第44話
オクタヴィオとの交渉が御破綻になり、イザイアとシエルは応接間で手持ち無沙汰気味に時間を持て余していた。
シエルが転移門の魔法で呼び出した魔物は、オクタヴィオと途中で合流したゾルダートによって悉くが屍と化している。
遠見の魔法でオクタヴィオ達が魔物を蹴散らしていくのを見て、イザイアは恍惚とした表情でそれを見る。
「ーーーはぁ♡ いつ見ても、君の銃の腕前は私を虜にしてくれるねぇ♡」
「イザイア様、一つよろしいでしょうか」
そんな姿を見ても動じる事なくシエルは、主人であるイザイアに質問をした。
「何だい? 言ってごらんよ、シエル」
イザイアは上機嫌のままシエルの言葉に耳を傾けると、続きを促す様に相槌を打つ。
「オクタヴィオ様は一体何者なのでしょうか。 特に、オクタヴィオ様の戦闘能力は異常です。 あれ程の腕を持つ者は、私の知る限り存在しないかと……」
「ふむ……そうだね、彼は一言で言うなら『凡人のガンマン』さ。 それ以上でも以下でもない。 まあ強いて言うなら、彼の強さの秘密は時間に裏打ちされた努力の結晶ってとこかな」
「……時間ですか?」
「そう、時間だ。 例えばだけど、彼が今迄に何万回と引き金を引いてきたとしよう。 その経験が今の彼を作ったと言ってもいいだろう。 しかし、彼は才能がある訳じゃない、あくまで凡人だ。 だが、彼には血の滲む様な努力が出来るだけの継続性があった。 そして、何より運にも恵まれている。 それだけの事だよ」
「そうですか……。 人の身でそれほどまでに高みへと至れるとは、流石ですね」
「そうだろう。 ああ、本当に素晴らしい。 私は彼と出会えた事を誇りに思うよ」
そう言ってイザイアは窓から天を仰ぎ見る。
そこには、重く渦の様に雲が流れる空が広がっているだけだった。
「さて、この城へと招かれた者達は過去を、未来を奪われた者達ばかりだ。 それらが一堂に介せば一体どうなるかな? 止めてごらんよオクタヴィオ、君ならそれができるだろう?」
応接間にはイザイアの笑い声が響き渡っていた。
◇◇◇
転移門のせいで帰り方がわからずにいたオクタヴィオは、渋々城の中を戻り、探索に勤しんでいた。
囚われている魔女がいないか、その確認の為に城内を歩き回る事にしたのだ。
しかし、一向にそれらしい気配は無く、ただ時間が過ぎていくばかりであった。
(参ったなぁ……)
捕まっているかも知れない魔女達を見つけられれば良いが、オクタヴィオの状況ではそれも叶わない。
そもそも、この魔女協会の城の構造が複雑過ぎる上に、警備の兵すら見当たらない始末なのだ。
「……完全に迷ったぞ」
オクタヴィオは頭を抱えながら呟くと、近くにあった壁に寄り掛かる。
魔水晶にする為の設備やその他諸々の事を考えたら仕方のない事なのだが、それでも流石にこれはどうかと思うオクタヴィオだった。
「とにかく、見つからない様に動きつつ探って行くか……」
オクタヴィオは溜息を吐きながら壁から身を離すと再び歩き出すのだった。
それから暫くの間、城のあちこちを見て回ったのだが、やはりと言うべきかそれらしき部屋は見つからなかった。
「はぁ、疲れたぁ……」
オクタヴィオはそう言いながら近くの部屋に忍び込むと、そこにあるソファーに座り込んだ。
「それにしても……何でイザイアは俺らが昔から生きてる事を知ってたんだ?」
天井を見上げながらオクタヴィオは独りごちる。
「あの300年前、街がユイエの魔法で消え失せてその事実を知る奴が何人いる? いや、それよりもどうやって俺が生きていると知ったのか」
オクタヴィオにはそこが一番の疑問点だったのだ。
「考えられるとしたら誰だ……? いや、ユイエなら見られる前にどうにかしてる筈」
ならば何故、と思考を巡らせるも答えは出ないままだった。
「考えても仕方ないな」
オクタヴィオは頭を振ると立ち上がる。
これ以上考えていても仕方がないと判断したからだ。
その時である。
突如、部屋のドアが勢い良く開かれたかと思うとそこから魔物が押し寄せてきたのだ。
「なっ!?」
