第38話
「よし、それじゃ当初の目的を果たしに行くとしますか」
地下牢から出たオクタヴィオは、また気配を消しつつ屋敷内を進んでいく。
捕まって奪われた銃も早々に取り返し、オクタヴィオは足早に庭園へと向かう。
途中何度か兵士や使用人らしき者と出会うこともあったが、その都度物陰に隠れてやり過ごしたり背後から一撃で気絶たりして切り抜けていった。
そしてついに目的の場所である中庭まで辿り着くことに成功した。
「此処まで来れば後少しだ……げ」
庭園の入り口を見れば、イヴリードと警護の者達が待ち構えていた。
「迂回して行くのも見つかるリスクがあるし、面倒だな」
オクタヴィオは少し考え、仕方なく正面突破を試みることにする。
「やあやあ、お仕事ご苦労さん。 今日も良い天気だねぇ。 良い天気だから通してもらうよ」
オクタヴィオの声に反応して全員が、彼の方を向く。
「お前っ、何故此処に! 地下牢で捕まっていた筈では!?」
「残念だったなぁ。 あんな程度の牢屋なんざ飽きるほど脱出してるもんでね」
イヴリードの言葉にそう返すと、オクタヴィオはゆっくりと歩を進める。
「……まあいい、どのみち逃がす気はないからな。 お前達、奴を捕らえるぞ!」
その言葉を合図に兵士達が一斉に襲いかかってくる。
だがしかし、その程度で怯むようなオクタヴィオではない。
彼は向かってくる敵を次々と返り討ちにしていく。
「ぐはっ……!」
「ぎゃぁっ!!」
「あべしっ!!!」
あっという間にその場に立っているのはイヴリードだけとなった。
その様子を唖然とした表情で見ていた彼だったが、ハッと我に帰ると剣を抜こうとするがもう遅い。
それよりも先にオクタヴィオが動いたからだ。
一瞬で間合いを詰めると腹に一撃入れる。
「うぐっ……! お、おのれぇ……!!」
腹を押さえながら呻くイヴリードに対して、オクタヴィオは冷たい視線を向けるだけだった。
「さて、通らせて貰うぜ?」
そう言って歩いていくオクタヴィオを見て、イヴリードの顔が青ざめていく。
「ま、待て!! 待ってくれ!! あの屋敷のドアは本当に開いてはいけないんだ!」
必死に叫ぶイヴリードにオクタヴィオは振り返らずにこう答えた。
「大丈夫、何とかなるさ」
オクタヴィオは庭園を抜け、小さな屋敷の前へと辿り着いた。
扉の前に立つと、ゆっくりと深呼吸してからノックをする。
コンコンと乾いた音が辺りに響くが返事は返ってこない。
仕方なくドアノブに手をかけると、鍵はかかっておらずすんなりと開いた。
中に入ると、そこは書斎のようで壁一面には本棚があり大量の本が並べられている。
その部屋の中央にある机に向かって一人の女性が座っていた。
「ーーーあ」
オクタヴィオは座っている女性に目を奪われた。
綺麗に切り揃えられた白色の髪に透き通った青い瞳をした美しい顔立ちの女性である。
服装は質素なドレスを纏っており、その手には分厚い本が開かれていた。
「あら、お客様かしら……普段は開かないのに最近はよく来るわね……」
彼女はそれだけ言うと再び読書に戻る。
オクタヴィオはそんな彼女に近づき話しかけることにした。
「こんにちはお嬢さん、俺はオクタヴィオっていうんだけど、ちょっといいかい?」
その言葉に女性は一瞬だけ反応するがすぐに視線を本に戻すと淡々とした口調で答える。
「……何かしら?」
彼女の態度が少し気になったものの、オクタヴィオは気にせず話を続ける事にした。
「実は俺、ある人を探しているんだが居場所を知らないか? いつも部屋の奥にいてロクに外へ出て来ないって話なんだけど」
その言葉を聞くと女性の眉がピクリと動く。
「……誰から聞いたのかしら?」
その問いに、オクタヴィオは答えた。
「ちょっとした伝手でね」
「……はぁ、そう言うことね」
呆れた様子で溜息をつく彼女に対して、オクタヴィオはさらに問いかける。
「それで、知ってるのかい?」
「……ええ、知っているわ。 でも教えないわ」
キッパリと言い切られてしまい、オクタヴィオは困惑した表情を浮かべるしかなかった。
そんな様子を見て、彼女は小さく微笑むと言った。
「だって貴方も此処で死ぬもの」
その意味深な発言に、ぞわりとオクタヴィオの本能が警鐘を掻き鳴らした。
「ーーーあっぶねぇッ!!」
オクタヴィオは自らの本能に従って、見えない何かを回避した。
次の瞬間、轟音と共に先程まで立っていた場所に何かが通り過ぎる。
「おいおい、今のは一体なんだ?」
冷や汗を流しながらも、オクタヴィオは冷静に状況を分析する。
今、確かに何か得体の知れないモノに襲われた。
だが、攻撃された筈なのに衝撃も音も一切感じなかったのだ。
「こいつは……もしかして魔法ってやつか?」
