第19話
それから暫くして、ようやく話が始まる。最初に口を開いたのはアルスだった。
「早速だが先ほどまで話していた事に戻らせてもらおう。 我々の目的は姿を消した魔女の捜索、それを起こしているであろう組織の対応だ」
その言葉を聞き、その場にいる全員が真剣な表情になる。
「今現在判明している情報によると、既に数人程姿を消した魔女がいるという報告を受けている。 この時、姿を消した魔女達に争った形跡はなく、気付く前に無力化されていると思われる」
「敵は魔女の魔力探知に引っかからない存在、もしくは普通の人間である可能性があるわ」
アルスの言葉にシゼルがフォローを入れていく。
そこまで話を聞いてサーティスが手を挙げる。
「普通の人間って……もっと他に情報はないのか? 姿とかそう言うのとか」
「今のところその誘拐犯とでも言おうかしら、件の人物の姿を見た魔女はいないわ。 だけど少し調べることで犯人の声はわかったの」
シゼルは手を軽く叩くと、何処からともなく声が聞こえてきた。
『貴方、ここが何処だかわかってーーー!?』
『うるさいですねぇ。 今私は虫の居所が悪いんですよぉ』
年若い魔女の声と、ねっとりとしたヘドロのような感じがする声が響き渡り、オクタヴィオの顔が苦虫を潰した表情に変わる。
この場で聞きたくはなかった、忘れもしないあの声。
「ゾルダートか……」
オクタヴィオの記憶に呼び出される間延びをしたと言うより、ヘドロがこびり付いたと表現する声は、あの時と何ら変わりはない。
「このまま放置しておけば被害は拡大する一方であろうな」
その話を聞いてオクタヴィオは疑問を口にした。
「ゾルダートが出てくるってことは、奴さんが捕えた魔女の魔法を使って来るかもしれないのか……」
それに対してアルスが答える。
「ほお、魔女協会はそう言うモノを使っているのか?」
「前回の依頼の時、俺がアイツと戦った時にちょっとな」
オクタヴィオの話を聞いてアルスは腕を組んで考え込む。
「それは魔法をコピーされていると言うことか?」
「ええ、その考えで大体あっているわ。 魔水晶を使って魔法を記憶、擬似的に魔女と同じようなことが出来ていたわね」
ユイエの話に他の魔女達がざわつき始める。
自分の十八番である魔法を人間に使われると言う事実が、彼女達の高いプライドを刺激している。
だが、ここで何を言っても仕方ないのはわかっているのか魔女達はすぐ冷静になっている。
「じゃあ、それをコピーされる前に倒してしまえばいいのでは?」
1人の魔女が手を挙げおずおずと話すが、ユイエは首を振った。
前回の戦闘時、ユイエはその考えが少なからずあり、痛い思いをしているのだ。
「すぐ倒す、と言う考えは捨てた方が良いと思うわ。 前回その人物と戦った時、私は魔法を発動するタイミングが何一つとしてなかった」
「そもそもアイツは、魔法の発動予兆が見えたら速攻を仕掛けてくるような奴だと思う。 近接戦闘ができるならまだしも、魔女の天敵って言っても差し支え無さそうだ」
オクタヴィオがそこまで話すと部屋の中はしんと静まり返る。
敵が思った以上に強いことに、魔女達も言葉が出てこない。
数秒、数分が経ったと錯覚するほどの静かさの中、アルスが口を開く。
「今回の作戦は失敗が許されん。 魔女達の命が掛かっている以上、時間も無い中で動くことになる」
オクタヴィオ、とアルスは彼の名前を呼んだ。
その声にすぐ反応して、オクタヴィオもアルスに言葉を返す。
「俺はどうしたらいい?」
「お前には魔女協会に潜入してもらいたい」
それを聞いて驚く一同に対して、アルスは続けて言う。
「オクタヴィオ、お前は我達とは違って魔女協会の幹部とやり合い、それを退けている実績がある。 お前の様子を見るにただ魔法で応戦するのはかなり不味いというのはよくわかる」