驚く暇もなく次々と襲い掛かってくるそれらを銃で撃ち抜いていく。
瞬く間に部屋の中にいた魔物達は殲滅され、辺り一面血溜まりだらけとなった。
すると、何処からか拍手の音と反響する様に声が聞こえてくる。
だが、姿は何処にも見えない。
「いやはや、実に見事な腕前だね。 まさか、あの数を一瞬で片付けてしまうなんて」
「誰だ!」
オクタヴィオは警戒しながら声の主を探す。
「そんなに怖い顔をしないでおくれ。 私は君に危害を加えるつもりはないのだから」
その言葉とは裏腹に、声は何処か愉快そうな雰囲気を纏っている。
「姿を見せろ」
「それは無理な相談だな。 私が姿を現せば、汚れてしまうじゃないか」
その言葉にオクタヴィオは部屋を見渡す。
確かに、魔物の血で真っ赤に染まっている。
「わかったら、早くここを出ることをお勧めするよ。 そろそろ、次の来客が来る頃だからね」
「待て! お前は一体何者なんだ!?」
オクタヴィオの叫びも虚しく、その声は聞こえなくなった。
それと同時に、廊下の方が騒がしくなる。
どうやら、先程の騒ぎを聞き付けて来たようだ。
「くそっ……!」
オクタヴィオは慌てて部屋から飛び出すと、出口を探して走り出した。
ドアを蹴破る様にオクタヴィオは外へ出ると、そこで待ち構えていた魔物達に銃弾を撃ち込んでいく。
魔物達の数は多く、倒しても次から次へと現れるためキリがない状態だった。
「ああもうっ!! しつこいんだよこいつら!!!」
苛立ち紛れに叫びながら銃を構えると、オクタヴィオは瞬時に狙いを定めて引き金を引く。
乾いた音と共に放たれた弾丸は、寸分違わず魔物に命中していき、次々に倒れ伏していった。
それでもまだ敵は残っているらしく、こちらに向かってくるのが見えた。
「まだ来るのか……転移門で呼び込み過ぎだろ! ちっとは自重してくれ!」
これ以上撃つのは弾丸が勿体無いので、仕方なく走って逃げる事にした。
幸いにもここは一本道なので追っ手を振り切る事は容易い筈だ。
オクタヴィオはそう考えながら走り続ける。
途中、曲がり角を何度か曲がったところで、オクタヴィオは立ち止まった。
「……撒いたか?」
耳を澄ましてみるも物音一つしない事から追っ手はいない様だと判断してオクタヴィオは安堵の溜息を吐いた。
そして、息を整えてから再び歩き始める。
(さて、どうしたものか)
このまま闇雲に歩いていてはいずれ追いつかれるだろうと考えたオクタヴィオは再び思案に耽る。
「ユイエが居てくれたら本当は楽なんだが……流石に無いものねだりしても仕方ないしな」
とは言え、このままでは埒が明かないのも事実である。
もういっそのこと、城を破壊する勢いで暴れてみようかと考え始めた時だった。
突然、足元が大きく揺れ出したかと思うと地面が崩れ落ちていくではないか。
「嘘だろおいぃぃぃっ!?」
咄嗟に跳躍して落下を回避すると、真下にあった床が崩れ落ちていくのが見える。
あのままあそこにいたらと思うとゾッとした。
だが、安心してばかりもいられない様で今度は頭上から瓦礫が大量に降ってきたのである。
「マジかよ!?」
慌ててその場から飛び退くと間一髪で躱す事が出来たが、危なかったとしか言いようがない状況に陥ってしまった事にオクタヴィオは焦りを覚える。
しかし、オクタヴィオは開いたその穴を見て違和感に気が付いた。
穴の中には螺旋階段があった。
深く、下が見えない様な螺旋階段がそこにはあったのだ。
「もしかして、これを使えばさっきの声の主に会えるのか?」
そう思った矢先だった。
背後から殺気を感じ取ると同時に銃を抜き放ち発砲する。
轟音が響き渡り、薬莢が宙を舞う中、硝煙の向こう側に一人の男が立っていた。
「貴様がオクタヴィオか?」
男は鋭い眼光をこちらに向けながら問いかけてくる。
それに対して、オクタヴィオもまた銃を構えながら答えた。
「だとしたらどうする?」
オクタヴィオの言葉に男はニヤリと笑みを浮かべると言った。
「決まっているだろう? お前をここで殺すだけだ」
そう言って男が指を鳴らすと、周囲の物陰から大勢の男達が現れたのだった。
