表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/55

第26話


「ふぁ〜……今日も暇だなぁ」

 

 王都の住宅街にひっそりと佇む、魔女専門の何でも屋【レステ・ソルシエール】で、今日も今日とてオクタヴィオは暇そうに愛銃であるベティを弄っていた。

 そんなオクタヴィオの姿を見ながら、ユイエも読書をしつつ紅茶を飲んで一息ついていた。

 

「そうね、平和な事は良い事よ。 仕事が無い方が平和だもの」

 

「確かにあれから何も無いもんなぁ……」

 

 そう言って、再び銃の整備を始めるオクタヴィオだったが、魔女協会との戦いから1ヶ月程日数が経っている。

 すぐに魔女協会側から攻めてくるものだと予想していたが、その予想に反して何一つとして相手側からのアクションは何も無かった。

 まるで嵐の前の静けさ、と表現するところではあるが、オクタヴィオ達はその間の休息の時間をゆっくりと過ごしていた。

 そんな中、突然来客を告げるベルが鳴るのだった。

 

「はいはーい、今行きますよー」

 

 整備していたベティをホルスターに戻した後、オクタヴィオは立ち上がり、玄関へと向かうと扉を開いた。

 カランカランとドアをがゆっくりと開いていく。

 オクタヴィオがその間から顔を覗かせようとしたその瞬間ーーー

 

「おっく〜〜〜んっ!」

 

「ぐはぁっ!?」

 

 突如として何者かに飛びつかれてしまい、オクタヴィオはそのまま押し倒されてしまった。

 

「うむぅ!? むむむぅっ!」

 

 いきなり飛びついてきた相手にオクタヴィオは困惑しながらも視線を上げると、ウェーブが掛かった薄紫色の髪が見えた。

 

「えへへー、久しぶりだねぇ〜」

 

「むぅーっ!」

 

 相手の豊満な胸元に押し込められて、オクタヴィオはその柔らかさを堪能しながらも必死に抵抗をするのだが、全くと言っていいほど身動きが取れなかった。

 

(胸元に埋まって声が出ねぇ……)

 

「んー? あははっ、くすぐったいよぉ〜」

 

 何とか脱出しようと藻掻くオクタヴィオであったが、相手が嬉しそうにしているのを見て、諦めたように大人しくなった。

 そして、ひとしきり抱き締めて満足したのか、オクタヴィオを解放する。

 

 目の前の女性はウェーブ掛かった薄紫の髪を揺らし、エメラルドグリーンの瞳をしていた。

 そして、彼女は白を基調としたシャツと薄茶色のロングスカートを纏っていた。胸元はその大きな胸で押し上げられている。

 更にそこから覗く谷間にはハート形のペンダントが下げられていた。

 

 そんな女性がニコニコしながら立っていた。

 

「ふぅ……苦しかったぜ……」

 

 解放された事で呼吸を整えながら立ち上がると、オクタヴィオは女性に声をかける。

 

「で? 何の用だ、フューリム」

 

 フューリムと呼ばれた女性は、ふふっと笑って答えた。

 

「えーっ! 冷たいなぁ、私とおっくんの仲でしょ〜?」

 

 そう言いながら、再び抱きつこうとしてくるフューリムを片手で押さえつつ、オクタヴィオは溜息を吐いた。

 

「……はぁ、相変わらずだなお前さんは」

 

 すると今度は後ろから別の声が掛かる。

 

「あら、【繋がりの魔女】じゃない」

 

 振り返るとそこにはユイエが立っていた。

 どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたようだ。

 

「あ、ユイエちゃん久しぶりだよぉ〜!」

 

 そう言うとユイエに抱きついてこようとするフューリムに、オクタヴィオは慌てて止める。

 

「待て待て!」

 

 しかし時すでに遅く、フューリムは既にユイエに抱きついてしまっていた。

 だがユイエは特に嫌がる素振りも見せず、そのままされるがままになっていた。

 

「ユイエちゃん可愛いぃ〜」

 

 そう言って頬擦りまでする始末である。

 その様子を呆れ気味に見ていたオクタヴィオだったが、このままでは話が進まないので仕方なく仲裁に入ることにした。

 

「はいはい、そこまでな」

 

 両者に怪我がないようにそっと引き離すと、フューリムは名残惜しそうにしていたが渋々離れる事にしたようだった。

 為すがままにされて解放されたユイエが一言呟く。

 

