第16話
シゼルに案内された場所は、寂れた外観とは裏腹に綺麗に掃除されていた。
内装も整っており、清潔感もあるため居心地は悪くなさそうだ。
「へぇ、結構立派なもんだな」
オクタヴィオは感心するように呟いた。
ユイエもまた感心した様子で周囲を見回している。
シゼルは得意げな表情を浮かべていた。
「ふふ、そうでしょう?」
「まあ、確かにそうだな」
オクタヴィオが同意すると、シゼルはさらに続けた。
「とりあえず、まずは座って頂戴」
その言葉に従い、ソファに腰掛ける2人。
その様子を見届けてから、シゼルは自分の席に座ると口を開いた。
「それじゃあ、改めて本題に入るけど……貴方たちはこの後会ってもらいたい人がいるわ」
それを聞いたオクタヴィオは首を傾げる。
「会わせたい奴……?」
誰だろうかと考えているうちに、シゼルが続きを口にした。
「彼女の名前はアルス・マグナ。 この王都アルトバートを拠点に活動している魔女よ」
その名前を聞いた瞬間、オクタヴィオの表情が強張る。
オクタヴィオの表情が時間が経つに連れて歪んでいき、ダラダラと汗さえ流れ出そうな雰囲気に変わり始めた。
それを見て不思議そうな表情を浮かべるシゼルに、彼は問いかけるように言った。
「そいつってもしかして、金髪で碧眼の美人さんだったりする……?」
それを聞いたシゼルはますます不思議そうな顔をする。
「……ええ、そうだけど?」
それを聞くなり、オクタヴィオは続け様に質問をする。
「その人って、こう、背丈がこのくらいで……言葉遣いも不遜な感じだったりとかしないか?」
その問いに、今度はシゼルが驚いたような表情を浮かべた。
「え、ええ、その通りよ……よくわかったわね」
その返答を聞いて、確信を得たらしいオクタヴィオは大きくため息をつく。
そして頭を抱えると天を仰いだ。
(マジか……!)
心の中で叫ぶ。
まさかこんな形で再会することになるとは思わなかったのだ。
人の縁とは数奇なものである。
その件の人物ーーーアルスは街の酒場で暴漢に襲われているのを助けた事から始まる。
その時のオクタヴィオは酒場をアルテインとハシゴしていた帰りであり、もう一軒行くかとドアをくぐったその先で彼女と出会った。
酒に酔っていたオクタヴィオは美人がいることに気づいて相席しようとするが、粗暴そうな男性に言い寄られるアルスを見つけ、それを救った。
救ってしまったのだ。
言い寄っていた女を取られたことに激昂した男に喧嘩を売られ、気分が天高く舞い上がっていたオクタヴィオはそれを了承。
側に置いてあった子どものおもちゃである銃を使い、完膚なきまでに早撃ちを披露して見せ、男を撃退してしまった。
その後、成り行きで事件に巻き込まれる事になり、なし崩し的に親交を結ぶ事になったわけだ。
それ以来、何故か妙に懐かれてしまい今に至るというわけである。
ちなみに、その時の事件をきっかけオクタヴィオがアルスから飲みに誘われるようになったのは言うまでもない。
それはさておき、話を戻そう。
要するに、その人物こそがアルスなのだ。
そのことを理解した途端、どっと疲れが押し寄せてきたような気がした。
「会ったらどんな顔されるんだろうなぁ……」
内心で呻くオクタヴィオをよそに、シゼルの話は続く。
「というわけで、今から会いに行くからついてきてちょうだい」
「はいはい、わかったよ」
半ば投げやりになりながら返事をすると、重い腰を上げて立ち上がった。
それを見たユイエとシゼルも立ち上がり、移動を開始する。
店の奥の方へ歩いて行くと、やがて地下へと続く階段が見えてきた。
どうやら地下室があるらしく、階段を降りていくとそこには広い空間が広がっているのが見えた。
薄暗い照明に照らされた通路には左右に扉が幾つも並んでいるようだ。おそらく部屋になっているのだろうと思われる。
「こんな風になっていたのか……」
そんなことを呟きながら歩いていると、シゼルに不意に声をかけられた。
「ここよ」
