーー
「うん……これは流石に想定外ですね……」
草葉の陰で愚痴を吐いていた。
何故なら目の前に立ち塞がるのは巨人ではなく、無数の黒い魔力波を纏った球体の数々であった。
それらは地雷のように空間にばら撒かれており、安易に近付くのは危険だと判断して迂回しながら距離を詰めていく。
「……それにしても数が多いですね」
進む度に数が増えていき、次第に避ける隙間が無くなっていくにつれて焦りが生じてくる。
もしこのまま走り続けていれば何時しか身動きが取れなくなり、そこを狙われてしまうかもしれないからだ。
「もう少し近付かないと駄目ですか」
シーリスは意を決して走る速度を上げると一気に駆け抜ける。
するとそのタイミングを狙ったかのように魔力球が一斉に襲いかかってきた。
「くっ!?」
咄嗟に身を捻って躱すことに成功するも、体勢を崩してしまい転んでしまう。
そこへすかさず追い打ちをかけるように次々と襲い掛かってきたので転がって回避を試みると、そのまま地面を転がるようにして距離を取った。
起き上がりざまにシーリスは指を打ち鳴らす。
「あっちに行ってください……!」
シーリスへと迫る魔法球は彼女の前でピタリと止まる。
そして、シーリスがいる方とは別の方向へ『導かれる』ように移動していく。
「これで少しは時間が稼げますね」
導きの魔法によって魔法球は、手頃な木に向かって導かれるように当たりに行く。
その間に巨人へと少しずつ近付き、魔法を使う準備を進める。
今のように魔法を導く分には問題はないが、あの巨人の中には数多の魔女の魔法が内包されていて、何処まで導けるのかはシーリスをしても未知数であった。
その為、確実に導く為には誘導先を決めてコントロールする必要が出てくる。
「成功するかな……?」
オクタヴィオの手前、出来ると行ってしまったことでシーリスに掛かるプレッシャーは相当なものになっている。
失敗した時の事を想像すると、シーリスの背中は凍り付く。
嫌な考えを振り払いながら、シーリスはとうとう巨人の足元付近まで近づくことに成功した。
「此処からは失敗が許されない一回勝負……。 ユイエさん、力を貸してください……!」
オクタヴィオ達が囮になってくれているからか、迎撃に使用されていた空間棘や魔法球の発生予兆は見当たらない。
シーリスは手早く巨人の身体へと手を触れて、指を打ち鳴らす。
「魔法の判別からーーー!」
『導きの魔法』が発動し、シーリスの魔力が巨人へと流れ込んでいく。
シーリスは元々魔力の多い方ではなく、巨人の身体全てを覆えるような魔力が残っているかは不安だったが、無理をすれば覆うことは可能だと判断した。
「後は私の腕次第……!」
しかし、そう易々と上手くいく筈もなく、すぐに異変が起こる。
突如、身体が熱くなり始めたのだ。
「これ……まさか……!」
思い当たる節があったシーリスはすぐに離れようとするも既に遅く、全身に激痛が走ると同時に吐血した。
「あぐっ……!?」
身体の内側から何かが這い上がってくるような不快感に襲われながらも、歯を食い縛って耐え忍ぶ。
それと同時に身体の奥から得体の知れない力が侵食してくるのを感じた。
このままではいけないと、急いで『導きの魔法』を解除しようとしたが間に合わずに意識が朦朧とし始める。
「そんな……! まだ……!」
意識を繋ぎ止めようと踏ん張ろうとするものの、その力すら奪われていき遂に倒れ伏してしまうのだった。
そんな時であるーーーシーリスが横たわる地面に扉が現れる。
「これは……転移門?」
扉が音もなく開くと、シーリスは転移門の中へ落ちていく。
シーリスは数瞬だけ浮遊感を感じるとーーー
「うおっとぉ!? シーリス!?」
そこはオクタヴィオの腕の中だった。
「大丈夫か!? 何があった!」
心配そうに覗き込んでくるオクタヴィオに対して、シーリスは小さく首を振ることしか出来なかった。
「分かりません……」
ただ、一つだけ言えることはシーリス自身の身体が変化していることだけだ。
全身が焼けるように熱い。
特にお腹辺りが燃えるように熱かった。
まるで何かを産み落とそうとしているかのような感覚だった。
「うぅっ……!」
シーリスは痛みに思わず呻く。
それでも何とか堪えていると、不意に痛みが和らいでいった。
