第45話
転移門によって魔女協会の城へと連れてこられたユイエとシーリスは、そこで待っていた者達に連れられて応接室ーーー少し前までオクタヴィオとイザイアが話し合っていた部屋へと案内された。
ユイエは部屋に入った瞬間、澱んだ魔力の波が肌を撫でていくのを敏感に感じ取ると顔を顰めてしまう。
「この部屋の空気、最悪だわ」
ユイエは吐き捨てるように言いながら、部屋の中を見渡す。
部屋に居たのはイザイア、シエルの二人であった。
イザイアはソファに腰掛けており、シエルは側で控えている。
「ようこそ、魔女協会へ。 魔女である貴女を歓迎しよう」
イザイアはユイエ達を見ると、歓迎の言葉を述べる。
それに対して、ユイエは嫌悪感を隠す事無く言い放った。
「こんな場所に連れてきて、どういうつもりかしら」
ユイエが鋭い視線をイザイアに向けながら詰問するが、それを気にする事なく彼女は答えた。
「まあまあ、先ずは落ち着いて話をしようじゃないか」
そう言って、テーブルに置かれたティーカップに手を伸ばすと一口飲む。
優雅な動作で喉を潤すと、静かにソーサーの上に置いた。
そして、優しげな笑みを浮かべて見せる。
しかし、その瞳の奥には隠しきれない程の邪な心が宿っている事をユイエだけが見抜いていた。
ユイエはその態度に不快感を覚えながらも、大人しく従う事にしたようだ。
隣に座るシーリスも同じ気持ちだったのか、何も言わずに黙っているだけである。
その様子を満足そうに眺めながら、イザイアは再び口を開いた。
「さて、まずは自己紹介から始めようか。私はイザイア、この魔女協会の長を務めている者だよ」
「そう、なら私の事も知っているわよね」
ユイエの問い掛けに、イザイアは頷く。
「勿論だとも、君は『始まりの魔女』と呼ばれているんだろう?」
「よく知ってるわね。 そんな昔の呼ばれ方」
「こちらも長く生きていないんでね……色々と調べさせてもらったよ」
そう言って、イザイアは紅茶を口に含むと一息吐くように息を吐き出した。
そして、今度はシエルの方に視線を向けると声を掛ける。
「シエル、君も挨拶を」
その言葉に促される形で、シエルもまた口を開く。
「かしこまりました」
小さく頷くと、シエルは立ち上がった後にお辞儀をする。
その際に長い銀髪が揺れ動き、ふわりと甘い香りが漂う。
「はじめまして、始まりの魔女様。 私の名はシエル、貴女様より後に産まれた魔女で御座います」
その仕草はとても美しく洗練されており、見る者を魅了するような美しさがあった。
「ふぅん? 空間に作用する魔力波……ここに来る時に通った門は貴女が出した転移門かしら」
「流石ですね、その通りです」
ユイエの言葉に感心するようにシエルは頷く。
その姿を見たユイエは少し考える素振りを見せた後、質問を投げ掛けた。
「それじゃあ一つ聞くけど、私達をここに連れてきた目的は何?」
ユイエの質問に、イザイアは笑みを浮かべたまま答える。
「君に頼みたい事があるからさ」
「……何をさせるつもり?」
警戒を強めるユイエに対し、イザイアは肩を竦めて見せた。
「別に難しい話じゃないさ。 ただ私達に協力して欲しいだけなんだよ」
そう言って、イザイアはテーブルの上に置かれた水晶を指差した。
そこには、無色透明な球体の中にオーロラの様な波が映っている。
それを見て、ユイエは小さく息を呑んだ。
「これは……」
「そう、君も何処かで見たことがあるだろう? 魔法を込められて出来た魔水晶さ」
そう言って、イザイアは満面の笑みを浮かべる。
そんな彼女とは対照的に、ユイエの表情は微かに険しくなっていった。
(この女、何を考えているのかしら?)