それを見たオクタヴィオは思わず顔を顰める。
何故なら、現れたのは全員が武装した兵士だったからだ。
何処にこれ程の人数が隠れていたのかと、オクタヴィオが内心驚くのは無理もなかった。
そんな彼らに向かって、オクタヴィオは言う。
「やれやれ、人気者ってのは辛いもんだなぁ」
オクタヴィオの言葉に対して、男が言う。
「安心しろ、すぐに終わるさ」
その言葉に呼応するかの様に兵士が襲いかかってきた。
それを見てオクタヴィオは大きく舌打ちをすると、銃を構えたまま走り出す。
先程開いた穴の方へーーーオクタヴィオは真っ逆さまに落ちて行く。
「あっ!? おいっ!!」
男達の悲鳴にも似た声を聴きながら、オクタヴィオは空中で一回転してから階段に着地するとそのまま下るように走り出した。
後ろから追いかけてくる気配を感じながら、ひたすら走る。
徐々に聞こえてくる声は小さくなり、オクタヴィオはそれでも下へと降りていく。
やがて、最下層まで辿り着いた時、目の前に巨大な扉が見えた。
どうやらここが終着点のようだと悟った瞬間、扉がゆっくりと開いていく。
その先に見えた光景を見た途端、オクタヴィオは思わず目を見開いてしまった。
そこにあったのは無数の水晶。
しかも、その中には何も身につけていない女性達が浮かんでいる。
「おいおい……こりゃあ一体……」
その光景を見て呆然としていると、奥の方から声が聞こえてきた。
『待っていたよ』
その声に振り向くと、そこには一人の女性が佇んでいた。
外見年齢は二十代前半くらい、腰まである長い銀髪に、蒼い瞳を持つ美しい顔立ちをしている。
服装は白を基調としたドレスの様なもので、所々に金色の刺繍が施されていた。
まるで女神のような出で立ちをした女性は、微笑を浮かべながらオクタヴィオを見つめている。
「お前がさっきの声の主か?」
オクタヴィオが問いかけると、彼女は静かに頷いた。
「ああ、そうだ。 初めまして、私はリスタル。 ようこそ、私の部屋へ」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオの背筋に悪寒が走った。
(何だ? この感覚は……?)
今まで感じた事のない感覚に戸惑っていると、リスタルがクスクスと笑う声が聞こえた。
「どうしたのだ? 私の顔に何か付いているか?」
そう言いながら自らの頬を撫でる仕草をするリスタルに対し、オクタヴィオは首を横に振る。
「いや、何でもないんだ。 気にしないでくれ」
そう答えると、オクタヴィオは再び目の前の水晶群を見つめる。
「それで、これは一体何なんだ?」
その問いに、リスタルは答えた。
「君も一度は聞いたことはあるだろう? 魔水晶と」
そう言って手を広げると、リスタルは更に言葉を続ける。
「彼女らの魔法を役立てる為に、この魔水晶は作られた」
そう言うとリスタルは憂うように目を伏せる。
そんな彼女の姿に疑問を抱いたオクタヴィオが質問を投げかけようとした時だった。
突如、水晶の中にいた女性の体が輝き始めたのである。
驚きのあまり言葉を失っていると、リスタルが言った。
「ああ、始まったようだね」
そう言った直後、魔水晶の中にいる女性に亀裂が入り始め、その間から光が漏れ始める。
そして、次の瞬間にはその形が崩れ溶けるように消えてしまった。
その光景を見ていたオクタヴィオは思わず目を見開く。
「な、何が起きたんだ……? 中にいた女性は……?」
動揺しているオクタヴィオをよそに、リスタルは静かに言った。
「彼女は力を、魔法を水晶へと全て捧げたのだ。 魔力と魔法が無くなれば消えるのは通り。 つまり、死んだのさ」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオの中で何かが弾け飛んだ気がした。
怒りが込み上げてきて、気が付けば拳を強く握りしめている自分がいることに気付く。
「てめぇ……! 命を何だと思ってやがる!?」
激昂しながら叫ぶと、リスタルは肩を竦めて見せた。
「別に良いじゃないか、彼女達は進んでこの水晶に入っているのだから」
