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第34話


 時間は少し巻き戻り、ユイエとシーリスは2人で夕食の支度をしていた。

 日中に行っていた敵を炙り出す作戦は、2人の方に誰かが行くわけでもなく、ただ街の中を散歩して終わっていた。

 

 誰かがシーリスを攫いにくるのかと爪先程度身構えていたユイエは、思いの外肩透かしを食らうことになった。

 

 そして、夜になった今、ユイエは料理をしながら、ふと気になったことを尋ねていた。

 

「そういえば、シーリスを追っている連中はどういう奴らなのかしら?」

 

 その言葉に、シーリスは少し考えてから答える。

 

「一言で言えば面倒臭い人達ですね。 逃げても逃げても追いかけてくるから犬か何かだと思ってます」

 

 それを聞いて、ユイエは意外そうな表情を浮かべる。

 

「犬、か……。 面白い表現ね」

 

 ユイエの呟きに、シーリスは小さく頷いてから話を続ける。

 

「しっかりと隠れているはずなのに、目敏く見つけてくる辺りあの人達の執念には毎度驚かされます」

 

 そう言って苦笑するシーリスを見ながら、ユイエは納得する。

 

「成る程、それは確かに厄介ね」

 

 魔法を使えているのなら蹴散らしてしまうことなど造作もないのに、それをしないという事は、シーリスの身に宿る魔法は戦闘向きではないのだろう。

 そんな事を考えつつも、ユイエは黙って調理を続けていた。

 

 やがて、ユイエが用意した材料を元に作ったスープが完成し、テーブルに並ぶ。

 

「さてと、それじゃあ食べましょうか」

 

「はい、頂きましょう」

 

 2人は席に着き、食事を始める。

 ただ静かに食事の音が部屋に響く。

 幾許かの時間が過ぎた後、ユイエが口を開いた。

 

「ねえ、こんな時に聞くのもどうかと思うけれど……貴女の魔法はどんな魔法なのかしら」

 

 突然の問いに、シーリスは驚きながらも言うか言わまいか悩む素振りを見せる。

 

「言いたくないなら無理に聞かないわ」

 

「……いえ、別に隠すようなことではないので言いますね」

 

 少し間を空けてから、シーリスは語り始めた。

 

「私の魔法は『導き』、『導の魔法』です」

 

 それを聞いたユイエは、シーリスに先を促す。

 

「続けて頂戴」

 

「この魔法は簡単に言うと予知能力みたいなものなんです。 その人が何をしようとしているのか、何処にいるのか、これから何が起こるのかが何となく判るんです。 そこに導かれる様に私がそこに行く事になります」

 

 そこまで聞いて、ユイエはある可能性に行き着いた。

 

「私達の所に来たのは偶然じゃないのね?」

 

 ユイエの問い掛けに、シーリスは首を縦に振る。

 

「はい、状況を見れば偶然に見えますが、魔法を使ったことで此処に辿り着きました」

 

「辿り着いた後は自分でどうにかしないといけないと言うところかしらね。 難儀な魔法だわ」

 

 ユイエの言葉に、シーリスは苦笑いしながら頷く。

 

「そうですね、私もそう思うことがあります」

 

 それからしばらく沈黙が続いた後、今度はシーリスの方から質問を投げかける。

 

「私も少し気になったのですが、ユイエさんも魔女……ですよね?」

 

 唐突な質問に、シーリスは一瞬キョトンとしたが、すぐに表情を戻して答える。

 

「そうね。 貴女の言う通り私も魔女よ」

 

 そう言い切った後、ユイエは何かを思い出したかのように言葉を続ける。

 

「魔女と言っても、何も無い無名の魔女だけれどね?」

 

 それを聞いたシーリスは、驚いた表情を浮かべた後に尋ねる。

 

「えっ? 無名なんですか?」

 

 ユイエは頷きながら答える。

 

「ええ、そうよ」

 

 それを聞いたシーリスはさらに驚くが、やがて気を取り直したのか口を開く。

 

「そうですか……でも、私から見ればとても強い力を感じますよ」

 

 その言葉を聞いたユイエは、嬉しそうに微かに微笑むと言った。

 

「あら、ありがとう。 そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

 そうして再び会話が途切れると、ユイエは何かを思い出したように手をポンと叩くと、立ち上がる。

 

「そうだ、良いものがあったんだったわ」

 

 そう言うと、ユイエは隣の部屋へと向かう。

 数分後、戻ってきたユイエの手にはワインボトルとグラスが握られていた。

 それを見たシーリスが首を傾げる。

 

「お酒ですか……?」

 

「こう言うのは……いけるクチかしら?」

 

 そう言いながら、ユイエはテーブルの上にグラスを置くと、慣れた手つきでコルクを開け、注ぎ始める。

 ちなみに、シーリスの見た目は言ってしまえば少女体型であるが、魔女の年齢は見た目では測れないことが多い。

 

 アルスやシゼルなどを見ていればその事実は一目瞭然である。

 

「どうぞ」

 

 ユイエから差し出されたグラスを受け取ったシーリスはそれを口に含む。

 すると、口の中に芳醇な香りが広がり、舌の上で転がすと仄かな甘みを感じた。

 

「美味しい……」

 

 思わず呟くと、ユイエが微笑みながら言った。

 

「でしょう? オクタヴィオと私が大事にしている自慢の一品なの」

 

 それからしばらくの間、静かな時間が流れる。

 そんな静かな時間を先に崩したのはシーリスであった。

 