その言葉を聞いてオクタヴィオは苦笑する。
「確かにあの時は色々無茶したからなぁ……」
オクタヴィオがそんな事を呟いている間にも話は進んでいく。
「それに、お前はそう言った事に長けている奴だろう? ならば内部に入る事など容易いのではないかと思ってな」
そこまで言われてしまうと断るわけにもいかないだろうと考えたオクタヴィオは、それを引き受けることにした。
「わかったよ。 他ならない可愛い女性からのお願いだ。 やれるところまではしっかりやってやるさ」
返事をする彼に、アルスは苦笑しながら感謝の言葉を口にする。
そして、今度はユイエが発言し始めた。
「私もオクタヴィオと一緒に行動するで良いわよね?」
そう言って彼女は立ち上がると、言葉を続ける。
「私はオクタヴィオ以外と組むつもりは一切無いわ。 そこのところ、忘れないでね」
彼女の言葉を受けて、アルスが頷いてみせた。
「そうだな、確かにその通りだ。 それではよろしく頼むぞ2人とも」
そして最後に残ったのはシゼルである。
彼女もまた立ち上がり、言葉を紡ぎ始める。
「私は消えた魔女を探す方に参加させてもらっていいかしら? アタシの使う魔法的にこっちの方が適任ね」
彼女の問いかけに、アルスは当然だと言わんばかりに首を縦に振った。
「もちろんだとも、寧ろこちらから頼みたいくらいだ」
「そう、それなら良かった」
「ではシゼルを中心とした捜索班、我を中心とした陽動班に分かれて作戦に当たってほしい」
アルスの言葉に頷く魔女達。
そしてアルスはオクタヴィオ達の方へ視線を向けた。
「オクタヴィオとユイエよ、お前達には遊撃として動いてもらう事になる。 少数精鋭のようになっているが、頼んだぞ」
「あいよ」
大丈夫だという意味を込めてオクタヴィオとユイエは頷く。
アルスは最後に大きく頷き、全員に向けて号令をかけた。
「よし、では行動開始。 各自無理のないように行動してくれ」
その言葉を皮切りに、各々動き始めようとしたその時ーーー
「皆動くなッ!」
叫ぶと同時に、ゾワリとオクタヴィオの背筋が震えるような感覚に襲われる。
彼は咄嗟に振り返り、腰に差していた銃に手を掛ける。
しかしそこには誰もいない。
だが、何かがいる気配だけは感じ取れる。
周囲の警戒を怠ることなく、オクタヴィオは視線を動かし続ける。
すると、オクタヴィオの耳に微かな声が聞こえてきた。
『あら、随分と勘が良いのね』
そんな声と共に姿を現したのは1人の女性だった。
年齢は20代前半と言った所だろうか。身長はやや高めでスタイルも良い。長い髪を後ろで束ねており、服装はスーツを着用しているようだった。
そんな女性の姿を見て、オクタヴィオは小さく呟く。
「誰だ……?」
その問いに女性はくすりと笑うと、自己紹介を始めた。
「初めまして、私の名前はアルテミシア・ベルフェゴールと申しますわ」
丁寧な口調とは裏腹にどこか胡散臭さが感じられる話し方をする女性だと感じたオクタヴィオだったが、それよりも重要なことがあった。
「こんなところにお姉さんが何の用だい?」
「あらあら、お姉さんとはお上手ね」
クスクスと笑う彼女に警戒心を強めながら、オクタヴィオは油断無く見据える。
その様子を見たアルテミシアと名乗る女は両手を広げると大袈裟な動作をしながら言った。
「そんなに身構えなくてもよろしくてよ? 貴方達では私には手足も出ないと思いますので」
その言葉を聞いて微かに眉を寄せるオクタヴィオであったが、それでも構わずアルテミシアは続けた。
「ふふ、まぁいきなり言われても理解できないでしょうし……そうですね、まずはお話から始めましょうか」
それを聞いたオクタヴィオは眉を顰める。
「話……?」