平然と言ってのける彼女に対し、オクタヴィオは叫ぶ。
「魔女達はそんな事になる為に生まれてきたんじゃ無いッ!」
「じゃあ何かい? 君はこの世全ての魔女を救えるとでも?」
リスタルの言葉に、オクタヴィオは何も言えなくなってしまった。
確かに、リスタルの言う通りなのだ。
彼女達を救う方法など、存在しないのだから。
「この世に存在するあらゆるものには、等しく価値が有る。 それは人間も例外ではない」
静かな口調で語る彼女の言葉に、オクタヴィオは黙って耳を傾ける。
「だからこそ、私達は魔水晶に入ってもらうようにしたのだ。 魔の力を、魔法の力を最大限に引き出す。 それが、私が編み出した究極の魔法だよ」
それを聞いて、オクタヴィオは絶句した。
「そんな、馬鹿な話があってたまるか……!」
呻く様に呟くと、リスタルはクスリと笑ってみせる。
「だが、これが現実なんだよ。 受け入れたまえ」
その言葉に、オクタヴィオは唇を噛み締めると、拳を壁に叩きつけた。
鈍い音と共に痛みが走り、血が滲む感触が伝わってくる。
それでも構わずにオクタヴィオは何度も殴り続けた。
リスタルはそれを黙って見つめているだけで止めようとはしない。
それから暫くして、ようやく落ち着いたのかオクタヴィオは殴るのを止めた。
肩で息をしながら、オクタヴィオはリスタルを睨む。
「それで満足かい?」
「まさか、まだまだ足りないくらいだ」
涼しい顔で答えられ、オクタヴィオは思わず舌打ちをした。
そんな彼を見つめながら、リスタルは言った。
「さて、そろそろ本題に入るとしようか」
そう言ってリスタルはパチンと指を鳴らすと、空中に映像を映し出す。
そこに映っていた人物を見て、オクタヴィオは思わず目を見開いた。
「シーリス……!? なんであの娘がここに!?」
その姿を見て思わず叫んでしまうオクタヴィオだが、それも無理はなかった。
シーリスの近くにはユイエが居た筈なのだから。
そんなオクタヴィオの心情を察したのだろう、リスタルが説明するように言った。
「君が今見ている娘は、シーリスというらしいね。 彼女は魔女の中でも特異な存在でね……」
そこまで言うと、リスタルは一度言葉を区切る。
そして、ゆっくりとした口調で言った。
「……導き、魔女を幸福へと導いてくれる存在さ」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオの表情が凍りついたのが分かった。
それを見たリスタルは小さく笑みを浮かべると、再び説明を続ける。
「魔女の魔法やその在り方に詳しい君ならわかるだろう。 シーリスさえいれば、我々は安心して生きることができる」
その言葉を聞き、オクタヴィオは愕然としてしまう。
(こいつ等は正気なのか?)
そう思いながら、オクタヴィオは改めて画面に映るシーリスを見つめた。
気絶しているのか、瞼を閉じて横たわっている姿が映っている。
オクタヴィオは苛立ちを抑えきれずに歯噛みすると、リスタルを睨み付けた。
「何が導きだ、そんなものが本当に救いになるってのか?」
静かに告げるオクタヴィオに対して、リスタルはやれやれと言った様子で首を左右に振る。
「君の気持ちは分かるが、事実として魔女達は救われているんだよ」
そう言って、リスタルは映像を切り替えてみせた。
そこには、魔水晶に入ったと思われる女性が映し出されている。
それを見て、オクタヴィオは思わず息を飲んだ。
何故なら、そこに映し出された女性は皆一様に幸せそうに微笑んでいたのだから。
「ほらね、嘘じゃないだろ?」
勝ち誇ったような表情を浮かべながら言う彼女に、オクタヴィオは何も言い返せなかった。
「……っくそ!」
悪態を吐きながら立ち上がると、出口に向かって歩き出す。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、リスタルは微笑みを浮かべていたのだった。
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