「ユイエさん、一つ良いですか?」

 

「何かしら?」

 

「何故、貴女は魔女であるのに人間に手を貸しているんですか?」

 

 その質問に、ユイエは暫し考え込む仕草を見せると、ゆっくりとした口調で話し出す。

 

「そうねぇ……理由は色々あるのだけれど、一番の理由は彼がいるから、という所かしら」

 

 その言葉を聞き、シーリスは首を傾げる。

 

「彼……? もしかして、オクタヴィオさんですか?」

 

 その問いに、ユイエは静かに頷く。

 

「えぇ、その通りよ」

 

 シーリスはそれを聞くと、さらに疑問を重ねる。

 

「えっと、つまりユイエさんはオクタヴィオさんのことが好きだから一緒にいる、ということでしょうか?」

 

 シーリスの言葉を聞いた瞬間、ユイエの表情が一瞬だけ固まった。

 しかし、それも一瞬のことで、次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。

 

「好き、か……どうかしらね。 少なくとも私は彼のことを愛してるわ」

 

 ユイエの口から出た意外な言葉に、シーリスは思わず目を見開いてしまった。

 

「愛してるって、それってどういう……」

 

 動揺するシーリスに対して、ユイエは落ち着いた様子で言う。

 

「『愛している』って言葉にすると陳腐に聞こえるからあまり言わないのだけれど……そうね、なんて言えばいいのかしら」

 

 少し考え込んだ後、ユイエはゆっくりと言葉を選びながら言った。

 

「例えるなら、『共に在る』と言うのが近いのかもしれないわね」

 

 そう言うと、ユイエは再びワインを口に含み、喉を潤す。

 

「共に在る……ですか?」

 

 シーリスの呟きに、ユイエは頷く。

 

「そうよ。 彼と出会って、彼に救われて、そして、彼を愛したの」

 

 そこまで言うと、ユイエは遠い目をして虚空を見つめる。

 

「最初は、ただ純粋に彼を守りたいと思っていただけだったのにね。 いつの間にか、彼を自分だけのものにしたいと思うようになっていたの」

 

 そこまで言うと、ユイエは薄く微笑んだ。

 

「魔女は傲慢とはよく言ったものね。 欲しいモノは全て手に入れたくなってしまうの。 貴女もそう言う経験がない?」

 

 シーリスは首を横に振る。

 

「そういうのは……ないです」

 

「そう、残念ね」

 

 ユイエは短くそう答えると、グラスに残ったワインを全て飲み干す。

 

「いつか、貴女も私の様に様々な愛を知るでしょう。 それまでは楽しみにしておきなさい」

 

 そう言って立ち上がると、ユイエはベッドの方へと歩いていく。

 シーリスもそれを追うように立ち上がり、彼女の後を追う。

 

「それじゃあ、ベットは此処を使いなさい」

 

 ユイエはそう言ってシーリスをベッドに促していく。

 ベッドへ横になったシーリスは、布団を被ると目を閉じる。

 

 暫くの間、静寂が続いていたが、やがて隣から規則的な寝息が聞こえてきた。

 

(もう寝たみたいね)

 

 シーリスが眠りについた事を確認したユイエは、静かに起き上がると、リビングへと戻っていった。

 リビングに着くと先ほど消した筈の灯りが一つだけついていて、その光の下、ソファの上に座っているオクタヴィオの姿があった。

 

 オクタヴィオは脱力して座っていたようだが、ユイエの気配を感じ取るとゆっくりと顔を起こした。

 

「遅くなっちまった」

 

 オクタヴィオの言葉に、ユイエは何も言わずに彼の隣に腰掛ける。

 

「どうだった?」

 

 問いかけてきたオクタヴィオに対して、ユイエは首を横に振った。

 

「特に何事も無く、ね」

 

「そうか」

 

 それだけ呟くと、オクタヴィオは口を閉じてしまう。

 そんな沈黙が続く中、不意にユイエが口を開いた。

 

「ねぇ、オクタヴィオ」

 

「なんだ?」

 

「私、貴方とずっと一緒にいたいわ」

 

 ユイエの言葉を聞いたオクタヴィオは、驚いた表情を浮かべると、彼女の方を見る。

 

「どうしたんだ、急に?」

 

 オクタヴィオの問い掛けに、ユイエは少し顔を赤らめ、薄く微笑みながら答えた。

 

「ちょっと言いたくなっただけよ」

 

 そう言うと、ユイエはオクタヴィオの首に腕を回し、抱きつくような体勢になる。

 抱き付かれて少し驚くオクタヴィオであったが、ユイエの背中に手を回し、優しく抱きしめ返す。

 

「俺が言うのは恥ずかしいからコイツで勘弁してくれ」

 

 抱き締め返され、耳元で囁かれると、ユイエは嬉しそうに微笑み、オクタヴィオの胸に顔を埋める。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 それから数分後、二人はソファに座り、ユイエが淹れてくれたコーヒーを飲みながら寛いでいた。

 

「ところで、明日はどうするの?」

 

 ユイエが問いかけると、オクタヴィオは顎に手を当てながら思案し始める。

 

「そうだな……とりあえず、様子を見るかねぇ」

 

「賛成ね」

 

 それから、二人は他愛もない話をしながら夜を過ごすのだった。


感想や評価がありましたら、作者のモチベーションに繋がりますのでよろしくお願いします!

後、誤字や脱字があったら教えてくれると助かります。

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