見ると、目の前には大きな扉があり、その前にシゼルが立っていた。
どうやらここが目的地のようだ。
「……よし、行くか」
覚悟を決めたように呟くと、深呼吸をしてからドアノブに手をかける。そのまま一気に開け放った。
部屋の中に足を踏み入れると、そこは応接室のような作りになっていた。革張りのソファがいくつか並んでおり、
壁には絵画やタペストリーといった装飾品が飾られている。
そして部屋の奥にある執務机に一人の女性が座っていた。
それは、金色の長い髪をした美しい女性だった。
切れ長の瞳は深い青色をしており、まるでサファイアのように輝いているように見える。
顔立ちは非常に整っており、肌はまるで雪のように白く透き通っていた。
服装は黒のロングスカートとシャツに身を包んでいるものの、胸元が閉められず大きく開いていて谷間が見えてしまっている。
そんな彼女の名前はアルス・マグナ。
シゼルと同じく魔女である。
彼女はオクタヴィオの姿を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「久しいな、オクタヴィオ」
そう言って腕を組んでこちらを見る彼女に、オクタヴィオは苦笑するしかなかった。
「ああ、久しぶりだな、アルス」
そう返すと、彼女は手招きをしてくる。
「こっちに来い、積もる話もあるだろう」
言われるままに近づいていくと、腕を掴まれて引き寄せられてしまった。
「うおっ!?」
バランスを崩し、倒れそうになるところをなんとか堪えることに成功する。
しかし、依然として抱きつかれたままだった。
柔らかい感触が伝わってくると共に甘い香りに包まれる。
頭がクラクラしてきた気がした。
「何しているのかしら?」
ユイエが淡々と引き剥がそうとする中、それでも離れようとしないアルスにオクタヴィオは抗議した。
「離してくれ……」
だが、全く聞き入れてくれないようで、逆に強く抱きしめられてしまう始末であった。
仕方なくされるがままになることにする。しばらくすると満足したのか解放してくれたのでホッとした。
「ふう、助かったぜ」
そう言って顔を上げると、こちらを薄目で睨んでいるユイエと目が合った。
男には離れたくても離れられない時があるという事を忘れてはいけない。
オクタヴィオはバツが悪くなり、その視線から逃れるように顔を背ける。
すると今度は反対側にいるシゼルと目が合ったのだが、こちらはニヤニヤと笑っていて何を考えているのかわからなかった。
そんな彼女たちの様子に気づかないまま、アルスは上機嫌そうに言った。
「ふぅ……たっぷり堪能させてもらったぞ? さて、立ち話もなんだしな、座るといい」
艶めかしい吐息を吐きながらアルスはオクタヴィオ達に座るよう促していく。
そしてアルス促されるままにユイエと共にソファに腰掛けると、向かい側にアルスも座った。
その際、アルス豊満な胸がテーブルの上に乗っかってしまい、形を変えているのが目に入る。
視線が胸元にゆっくりと向かっていくオクタヴィオの腕を、ユイエは自らの胸元へ誘導して抱き締める。
ついどちらの胸元へと視線が吸い寄せられそうになるのを堪えつつ、平静を装って話しかけた。
「それで、俺に用っていうのは一体何だ?」
尋ねると、アルスは真面目な表情になって答える。
「実は頼みたいことがあってな」
その言葉に嫌な予感を覚えるオクタヴィオだったが、聞かないわけにもいかず続きを促した。
「何だ? 言ってみろよ」
聞き返すと、アルスは頷いて口を開く。
「我らを助けてほしいのだ」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオはアルスに怪訝な目を向ける。
「……どういう意味だ」
疑問を解消するためにオクタヴィオが問い返すと、アルスは答えた。
「言葉の通りの意味だ。 我ら魔女が脅威にさらされている現状を打破するために協力してほしい」
真剣な眼差しで見つめてくる彼女に対して、オクタヴィオはどう答えたものか悩んでいた。