オクタヴィオも裏に生きていた事で、この世界に魔法を操る人がいると言うことを知っていた。
ただ、本物を見るのは初めてで驚きを隠せなかった。
「待ってくれお嬢さん! 俺は敵じゃない!」
「外にいた筈のイヴリードの話を聞かなかったのかしら? 此処の扉を開くと言うことは魔女が力を振るうことと同義だと」
そんな話を聞いていないとは、オクタヴィオは口が裂けても言えなかった。
屋敷のドアを開くことを良しとしたのは他でもないオクタヴィオ自身だったからだ。
「ああ、危ないってのは聞いていたよ。 でもアンタ危害を加えるつもりは無いんだが?」
「殺す対象が私だとしても?」
そう言うと、彼女は手に持っていた本を閉じ机の上に置くと立ち上がる。
「私は、この屋敷の主人にして全ての魔女の始まりである者ユイエ。 さあ、人間さん頑張って生き残ってみなさいな」
そう言ってユイエが手をかざすと、暗い魔力が溢れ出す。
オクタヴィオはすぐさま身体を捻って来た道を引き返すと全力で駆け出した。
屋敷中を走り回りながら逃げ続けるも、ユイエの魔力は屋敷の其処彼処を音もなく消滅させていく。
「魔法ってのは万能だな!? もう少し人にも贔屓してくれよってなァ!」
抹消する力に対してオクタヴィオは何とか勘を頼りに回避していた。
「全く、魔女というのは本当に厄介極まりないねぇっ!」
オクタヴィオは愚痴りながら走り続けるが、背後から凄まじい破壊音が鳴り響き、思わず振り返る。
そこには、壁や床を破壊して追いかけてくる魔力の塊が見えた。
「うおわぁっ、冗談じゃねぇぞ!?」
このままでは追いつかれると判断したオクタヴィオは、咄嗟に近くにあった花瓶を掴むと振り向きざまに投げつける。
暗い魔力の塊に花瓶が触れると、当たった側から花瓶が砕けて無くなっていく。
「あれ当たったら即死じゃねぇか!」
少しでも触れたら先程投げた花瓶と同じ末路を辿ることだろう。
それを悟ったオクタヴィオは、先程よりも早く駆け出し、次々と部屋を移動していく。
「ちくしょう……このままじゃジリ貧だ……」
徐々に距離を詰められている事に焦りを感じつつも、オクタヴィオは決して足を止めることなく走り回る。
そして、とある部屋に飛び込むと扉を閉め鍵をかける。
「これで少しは時間が稼げるか……?」
一息つく暇もなく、扉を激しく叩く音が聞こえてくる。
どうやらこの部屋ごと消し飛ばすつもりのようだ。
「いや待て、そんなことされたら流石に俺も死ぬんだが?」
慌ててドアノブを押さえつつ、オクタヴィオは急いで部屋の中を見回す。
部屋の中にあるのはベッドやタンス、窓など生活感が感じられるものばかりだった。
「ど、どうする!? このままだと流石に俺でもマズい! いや、マジでどうするんだこれぇッ!?」
パニックになりかけたその時、ふと部屋の窓に小さな影が走った。
それに気づいた瞬間、オクタヴィオは反射的に窓へと身体を投げ出しーーー窓を突き破る。
「お前さん何してんだっ!?」
オクタヴィオが窓を突き破って外に転がり出ると、牢屋で向かい側にいた男がそこにいた。
彼はオクタヴィオの姿を見るなり驚愕の表情を浮かべた。
「なっ、おまっ、何でここに!?」
「いいからさっさと逃げろ!」
その言葉にハッとした男は、その場から走り出す。
それに追従するようにオクタヴィオも駆け出す。
「おっさん! あんたが言ってた事ってこう言う事だったんだな!」
「初めから言ってただろうがッ! 話を聞かないお前が悪いッ!」
そんな事を言い合いつつも、二人は走る速度を上げる。
すると、進行方向で魔力の爆発が起こった。
「避けろッ!」
その言葉と共に近くにあった壁に転がり込むと、先程まで二人が走っていた場所を黒い光が通過していった。
もしあの場に留まっていたらと思うと背筋が凍りそうになる。
「畜生、あの野郎本気で俺たちを殺すつもりか……!」
悪態を吐く男だったが、不意に後ろから気配を感じて振り返ると、そこには巨大な黒い影が立っていた。
それは先程の魔力の塊であり、それがゆっくりと二人に近づいてくる。
それを見た途端、オクタヴィオの表情が一変した。
その表情はまるで獲物を見つけた肉食獣のような獰猛さを感じさせるものだった。
「……おい、おっさん」
「……なんだよ?」
「今から俺が突っ込むから逃げてくれ」
「はぁっ!? 何言ってるんだお前正気か!?」
驚く男を他所に、オクタヴィオは銃を構えるとそのまま一直線に向かっていく。
それを見て、魔力の塊は迎え撃つように魔力を放とうとするがーーーその前に銃弾が放たれた。
一発、二発、三発、四発と連続で撃ち込まれた弾丸によって魔力の波が消え失せる。
