第47話
「あっぶなかったぁ……。 何であんなに人を貶めるような戦法が考えられるのか不思議でしょうがないわ……」
穴から抜け出してきたオクタヴィオは、全くもって人の事を言えないのを自覚し、城の上階への道を歩きながら愚痴を零し続けていた。
コルネリオが最後に何かしらを仕掛けてくるのは、過去の出来事を顧みれば容易に想像出来ることだ。
だからこそ裏がある事を加味した上で行動したのだが、それでもギリギリだったことに変わりはない。
もし少しでも遅れていたら、今頃どうなっていたか想像するだけで背筋が凍る。
そんな事を考えている内に上階への階段が見えて来たので、オクタヴィオはそのまま駆け上がっていく。
(それにしても妙だな)
階段を登りながら考える事は現在の状況である。
シエルが放った魔物がどうなっているのかは定かでは無いが、幹部勢がコルネリオしか出てこないというのは考えにくいということだ。
ゾルダートは別れた後から何処に行ったのかは不明だが、あの様子を見る限り手を出してくる可能性は少ないだろう。
問題は残りの魔女、アルテミシアだが……。
その時、上から誰かが降りてくる気配を感じ取り足を止めるとオクタヴィオは視線を向ける。
「おや、まさか戻ってくるとは思いませんでした」
そこに居たのはシエルであった。
彼女は綺麗な佇まいでオクタヴィオを見下ろしている。
そんな彼女に対して肩をすくめると、オクタヴィオは言った。
「……とりあえず、探す手間が省けたのかね。 出来ればアンタとは戦いたくないんだが」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の眉がピクリと動くのが見えた。
「話に聞いていた通り、魔女……というより女性でしょうか。 手を出す事を極度に嫌うのですね」
「当たり前だろ。 綺麗で可愛い娘を怪我させるのは男としてやっちゃいけない事だからな」
「お上手ですね」
口元に笑みを浮かべる彼女に対し、オクタヴィオも同じように笑って見せた後言葉を続ける。
「さて、そろそろそこを退いてくれないかお嬢さん? まだお喋りに講じたい所だけど、先約が待っているんでな」
そんな彼の言葉に対して彼女もまた微かな笑みを浮かべたまま答える事にしたようだ。
ゆっくりと手を広げると同時に魔力を放出し始めると、周囲の空間が揺らぎ始める。
転移門が開き、それと同時に銀色の魔力波がオクタヴィオの肌を撫ぜる。
「……アルテミシアみたいな空間型ってのは厄介だなぁ」
以前戦った時と同じタイプの相手だけに油断ならないと考えつつ、彼は腰に下げているホルスターに手を掛けーーーすぐに離した。
「……ここまで来てまだ銃を抜きませんか」
「悪いけど、ベティは抜きたくないんだ」
お互い言葉を交わした後、同時に動き出す。
先に動いたのはシエルの方であり、彼女の周りに幾つもの転移門が現れると次々に開き、その中へとシエルは姿を消した。
「その転移門はそんな使い方できるのか! 厄介だなぁ!」
感心している暇は無いとばかりにオクタヴィオは転移門の側からすぐに離れる。
シエルの戦い方は転移門から転移門を潜って撹乱したり、魔物を呼び出したりするスタイルだ。
つまり彼女が現れる場所はランダムなので、常に警戒しておかなければならないのである。
それ故にオクタヴィオとしては銃を抜いて応戦したいところなのだが、どうしても躊躇ってしまうのだ。
それは過去に決めた一つの掟だが、それを知らないシエルにとっては理解できない感情だろう。
可愛い娘を傷つけることはオクタヴィオの中では死と同義なのだから。
奪い、奪われる事を当たり前だと思っていたからこそ、今目の前で戸惑っているオクタヴィオを見て、シエルは普段感じない苛立ちを微かに覚え始めていた。
「何を迷っているのですか? さっさと私を殺さないと間に合わなくなりますよ」
「間に合わない……? やっぱり上でヤバいことが起こっているんだな? それにさっきから感じているこの違和感の正体は何なんだ?」