現在の魔女達の取り巻く状況ーーーそれは2つに分けられる。
1つはアルス達のように魔女達が集まり、隠れて過ごしている者達。
こちらは非公認の依頼を受けることによって生計を立てており、人々の中に溶け込んで過ごしている者がいる。
そしてもう1つは、魔女の力に目をつけられた者達だ。
こちらは組織など貴族などにその力を魅入られ、働かされたり、魔水晶の中に入れられたりするという話がまことしやかに囁かれている。
ただ働かされるのならばいいのだが、魔水晶の場合は大いに話が変わってくる。
イリスの時のように自分から入るパターン、そして無理矢理入れられるパターンが存在し、後者は救いが無い。
魔水晶の水晶部分は本人の魔力で作られており、それを壊して助け出すという事は、彼女達の命の源に近い魔力を壊して減らしてしまうことに他ならないのである。
(まさかとは思うが……いや、でもなあ)
頭の中であれこれと考えを巡らせていると、痺れを切らしたのかアルスが急かしてくるように言った。
「どうした、何を迷っているんだ? お前ならできるはずだぞ?」
そう言われた瞬間、オクタヴィオは頭を振った。
アルスからの信頼は嬉しいが、それとこれでは話が別である。
「買い被り過ぎだよ。 俺はそんな御大層な事はできない」
そう言うと、アルスはニヤリと笑って言う。
「いいや、お前はやるさ。 何せ我が見込んだ男だからな」
自信満々な態度を見てため息をつくオクタヴィオであったが、この様子だと断っても無駄だろうと察したからである。
「……魔女を守れって言ったって誰から守ればいいんだ?」
そう尋ねると、アルスは不敵な笑みを浮かべて答える。
「お前らはもう知っているのではないか?」
意味深な言葉に首を傾げるオクタヴィオだったが、その意味はすぐにわかった。
「もしかして、魔女協会かしら」
そう呟いたのはユイエだった。
それを聞いた途端、合点がいくと同時に呆れ果てるオクタヴィオであった。
つまりこういうことなのだろう。
魔女協会の人間がまだこの街に潜んでいるということだ。
それも恐らく複数人いるだろうと思われる。
既にオクタヴィオ以外も、既に接触されている可能性もあった。
そう考えると、あまりのんびりしていられないかもしれない。
そこでふと疑問が浮かぶ。
「そういえば、なんでアルス達は捕まってないんだ?」
当然の疑問を口にすると、それに答えたのはアルスではなくシゼルであった。
「それは簡単よ。 私達が奴らに見つからないよう行動してるからね」
それを聞いて納得すると同時に感心する。
やはりこの2人はただ者ではないようだ。
オクタヴィオは改めて気を引き締め直すことにした。
それからしばらく話し合った結果、結論を出すことになった。
「よし、引き受けるよ。 ただし、条件がある」
オクタヴィオが言うと、アルスとシゼルは顔を見合わせる。
「ほう、条件とは何だ? 我の身体か、それともシゼルか? はたまた2人ともか? 何だ何だ、お前も結構俗物だなぁ。 だがいいぞ、その方が次ずっと好感が持てる」
いそいそといった様子で服を脱ぎ始めようとするアルスに、オクタヴィオはこう告げた。
「普通に服を脱ぎ始めるな、女がみだりに男の前で肌を晒すな。 俺が欲しいのは情報だけだ」
その言葉を聞いて、アルスはキョトンとした表情を浮かべた後、納得したように頷いた。
「なるほどな、確かに必要だろうな」
どうやら納得してくれたようだ。
また服を着直し始めるアルスを横目に、ほっと胸を撫で下ろすオクタヴィオであった。
「それじゃあ、早速教えてもらおうか」
催促するように言うと、アルスは頷きながら説明を始めた。
「まず、我々が敵対しているのは魔女協会の幹部の1人だ。 人にしてはやけに強い奴でな、特徴的な喋り方をしてこちらを惑わせてくるのだ」
そこまで聞いた時点で、大体予想がついた。
「人にしては強い奴、特徴的な喋り方……それってもしかして……」