ユイエは訝しげに思いながらも、警戒心を高める事は忘れない。
一方、そんな二人のやり取りを見ていたシーリスは縮こまるように身体を小さくしていた。
「ああ、君にも言うことがあったねシーリス。 君の導きの魔法はワタシ達の進むべき先をここまで進ませてくれたよ」
そう言われた瞬間、シーリスの肩が小さく震えるのが見えた。
ユイエはイザイアが話す言葉の意味、そしてシーリスが魔女協会側の魔女である事を確信する。
元々何処かの末端の者だと薄々気付いていたユイエであったが、まさか魔女協会の中枢に近い存在であるとは思っていなかったのだ。
「それを知った所でどうって事は無いのだけど……。 腑に落ちないわね、何故こんな回りくどい事をしたのかしら」
イザイアの言葉に対して疑問を口にすると、彼女は笑みを浮かべながら答えた。
「そうだね、簡単に言えば実験かな」
「実験……?」
予想外の答えにユイエが聞き返すと、イザイアは大きく頷いてみせる。
その様子を見て、ますます訳が分からなくなってしまった。
(一体何を言っているの……?)
困惑しているユイエの様子を察したのか、イザイアはそのまま言葉を続ける。
「君が持っている魔法について知りたいんだよ。 だから協力してくれるよね?」
「お断りよ」
ユイエは即答すると、即座に拒否の意思を示す為に首を横に振る。
しかし、それでもイザイアは笑顔を崩さなかった。
「それは残念」
言葉とは裏腹に全く残念そうに見えない表情を浮かべながら、イザイアは肩を竦める。
「自分からやってくれないのは承知の上、だからこそーーー」
イザイアはそう言うと、不意に指を打ち鳴らす。
その瞬間、周囲の景色が一変し、灰色な空間へと変化する。
それと同時にユイエ達が座っていた椅子も消えてしまったのだった。
突然の出来事にユイエは眉一つ動かさず、腕を組んで佇んでいる。
シーリスは突然床が消えた事に驚き、慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩してしまったようだ。
そのまま転んでしまうかと思われたが、間一髪のところでユイエが魔力を操作して引っ張り上げる事で難を逃れる事が出来た。
そんな二人の様子を見ていたイザイアだったが、特に気にした様子も無く言葉を続けた。
「始まりの魔女には悪いけど、ワタシ達の目的の為に、そして『彼』の為にその『力』を使わせてもらう」
その言葉を聞いた瞬間、ユイエの周りに歪みを持った魔力が渦巻き始める。
だがそれも一瞬で霧散してしまった。
それを見たイザイアは特に驚いた様子もなく淡々と語る。
「やはりそう簡単にはいかないみたいだね」
イザイアの周りにも同じく魔力の渦が発生しており、それが彼女を包み込んでいた。
やがてお互いの魔力同士が干渉し合い、バチバチと音を立てながら魔力波が飛び散り始めた。
その光景を見たシーリスは慌てて立ち上がると、二人の間に割って入る様に両手を広げる。
そして大声で叫んだ。
「やめて下さい! お二人とも!」
それを聞いた二人は動きを止めると、ゆっくりと視線を彼女に向ける。
「止める必要は無いわ」
「邪魔しないでくれるかい?」
その言葉に一瞬怯んでしまったが、すぐに気を取り直すと再び口を開く。
「いいえ、止めさせてもらいます! 何故魔女達が争わなければならないのですか!?」
必死に訴えるシーリスの姿を見て、イザイアは思わず苦笑してしまう。
「魔女達だって生きているんだ、争いの一つや二つ起こるのは当然の事じゃないかい?」
そう言って肩をすくめる仕草を見せる彼女に、シーリスは再び反論を試みる。
「だからと言って戦うなんて間違っています!」
「間違っている? 何を根拠にそんな事を言っているんだい? 目的の為に他者を使う、蹴落とすなんて日常茶飯事じゃないか」
その言葉を聞いた瞬間、シーリスは思わず口を噤んでしまう。
確かに彼女の言うことにも一理あるからだ。
魔女とは昔から、誰かに使われる為に存在すると言っても過言ではないのだから。
それを知っているからこそ、何も言い返す事が出来なかったのである。
黙り込んでしまったシーリスを見て、イザイアは小さくため息を吐くと、再び指を鳴らした。
次の瞬間、周囲に広がっていた灰色の世界はユイエとイザイアを中心に歪み始める。