そう言いながらも視線は周囲に向けられていることから、まだ完全に把握できていないのだろうと判断したシエルは彼に説明する。
「現在、イザイア様が計画の最終段階を進めております。 それの余波が魔力波を伴って辺りに溢れかえっているのです」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオの表情が驚愕に染まるのが見えた。
やはり知らなかったのかと、シエルは更に言葉を続けていく。
「コルネリオ様が話していたと思いますが……ユイエ様もこの城の最上階、そこでイザイア様と共に計画を進めております」
それを聞いた途端、オクタヴィオの表情が変わるのが分かった。
もうこれ以上話す必要も無いだろうとシエルが判断すると、今度はこちらが攻撃を仕掛ける番だと宣言するように口を開く。
「攻撃なされないのであれば仕方ありませんね……」
そう呟くと共に再び転移門を開くと、そこから鋭く細い棒状の物が一直線にオクタヴィオへと放たれる。
「ッ!?」
オクタヴィオが瞬時に顔を逸らすと、背後の壁に当たり、軽い音を立てて貫通する。
ドロリと逸らした方の頬から血が流れ出る。
オクタヴィオが恐る恐る触れると、自らの血とーーー
「……これは水、か?」
無色透明な水が、オクタヴィオの頬に付いており、指で拭って確かめると確かに液体だった。
そしてもう一度転移門の向こうから放たれた物を見てみると、そこに有ったのは紛う事なき水であった。
「なるほどな……こりゃあ一筋縄ではいかない訳だ」
シエルが使用する魔法の数々を目にしたオクタヴィオだったが、それでも尚彼の表情が変わることはなかった。
「当たったら即死級なんてモノは結構見てきたけど……これは断トツだな。 貫通したら流石に一発で終わりだ」
どうするかね、とオクタヴィオはシエルを見た。
シエルも余力があるのか、そういった使い方をしても消費は少ないようだ。
戦闘が長引けば集中力が切れて滅多斬りにされる可能性も高くなるので、早めに決着を付けたいところである。
「どうしたもんかねぇ」
思わず口に出してしまう程に悩むオクタヴィオであったが、その間にもシエルの攻撃が飛んでくるので気が抜けなかった。
(とにかくまずはシエルちゃんの動きを止めないと話にならない)
その為にはまず目の前の障害を取り除かねばならないと考えた彼は、即座に行動に移す。
オクタヴィオは的を絞らせないように通路内を駆け回っていく。
右、左、前、上、後ろから縦横無尽に水流のカッターが迫ってくるのを感覚を頼りに躱していくと、そのままシエルの居る場所まで接近することに成功する。
しかし、その瞬間を待っていたかのように横から槍のような水の刃が出現し、咄嗟に身を捻って避けるものの、僅かに脇腹を切り裂かれてしまう。
「ーーーッグ」
痛みで顔を歪めるが致命傷ではない為、気にせず走り続ける。
そんな彼を嘲笑うように次々と現れる攻撃を時には避け、ある時は大きく跳躍し、壁や天井を蹴って方向転換することで何とか避けて行く事が出来ていた。
そんな動きを見せられて驚くのは当然ながらシエルの方であり、彼の身体能力の高さにも驚かされていたのだが、それ以上に驚きなのは銃弾すら使わずここまで生き延びているという事であった。
普通なら有り得ない光景だが実際に起こっている以上認めるしかないだろうと思い直し、次の一手を考えるべく思考を張り巡らせる。
「弾丸と同じかそれ以上の速度で放たれる水を避けるその勘……貴方は獣か何かですか?」
「可愛い娘の前なら男はいつだって獣さーーーっとぉ!? 話してる最中にそれ放つの辞めない!?」
オクタヴィオが軽口を叩きながらもシエルの攻撃を避け続ける姿は見事と言う他ないだろう。
とはいえこのまま続けていても埒が明かないと思ったのか、ここで初めてオクタヴィオは反撃に出る。
「ちょいと頑張ろうか」
(ーー来る!!)