恐る恐る尋ねると、アルスはニヤリと笑いながら言った。
「そうだ、お前の想像通りだろう」
やっぱりそうかと思いながらため息をつくオクタヴィオであった。
魔女協会の幹部ーーーそれは最近戦ったであろう男、名前をゾルダート。
ヘドロが詰まったかのような雰囲気と、間延びしたような声が特徴的な男である。
前回の戦闘時、ベルナデッタの魔法ーーー獣の魔法で姿を変えたゾルダートの姿が視界の端に過ぎる。
圧倒的なまでのフィジカル、戦闘経験からくる技術の使い方など、考えれば考えるほど強さが可笑しい人物であることに間違いはない。
予想通りの展開ではあるが、いざ聞かされるとげんなりしてしまうものだ。
しかし、ここで引き下がるわけにもいかないため覚悟を決めることにした。
そして、オクタヴィオは尋ねる。
「それで、具体的にどうするつもりなんだ?」
その質問に対して、アルスは即答した。
「簡単だ。 こちらから仕掛けてやればよい」
あまりにも大胆すぎる答えに唖然としていると、アルスはさらに続ける。
「幸いにも我々には戦力があるからな」
そう言って彼女が視線を向けた先にいたのは、ユイエだった。
「私のことを言ってるのかしら?」
首を傾げつつユイエが問うと、アルスは頷く。
「ああ、その通りだ。 そちらの力を使えば相手の方も目障りだと感じて干渉してくるだろう」
それを聞いてユイエは呆れたようにため息をついた。
「はぁ……まったく面倒なものね……」
やれやれといった感じの反応を見せるユイエだったが、その表情からはどことなく楽しそうな様子が見て取れるような気がした。
そんな彼女の様子を見ていたシゼルが言う。
「本当に魔女からの依頼を受けるなんて、貴方たちも物好きね」
呆れたような口調ではあったが、その表情はどこか楽しげでもあった。
それを見たオクタヴィオは思わず苦笑する。
「これでも魔女専門の何でも屋だからな」
そう言って肩をすくめると、シゼルはクスクスと笑った。
「そういうことにしておいてあげるわ」
含みのある言い方をしながら笑う彼女にムッとするオクタヴィオであったが、それ以上は何も言えなかった。
すると、それを察したのかアルスがフォローを入れてくる。
「まあ、落ち着け。 悪気があって言っているわけではないのだ」
そう言われてしまっては仕方がないと思い、渋々引き下がったのだった。
それからしばらくの間話し合いが続き、方針が決まったところで解散となった。
「それでは、何かあったら此処に。 我の元へと来てくれ」
そう言うと、アルスは名刺のようなものを渡してきた。
そこには此処の住所らしきものが書かれている。
オクタヴィオはそれを見て頷くと、アルスは満足げな表情を浮かべると言った。
「それでは頼んだぞ」
それだけ言い残すと、アルスは立ち去っていった。
それを見届けた後、オクタヴィオ達も帰路につくことにする。
◇◇◇
アルス達と別れた後、オクタヴィオ達は自分達の家、レステ・ソルシエールへと向かって歩いていた。
「それにしても、またデカい依頼を受けたもんだなぁ」
ため息をつきながら呟くオクタヴィオに対して、隣を歩くユイエは涼しい顔で答える。
「そうね、でも私は楽しみよ?」
そう言いながら微笑む彼女の横顔はとても美しく見えた。
オクタヴィオは、そんなユイエの表情を横目に頰を掻きながら呟いた。
「またゾルダートとやり合う事になりそうっていう点を除けば、普通に良い依頼だと思うけど……それは言っても意味無いか」
「流石に前回の様な状況になることだけは避けたいわね」
思い起こされるのは獣の魔法で変身したゾルダートとの一戦。
残り少ない弾丸でよくあの怪物を戦闘不能まで追い込めたものだと、オクタヴィオはひとり愚痴る。
あの時、弾丸を補充するのをすっかり忘れていてかなり焦っていたのはオクタヴィオの中で苦い思い出である。
そんなやり取りをしている内にレステ・ソルシエールの店前に到着したので中に入ることにした。