更に続けて五発六発と放たれていき、ついに最後の一撃が命中した瞬間、辺りに静寂が訪れたのだった。
「……はぁ?」
余りにも一瞬の出来事過ぎて理解が追い付かない男は、呆けたように口を開けて固まってしまう。
そんな男を尻目に、オクタヴィオはゆっくりと立ち上がると手を上げた。
「これで良し」
そう言うと、オクタヴィオニヤリと笑みを浮かべるのだった。
「いやぁ、勝ったぜおっさん!」
そう言いながらオクタヴィオは男の背中をバシバシと叩いていく。
その痛みに顔をしかめながらも、男は口を開いた。
「お、お前……アレに攻撃できるのか?」
「え、アレって攻撃効かない奴なのか?」
男の言葉にオクタヴィオはキョトンとした顔で聞き返す。
「普通は無理だろ。 魔女の力だぞ? 普通の人間がどうこう出来る相手じゃない」
「そうなのか……? まあ、波を乱す感じで撃ったらいけそうって感じだったからなぁ」
そう言って笑うオクタヴィオに対して、男は呆れた表情を浮かべていた。
「ところで、おっさんは何者なんだ? 牢屋にいたし、屋敷にいた魔女ちゃんの事知ってたし、ただの一般人じゃ無いよな?」
その問いかけに男はため息をつくと答えた。
「……俺は訳あって魔女を追っているんだよ。 だから知ってるだけだ」
そう言うと、男は懐から煙草を取り出して火を付ける。
そんな男にオクタヴィオは言った。
「ふーん、なるほどな。つまりあんたはある意味仕事仲間ってことか」
それを聞いた男は目を見開き驚いたような表情を浮かべる。
しかしすぐに平静を取り戻すとこう答えた。
「そういうことになるかな」
そう言って煙を吐き出すと、言葉を続ける。
「それより、これからどうするつもりだ?」
「んー、そうだなぁ……」
考え込む素振りを見せるオクタヴィオだったが、何かを思いついたかのように顔を上げるとこう言った。
「なあ、あんた名前は何て言うんだ?」
突然の質問に面食らう男であったが、少し間を置いて答えることにしたようだ。
「俺の名はアルフだ」
それを聞くと、オクタヴィオは大きく頷きながら口を開く。
「そうか、じゃあアルフさんよ。 一つ頼みがあるんだがいいか?」
その言葉に、アルフは怪訝そうな表情を浮かべると聞き返した。
「なんだ?」
それに対してオクタヴィオは答えた。
「俺の後ろに誰かいないか?」
その言葉と共にアルフがオクタヴィオの方を向けばーーー
「はぁい、先程振りね」
オクタヴィオの後ろで、笑顔で手を振る魔女の姿があった。
その瞬間、二人の間では空気が凍りついたかのような錯覚すら感じていた。
オクタヴィオは冷や汗を流しつつ、ぎこちない動きで後ろを振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた魔女がいた。
そして、彼女は笑顔のまま口を開くと言った。
「ねえ、どうして逃げたのかしら?」
その言葉を聞き、二人の身体がビクッと震える。
オクタヴィオは慌てて弁解しようとするが、言葉が出てこない。
そんな彼の様子を知ってか知らずか、魔女はそのまま続けた。
「貴方に私に話があるって言ったわよね?」
「あ、ああ……」
「それなのに、貴方は私から逃げるなんて酷いと思わないかしら?」
そう言う彼女の目は笑っていなかった。
その瞳の奥には怒りの色が見て取れる。
(不味いぞ……!)
その様子を見て焦りを覚えるオクタヴィオだったが、何も言い返すことが出来ないでいた。
側から見れば、オクタヴィオが先程していた事は不法侵入、そこから逃げ出したのだ。
本来ならばその場で処刑されていてもおかしくはない状況である。
だが、彼女はオクタヴィオに危害を加える気は無いようで、ただ静かに佇んでいた。
「はぁ、仕方ないわね」
そんな中、魔女がため息を吐きながら呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「貴方、名前は?」
「あ、ああ、オクタヴィオだ」
突然名前を聞かれて戸惑いつつも答えると、彼女は薄く微笑むとこう言った。
「オクタヴィオね……覚えたわ」
「じゃあ、君の名前は……?」
すると今度は彼女が自分を指差して言った。
「私はユイエよ」
それを聞いて、オクタヴィオは少し考えると問いかけた。
「もしかしてだけどさ、君が噂になってる『部屋の中に籠り続ける人』だったりする?」
その言葉に、彼女は少し目を見開くと納得したような表情を見せる。
「あら、私のこと知っているのね?」
「そりゃ状況とさっきの話を聞いたらな」
そう言って苦笑する彼に対し、彼女もまた同じように微笑んだのだった。
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