シエルが直感的に危険を察知したのか身構えるとほぼ同時に背後に現れた気配に対して、反射的に身体を横に逸らす。
すると先ほどまで立っていた場所に何かが垂れ下がっていた。
「これは……カーペットを繋いだ即席のロープ?」
「ご明察、さっきのカッターで切れ端がたくさん出てたからな。 それを身体に隠しながら結ばせてもらったって訳。 まあ、強度はお察しだがね」
そう言いながらもニヤリと笑う彼の顔を見た瞬間に背筋に冷たいものが走るのを感じたシエルは直ぐにその場から飛び退くが、そこには既に先回りしていたオクタヴィオが待ち構えていた。
咄嵯に転移門に潜り込むことで距離を稼ごうとするシエルだったが、それも読んでいたと言わんばかりにロープを使い足を仕掛けられてしまう。
「きゃっ!?」
体勢を崩したところを見逃さずオクタヴィオはシエルの腕を掴み取ると、一気に引き寄せてから抱きかかえるような形で拘束してしまうのだった。
「なっ!?」
突然のことに戸惑いを隠しきれないまま呆然とするシエルを優しく諭すようにオクタヴィオは語り掛ける。
「手荒な真似でごめん。 こうでもしないと止められなかったもんでな」
申し訳なさそうにしながらも、しっかりと彼女を離さないように、されど痛まない程度に力を込めている辺りオクタヴィオの気質が見て取れる。
そしてそんなオクタヴィオの行動によって自らが動揺していることを自覚してしまったシエルは、表情を表に出さず冷静に努めて言葉を紡ぐことにした。
「……何のつもりですか? 私を辱めるつもりでしたら無駄ですよ?」
「何でそうなるの……。 だから言ってるでしょうに、俺は君を傷つけたい訳じゃないんだって」
呆れた様子で溜息を吐くオクタヴィオを見て、シエルは少しだけ警戒を少し緩めた。
その様子を感じ取ったのだろう、好機とばかりにオクタヴィオは言葉を続ける。
「……それにだ、アンタみたいな美人さんを傷つけるなんて俺には出来やしないよ」
「……つくづく甘い人ですね」
そう呟くと同時に小さく笑みを浮かべるシエルだったが、その表情の変化に気付いた者は誰もいないようであった。
その後暫くの間沈黙が続いていた二人であったが、やがてオクタヴィオの方から口を開く。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
唐突に投げ掛けられた質問に対して怪訝そうな表情を浮かべつつも、シエルは答える。
「……どうぞ」
短く返された言葉を受けてから、オクタヴィオはゆっくりと口を開く。
「今、上の階で何が起こってるんだ? 雰囲気からヤバいことが起こってるのはわかる。 これがこのまま続くとどうなる?」
その問いかけに一瞬躊躇う素振りを見せた後、シエルは答えた。
「……恐らくですが、このまま行けば人の世界は終焉を迎えることでしょう」
その言葉に込められた意味を理解したのか、オクタヴィオの表情が曇るのを見て更に続けた。
「イザイア様は魔女ではない者達を消し去り、魔女にとって生きやすい世界を作り出すと仰っていました」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオの中で全てが繋がった気がした。
「消し去る……もしかしてユイエの魔法が必要になるってことか……?」
300年前の街一つ全て消し去ったユイエの魔法は、現在を生きる人を選んで消すことなど造作もないことだろう。
「詳細な所は私もわかりかねます。 ですが、キーになるのはオクタヴィオ様、ユイエ様、そしてシーリスと聞き及んでおります」
オクタヴィオはその言葉を聞くと考え込むように黙り込む。
シーリスが鍵になると言うのはわかる。
しかし、ユイエもそうなのかと言われれば疑問が残る部分があるからだ。
楽園を作ると言うイザイア達の理想の果ての後、全てを終わりにできるユイエはどうなるのか。
そんなことを考えているうちに、オクタヴィオはふとある考えが浮かぶ。
「待てよ……?」
もし仮に、ユイエの魔法を自ら暴走させることで存在そのものを終わりにすると言うことができるのなら。
オクタヴィオが考えている通りのことが起こった場合どうなってしまうのだろうかと考えた時、一つの結論に至ったのだ。