同時に熱さも引いていき、呼吸が楽になっていく。
暫くの間、目を瞑っているとやがて完全に痛みが消えたのが分かった。
「シーリス、貴女侵食されましたね?」
シーリスが目を開ければいつのまにか側にいたのか、シエルが手を翳してシーリスに纏わり付く黒い魔力を転移門へと流している。
それを見ていたオクタヴィオもまたすぐ駆け寄ると彼女を抱き上げるのだった。
「何があった?」
心配そうな表情を浮かべるオクタヴィオにシーリスは力なく笑うとゆっくりと口を開く。
「多分ですが、私の中に大量の魔力が流れ込んできたんだと思います」
「魔力? 誰のかわかるか?」
「……多分、イザイアさんのものだと思います」
それを聞いて考え込む仕草を見せるオクタヴィオだったが、ふと顔を上げると再び質問をする。
「ユイエのは感じられたか?」
「いえ……急な侵食だったのでそこまではわかりませんでした」
申し訳なさそうに言うシーリスにオクタヴィオは気にするなと告げると、巨人がいる方角へ視線を向けた。
未だに木々を薙ぎ倒す音が鳴り響いており、巨人が動いていることがわかる。
「魔力の侵食でこっちの打つ手が無くなっちまったか。 さて、どうすっかねぇ……」
そう言って歩き出すオクタヴィオに待ったを掛けたのはシエルであった。
彼女は険しい表情を浮かべており、その瞳には強い意志が込められているように見える。
それを見たオクタヴィオは足を止めると真剣な眼差しを向けて問いかけた。
「どうした? 何かあったのか?」
その問いに答えるべく、シエルはゆっくりと口を開いた。
「この際、他の魔女を連れてくる事を進言致します。 魔法を弾く、又は逸らすなどの魔女はいないのですか?」
「いても多分無理だと思うぞ。 あの空間棘とかを避けてて、どんどん精度が上がってきてる。 しかもユイエの魔法のおまけ付きで、だ」
オクタヴィオ達の今いる状況は余りにも芳しくない。
攻撃は何とか捌けるが、頼みの綱の魔法を剥がす方法が絶たれてしまったのだ。
手札の少ないオクタヴィオ側ではどうしようも無かった。
アルスやフューリム、彼女達を呼んだとしても状況は変わらない。
オクタヴィオからしてみれば、シエルとシーリスでさえ、何があっても空間棘に晒すことだけは避けたかった。
「もう一度、私が行きます」
そんな中、静かに告げたのはシーリスだった。
その言葉に二人が驚く中、一番最初に反応したのはオクタヴィオだった。
「馬鹿言うな! 侵食されるかもしれないんだぞ?」
「わかっています」
だが、それでも尚シーリスの意思が変わることは無かった。
そして、それは彼女の表情からも見て取れることだった。
覚悟を決めた者の顔とはこういうものなのだろうと思わせるほどに強く真っ直ぐな瞳で見つめられてしまえば、それ以上は何も言えなくなってしまう。
オクタヴィオは大きくため息を吐くと肩を竦めた。
「……分かったよ」
「オクタヴィオ様……」
嬉しそうな笑みを浮かべるシーリスの頭をポンポンッと撫でると彼は改めてシエルの方へと向き直った。
すると今度は逆に彼女が溜息を吐き、首を横に振る番になったようだ。
「はぁ……仕方ありませんね」
諦めたような言葉とは裏腹にその表情はとても穏やかなものだった。
(この二人は短い付き合いですが、信頼し合っているようですね)
そんな二人の様子を目の当たりにして、何故か羨ましいと思ってしまった自らに驚きつつもそれを悟られないよう努めて冷静に振る舞うことにしたシエルであった。
「それじゃ、さっきは別々で動いていたけど今回は三人で動こうかね」
オクタヴィオがそう言うと早速行動を開始する一行。
「作戦はさっきと変わらず俺が魔法を引きつけつつ、シーリスがユイエとイザイアの魔力特定、シエルはシーリスに向けられる魔法を防いでくれ」
そして、その言葉を皮切りに一斉に動き出した。
まず、オクタヴィオが駆け出すとそれに続いてシエルも走り出す。
その動きに合わせて地面から無数の黒い空間棘が出現し、次々と襲い掛かってくるのだが二人は巧みな動きで躱していく。
その様子を横目で確認しつつ、シーリスは再び周囲に意識を集中させていくのだった。
「……ぐっ!? 早速きましたね……!」
魔法に対するカウンターなのか、シーリスの魔力波を辿ってきたのかは定かではないが、黒い魔力波がシーリスへと襲いかかる。