何を言われているのか分からず困惑していると、その様子を見たアルテミシアが説明を始めた。
「私達の目的はただ一つですわ、それはそこにいる魔女達の身柄を確保する為」
その言葉を聞き、オクタヴィオは改めて魔女達の姿を見ると、彼女達は臨戦態勢に入っていた。
それを見たオクタヴィオは彼女達を背後に隠すように動くと、アルテミシアと名乗った女に向かって問い掛けた。
「……それで? お姉さんはどうやって彼女達を連れて行くんだって?」
「どうして? 可笑しなことを聞きますのね」
その問いに答えるように、アルテミシアは心底不思議な表情を浮かべると、再び口を開いた。
「私達は魔女が必要なの、だから大人しく渡してくれないかしら?」
そう言いながら一歩前に出るアルテミシアに対して、オクタヴィオは苦笑しながら答えた。
「それはお姉さんでも聞けない話だなぁ」
オクタヴィオの返答を聞いたアルテミシアは、やれやれといった様子で首を横に振ると、小さく呟いた。
「そうですか、残念ですわ……」
次の瞬間、オクタヴィオは背筋に冷たいものが走る感覚に襲われ、反射的にその場から飛び退いた。
その直後、先程までいた場所に何かが避けるような音が聞こえる。
「今のを避けるなんて、流石ですわね」
声がした方に視線を向けると、アルテミシアが拍手をしていた。
そんな彼女に対して、オクタヴィオは問いかける。
「お姉さん、一体何をした?」
そう問われたアルテミシアは一瞬きょとんとした表情を見せるが、すぐに笑顔になると答えてくれた。
「いえ、特別なことは何もしておりませんよ?」
そう言われても納得できない様子のオクタヴィオに対し、アルテミシアは続けて言う。
「ただ少しだけ私の魔力を放出して、それを貴方の方に流してみただけですわ」
それを聞いてオクタヴィオはますます困惑した様子を見せる。
「魔力を流し込んだ……?」
そんなことが出来るのかと疑問を抱くオクタヴィオであったが、目の前の女が嘘を言っている様子は無い。
魔力を空間に流してそれらを爆発或いは侵食させるなりする類の魔法とオクタヴィオは推察する。
相手に気付かれず、魔力を流し込み任意のタイミングで攻撃ができると言うことに他ならない。
つまり、本当にそのような芸当をやって見せたのだろうと判断したオクタヴィオは、冷や汗を流す。
(おいおい、マジかよ)
心の中でそう思いながら、オクタヴィオはアルテミシアを見る。
そんな彼の様子を見ていたアルテミシアは、クスリと笑みをこぼすと口を開く。
「さぁ、どうしますか? 素直に魔女を渡してくれるのであれば、手荒な真似は致しませんわよ?」
そう言って両手を挙げるアルテミシアに対して、オクタヴィオは鋭い視線を向けたまま動かない。
いや、正確には動けなかったという方が正しいだろう。
何処から攻撃されるのかが本当にその間際にならなければわからないのだ。
その為、下手に動くことが出来ないのである。
そんなオクタヴィオの様子を見ていたアルスが横から声を掛ける。
「オクタヴィオ、どうしたというのだ! 早く反撃せんかっ!」
その声に苦々しい表情を浮かべたオクタヴィオだったが、そんな彼に向けてアルテミシアが言う。
「無駄ですよ、貴方の武器では私に傷一つ付けることすら出来ませんわ」
本当にその言葉の通りなのか、アルテミシアは絶対の自信をもって言い切っている。
実際、よく目を凝らして見てみれば、彼女の周囲には見えない壁のような物があるようで、空間が微かに揺らめいている。
その様子を目の当たりにしたオクタヴィオは、ホルスターから出しかけていたベティをそのまま元に戻したのだった。
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