「かなり不味い状況ってことか……」
そこまで考えたところで不意に扉が開く音が聞こえてきたのでオクタヴィオが視線を向けると、そこにいたのは転移門から顔を覗かせた魔獣、魔物達であった。
「えぇ……これ以上のおかわりはいらないんだけど? シエルちゃん、まだ諦めてない感じ?」
いい加減見飽きたと言ってもいい程の魔物達を前に、オクタヴィオは腕の中に収まるシエルに問いかける。
「……違います」
「へ?」
シエルも氷のような表情を崩し、心底信じられないと言うように転移門を見つめる。
「私は門を開いていません……!」
「次から次へとイベントが目白押しってか……?」
そう言っている間にも次々と現れる魔獣や魔物の群れを前にして、オクタヴィオは深い溜息を吐いた後覚悟を決める。
「やるしかないみたいだな……。 シエルちゃんはーーーこのままでいいか」
そう言うと同時に、オクタヴィオはシエルを構えて走り出す。
「結構いるなァ!? 一体何匹いやがるんだよ!?」
悪態を吐きながら、それでも襲い来る魔獣と魔物の大群を相手にしながら応戦を続けるオクタヴィオ。
そんな乱戦の中でさえ、横抱きにしているシエルを気遣う余裕がある辺り流石と言えるだろう。
「ちょっとぉ!? これどうなってんだよ!」
「私に聞かれても困ります!」
お互いに言い合いながらも次々に迫りくる敵を迎撃していく二人は、いつしか上層に繋がる扉の前まで辿り着いていた。
「流石にもういないか……? いや、油断しない方が良さそうだ」
勘を頼りに辺りを確認しつつそう呟くオクタヴィオに対し、腕の中で大人しくしていたシエルが口を開いた。
「オクタヴィオ様、あれを見てください」
指差す先にある光景を見た途端、オクタヴィオは絶句した。
そこにあったのは深い、深過ぎる闇の塊であった。
リスタルの研究所や、コルネリオと戦った側に存在していた闇がオクタヴィオ達の前にある。
闇の魔力塊が陽炎のように蠢いているのを見て、オクタヴィオはシエルに視線を向けた。
「アレは一体なんなんだよ……」
「アレは、溢れ出た余剰魔力が行き場を無くして彷徨っているのです。 触れると魔力波に侵食されて一部にされますよ」
シエルの言葉にオクタヴィオは触れようとしていた手を急いで引っ込めると改めて目の前に鎮座するモノを観察することにしたようだ。
「触れたらアウトってことは触らなきゃいいんだろう?」
「どちらにせよ、近くにある物を手当たり次第に侵食していくので気休めにすらなりませんよ」
そう言いながら肩を竦める仕草を見せるシエルだが、その目は真剣そのものであった。
「それにしてもこの量は異常だな」
先程よりも濃くなった闇を見つめながらオクタヴィオは溜息を漏らすしかなかったのである。
(これは本格的にマズいかもな)
内心でそんなことを思いながらも打開策を考えるが何も浮かばず頭を悩ませていると、シエルから声をかけられたことで思考が止まる。
「先ずは上階へ向かいましょう。 オクタヴィオ様はイザイア様に会わねばなりません」
その言葉に頷くとオクタヴィオ達は上層へと続く階段を登り始めたのだった。
「そろそろイザイア様がいる場所に到着致します……」
あれから何度かの戦闘を経てようやく目的地が見えてきたことに安堵しつつ、オクタヴィオ達は慎重に歩を進めていた。
「ここから先は注意して進まないといけませんね」
そう言うシエルの表情はどこか険しいものがあった。
それも当然と言えば当然のことである。
何故なら、この先から暗い魔力波と悍ましい黒い魔力波が感じられるからだ。
暗い魔力波はユイエのモノであることは明白だが、その悍ましい黒い魔力波は普通に考えればイザイアのモノだろう。
「……空気が重苦しくなってきたな」
冷や汗を流しつつも何とか平静を保ちつつ歩みを進めるオクタヴィオだったが、次の瞬間目の前に広がる景色を見て唖然としてしまうことになる。
それはーー
「こりゃあ、凄いな……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう程にその光景は圧巻だった。