「相も変わらない抱きつき癖ね」

 

「まあ、わからんでもない」

 

 オクタヴィオも思わず頷くが、当の本人は全く気にしていないようで、ケロッとしていた。

 それを見て思わず溜息を吐いてしまうオクタヴィオであった。

 

 取り敢えずフューリムを部屋の中へと案内し、テーブルを挟んで向かい合う形で座ったところで本題へと移った。

 

「それで? 今回は一体何しに来たんだよ?」

 

 そう尋ねるとフューリムは笑顔で答える。

 

「んふふー、そんなの決まってるでしょ? おっくんがお姉ちゃんを求めてくれないから、こっちから来たんだよっ♪」

 

「言い方ァ!」

 

 満面の笑みで言うフューリムに対して、オクタヴィオは即座に突っ込んだ。

 その様子を見てユイエは小さく笑うのだった。

 

「だって本当の事だもん、昔はあんなにお姉ちゃん、お姉ちゃんって言ってたのに〜」

 

「そんな事言っとらんだろうに……」

 

「で、おふざけはここまでにして、今日は何の用で来たのかしら?」

 

 そう言ってユイエが話を戻すと、フューリムはほんわかとした雰囲気を醸し出しながら話し出した。

 

「実はね、最近お店を新しくしたんだ〜。 だからおっくん達にお披露目しようと思って!」

 

「へえ、そうなのか」

 

「うん! だから今から行こうよ!」

 

「ん?」

 

 じゃあ明日にでも行こうか、と声をあげようとしたオクタヴィオの耳へと飛び込んできた言葉によって遮られてしまう。

 聞き間違いだろうかと思い聞き返すと、フューリムは再び同じ台詞を繰り返した。

 

「だからね、これから一緒に飲もうって言ってるの」

 

「……はい?」

 

 まさかの展開に困惑するオクタヴィオであったが、そんな様子などお構いなしといった様子で話を進めていくフューリムだった。

 

 別に飲むことはオクタヴィオとしてもやぶさかではない。

 しかし、些か急過ぎるのではないかとオクタヴィオの表情が物語る。

 

「いいんじゃないかしら? 最近こういう機会が無かったでしょう?」

 

 助け舟とばかりにユイエが話に割り込む。

 

「そうだよ〜! 丁度良いから一緒に飲もうよ〜!」

 

 フューリムも便乗してきては、オクタヴィオが何を言っても難しいことを悟る。

 

「わかったよ、話が急だったもんで言葉を流しちまっただけだ。 それならお言葉に甘えさせてもらうとするかね」

 

「やった〜! おっくん大好き!」

 

「その凶器で俺を包まないでくれ、息ができん。 いや本当にマズいからやめろォ!」

 

 オクタヴィオの目の前に広がる肌色の海。柔らかく、それでいて仄かに柑橘系のような香りに包まれてオクタヴィオの思考はあらぬ方向へ飛んでいきそうになる。

 

「ほら、遊びはその辺りにしておきなさい。 飲みに行くのなら支度もしないといけないわね」

 

「は〜い」

 

 ユイエの言葉にフューリムは素直に頷き、ほんの微かに名残惜しそうに離れていく。

 助かったとオクタヴィオはユイエに視線を送れば、ひらりと手を振っているのが見えた。

 

「それじゃあ店を閉めて、すぐに出る準備をするか」

 

 そう言ってオクタヴィオが立ちあがろうとすると、店の入り口の方から音が響いてきた。

 音の鳴る方へオクタヴィオが視線を向ければ、ドアの前に数人の人影が写っている。

 

「あれ、もしかしてお客さん来ちゃった?」

 

 フューリムから送られる心配そうな視線を受けながら、オクタヴィオはドアから見える人影の小ささに既視感を覚えていた。

 小柄で、この店に好き好んで足を運ぶ人物は数えられる程度にしかいない。

 そばにいるであろう人物も、何となくオクタヴィオの中ではあるが想像がつく。

 

「……ん、この魔力は」

 

 ユイエの言葉を聞いて、オクタヴィオは自らの予想が合っていることを把握する。

 何も言わずに見守っていれば、ドアがゆっくりと開いていく。

 

「オクタヴィオ、いるか?」

 

 可愛げがあると取れる声を響かせながら、件の人物ーーーアルスはドアを開いて部屋の中に入ってくる。

 その後ろを人形の様な、いっそ病的と思えるほど白い肌をした女性が付き従う様に歩いてくる。

 