カランコロンといういつものベルの音を聞きながら店内に入ると、店の奥のカウンター席が薄らと明るくなっていることにオクタヴィオは気付く。
「誰かいるのか……?」
不思議に思いながら近づいていくと、そこには見慣れた顔があった。
そこにいたのは先程まで会っていたアルスであった。
「お? おお、やっと帰ってきたか。 待ちくたびれたぞ」
そう言って手招きをする彼女の表情はやけに嬉しそうだった。
その様子を見て嫌な予感を覚えるオクタヴィオだったが、意を決して聞いてみる事にした。
「……何でアルスが此処にいるんだ?」
恐る恐る尋ねると、彼女は笑顔で答える。
「いやなに、ちょっと伝え忘れたことがあってな」
それを聞いて安心すると同時に、何を言われるのかと身構えていると予想外の言葉が出てきた。
「2人には魔女達が集う集会に参加してもらいたいのだ」
その言葉に耳を疑ったオクタヴィオだったが、聞き返す間もなく話は進んでいく。
「と言っても魔女集会については今日ではないのでな。 また日は追って知らせるとしよう」
その言葉を聞いてホッとしたのも束の間、新たな疑問が生まれる。
「魔女の集会なのになんで俺達が参加するんだ?」
率直な疑問をぶつけてみると、アルスはニヤリと笑って答えた。
「言ってみれば顔合わせだ。 お前達は魔女界隈でも有名だが、それでも人に対して警戒心を持つ魔女も少なくないからな」
そこまで言って言葉を区切ると、オクタヴィオの目を見つめながら告げる。
「魔女達にとって、オクタヴィオユイエがどういう存在なのか知ってもらわないと話にならないのだ」
それを聞いてオクタヴィオはハッとした表情になる。
「まさか、それって……」
その先の言葉を言おうとした瞬間、アルスは人差し指を立てて制止する。
「おっと、それ以上は言うな。 お楽しみは取っておくものだ」
そう言われてしまったら黙るしかなかった。
オクタヴィオは大人しく従う事にする。
その様子を見ていたアルスは満足そうに頷くと、再び口を開く。
「さて、これで伝えるべきことは伝えたな。 今日はもう遅いし、そろそろ帰るとしよう」
時計を見ると、針は既に深夜を回っていた。
さすがにこの時間から帰すのは忍びないので、オクタヴィオはアルスを引き止める。
「待てアルス。 もうこんな時間だし、今日は泊っていったらどうだ?」
オクタヴィオが提案すると、アルスは首を横に振る。
「ありがたい申し出だが遠慮しておこう。 これ以上長居するのは迷惑だろうしな」
確かにその通りかもしれないと思ったが、このまま帰らせるのも危険だとオクタヴィオは改めて引き留める。
「そんなことはないさ、それに今から帰ってたら夜道で襲われるかもしれないだろ? そんな危険な目に遭わせるわけにはいかないしな」
それを聞いたアルスは腕を組んで少し考えた後で言った。
「……それもそうだな、ではお言葉に甘えて泊まることにしよう」
結局、アルスはオクタヴィオの提案を受け入れることにしたようだ。
その後、就寝することになったのだがここで問題が発生した。
そう、ベッドが一つしかないのである。
「俺はいつものソファで寝るから、ユイエとアルスはベッドで寝てくれ」
オクタヴィオがそう言うと、二人はキョトンとした表情で見つめ合った後に笑い出した。
「ふふっ……」
「ふっ……はははははっ!!」
2人が笑っている理由が分からず困惑するオクタヴィオだったが、ひとしきり笑った後でユイエが説明してくれた。
「別に私達は気にしないわよ?」
微笑みながら言うユイエを見て、今度はオクタヴィオの方が困惑してしまった。
「いやいや、俺が気にするんだって」
慌てて反論するが、彼女たちの意思は変わらないようだった。
それどころか逆に説得されてしまう始末である。
「いいから、こっちに来なさいな」
「そうだぞ、遠慮するな」
そう言って獲物を見つけた獣の様に迫ってくる二人に圧倒されてしまい、オクタヴィオはとうとう観念して受け入れることにした。