部屋を埋め尽くす程に広がる夥しい数の触手のような影、そしてそれらを取り囲むようにして蠢く黒い影があったのだ。
それらまるで血管のように脈打っているのが分かる程であった。
そしてその中心には一際大きな影が存在しており、それが何なのかを理解するまでに時間は掛らなかった。
「あれは……まさかユイエなのか?」
オクタヴィオの視線の先にあったのは大きな魔水晶に封じられているユイエの姿で、側にもう一つ人影が見えた。
「ーーーイザイア様!」
そこに居た人物を確認した瞬間、咄嗟に叫んだシエルの声に反応するかのように振り返った人物ーーーイザイアはオクタヴィオを見て恍惚とした表情を向けてきた。
その顔はとてもじゃないが良いとは言えるものではなく、寧ろ狂気的、狂愛的と言っても良いものだった。
「……あはぁ♡ ようやく来てくれたんだ、オクタヴィオ。 ほら、見てご覧よ」
そう言って両手を広げるイザイアの姿はとても扇情的に見える。
オクタヴィオ達と会う前に戦闘があったのか、身につけていたであろうスーツが所々破けており、その間から見える白い肌からは血が滲んでいるのが確認できた。
そんな状態にも関わらず嬉しそうな表情を浮かべているイザイアに対して、オクタヴィオは一息ついてから一歩踏み出す。
「オクタヴィオ様! それに触れてはーーー」
「大丈夫」
慌てるシエルに対し、安心させるようにそう言うとオクタヴィオは更に一歩を踏み出した。
それを見たイザイアの表情が喜色に染まるのを見たシエルは制止しようと手を伸ばすが、それよりも早くオクタヴィオの手がユイエを捕らえている魔水晶に触れた。
「ッ!?」
その瞬間、魔水晶が光を放ち始めるとそこから伸びた無数の手がユイエの体を触れていくとそのまま同化するようにしてユイエの身体へと消えていく。
その様子を見ていたオクタヴィオは一瞬顔を顰めるが、すぐに真剣な表情になると口を開いた。
「イザイア、これはなんだ? 何が起こってるんだ」
そう問いかけるオクタヴィオにイザイアは嬉しそうに、微笑ましそうに、祝福するように告げる。
「オクタヴィオ、これから始まるんだよ。 魔女による魔女の為の世界が。 手痛い反撃はあったが、必要なモノは全て揃った。 後は邪魔な人々を消し去るだけでワタシのーーー我々の楽園は完成する!」
「……そうかい、お前さんには悪いけどユイエを返してもらいたいんでな。 ほんの少し、手荒になるぞ」
そう言ってオクタヴィオは姿勢を低くし、ホルスターの側に手を置いていつでも抜き放てるようにする。
対するイザイアは余裕のある笑みを浮かべながら口を開く。
「ふふ、面白いことを言うじゃないか。 君が、小細工をしない状態でワタシに勝てると思っているのかい?」
その言葉を聞いた瞬間、一気に距離を詰めるとイザイアに向かって手を伸ばす。
しかし、それを予測していたかのように後方に飛び退くことで躱されてしまった。
それと同時に伸ばされた影の触手をベティで撃ち抜きながら距離を離す。
「流石に簡単には捕まってくれないか……。 前回の賭け事の時は結構手を抜いていたな?」
「そっちこそ。 影を撃ち抜くスピードだなんて前と比べ物にならないじゃないか」
お互いがお互いの力量を測りながら軽口を叩き合うと、再度武器を構えて向き直る。
「なあ、一つ聞いていいかい?」
ふと何かを思い出したのか、オクタヴィオは徐ろに問いかけた。
それに対してイザイアも答える。
「なんだい?」
「本当にその楽園とやらが、こんなことをした先にあるのか?」
その問いに一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、小さく噴き出すとイザイアは声を上げて笑い始めた。
オクタヴィオが突然のことに呆気に取られていると、一通り笑い終えた後で目元を指で拭いながらイザイアは謝罪の言葉を述べる。
「ああいや、すまないね……。 余りにもおかしなことを聞くものだからつい笑ってしまったよ……。 いやね、別にふざけてる訳じゃないさ……ただね……」
「ただ?」
「魔女達は同じ人によって迫害され続けてきた。 ただ魔法が使えるというだけで、それだけの違いで害を及ぼす存在として扱われている。 ワタシ達はそれを甘んじて受け入れていたんだ。 それを嫌がれば孤独が待っているから」