「さて、もう一度聞くけど協力してくれないかな?」
先程と同じ質問を繰り返すイザイアに対し、ユイエは小さくため息を吐きながら答える。
「……嫌と言ったらどうするつもりかしら?」
「その時は仕方ないから無理矢理にでも手伝ってもらうしかないだろうね」
そう言って微笑むイザイアの顔からは何の感情も読み取れない。
その瞳の奥に隠された真意を読み取ることは出来そうに無かった。
(この女……本気みたいね……)
どうやらイザイアは本気でユイエを手伝わせるつもりのようだ。
その為ならば手段を選ばないという覚悟すら感じられる程である。
「そう……」
短く返事をすると、ユイエは静かに目を閉じる。
これ以上の問答は必要ないと、ユイエとイザイアの周りに魔力が満ち始める。
「ユイエさん!」
シーリスの悲痛な叫びが響く中、二つの魔力がぶつかり合った。
その結果、衝撃波によって辺り一面が強く歪み、魔力波が吹き荒れる。
しばらくして視界が晴れると、そこには無傷のまま佇むユイエの姿があった。
対するイザイアの方も微かに傷は負っているものの、まだまだ余裕を感じさせる笑みを浮かべている。
「やっぱり一筋縄ではいかないね」
そう言いながら肩を竦めるイザイアに対し、ユイエは小さく鼻を鳴らすだけだった。
その様子を見ていたシーリスの表情が青ざめていくのが分かる。
(このままじゃまずいです……!)
どうにかして二人を止めなければと思うのだが、シーリスにはどうしたら良いのか全く思いつかない。
その間にも戦いは続いており、お互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げていた。
(どうすれば良いの!?)
頭を抱えたくなる衝動に駆られながらも、必死で考える。
このままではどちらかが死ぬまで止まらないだろう。
それだけは何としても避けなければならない状況であった。
(何か手はないの?)
シーリスは必死になって頭をフル回転させるが、妙案は何も浮かばない。
そんな時ふと、ユイエがシーリスに背を向けながら呟いた。
「正直な話をするわ。 一度しか言わないから聞きなさい」
唐突な言葉に戸惑うシーリスであったが、黙って続きを待つ事にした。
「私は、貴女が魔女協会からやってきたスパイの様な者だという事を初めから知っていたわ。 オクタヴィオに何らかの思惑を持って近づいている事も」
ユイエが話している間も魔力波の応酬は止まらず、幾度も繰り返される。
「はっきり言えば、この状況になるのも薄々判っていたの。 でも、そんな事になるまで何もしなかったのは何故だと思う?」
そこまで言うと、今度はイザイアに向かって語りかける。
「貴女、さっき言ったわよね。 『彼』の為だと」
その言葉を聞いてもなお、イザイアの表情は変わらないままだった。
まるでこうなる事を予想していたかの様に平然としている。
そんな彼女に対して、ユイエもまた表情を変えることなく続けた。
「導きの魔法は彼をーーーオクタヴィオを導く為に」
イザイアは指を打ち鳴らす。
その瞬間、ユイエとシーリスの目の前からイザイアの姿は掻き消える。
シーリスが何処へ行ったのかと見回す前に、ユイエの背後に現れる。
まるで元からそこにいたと錯覚するほど、自然に、当たり前の様にイザイアは右腕を引き絞った体制でーーー
「さようなら、始まりの魔女。 君の力をワタシの魔法で『支配』しよう」
ユイエの心臓を刺し貫いた。
「ーーー!」
声にならない声はどちらの声なのか、それとも2人の声が重なったのか、それすらも分からないままユイエは意識が遠退いていくのを感じた。
ユイエが最後に見た光景は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたシーリスの姿だった。
「これで、楽園実現の為のファクターがまた一つ揃った」
イザイアはまるで祝杯を上げるかのように両手を掲げると、高らかに宣言する。
「さあ、次の段階へと進めようじゃないか!!」
その言葉と同時に、世界が大きく揺れ始めたのだった……。
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