「おう、アルスとシゼルもいらっしゃい」

 

「元気そうで何よりだわ」

 

 店内に入ってきた2人は、オクタヴィオ達が居るところまで歩いてくる。

 すると、そこでようやく2人はフューリムの存在に気付いたのか、シゼルが驚いたような表情を見せた。

 

「あら? 珍しい魔女がいるのね」

 

「ふむ、其方は【繋がりの魔女】か?」

 

「よくわかったな。 自己紹介は……自分でやってもらった方がいいか。 皆もそれで良いよな」

 

 オクタヴィオの話を聞いてアルス、シゼル、フューリムの3人は頷く。

 誰からやるのかということになるとフューリムが前に出る。

 

「じゃあ私から行こうかな〜。 私の名前はフューリム、近くでお店を開かせてもらってるんだよ〜」

 

 間延びした声もさることながら、目の前で動けば縦横無尽に揺れるフューリムの胸元に、アルスとシゼルの視線が吸い寄せられていく。

 ふざけた言葉ではあるが、万有引力ならぬ万乳引力である。

 

 流石に見過ぎだと感じたのかアルスが一度咳払いをした。

 

「んんっ、はじめましてだな。 我の名はアルス、この辺りで魔女達の頭を張っている者だ」

 

「その付き人のシゼルよ。 よろしくね」

 

 自己紹介が終わり、それぞれが視線を交差させるとどちらからともなく手を握り合う。

 

「そちらも同じ様な口か。 何とも、世界とは狭いものだ」

 

「アルスちゃんも同じなんだね〜」

 

「何の話だ?」

 

「「それは聞かなくて良い(よ〜)」」

 

 息の合った2人からの返答にオクタヴィオは思わず苦笑する。

 

(まあ、いいか)

 

 こう言った時は、あまり深く聞かない方が良いということを経験から知っていたオクタヴィオは何も言わずにそのままにしておいた。

 

「それはそうと今日は何の用事かしら? 今日はこのまま休みにするところだったのだけれど」

 

 静観を決め込んでいたユイエが、アルス達に問いかける。

 

「おお、忘れる所だった。 前回の仕事の件でな、今時間はあるか?」

 

「悪いんだが……この後フューリムとちょいと飲む約束をしててな。 また今度でもいいか?」

 

 オクタヴィオが申し訳なさそうに頭をかきながら言う。

 今回断ってしまった事により、後で途轍もなく面倒な依頼が投げ込まれるのだろう。

 

 そんな予想を立ててオクタヴィオが慄いていると、少し俯いていたアルスがくっくっと笑い始める。

 

「何だ、丁度良いではないか」

 

「……どういう事だ?」

 

 アルスの物言いにオクタヴィオが問いかける。

 

「何、簡単な事だ。 我らの用事、繋がりの魔女の用事が隅々同じだっただけの事よ」

 

 その言葉でオクタヴィオはアルスが何を言いたいのかを察した。

 つまりは打ち上げか何かで飲みに行きたい、そういう事なのだろう。

 確かにそれならば断る理由もない。

 

「なるほどな、そいつは都合が良い。 なら早速行くとしようかね」

 

 そう言って立ち上がったオクタヴィオを見て、フューリムもまた立ち上がる。

 

「おっくん行くの〜? じゃあ皆でいこ〜!」

 

 そう言ってオクタヴィオの隣に立つフューリム、そのまた隣に立つユイエ、そしてアルスとシゼルが並び立ち店の外へと出て行くのだった。

 店を出て歩くこと数分、辿り着いた先は一軒の小さなバーであった。

 

「ここが私の作ったバーだよ〜! 入って入って!」

 

 フューリムが先に中に入り出迎えてくれる。

 中を見渡せば落ち着いた雰囲気のある内装が視界に入る。

 席数はそれほど多くはなく、落ち着いて飲むにはもってこいな場所であった。

 手頃なテーブル席に腰掛けると、フューリムがカウンターの中に入っていく。

 

「注文はどうする?」

 

「私はカクテルで頼む」

 

「私も同じものでお願いするわ」

 

「俺はいつもので」

 

「はいは〜い! おっくんはいつものでいいんだよね〜?」

 

「ああ、それでいい」

 

「かしこまりました〜!」

 

 元気よく返事をしたフューリムは、手早くグラスを用意し始めた。

 

「しかし、まさかお前さんらとこうして酒を飲む事になるなんてなぁ」

 