イザイアはまだ話を続ける。
「どうして、同じ人なのにこうまでされなければならない? ワタシ達だって一角の幸せを、夢を願っても良いじゃないか。 それを邪魔する人がいるならどうにかするしかない。 だけどーーー君が現れた」
そこでイザイアは一度言葉を切るとニヤリと笑みを浮かべつつ続けた。
「……君は違ったんだよねえ♡」
そんな台詞と共に向けられた視線を受けて背筋を震わせながらも警戒を強めるオクタヴィオだったが、次の瞬間には背後に気配を感じ取ると同時に横に飛び退いたことで間一髪避けることに成功する。
「君は違ったんだ。 魔女の事を考えてくれた。 迫害されるしかなかったワタシ達の事を想ってくれた。 無事を願ってくれた。 守ってくれた。 そして、愛してくれた。 それだけでワタシ達は救われた」
影の攻撃は話が進むにつれて過激になっていく。
まるで自らの想いを吐露するかのように、一つ一つの言葉が込められていき、それに伴って攻撃も苛烈さを増していった。
(おいおい……まさかとは思うが……)
その光景を見たオクタヴィオの中で一つの結論が生まれた。
それはあまりにも突拍子もないものであり、本来であれば考えすらしないことだっただろう。
だが、今のこの状況下において目の前の出来事が何よりも雄弁に物語っていることだった。
「俺がしてきた事が、積もりに積もってこうなったってことか」
「そうだよ。 だからこの後の事のために、少し眠っていてくれ」
先程までとは比べものにならない程の密度を誇る影が、一斉に襲いかかってくるのを見て覚悟を決めると大きく息を吸い込む。
「ーーーそれでも、ここでお前さんを止めなきゃあの時の繰り返しになっちまうだろ!」
気合いを入れる意味を込めて叫ぶと、それに呼応するようにして影が襲い掛かってきた。
四方八方から迫り来る攻撃をギリギリで避けつつも、隙を見て反撃を試みる。
「くっ……! はぁッ!!」
だがそれも叶わず逆にカウンターを受けてしまう結果となってしまったのだが、幸いにも致命傷には至らず傷自体は浅いものだったため行動に支障が出るほどのダメージではなかったようだ。
そんな攻防を繰り返している内に徐々にではあるが、オクタヴィオの動きが少しずつ鈍り始める。
魔女協会に来てから連戦に次ぐ連戦で、ここに来て集中が切れてきたのかもしれない。
その証拠に、今までであれば難なく避けられていた筈の影の攻撃を掠るようになり始めていたのだから。
「オクタヴィオ……頼むよ、これは君の為でもあるんだ。 何も考えず、そのままでいてくれれば悪いことにはならない」
「そうやって他人に判断を委ねたら、取り返しのつかない事になっちまうだろ……! あの時のように……!」
300年前は自らの行いによって街一つ、そこにいた人々の人生さえも『終わらせて』しまった。
だからこそ、オクタヴィオは疲れたという理由だけで止まることはできない。
もうあんな悲劇を繰り返してはならないのだ。
その為には今この場でイザイアを止めるしかないのである。
そんなオクタヴィオの決意を込めた視線を向けられたイザイアは、静かに目を閉じるとポツリと呟くように言った。
「……わかってほしかったよ。 本当に……」
するとイザイアの体から黒い魔力が溢れ出し始め、それが次第に形を成していくのが分かる程濃密なものへと変化していくのが分かった瞬間ーー
「ーーーまずっ!?」
凄まじい衝撃波が発生し周囲にあるもの全てを吹き飛ばす。
そしてその衝撃の中心に立っていたイザイアは、ユイエが入れられている魔水晶にそっと手を触れる。
暗い魔力と黒い魔力が混ざり合い、空間が揺れ始める。
「さてと……まずはオクタヴィオに眠ってもらおうか」
そう呟いた彼女の顔からは笑みが消えており、冷たい視線がオクタヴィオに向けられる。
しかし、オクタヴィオはそんな状況でも諦めることなく立ち向かう姿勢を見せていたためか、その表情はどこか楽しげであったように見えたのだったーーー。
感想や評価がありましたら、作者のモチベーションに繋がりますのでよろしくお願いします!
後、誤字や脱字があったら教えてくれると助かります。