だが、一度受けた攻撃なら我慢することはできるようで、シーリスは歯を食い縛りながら耐えていた。
その様子を見たオクタヴィオは焦るが、落ち着かせるように小さく息を吐いた。
「(今のところ、順調だな……後はこの魔力の侵食さえどうにか出来れば……)」
そう思いつつ、オクタヴィオは迫り来る魔力波をベティで撃ち抜いていく。
しかし、それも一時凌ぎにしかならず、すぐに次の魔力波が襲いかかってくる。
そんな攻防を繰り返しながらも、確実にシーリスの『導きの魔法』は巨人の内からユイエとイザイアの魔力波を探し当てていったのである。
「……見つけた!」
遂に目的の人物達を見つけ出したようで声を上げるシーリスだったが、それと同時に彼女もまた危機的状況に立たされる。
「ーーーーッ!!」
今まで以上に強力な魔力を込められた魔力球が複数出現しており、それらが全てシーリスに向けられていることに気付いたからだ。
その光景を見た瞬間、シエルの表情が強張ると同時に思わず声を上げてしまう。
「いけない! 逃げて下さい!」
このままでは巻き込まれるのは明白であり、最悪の場合は命を落とす可能性もあるだろう。
すぐに転移門を開こうとしてーーーシーリスの側へ影が躍り出る。
「油断するなッ! 少し下がれッ!」
オクタヴィオは魔力球が向かってくる数瞬、ベティのシリンダーに弾を込めて魔力球へと標準を合わせる。
シーリスへと向かう魔法球に一発目、二発目が命中するが、すぐに危険と判断したのか、三発目を発射する前にシーリスを抱えてその場から離れることに成功する。
「大丈夫かシーリス」
「ごめんなさい、助かりました」
気遣いを見せるオクタヴィオに対して、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするシーリスだったが、今はそんなことをしている場合ではないと思い直したのか再び意識を集中し始める。
それを見たオクタヴィオは小さく頷くと、自身もシエルがいるであろう場所までシーリスを抱えたまま引いていく。
そして、オクタヴィオはそのままシエルの近くに着くとシーリスを下ろした。
「首尾は上々、後はシーリスの解析が終わるのを待てば良いだけだな」
そう言いながらも警戒を解くことはないオクタヴィオを見て、シエルも同じように辺りを警戒しつつ頷いた。
「えぇ、そうですね。 でも念の為です、もう少し下がっておきましょう」
そうして更に後退すると、ようやく落ち着いたのかシーリスが小さく息を吐いていた。
その様子を見たオクタヴィオは安堵の息を吐きつつシーリスに話しかける。
「それで、ユイエとイザイアの反応は?」
その問いにシーリスは無言で頷く。
「大丈夫です、場所は掴めました。 ですが……」
「どうした?」
言い淀んだシーリスに対し、怪訝そうな表情を浮かべるオクタヴィオ。
そんなオクタヴィオに向かってシーリスは意を決して答える。
「……予想はしていました。 あの二人がどのような状況だったのか。 今、2人はあの巨人の核になる場所にいます」
2人が囚われているのは予想通りだったのだが、問題はその位置だった。
それはつまり、彼女たちもまたあの巨人の一部として取り込まれてしまっていることを意味するのだからーー。
3人の間に沈黙が流れる中、オクタヴィオは口を開いた。
「それなら話は早いな、さっさと救出しようぜ? あの2人のことだ、何かしらの取り込まれないような対策はしてあるだろう」
そう言ってオクタヴィオは不敵な笑みを浮かべる。
その表情からは余裕すら感じられる程であり、本当に心配などしていないかのようだった。
それを見てシーリスは思わず苦笑してしまうが、同時に安心感を覚えることができたのも事実であった。
「ふふっ、確かにその通りですね。 では行きましょうか、ユイエさんとイザイアさんを助けに」
そう言うとシーリスは自分の頬を両手で叩いて気合いを入れる。
「よしっ、じゃあ行くか!」
それに続いてオクタヴィオ達も行動を開始することにしたのだった。
感想や評価がありましたら、作者のモチベーションに繋がりますのでよろしくお願いします!
後、誤字や脱字があったら教えてくれると助かります。