「……絶対に何もしないからな」
渋々了承すると、二人は嬉しそうな表情を浮かべた。
「素直でよろしい」
「ああ、素直が一番だぞ」
謎の一体感を醸し出しながら喜ぶ彼女達を見ていると、なんだか微笑ましく思えてくるのだった。
3人で並んで横になると、すぐに眠気がやってきた。
(今日は色々あったからな……)
そんな事を考えながらウトウトしていると、不意に声をかけられたような気がした。
「……ねぇ、起きてるかしら?」
囁くような小さな声だったためよく聞き取れなかったが、オクタヴィオはおそらく自分に向けられた声だろうと判断できたため返事をすることにした。
「ん……? ああ、起きてるよ……」
寝ぼけ眼を擦りながら答えると、隣で寝ているはずのユイエの声が返ってきた。
「やっぱりまだ眠ってなかったみたいね」
そう言ってクスクスと笑う声が聞こえてきたかと思うと、続けて話しかけてくる。
「ねえ、こっちを向いてくれないかしら?」
そう言われて振り向くと、そこには至近距離にあるユイエの顔があった。
いつも通りあまり変わらない顔の距離にオクタヴィオは今更動揺することはない。
しかし、その綺麗な瞳と目が合った瞬間に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「ふふ、顔が赤いわよ?」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女にドキッとする。
「からかうなよ」
照れ隠しにそっぽを向くと、彼女は更に追い打ちをかけてきた。
「あら、ごめんなさいね」
悪びれもせずに謝る彼女に怒る気にもなれないまま黙っていると、今度は反対側から声をかけられる。
「我もいるのだぞ?」
いつの間にか起きていたらしいアルスが後ろから抱きついてきた。
オクタヴィオの背中に当たり、むにゅうと擬音が聞こえてきそうな程柔らかそうな胸が変形しているのが服越しに感じられる。
「君らなぁ……」
振り払おうとするものの力が強くて離れない。
その間にもユイエも距離を詰めてきており、今にも密着しそうな勢いであった。
「こら、離れてくれって」
オクタヴィオ少し抵抗するが、やはり無駄だった。
むしろ余計に強く抱きしめられてしまう始末であった。
「嫌よ、もっと貴方を感じていたいもの」
耳元で囁かれると背筋がゾクゾクとした感覚に襲われる。
「全く、困った奴らだな」
オクタヴィオが呆れたように言うと、二人同時に反論してくる。
「貴方に言われたくないわ」
「君にだけは言われたくないぞ」
息ぴったりに言われてしまい、オクタヴィオはぐうの音も出なかった。
「はいはい、そうですか」
適当に返事を返すと、今度は左右両方から抱きつかれてしまった。
「むぅ、冷たい反応だな」
「もっと構ってほしいわ」
不満そうな顔をする二人の頭を優しく撫でてやると、途端に表情が緩んでいくのが分かった。
そのまましばらく撫で続けていると、やがて寝息が聞こえてきたので手を離すと、二人とも幸せそうな表情のまま眠りについていた。
(やれやれ、本当に魔女様たちだな……)
そう思いながらもどこか幸せな気分になっている自分にオクタヴィオは苦笑する。
そして、オクタヴィオも眠くなってきたので瞼を閉じる事にした。
眠りに落ちる瞬間、左右から動く気配を感じたがオクタヴィオの意識は灯りを消す様に消えていった。
翌朝、目が覚めると既に2人の姿は無かった。
ベッドから降りてリビングへ向かうと、そこには朝食の準備をしているユイエと、その側で新聞を読みながら寛ぐアルスの姿も見える。
「おはよう、起きたのね。 ……ふふ」
「起きてきたかオクタヴィオ。 ……くふふ」
こちらに気づいたユイエとアルスが挨拶をしてきたので、オクタヴィオも同じように返す。
「ああ、おはよう」
2人はオクタヴィオを見ると嬉しそうに、楽しそうに微笑んでいる。
挨拶を済ませた後、オクタヴィオが椅子に腰掛けると程なくしてユイエによって料理が運ばれてきた。