「全くだな」

 

「ふふっ、そうね」

 

「あはは、そうだね〜」

 

 3人が話していると、すぐにフューリムが戻ってくる。

 その手に握られているのは、赤みがかったオレンジ色の液体が入ったロックグラスだった。

 

「お待たせいたしました〜! 『ジャックローズ』だよ〜!」

 

 差し出されたそれを手に取れば、芳醇な香りが鼻腔を通り抜ける。

 そして、酒を持ったオクタヴィオがゆっくりと立ち上がる。

 

「それじゃ、皆酒は持ったな? 今回は色々な事が重なって打ち上げをすることになった訳だ」

 

 オクタヴィオの言葉にユイエが続ける。

 

「私達は仕事の打ち上げ」

 

「仕事がひと段落ついたからだな」

 

 ユイエとアルスの言葉にフューリムが続けていく。

 

「私は新しいお店の完成祝いだよ〜」

 

「まあ、何はともあれ……今日はおつかれさんということで飲んでいこう」

 

「「「「「かんぱい!」」」」」

 

 音頭が取り終われば、全員が受け取った酒を思い思いにあおっていく。

 オクタヴィオが貰ったいつものーーージャックローズは一口飲めば、甘さが口の中に広がり、後から来る僅かな苦味が後味を引き締める。

 

「うん、やっぱり美味いな」

 

 そう呟けば、隣のアルスがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「オクタヴィオはそういう酒を飲むのか。 ならば次はこれなどどうだ?」

 

 そう言いながら差し出したのは鮮やかな青色をしたカクテルの入ったグラスだった。

 受け取って口に含めば、レモンの様な酸味と甘みが同時に感じられる。

 オクタヴィオが美味しいと言えば、アルスは満足そうに微笑んだ。

 

「そうだろう、気に入ってくれたようで何よりだ」

 

「いや、こっちこそありがとよ」

 

 そうして他愛のない会話をしながらオクタヴィオは酒を飲み進めていると、不意に後ろから背中に柔らかな感触と重みがのしかかった。


「おっくん、ぎゅーってしてあげる〜!」

 

 振り向くとそこには満面の笑みを浮かべたフューリムの姿があった。

 どうやら少し酔っているらしい。

 普段の彼女とあまり変わらない行動にオクタヴィオは少し苦笑した後、右手を上げてフューリムの頭を優しく撫でる。

 すると彼女は気持ち良さそうに目を細めるのだった。

 

「えへへ〜気持ちいいでしょ〜?」

 

「そうだな、悪くない気分だ」

 

 それから暫くの間撫で続けていると、満足したのかフューリムはゆっくりと離れていった。

 その様子を見ていたユイエが口を開く。

 

「随分と懐かれているようね」

 

 その言葉に同意するかのようにアルスが頷く。

 

「うむ、羨ましい限りだ」

 

 そう言って2人はのほほんとした表情でこちらを見てくるので、オクタヴィオは苦笑するしかなかった。

 

「ったく、お前さんらは相変わらず呑気だなぁ……」

 

 そんな事を言いつつも、オクタヴィオは内心嬉しく思っている自分がいることに気付いていた。

 何の因果か、気がつけば魔女が近くにいる生活が当たり前になっていた。

 アルスやシゼルは良いが、ユイエやフューリムは出会った当初は色々あったのである。

 

「ふむ……そう言えば、オクタヴィオと繋がりの魔女はどういう事があって出会ったのだ? 我らは仕事で出会ったものだから、他の魔女がどうやって出会ったのか興味がある」

 

「それ気になるわね! オクタヴィオ、ちょっと話してみなさいよ」

 

「そんな話し聞いてどうすんだ……。 んー……何だったけっかな?」

 

 アルスとシゼルの疑問を受けて、オクタヴィオはアルコールが少し回った頭で記憶を呼び起こすように、虚空を見つめた後に語り始める。

 

「昔、俺がここに住み始めた時の事だったかねぇ。 とある依頼を受けてな。 その依頼の内容ってのが護衛だったんだが、ちょっと仕事でトラブルがあったんだよ」

 

「トラブル? 何があったんだ?」

 

「それがなぁ……」

 

 当時を思い出しながら、オクタヴィオは当時の事を話し始めていった。


感想や評価がありましたら、作者のモチベーションに繋がりますのでよろしくお願いします!

後、誤字や脱字があったら教えてくれると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