今日のメニューはトーストとベーコンエッグ、サラダのようだ。
オクタヴィオは早速食べ始める。
「いただきます」
オクタヴィオは手を合わせてからフォークを手に取ると、まずはトーストを口に運ぶことにした。
カリッとした食感と共にバターの香りが口いっぱいに広がり、とても美味しいと感じることが出来た。
次に目玉焼きをフォークで刺して食べることにする。
黄身の部分を崩すようにして白身と一緒に口に運んだ瞬間、濃厚な味わいが広がり幸せな気分になることができた。
最後にサラダを食べることにしたのだが、その前に飲み物を用意することにした。
冷蔵庫を開けると牛乳があったのでコップに注ぐことにした。それを一気に飲み干すと喉が潤っていく感覚が心地良い。
「ご馳走様」
食事を終えた後は食器を片付けてから歯を磨いて顔を洗った後、着替えるために自室に戻った。
「何でさっき2人とも笑ってたんだ……?」
先程のユイエの微笑みが気になり、オクタヴィオは自室の姿見の前で、何かないか探していく。
顔、腕、腹部、足と見ていくが、特に何かが付いている訳ではない。
「何だったんだ……?」
頭に疑問符を浮かべながらベティが入ったホルスターといつものシャツとブレザーに袖を通しているとーーー
「……ん?」
一方その頃、ユイエとアルスの2人は出掛ける準備をしていた。
ユイエはファー付きのドレスを着ながら、鏡の前で変な所がないか確認していて、アルスは軽く化粧を整えていた。
そんな中、ポツリとユイエが呟く。
「さて、オクタヴィオはいつになったら気がつくのかしら?」
「くふふ、今頃アイツは着替えてる頃だろう。 すぐに気付くだろうよ」
クスクス、くふふと笑い声がレステ・ソルシエールの部屋に響く。
2人がオクタヴィオにしたことは簡単だ。
「お前らァ! まーた俺に魔力でマーキングしたなッ!?」
2階からドタバタと駆け降りてくる音が響き、オクタヴィオの声と共にドアが開かれる。
息があがっているオクタヴィオの両方の首筋には、くっきりとキスマークが付けられている。
そのキスマークを見たユイエとアルスは、2人揃って顔を見合わせ、頷き合う。
「どうすんだこれ!? こんな状態で他の女の子の前に行ったらどうなることか……!」
「良いマークじゃない。 私達のモノっていうのかよくわかるわ」
「ああ、これ以上ないくらいわかりやすいマークじゃないか」
うっとりとした表情で話す2人にオクタヴィオは戦慄を隠せない。
今更ながらだが、オクタヴィオは忘れていた。
前に魔女は傲慢だと言っていたことがあっただろう。
この話には続きがある。
魔女は1つのモノに執着するきらいがあり、自らのモノであることを示すためにマーク、またはマーキングを施す。
そう、今のオクタヴィオの首元につけられたキスマーク。
何処からどう見ても魔女のマーキングであった。
「しかも2人揃って魔力を込めたマークを付けて! 取れないぞこれ!?」
首元を見せながらどうすると困惑しているオクタヴィオを見ながら、ユイエとアルスは自分達の準備を終える。
「よし、準備はできてるな」
「準備が出来たなら行きましょうか」
2人はそう言うと、それぞれオクタヴィオの手を握って引っ張ってくる。
「ちょっ、待ってくれって!」
慌てるオクタヴィオだったが、2人の力には敵わずされるがままになってしまう。
「待たないわ」
「うむ、行くぞ」
結局、オクタヴィオはそのまま連れ去られてしまった。
「2人とも何処に連れて行く気だ!?」
「決まってるじゃない」
「決まっているだろう?」
2人はニヤリと笑うと、同時に答えた。
「「何でも屋の仕事の時間よ(だ)」」
2人はオクタヴィオを魔女達の元へ連れていくために、魔女達が集う家へと向かうのだった。
「せめて……! せめてこのキスマークだけ消してから行かせてくれよぉぉぉぉっ!!」
オクタヴィオの声は王都の喧騒に消えていく……。
感想、評価をお待ちしています!




